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【ハイファンタジー】 『間抜けな死神』

血と共に沈む

作者: 小雨川蛙

 

 月さえもない暗い闇の下、青が深まり黒にさえ見えるほど底冷えする寒さの海上を船が一艘浮かんでいた。

 大きさは精々中型のフェリーほどだったが、そこに乗っているのはとある国の独裁者である。

 いや、独裁者『だった』と言うべきだろうか。

 彼はもう国を失い、こうして逃げている最中なのだ。

 船に乗っているのは皆、彼の側近ばかりだ。

 もっと直接的な表現をするならば、彼の凶行と所業の恩恵を受けた共犯者と言うべきだろうか。

 いずれにせよ、独裁者は国を捨て別の地へ行こうとしていた。

 数百万にも上る兵士や民を直接的及び間接的に殺害していながら。

「月がない」

 夜風を受けるため船上に出た独裁者は不機嫌に呟いていた。

「星もない。暗すぎる」

 その言葉を聞いた側近の者がへつらいの言葉を言いながら彼を明るい部屋の中へ連れて行こうとした刹那。

「よっと」

 そんな声と共に空中から女性が独り現れた。

 独裁者が振り向くより早く、彼女の足に向かって銃が撃たれる。

 しかし、その足には傷一つつかず、代わりに甲板に小さな傷が一つ出来ただけだ。

「貴様は?」

 ようやく振り向いた独裁者に女性は冷たい表情一つ向けたまま告げた。

「死神です」

 直後、数発の銃声と共に独裁者の護衛が次々に現れ彼を囲んだ。

 しかし、いずれの弾も彼女の体を避けるようにして当たらず、音の数だけ甲板に傷が出来るばかりだ。

「効きませんよ。仮にも神様なんだから」

 護衛の一人が小さく息を飲む。

 その瞬間、独裁者は彼から銃を奪うと女性の前へと突き飛ばす。

「ほら。くれてやる」

 呆然とする護衛を一瞥した後、彼女は首を振る。

「ご協力感謝します。しかし、今日はこの方だけの命を貰いにきたんじゃないんです」

 銃声。

 撃ったのは独裁者だった。

 彼は正確無比に女性の眉間に弾を撃ち込んだが、弾は夜の闇へと消えてしまった。

「ですから効きませんって」

 言うと数歩、独裁者に近づいて指を指す。

「今宵。あなた以外の命を奪います」

「私以外のか」

 護衛達が悲鳴をあげる中、女性は頷く。

「何故、私の命は奪わない?」

「だって、あなた死にたくないと思っているじゃないですか」

 答えの代わりとばかりに銃声が鳴る。

 先ほど、突き飛ばされた護衛の後頭部を銃弾が貫いた。

「彼も死にたくないと思っていたはずに違いないが。それでも彼の命は奪うのか?」

「あなたが殺したんじゃないですか……まぁ、問いかけとしてはあながち間違っていないかもしれませんが」

 失われた命に目もくれず淡々と女性は言うと右手を大きく上空へあげる。

「けど、あなたの場合はちょっと違いましてね。簡単に言えば皆様からの希われたんです」

 言葉が終わると共に彼女は腕を静かに振り下ろし、瞬間、空が突如星で満ちた。

 護衛はおろかこれまで動揺さえ見せていなかった独裁者も流石に困惑する中、女性が告げる。

「こちらをご覧ください。あなたを裁く大鎌です」

 言葉が終わるか終わらないかの内に彼女は指をパチンと一つ鳴らした。

 すると空中に大鎌が現れ、そのまま甲板の上に深々と突き刺さった。

 瞬く星に照らされた大鎌は全体が真っ赤に染まっており、突き刺さっていなければどちらが刃の部分かも分からないほどだった。

 しかし、女性は大鎌に目もくれず、すたすたと独裁者へ向かっていく。

 それを見て独裁者と護衛はありったけの銃弾を撃ち込んだが、その歩みを遅らせることさえ叶わなかった。

 その様を見て逃げることさえ出来ず、立ち尽くす独裁者の目と鼻の先にまでやって来ると女性はその肩に手を置いた。

 直後、独裁者は自身の体に不自然なほどの活力が沸くのを感じた。

 死神という存在から対極に存在するであろう感覚に混乱する彼の隣で護衛の一人が叫んだ。

「血です!」

 その護衛が指さす方を見ると大鎌から大量の血が川のように流れ出し甲板の上を赤く染めていく。

 いや、それだけではない。

 深々と刺さった甲板の傷口を通して船内へと容赦なく浸水していっている。

「これはあなたによって死んでいった方々の血です」

 船の運命……いや、自分達の運命を悟った護衛達は主を放って彼女に縋り叫ぶ。

「頼む! やめてくれ!」

「俺たちはただ命令されてやっただけなんだ」

 そんな彼らの言葉を死神は振り払うようにして空中に舞い上がり言う。

「分かりますよ。こんなのは理不尽だって。だけど、それはあなた達に殺された人たちも思っていたでしょうし、それに私も上から命じられてやっているだけなので止めることは出来ないんです。ごめんなさいね」

 彼らの手の届かない程度の場所にまでいった死神を見上げながら独裁者は尋ねた。

「これでは私も死んでしまうではないか」

 独裁者はこの状況を恐れていた。

 しかし、それよりも先ほどの言葉と相反するこの状況への困惑の方が勝っていた。

「この期に及んで命乞いすらなしとは……あなたの方がよっぽど死神らしい」

 半ば呆れている死神を他所に銃声が響く。

 貫かれたのは独裁者だった。

 護衛達が何事かを叫びながら独裁者に次々銃弾を撃ち込んでいく。

 しかし、先ほどの死神と同じく彼には傷一つつかない。

 そのことに彼は困惑していた。

 そんな状況の中で刻一刻と船は沈みゆき、最早護衛ではなくただの人間と化した護衛は再び命乞いをしたり、あるいは神に向かって祈ったりと見るも無残な死に様を晒していた。

 やがて、船は完全に沈み、独裁者を除いた者達が溺死する中でも彼はまだ生きていた。

 しかし、あくまでも生きているだけで、口や鼻、耳から入り込む海水と血により生きながらに彼は溺れていた。

 そんな様を見ながら死神は彼の下まで降りてきて言った。

「あなたは死にません」

 溺れている独裁者はどうにか顔をあげて何事か口にしたが、最早それは言葉ではなくただの声だった。

 それでも死神は適切に彼が何を問うたかを読み取り答える。

「5238241人。あなたが殺してきた数です。そして、あなたは彼らが本来生きる寿命の年数だけ生きていただきます。この海の上で。あるいは海底で。もしかしたら生き物の腹の中で。いずれにせよ、苦しみながら」

 言い切ると同時に死神は足で独裁者の顔を踏んずけるとそのまま上空へ向かった。


 満天の星に囲まれながら死神は問う。

「いかがでしたか? 少しは溜飲が下がればいいのですけれど」

 すると星は答えた。

「ありがとうございます。少しだけ、気分が晴れました」

 死神は穏やかに微笑む。

 すると星の中に突如人の顔が現れて死神に微笑み返した。

 そう。

 独裁者たちが見た星の正体は独裁者により死ぬことになった者達の魂だった。

 あまりにも残虐な死を迎えた彼らの願いを死神は問、彼らから返って来たものが遥か眼下で苦しむ独裁者の姿……つまり、死を望むほどの苦しみだった。

「それじゃ、皆さん、ぼちぼち行きましょうか。天国に」

 死神はそう穏やかに言うと星たちを伴いゆっくりと空へ消えた。


お読みいただきありがとうございます。

もしよろしければ評価していただけると励みになります。


余談ですが、この死神は『間抜けな死神』及び『死が二人を分かつまで。』に出てくる女性と同一人物です。

どちらの作品も今回出てくる彼女とは大分雰囲気が違いますので、そちらと読み比べてみるのも面白いかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  私の記憶では思い当たるものが無く「5238241」この数字に何か意するものがあるのかに読みの深さを求められるようで気になります。
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