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バタフライ・サイファー-1

 桜庭高校は今、お昼休みの真っ只中であった。

 秋人は登校途中にコンビニに寄って買ってきた物を春香と他数人で食べるのというのが常だったが、今日はいつもと違う人物と春香の三人で席を囲んでいた。


「新平……何でお前がここにいるんだ……?」

「え?」


 その人物とは酒井改め新平である。


 昼休みになった直後。授業終了のチャイムが鳴り止まぬ内に、新平が輝かしい笑顔と共に秋人の教室へとやって来たのだ。

 そして今は秋人の対面に座っている。


「す、すいません……僕、誰かとお昼休みを過ごすのに憧れてて……」


 秋人の問いを拒否の意味に取った新平は、しょんぼりと視線を下に落とした。


 学年で唯一不良に目を付けられていた新平と昼を過ごしたいという奇特な人物などいる訳がなく、新平はこれまでいつも一人ぼっちだった。それ故このような普通の昼の過ごし方を、いつかきっとと夢見ていたのだ。


「もう、そんな言い方したら新平が可哀想だよ秋人」


 新平が秋人に抱きついた経緯(いきさつ)を聞いた春香は、件の確執なく酒井と接していた。


「良いんです春香先輩……僕が悪いんです……迷惑でしたよね……」


 新平は箸をくわえたままシュンと小さくなっていた。


 春香が関わる事となると容赦しないし、いちいち行動が大胆な秋人とて極悪人ではない。もとより単純に疑問を口にしただけであって拒否の意図はなかったし、そんな姿の新平を突き放せる訳がなかった。


「い、いや迷惑って訳じゃないんだ。ただ、あー何だ? そう、同学年の友達を作った方がお前にとって良いと思ってな」


 秋人は言葉選びに四苦八苦しながら少し苦しい言い訳をした。


「あ、秋山先輩……! そこまで僕の事を考えて……!」


 新平は完全に信じて目に涙を浮かべた。あの一件以来、新平は秋人に対して憧れを超え崇拝の念すら抱いていたのだった。


「僕、僕、僕……う、うわああん! 一生付いて行きます秋山先輩ぃぃいいいあブふァ!?」


 感極まり秋人に抱きつこうとした新平の突進は、間に差し込まれた春香の弁当の蓋で遮られた。


「新平。それ禁止」


 いつもの春香からは考えられない冷たい視線が新平に向けられる。例え男でも、他の人が秋人に抱きつくのを見て春香が面白いはずがなかった。


「す、すいません、つい……」


 蓋にぶつかった鼻を押さえながら新平が謝罪する。ついで抱きつかれては堪らないと、秋人は昨日から囁かれている自分と新平の噂を思い出して嘆息する。


「でも安心してください! 僕はノーマルですから!」


 自分のクラスのではない教室で声高々に宣言する新平は、やはりどこかズレていると感じる秋人なのであった。






 その日の放課後。

 春香は友達と遊びに行くというので、秋人は新平を連れて学校から直接小さな喫茶店へと来ていた。


 コーヒーの香りが立ち込め、静かな時間の流れる落ち着いた良い雰囲気の店なのだが、小さく駅から遠い為流行っているとは言い難い喫茶店だ。今も秋人達しか客はいなかった。


 店の奥の席に二人は腰掛け秋人はアイスコーヒーを、新平はホットココアをマスターの老人に注文した。

 運ばれてきたコーヒーを一口味わい、それから秋人が口火を切った。


「分かってると思うが、俺達は今危険な立場にある」


 秋人は真剣な表情で言った。


「すいません……」

「新平のせいじゃない。俺が勝手に首を突っ込んだんだ。それに俺の行動も適切じゃなかった」


 新平が謝ったのは、新平も危険な状況だというのを理解しているからだ。


 秋人が件の事件の犯人を三人に絞り込んだように、他の者も同様に新平を疑っていたのは容易に想像出来る。

 そして、秋人の教室で不良達が全員見つかり、更に秋人も新平もその時の授業をサボった。次の日には二人とも怪我をしており、虐めが無くなり新平が秋人に異様に懐いた。

 能力の存在を知らない一般人が真相に辿り着く事はないだろうが、もし学校内に他に能力者がいた場合、その者には秋人も新平も能力者だと把握されているだろう。


「静観してくれれば良いんだけどな」

「そうですね」


 そうは言ったが秋人は恐らく無理な願いだと自覚していた。

 例え秋人達にその気がなくても他の能力者は手を出してくるだろう。野心のある者は仲間に引き込もうとするか、邪魔だと考え排除するかしてくる。

 接触はまのがれられない。


「どうします?」


 ココアを啜りながら新平が尋ねる。


「当然、降り懸かる火の粉は払うまでだ。その為にも火元を探る」

「というと?」


 新平が首を捻る。


「俺は能力者を探す」


 動かない能力者を探すのは不可能なように思えるが、奇襲を受けるのを待つつもりはない、と秋人言った。

 敢えてこちらから手出しする気は毛頭ないが、注意すべき相手が分からなくては接触を避ける事も出来ない。


 少しだけ残ったコーヒーを一気に飲み干し、秋人はお札と一枚のメモ用紙を置いて立ち上がる。メモ用紙には秋人の携帯の番号が書かれている。


「何かあれば連絡をくれ。俺が何とかしてやる」


 それは新平にこの件に関わるなと言っていた。


「ぼ、僕も一緒にやります!」

「言っただろう。お前は普通の生活をしろ」

「僕は秋山先輩の力に……先輩の為に能力を使いたいんです!」


 秋人は微笑み、春香にするように腰を浮かした新平の頭に手を置いて腰掛けさせる。


「必要になったら頼るから、とりあえず今は俺に任せろ。良いな?」


 新平はそれ以上何も言えなかった。そして渋々だが頷き、それを確認した秋人は喫茶店を後にした。

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