今日も侍女はため息をこぼす
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拗らせポンコツヘタレヒーローと拗らせヒロイン……を見守る(?)侍女視点のお話です。
お楽しみいただければ幸いです。
今日もウチの若様はヘタレている。
穏やかな気性に柔らかな物腰、誰にでも分け隔てなくお優しいと評判のエルリック・コーンフェル公爵令息。
わたくしがお仕えするコーンフェル公爵家のご嫡子である若様。
愛らしい婚約者もいらして、輝かしい人生を約束されしお方。
そんな美辞麗句がお似合いの若様ですが、わたくしから言わせれば、単なるヘタレでございます。
「だからぁ! 今度の長期休暇で一緒に公爵領へ帰った時にマルバス亭で新作食わせてやっから、別に王都のレストランにわざわざ行かなくてもいいだろ?
だいたい王都のレストランなんて値段の割に味はイマイチじゃねーか」
お前もマルバス亭のステーキ好きだろ? と若様。
でもね? 若様?
恐らくお嬢様は若様と王都でデートがしたいだけだと思いますよ?
若様、先日ユーベル侯爵家の(しつこい)ご令嬢から、王都で最近流行りのカフェに誘われてましたでしょ?
それ、バッチリお嬢様に見られてましたってご報告しましたよね?
若様が私服でオシャレした可愛いお嬢様を見せたくないってお気持ちはわかりますが、そうやって二人でお過ごしになる時間をどちらかのお屋敷で済ませるから、不仲とか噂が流れて、ユーベル侯爵家のご令嬢のような(図々しい)方がつけ上がるんですよ?
確かに外面の若様は物腰柔らかく、誰にでも優しく、ついでに王族の色とも呼ばれているプラチナブランドの髪とアイスブルーの瞳で外見も整っておいでだから、恋に夢みるご令嬢方が熱を上げるのもわかりますが……。
でも本来の若様は、公爵領のガサツでゴツくて口が悪くてなんでも筋力で解決する気だけは良い狩人達に揉まれて幼少を過ごされたので、物語の王子様とは正反対なんですよね。つまるところ、ガサツで口が悪いと。
流石にゴツくはありませんし、なんでも筋力で解決しようとはしないですが。
寧ろ王子様の優しい物腰を見て侮ってきた相手を、相手に誰がやったか気づかれないうちに足元を掬ってしまう程、権謀術数はお得意な方ですね。あと、ご婚約者であるお嬢様にちょっかい出した相手は容赦なく……コホン。
そんな見た目王子様、お腹真っ黒な若様ですが、最愛の婚約者の前では素のご自分でいたい……とかなんとか言ってたら……。
当の婚約者であるお嬢様が、若様がご自分の前でだけ粗野なのは、ご自分が若様に相応しくないからだと思い込むとか……残念極まれりでございます。
拗れてるわー。
そもそも『優しい王子様』を装い始めたきっかけも、お嬢様のお言葉だったそうなのに。
その時巻き込まれた事故で高熱を出したお嬢様は、その事をすっかりお忘れになって……。
お嬢様は忘れてしまわれたけど、それでも偽りの自分でお嬢様に接したくないとか、でも事情を説明する訳でもないとか……そんなのますます拗れるしかなくて。
若様が素のご自分で接する度に、お嬢様が一瞬だけ悲しげな表情になる事も、それを見た若様が悲しくてお顔を歪めてしまう事も……。側から見れば全ては明らかなのですが、お嬢様にわかるわけもなく。
顔を歪めた若様を見て、お嬢様がますますご自分は嫌われてると思い込む悪循環。
あぁ、拗れてるわー。
若様やお嬢様のご家族や、屋敷に勤める者達から見れば、明らかに若様はお嬢様を溺愛していて、お嬢様も若様を憎からず思ってるのは明らかなのに……。
「ジュリア! 帰りましょう!」
などとつらつら考えてたら、お嬢様がわたくしを呼ぶ声がしました。これはだいぶご機嫌斜めですわね。
あぁ、申し遅れましたが、わたくしジュリアと申します。
コーンフェル公爵家の使用人ですが、訳あって、というか若様の行き過ぎた愛情ゆえに、若様のご婚約者であるアリエラ・マーラント子爵令嬢の専属侍女として、子爵家に派遣されております。
「っ! アーリャ! 待てって! 別にアーリャと出かけたくないなんて言ってないだろっ?!」
「出掛けたい訳でもないのでしょう? でしたらもう……!」
あぁ、また拗れてる……。若様? 御結婚までもうすぐなんですから、……そろそろどうにかしてくださいね?
くるりとその身を翻して走り去っていくお嬢様の背中を追いかけながら、若様に冷たい一瞥を投げておきます。
お部屋の床にがっくりと膝をついて、頭垂れてらした若様には気づかれなかったようですが……。
もう! こんのヘタレ坊ちゃまめっ!
……それにしてもお嬢様。相変わらずご令嬢らしからぬ健脚ですわね。追いかけるのが大変ですわ。
さすがど田舎……んんっ! 自然豊かな公爵領で若様と走り回っていただけありますね。
「もうね? いっそ婚約解消してくれれば良いと思うの。どうせ元々爵位も釣り合ってないし、見た目だって……」
馬車が走り出す前は若様に対してプリプリと怒っていたお嬢様ですが、馬車が走り出すと同時に何やらネガティブな事を言い出しました。
「……どうせねっ! わたしの見た目は地味ですよっ!?
この紅茶色の髪だって、毎日ジュリアにお手入れしてもらってるからツヤツヤだけど、ホントはフワフワしててまとまらないしっ?!
はしばみ色の瞳だって平凡ですしっ?
どうせエル様に何一つ釣り合ってませんよっ!!」
基本楽天的で朗らかなお嬢様がここまでおっしゃるのは珍しいですね。
……学園であの侯爵令嬢とその取り巻きにまた何か言われたのでしょうか?
学園内に侍女が同行できないのは口惜しいですね。
お嬢様はご自分の見た目が地味だなんだとあまりお好きではないようですが、わたくしから見れば艶やかな紅茶色の髪がふわふわ揺れているのは愛らしいですし、まんまるなはしばみ色の瞳をキラキラと好奇心に輝かせているお嬢様はとてもお可愛らしいんですがね。
そして幼い頃より若様とご一緒になって公爵家の教育を受けられている事もあり、学園での成績もとても優秀でいらっしゃいます。
何せこのままいけば、若様を抑えて首席として卒業式で答辞を読まれることになりそうですから。
何処に出しても恥ずかしくないお嬢様なんですよ(ドヤァ)
それにこれは恐らくコーンフェル公爵家の総意でもあるんですけどね。ご当主の旦那様、コーンフェル公爵様を筆頭に。
何せ旦那様は、お嬢様にそっくりな……あぁ、逆ですね。お嬢様がそっくりなお嬢様のお父君、マーラント子爵様が大好きですからね。
あぁ、いえ別にそちらの性癖をお持ち……という訳でなく、どうやら学生時代に色々あったらしく、旦那様はマーラント子爵に重ためな友愛を注いでらっしゃいます。因みに子爵様も幼い頃から優秀と言われ続けてきた旦那様を差し置いて、首席で卒業されたそうです。その年の卒業式はハンカチギリィだったそうです。旦那様の自称取り巻き達が。
旦那様ご自身は何故か子爵様のお隣でドヤ顔していたらしいですが、ついでに子爵様を挟んだ反対隣りで今の奥様もドヤ顔されていたらしいですが……いえホントなんで?
閑話休題。
まぁ、そんな重ため、執着強め旦那様の血を引く若様は言わずもがな。
異性だったという事もあり、幼い頃から重ための愛情をお嬢様に向けられておいでです。
……それをお嬢様に気づかれるように出せばいいのに、このヘタレ坊ちゃまめ。
おっと言葉が過ぎましたね。
まぁ、そんな訳でなんやかんやと若様がお嬢様を手放す訳もなく、お嬢様が逃げられるはずもなく。
お二人はこのままつつがなく婚姻を結ばれるものと……思っていた時期がわたくしにもありました。
と言うか、それが既定路線だと誰もが信じていたのに!
あんのヘタレ坊ちゃまめっ!!
このタイミングでやらかすなんてっ!!
お嬢様がその愛らしいはしばみ色の瞳を真っ赤に充血させ、泣いたことがまるわかりのお顔で馬車に乗り込まれたあの日。
むくんでしまったお顔を温めたタオルと冷えたタオルで整えながら事情を伺うと……。
あんのどヘタレポンコツ坊ちゃまめ! 以外の感想しか持てませんでした。
なんでもあの厭味ったらしい侯爵令嬢の取り巻きに追い出されるよう食堂を後にして、そのまま中庭に向かうと、なんとっ!
若様と侯爵令嬢のキスシーンに遭遇したそうです。
全く! お嬢様に近づく異性への対応は容赦なく素早いくせに、自分に好意を寄せる異性への脇が甘すぎますっ!
恐らくお嬢様が中庭に向かわれたのも悪意ある誘導の果てでしょうし。
キスシーンだって、無理やりに迫られた……としてもあの領地の脳筋共に鍛え上げられた坊ちゃまが遅れをとるとは思えません。
目にゴミが入ったから見て欲しいとかベタな手に引っかかったというのが真相でしょう。
ですが……。
ぐすりと鼻を鳴らして、目に乗せたタオルは今でも涙を吸い取っていて。
珍しくお食事の量も少なかったお嬢様のご様子は……正直申し上げて見ていられるものではありませんでした。
……あんのクソどヘタレポンコツ坊ちゃまめぇぇぇ!!
そして案の定。
お嬢様は子爵様に婚約の解消を申し出られて。
お嬢様の気迫に押し負けた子爵様が旦那様の元へ出向かれて……。
子爵様とご家族になる事を楽しみにしている旦那様と奥様に笑顔で却下されてご帰宅されるまでが様式美としてございました。
その間、ヘタレ坊ちゃまは何度もお嬢様への接触を試みられたようですが、全て躱されておりました。
……さすが、坊ちゃまが領地で鍛錬する間、寄ってたかって脳筋共に護身術を伝授されただけあります。
逃げることに掛けてはたいそうな実力者でございますね、お嬢様。
なんだかんだとお嬢様の逃亡が成功する日々が過ぎ、明日はいよいよ卒業式となったある日。
坊ちゃまから贈られた卒業式後の夜会で着るドレスとお飾り一式を前に、とうとうお嬢様が爆発されました。
あぁ、どうも子爵様に婚約解消への真剣みが足りないと思ったら、他のご令嬢との浮気を目撃されたことはお伝えしていなかったのですね。
……その優しさも、執着される要因だと思うのですが、それがお嬢様がお嬢様たる所以なのでしょう。
若様の浮気(恐らく誤解)を聞いた子爵様が、取るもとりあえず公爵家へお出かけになられました。
娘の為なら、爵位関係なく行動される当たり尊敬いたします。その辺りも旦那様と奥様のお心を掴んだ一因なのでしょう。
その後……子爵様がお屋敷に戻る事はありませんでした……。
まぁ恐らく旦那様と奥様が熱心に引き留められてるだけでしょうが……。
子爵様大好きな子爵夫人がプンスコされてお嬢様に八つ当たりされるお姿は、大変癒されました。
あぁ、お嬢様の小動物系の見た目は子爵夫人譲りでございます。
子爵夫人譲りの愛らしい容姿に、子爵様譲りの才媛。ウチの坊ちゃまが囲い込んでなければ今頃求婚者が列を成していたはずです。実のとこ。
……侯爵令嬢とその取り巻きのせいだけだと思ってましたが、坊ちゃまの囲い込みのせいもあってお嬢様の自己肯定感が低くなったのでは? お嬢様、ご自分が異性にモテないと思い込んでらっしゃいますが、それは坊ちゃまがガンガン排除されてるからですよ?
まったく……どちらも拗らせてるんだから……はぁ……。
そして卒業式の日。
無事卒業式を終えたお嬢様が、夜会準備の為お屋敷に戻ってまいりました。
鏡台の前に座っている鏡に映るお嬢様のお顔は、相変わらず鬱々とした表情を浮かべております。
「……ねぇ。どうしても行かなきゃダメ?」
お嬢様、粘り強さは時として諦めの悪さにもなりますよ?
「ダメですね。卒業生は体調不良等のやむを得ない事情がない限り全員出席です」
「……あ、急に頭が……痛い……かも?」
へにょりと眉を下げるお嬢様は小動物みがマシマシでお可愛らしいですが、却下です。
「式で元気よく答辞を読まれていた方がそれは厳しいのでは?」
髪を結い上げた後に付ける、坊ちゃまから贈られたブルートパーズの髪留めを鏡台の上に用意します。
坊ちゃま……どヘタレポンコツなのにセンスはいいんですよね……。
「えぇー。せめて別のドレスで……」
髪留めにちらりと視線を走らせたお嬢様が、最後の悪あがきを試みてきます。
「もう若様がお迎えにいらしているこの状況で別のドレスは難しいかと……」
先程坊ちゃまが密かにお嬢様に付けている影の護衛がそう伝えてきました。公爵家で使用している秘密の合図で。
「……て、エルリック様もういらしてるの?!」
「はい、先程から」
香油で梳った紅茶色の髪をくるくるとまとめて、最後にブルートパーズの髪留めを差し込めば完成です。
ん。我ながら良い出来です。
出来に満足していると、少し悲し気なお嬢様の声が。
「……エルリック様との婚約が解消されたら……ジュリアとお別れしなきゃなのね……」
……坊ちゃまも坊ちゃまですが、お嬢様もお嬢様ですわね。
これだけ執着バリバリのドレスを贈られて、今からコレを着て大勢の人の前に向かうのに、逃げられると思っているあたりポンコツが過ぎます。
「……まだ逃げられると思ってるあたり、お嬢様も大概図太いですよねー」
「ねぇそれ悪口?! 悪口よねっ!?」
おっと、思わず本音が。
「さぁ、どうでしょう?
さ、髪を結い終わりましたので、お立ちください。ドレスに着替えますよ。
……早くしないと、若様が飛び込んでこられますよ?」
ちらりと鏡台の椅子に往生際悪く掴まっているお嬢様に目を向ければ、わたくし達公爵家の女性使用人総出で選んだお下着姿のお嬢様がいらっしゃいます。
ほどよい大きさのまろい胸を包み込むビスチェは繊細なレースの縁取りで飾られていて、お嬢様の胸元を可憐にかつほんのりと色香漂う感じに仕上げております。
実はこのビスチェ、最近開発された鉤ホックというものを採用していて、細い紐で縛っていた頃より格段に外しやすく、脱がしやすくなっております……殿方が。
そしてこれまた繊細なレースに縁どられたお下着は……お立ちになった状態では見えませんが、実は大事な秘められし場所の部分は一枚布ではなく、薄い二枚の布が重なり合うだけになっていて……要はまぁ……そう言う事でございます。
何でも、今日こそは拗れに拗れたお嬢様との関係を何とかすると、どヘタレポンコツ坊ちゃまが気炎を上げていらしたので……。
もしかしたら上手くくっ付いて……こう、止められない若い情熱に流されてしまうかもしれないじゃございませんかっ!!
公爵家の次代の繁栄は、我々お仕えする人間にとっても重要ですからねっ!
協力は惜しみませんよっ!! ちゃんと坊ちゃまに鉤ホックの外し方も、お下着の秘密もお伝えしましたからねっ!
だからこそ……。
「……案外その方がお嬢様のご希望通り卒業パーティーに出席できなくなるかもしれませんが……」
我々の努力の結晶である今のお嬢様を見たら……若者の理性など紙屑同然だと思うのですよね。
想いがもう一度通じ合うまでは……と口づけをすることもなかったようですし。
たまりにたまったナニカが……こう……爆発するというか……。
わたくしの憐れみを込めた視線に何かを感じたお嬢様がしぶしぶ立ち上がります。
ドレスをお着せして、頭の先からつま先まで不備はないかと視線を走らせて……。
うん。完璧ですわね。流石若様。お嬢様を輝かせるデザインをわかっておいでです……執着も顕わな色味はどうかと思いますが……ね?
こうして若様と送り出したお嬢様が夜会から戻られる……事はありませんでした。
「若様っ! わーかーさーまーっ!! こらっ! 坊ちゃまっ!! いい加減になさいませっ!」
ダンダンと遠慮なく、コーンフェル公爵邸にある若様……と言うか、若ご夫婦の為の寝室の扉をノックします。
実のところ、お嬢様を卒業式後の王宮で催される夜会に送り出したあの日から、既に四日が経っております。
その間何があったかと申しますと……まぁ、色々ございました。えぇ、本当に色々と。
まずは、あの勘違いご令嬢、ユーベル侯爵令嬢がやらかしました。
自らの取り巻きの男共を唆して、お嬢様を拉致監禁したのです。王宮で。もう一度言います。王宮で。
まぁ、高位のご令嬢にしては色々残念なお方だと常々思ってましたが、普通王宮で拉致監禁なんてやらかします?
しかも、監禁後お嬢様を手籠めにするよう男共に指示していたとか……同じ女性として信じられません。
そんな凶悪な犯罪行為を王宮で行えば……どうなるかと少しでも考える頭があればわかるでしょうに。
まして、今の国王陛下は末娘の王女様を溺愛されていると有名です。
そんな王女様が住まわる王宮で、女性を狙った犯罪を起こせば、厳罰が下るのは当然でしょう。
……お優しいお嬢様には、ユーベル侯爵令嬢は凶悪な犯罪者が入ると言われている北の懲罰院に五年ほど収監されたとだけお伝えしましたが……。女性の身であの懲罰院に収監されて……恐らく五年もたないかもしれませんね。
それはともかく。
どヘタレポンコツ優男風坊ちゃまですが、やる時は殺る男です。
お嬢様を護衛していた影から事情を聞いて、自ら動かれました。
見張りに立っていたどこぞの軟弱貴族子息を、影の手を借りることなく一瞬で昏倒させたというのですから、タウンハウスに住まわれるようになってからも鍛錬を続けていた成果がでておりますね。
そして無事お嬢様を救出され、ショックを受けられていたお嬢様を介抱するために、王宮の休憩室をお借りして……。
って、そこまでは本当に物語の王子様のような素敵な展開だったのですが……。
何やら色々あって、ご記憶の御戻りになったお嬢様の誤解も解けて、お心を結ばれたお二人は……そのままお身体も結ばれたようでして、はい。
まぁ、狙ってなかったと言えば虚言になるので、なにも申し上げる事はありませんが……。
その後、王宮から戻られた若様は、そのまま私室に閉じこもり……。
食事や湯の用意などはお部屋の前で若様が受け取るだけで、お嬢様は一切お姿を現すことなく……四日が経ちました。
言わせてください若様。いえ坊ちゃまっ!!
やり過ぎですっ!! 若い情熱に流されて……は言い訳になりませんよっ!
というか、あと三日でお二人の結婚式ですからねっ!
ヘロヘロで足元もおぼつかない花嫁とか……一生の思い出にするには酷すぎますっ!
ていうか、口付けの痕を婚礼衣装から見える位置につけていたらはっ倒しますからねっ!!
それを見せびらかして悦に入れるほどお嬢様はスレてらっしゃいませんからねっ!!
というのをひっくるめて、私室へ突撃した次第でございます。
四日ぶりのお嬢様はたいそう……そう、たいそう草臥れておいででした……。
ギリリと坊ちゃまを睨みつけつつ、お嬢様を湯殿に放り込んで、マッサージで気力と何やら色々酷使されたらしい筋肉をほぐして……。
……さすが坊ちゃま。若い熱情に流されていても、婚礼衣装の事は頭にあったようですね。絶妙に見えない位置に残されてます。……逆に言うと見えない位置はものすごい事になっておりますが。まぁ、いいでしょう。
そして三日後。
拗れに拗れていたお二人は、無事相思相愛のご夫婦となられたのです。
「ジュリアー!!」
お可愛らしいお嬢様に大変よくお似合いの婚礼衣装を翻し、お嬢様がわたくしの前にいらっしゃいます。
……そのお姿に……何故か涙がこみ上げてきます。
お嬢様がご記憶を失くされるきっかけとなった事故。
それはわたくしが不甲斐ないせいで起きたものでした。
当時侍女見習いとして若様とお嬢様が公爵領の森を散策されるのにお供していたわたくしは、野犬に襲われた際、お二人をお守りする事が出来なかったのです。
崖から落ちかけた若様をお助けして、そのまま中空に投げ出されたお嬢様の小さなお身体とまんまるに見開かれた目が……若様の無事を確認してふにゃりと緩んで、そのまま落ちていく光景が今でも目に焼きついております。
幸い大きなお怪我はなかったようですが、寒い野外にいた事によって高熱を出され、お嬢様をお探しに飛び出された若様とお会いした時の会話も全て忘れてしまわれました。
でも……それでも。
高熱に浮かされながらも、必死でわたくしやお供についていた護衛達を庇うお姿を見て……。
わたくしは一生お嬢様にお仕えすると心に決めたのです。
もし若様がヘタレたままで、お嬢様の公爵家への嫁入りがなくなったら、子爵家への転職も辞さないつもりでした。
だからこそ……。
今日というこの日を迎えられたことが……嬉しい。
「お嬢様っ! いえもう若奥様ですね。 本日はおめでとうございます」
「ありがとう! 今日も綺麗にしてくれてありがとう! 公爵家でもよろしくね」
そうおっしゃると、何故かにこやかに手に持っていた花嫁のブーケを渡されました。
「……おじょう……いえ、若奥様?」
こちらは……? と若様の瞳の色そっくりなアイスブルーの花をメインに据えた華やかなブーケと若奥様の間に視線を行き来させます。
「本で読んだだけなのだけど……遠い国の方の習慣で、花嫁のブーケを受け取った人は次の花嫁になるのですって!」
「……はぁ」
だからね? と綺麗な笑みのお顔を近づけてくる若奥様。……若様、同性の侍女にまで嫉妬するのはお止めください。
「(エル様がわたしにコッソリつけてくれてた影の人……ジュリアの恋人でしょう? だから……ね? 我儘かもだけど……)」
できればジュリアにずっとそばにいて欲しいのと、艶やかに笑う若奥様を見て……。
若奥様達のお子様の乳母になるのも悪くないかぁと思った晴れの日でございました。
最後までご覧いただきありがとうございました。
ご評価、お星様、ご感想、いいね等々お待ちしております。
なんか……ヘタレというよりはポンコツメインなヒーローになりました。
実はこちらのお話、本編とも言えるヒロイン視点のお話がありまして、そちらは現在ムーンライト様に掲載中です。
いずれ表現をR15に改稿したものを、なろう様にも掲載できればなと考えております。
作中で、ジュリアがエルリックの事を「若様」と呼んだり「坊ちゃま」と呼んだりしているのは、その時々の心境です。
ジュリアはエルリックが幼い頃から公爵家におりますので、若干弟を見る姉目線になりがちで、普段は「若様」といずれ仕える主と考えているのですが、エルリックがヘタレポンコツを発揮すると、つい姉目線が発動して幼い子相手の「坊ちゃん」呼びが発動するのです。
アリエラも可愛い妹分であるので、なんだかんだとアリエラ強火担当です。なのでエルリックがやらかすとアリエラの肩を持ちがちです。エルリック頑張れっ!
改めて、最後までお読みいただきありがとうございました!