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バイブリカル・スレイブ-4

 反射的にけたたましい音を鳴らして椅子から立ち上がった新平は、周囲の視線を一身に集めている事にも構わず店内を見渡した。


――この中に『四重奏』が紛れ込んでいるッ!?


 問題として告げられたこの事実に、新平は狼狽を隠しきれなかったのだ。

 だが故意的では無いにしろ、新平の取ったこの行動は契約に抵触してしまっていた。


「いただけないな、酒井新平。問題に取り組むに際し、君に許された行動は私に三回の質問をする事と回答を述べる事、この二つだけの筈だ。注目を集め、リアクションの違いから誰が仲間かを推理するなどと(こす)い真似をするんじゃない」

「よくもぬけぬけとそんな事を……ッ!!」


 呆れたように話す美和子に新平は怒りを禁じ得なかった。

 新平がそんな思惑で席を立ったのではないのは、美和子の目からも明らかな筈だからだ。


「違うと言うのか? ならば君は店にいる者全員の首に順々にナイフを突き付け、私の仲間かどうかを白状させていく手段も合法だと、そう言うのか?」


 だが言っている事は正しい。そんな出題者を締め上げ答えを白状させるのとなんら変わらない方法が、よもや合法な訳がない。間違い無く不正行為に当たる。

 そして不正行為の禁止が契約に明記されている以上、新平は出題された問題に不平があったとしてもこれに逆らう事は出来ない。


「なに、ただ君が契約を拒否した時の為に保険をかけていただけだ。私の指示が無い限り危害を加えはしない」

「契約を交わして貰います!」


 新平は忌々しげに美和子を睨み付け、席に座ると同時に叩きつけるようにして本に手を置いた。

 その行動に美和子はわざとらしく目を見開く。


「ほう、私を相手に契約を持ち掛けたのは君が初めてだ、酒井新平。して、一体どんな契約を?」

「言うまでもない! このゲームが終了した時、貴女の仲間を僕達に手出しさせないと誓って貰います!」


 先の新平の行動が不正行為に当たるように、美和子が仲間を使い不当にゲームを有利に進めるのも不正行為に当たる。そして交わした契約に不正行為が禁止されている以上、ゲーム中の新平と由貴の安全は確保されている。

 だがゲームが終了し、結んだ契約の効果が切れてしまえばその限りではない。


 となるとゲームに負ければ美和子の物となり、勝利すればその途端に攻撃を受けるというふざけた事態を回避する為に、新平がこの契約を持ち掛けるのは当然の事だと言えた。

 だがこの契約には美和子に旨味が無い。美和子が了承してあげるか否かは、彼女の気分次第という訳だ。

 それがハメられた形になる新平には途方もなく腹立たしかった。


「いいだろう。そんな契約を結んだところで私には何の不利益もない」


 だが美和子は新平の持ち掛けた契約を二つ返事で了承し、本に置かれた新平の手にあえて自らの手を重ねた。


「君のご要望通り、ゲーム終了後は大人しく帰らせて貰う。もとよりそのつもりだった」


 そして先程と同じように契約を交わし、新平はまた一つ新たな繋がりが美和子との間に生まれるのを感じた。


「思わぬ寄り道をしたがゲーム再開と行こうじゃないか。最初の質問は思い付いたか?」


 再び背凭れに体を預けた美和子は、アイスティーを啜りながら新平に問い掛ける。別の事に思考を割いていた新平が、質問を思い付いている訳がないと知りながら。


「……質問までのリミットは契約には書かれていません」

「なんと、私とした事が契約に置いて出し抜かれる事になるとは! 確かに君の言う通りだ。仕方がない、ゆっくり考えてくれ」


 新平の苦し紛れの反論に美和子はまたもわざとらしく驚愕の表情を作り、口をつぐんで新平の質問を待つ事にした。


 一々癇に障る反応を返す美和子に舌打ちをすると、新平は席に座ったまま店内を見渡しまずは人数を数える。

 二人組や三人組の客、そして店員を合わせてその数は十六人。決して多くは無い数字だが、新平はその数に顔をしかめた。


 一見、先の例題が丸いものという出題から月に辿り着くのに比べ、この『仲間探し』は幾分も簡単に思える。

 何千、何万の候補から一つを特定するのではなく、たった十六の内の一を当てれば良いだけだからだ。


 だが実際は違う。

 素性も知らぬ十六人の者達から一人を特定するこの問いに置いて、三回という質問は少なすぎた。


 まず考えられるのは、性別や髪型の質問で正解を半分に絞り込んでいく方法だ。だがそれでは十六人から半分の八人に、更に半分、更に半分と答えを絞っても、三回の質問では二人にまでしか絞り込めない。

 最後には二人のどちらが当たりか、勘だけを頼りに回答しなくてはならなくなる。

 つまり完全に運試しの手法であり、新平にこの手段を選べる訳がなかった。


 半々に分けるのではなく、人数の偏った質問をするのも同じだ。

 例えば『この九人の中に正解はいるか?』といった質問をしたとする。それで七人側に正解がおり、次に三人側に、次に一人側に正解がいれば、最終的に正解を一人にまで絞り込める。

 だが一度でも人数の多い側に正解が割り振られてしまえば、その時点で一人には辿り着けない事が確定してしまう。

 これもまた運次第な作戦なのである。


 では運に頼らず、最終的に一人へと辿り着ける方法があるだろうか?


 実はある。


 それは『答えられない』を利用し、『イエス』と『ノー』の二つではなく、『イエス』と『ノー』と『答えられない』の三つのグループに分けて正解を絞り込む手法だ。

 これならば運が悪くても一度の質問で六人に、二度目で二人に絞り込み、最終的には一人にまで辿り着ける。逆に運が良ければ、たった二度の質問だけで答えに到達する事が出来てしまえる。


 この手法を見つけ出した時、新平が勝利を確信したのは言うまでもない。

 だがそれも一瞬の事。自分がある前提を無意識の内に打ち立てていた事に気付いた新平は、この手法に潜む大きな落とし穴に気が付いた。


 ある前提。それは、答えが一つであるという事である。


 この問題、先の例題のように答えが一つだとは限らない。仲間が二人いる可能性も十分に有り得るのだ。

 もっと言えば三人、更には四人の仲間がいてもおかしくはない。


 正解が複数人いるのは新平に有利なような気もする。

 確かに十六分の一であった正解の確率が、十六分の二、十六分の三と上がっていくので、適当に選んでも正答できる可能性は正解の数に比例して上がる。

 だが同時にそれぞれの正解が様々な条件を満たし、そして満たさない為、質問に対し『答えられない』との回答をされる可能性も跳ね上がってしまう。

 それは何もヒントを得られず、質問を無駄にする可能性が上がるという事である。


 複数人の正解がいるのは新平にとって不利な要素なのだ。正確には、複数人いるかも知れないと気付いた事でこの問題の本来の難度に気が付いた、と言うべきかもしれない。


 そして正解が一つではないというゲームの根本的な部分を疑い出すと、他の部分も怪しく思え始めてしまう。

 例えば、正解の人物は店内にはいるが、トイレやカウンターの下に隠れているのではないか? といったように。


――この問題、運無しでは解に辿り着けないのか?


 疑わしい要素を一つ一つ潰して行くにも、質問の回数が三回では明らかに足りていない。

 新平は予想を遥かに凌ぐ正答の難しさに、思わず唸るような声を零すのだった。


「質問でピースを集め、解の完成を目指すこのゲームに推理パズルという名は相応しい。確か私はこう言ったな?」


 思考する新平の様子を黙って見ていた美和子が、不意に口を開く。


「ピースを組み合わせて出来上がったパズルの絵柄を解として、例えばもし、手にした三つのピースが噛み合わなかった場合どうなると思う? そう、どう足掻いても絵柄を作り出す事は出来ない。もしそうなってしまえば、解には、絶対に、辿り着けない」


 三つのピース。それは三回の質問を指している。

 三つのピースで正しい絵柄を作る為には、三回の質問が全て的確である事が必要だと、美和子はそう言っているのだ。


「フフフ、質問は慎重にな。たかが三回の内の一回だと甘く見ると、取り返しのつかない事になる」


 数多に考えられる質問。だが解に辿り着ける質問はその内のたったの三つ。


 単なる揺さぶりかも知れないが、出題者という問いの全てを知る存在である美和子の話したこの事に、確かに正答できるのは十六分の一や十六分の二などといった確率ではないと新平は思い知った。


――まずは全ての情報と可能性を整理しよう


 悲観していた所で何も始まらない。新平はそう自分に言い聞かせ、深く息を吐くと思考の整理に着手した。


 まず、この店内に美和子の仲間がいる。これは出題された内容であるからして間違いない。

 そして新平の見る事の出来る十六人の中に正解の人物がいるとは限らず、一人であるとも限らない。


――最初の質問で、この十六人の中に正解がいるか否かを絞るべきだ


 そう思考し、しかし新平は即座にその案を棄却した。

 十六人の中にいるか否かだけではなく、他の場所にいるか否かも同時に確認すべきだと思ったのだ。

 十六人の中と外、そのどちらに仲間がいて、どちらに仲間がいないのか。これを正確に把握しておかなければ、今後の推理に支障を来す。


 可能性は三つ。

 十六人の中にのみ正解がいるか、外にのみいるか、両方にいるか、だ。

 これを一回の質問で絞り込まなくてはならない。


 新平は僅かに思考してから、そしてついに口火を切った。


「あちらに居る、客と店員を合わせた十六人。ここから見えるあの十六人です。これを三回の質問の内の一回とカウントするならば答えなくて結構ですが、僕の言っている十六人が伝わっていますか?」

「フフ、良い子だ。私の言った通りに実に慎重になっている。ああ、君の言っている十六人は分かるよ。私の位置からも見えるからな」

「では、最初の質問です」


 新平は意図していない人物を十六人に含ませない為の前置きをし、


「あの十六人の内の一人であり、店内にいるそれ以外の者ではない。正解はこの条件に合いますか?」


 言うべき言葉と言ってはならない言葉を吟味した、この質問を美和子に投げかけた。


 この質問は実に微妙な言い回しによる問いだと言える。そしてそれこそが、『イエス』ならば十六人の中にのみ、『ノー』ならば外にだけ、『答えられない』ならば両方に正解がいると断定出来る問いとする為の、極めて重要なポイントであった。


 例えば『正解「の人物」はこの条件に合いますか?』とは言ってはならない。

 答えが複数人おり、一人でも条件に合致していた場合に『イエス』と答えられてしまうからだ。これでは外にいるか否かが分からなくなる。


 『正解はこの「二つの」条件に合いますか?』とも言ってはならない。

 両方の条件を満たしているか? という意味の問いに取れてしまい、片方に合わなくても『ノー』、両方に合わなくても『ノー』と答えられてしまう。

 条件の片方には合っているが、もう片方には合っていない、それ故の『答えられない』という回答の道を残していなげればならないのだ。


 このような言ってはならない言葉が多数あるのに反して、『店内』という言葉は必須だった。

 地球の裏側にいる仲間まで含んだ回答をされる訳にはいかないのだから、当然の対処である。


 新平の言葉を取捨選択したこの質問は、余計な解釈をさせない絶妙なものだと言えた。


「長考しただけあって、なかなか難解な質問だな。少し考えさせてくれ」

「どうぞ。余り長くは待ちませんが」


 新平に断りを入れてから、美和子は顎に指を添えて思考に没入する。


 そして熟考の末に視線を新平へと戻し、


「最初の質問に対する答えは、『ノー』、だ」


 十六人の中に正解の人物はいない、という回答をした。


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