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バラエティー・アイ-4

 翌日。夏休みの初日を迎えた今日は、昨日に引き続き空は厚い雲に覆われ、夏の日差しが和らぎ過ごしやすい日であった。


 いつもの平日に比べれば少し遅い、そして休日に比べれば少し早い時間に起きた秋人は、まず東桜庭町の駅前で携帯電話を購入した。

 時間に余裕があれば今日の午後に、無理ならば明日にでも買いに行けば良いかと秋人は考えていたのだが、昨日、春香からは連絡を取れなかった事への涙ながらのお叱りを受け、更に母親からは同じ内容を含む説教を怒気と共にされたので、急遽予定を変更し午前中に携帯ショップに足を運んだのだった。

 ちなみに前回購入した時の弾痕騒動から学び、バックアップを取っていたのでデータも健在である。


 そうして待ち合わせまでの時間を使った秋人は倉庫街へとやって来た。

 そこはいつものように人通りは無く、静寂が支配している。


 秋人は腕時計で十二時を迎えたのを確認し、姿の見えない詩織に前回買い換えたのと同機種の、しかし未だ使い慣れない携帯を操作し電話をする。一回目のコール音の途中で詩織はそれに出た。


『もしもし? 秋人?』

「ああ、俺だ」

『昨日と番号が違うよ?』

「昨日は借り物からかけてたんだ。今どこにいる?」


 聞けば例の倉庫の中にいると言うので、秋人は自分のいる外に出て来てくれるよう詩織に告げた。

 狭く逃げ道の無い室内で会うというのは、どうにも気が進まなかったのである。警戒するに越した事はなく、距離を置ける外の方が幾分も安心出来る。


 そして件の倉庫の裏口から出てきた詩織は直ぐに秋人を見付けると、


「秋人!」


 ブンブンと手を振りながら駆けて来た。満面の笑みを浮かべた詩織はさながら尻尾を振って寄ってくる犬のようである。

 それを見て秋人は警戒しているのが馬鹿らしくも思えたが、そこは注意を怠りはしない。

 そして詩織も気配から秋人の警戒心を察し、笑顔は絶やさないがそれなりの距離を置いた場所で立ち止まった。


「ピリピリしてるね。好きよ、こういう雰囲気」


 そして浮かべていた笑みにいつかのように艶を混ぜながらそう言った。


「よしてくれ、お前とやり合うのは二度と御免だ」

「ちぇ、つれないなぁ」


 詩織は口を尖らしてみせたが、台詞とは裏腹に初めから期待していた訳ではなかったので、早々に妖艶な雰囲気を消した。


「で、頼み事があるんだったね。確か能力者の護衛だとか」

「ああ」


 コロコロと纏う空気を切り替える詩織に感心していた秋人に対し、詩織は本題を切り出した。

 秋人も思考を切り替え促されるまま語を紡ぐ。


「『四重奏』という能力者集団を知ってるか?」

「存在はね。秘密主義の過激派。ここいらの界隈じゃあ有名だよ」


 東桜庭町という奇特な地におけるその存在の特異性。そして秋人が知る以前から繰り返してきた命を命と思わぬ残酷にして過激な行動から、『四重奏』が周知されるのは自然な事だと言えた。


「奴等が関わってるの?」

「『四重奏』の元構成員を保護する事になったんだ」

「そうなんだ。うん、大体の流れは分かった」

「察しが良くて助かるよ」


 『四重奏』を秋人と同等程度には知っている詩織は、秋人が詳細を話さずとも事の流れを汲み取る事が出来た。

 今のやり取りでは自身が守る事になる小枝子個人の事は少しも読み取れなかったが、それは追々で良い。詩織の仕事に無関係の事である。


「にしても、あたしには大人しくしてろって言ったのに、自分はヤリたいようにヤッてんだ?」

「やむを得ずだ」


 詩織は非難の視線を秋人に向けたが、秋人は言葉少なくそれをいなす。


「今回の事は、場合によって不利な戦闘を切り抜けなきゃならない状況も有り得る。頼めるか?」


 そして尋ねたその言葉に、詩織は笑顔で頷いた。


「出来るか、って聞かないのは嬉しいよ。答えは勿論イエス。引き受けてあげる」

「ありがとう」


 秋人の述べた感謝の言葉に、詩織は満足げにニンマリと笑いうんと答えた。


「それで、護衛はいつからになるの?」

「今はまだ可能な限り早く、としか言えない。準備に手間取っているんだ」


 まず詩織と小枝子が住む場所を確保しなくてはならないが、これはそう難しい事では無く時間も掛からないだろう。

 問題となっているのは小枝子の引き渡しの方法である。


 『番犬』に裏切り者がいる可能性がある為、『番犬』には小枝子の行方を知られない方が良い。そして今後、食料の調達など二人が生活するため外に出歩き人目に付く機会の多くなる、つまり小枝子の行方を探る者にも自然と見付かりやすくなる詩織の存在も、『番犬』には隠した方が賢明である。


 となると秋人が、あの日同室にいたため裏切り者の可能性のないルーシーか和臣個人から小枝子を引き取り、それから詩織へと引き継ぐ方法がベストだと考えられる。


 だが恐らく秋人が小枝子を引き取る事は『番犬』に潜む『四重奏』の内通者にも既知の事であり、小枝子の行方を把握しようとするならば秋人に見張りを付けている可能性がある。それも凄腕の監視者による見張りだろうと秋人は考えていた。


 その考えは秋人が過去に哲也の尾行を看破した事に起因している。

 対象に気付かれている見張り程意味のないものはない。そして秋人に見張りを見破る洞察力があると分かれば、生半可な実力の者ではなく、それこそ諜報系の能力者による監視が付けられていると考えるのが妥当である。


 更に監視は秋人に対してだけとは考えがたい。小枝子本人にこそ、真に力のある見張りが付けられている事が予想される。


 引き渡しには秋人の見張りと小枝子の見張り、この二つの『四重奏』の目をかいくぐらなくてはならない。


 秋人の見張りは秋人が引き渡しの現場に向かわず詩織に任せる事で躱せるが、小枝子の見張りはそうは行かない。そちらは引き渡す側が解決しなくてはならない。


 そしてその計画の摺り合わせがまだ、秋人とルーシーの間で出来ていないが為に、いつになるかは分からないと秋人は答えたのだった。


 勿論、これらが全てただの杞憂である場合もあるが、予断を許さない状況ならば尚更念には念を入れて挑むべきである。


「動く時になったら連絡する。それまではまた大人しく身を隠していてくれ」

「えっ、久しぶりに会えたのにもうお別れ? ご飯とかは?」

「悪いがこの後は予定がある。飯は落ち着いてからゆっくり考える事にしよう」


 秋人は持っていた携帯の箱やらの入った紙袋から、紙の束を出して見せる。それは昨日、新平と作った現在貸しに出されているマンションのリストだ。

 秋人はこの後、必要となるマンションを見て回るつもりであった。


 だが実のところそれはポーズに過ぎない。実際は既に三カ所、まだ借りてはいないが借りる予定の物件は決定している。


 一つは実際に詩織と小枝子の住む物件。一つは緊急時に使う予備の物件。

 そして最後の一つは今日見て回る内の一つで、監視者に対するフェイクの為の物件である。

 情報を何も掴ませないよりも、偽の情報を掴ませておいた方が良いというのが秋人とルーシーの共通の考えであり、ルーシーは既に三カ所の借用とその出費の負担も認めていた。


 そして人通りが無く視線の通らない倉庫街ならまだしも、詩織を連れ立って街中を歩くのは監視の可能性を考えると宜しくなかった。


「予定があるなら仕方ないかぁ。じゃあご飯は次の機会で許してあげる」

「ああ」


 落ち着いてから『行こう』ではなく、『考えよう』という結局行かない可能性を残している事に詩織は気付かず、渋々だが引き下がった。


「じゃ、あたしは行くね。出来るだけ近くにいるようにするから、何かあればまた連絡して。直ぐに駆け付けるからさ」


 するべき話が済んだ所で詩織はそう言うと、片手を振りながら踵を返し、倉庫街の小道から大通りの方へと歩き出した。

 そして秋人から姿が見えなくなる直前、何かを思い出したようにして角から半身を出して振り返った。


「あと次は警戒心を持ってくる必要はないよ? たとえ裏切るとしてもタイミングは今じゃ無いから。秋人が気兼ねなく全力を出せる状況じゃなきゃ、あたしにとっても意味が無いでしょ?」


 そんなつもりも無いけどね、と付け足し、詩織は秋人の返答を待たずにヒラリと手を振って立ち去っていった。


「……確かに、よくよく考えてみればその通りだ」


 一人残された秋人は誰に聞こえる訳でもない呟きを零す。


 小枝子をどうこうしたところで詩織には一文の益もない。それは秋人も初めから理解していたし、だからこそ詩織に護衛の仕事を持ち掛けた。

 小枝子を出汁に秋人と再戦するにしても、秋人が小枝子に気を取られないよう彼女の安全が確保されている状況でなくてはならない。そうなると詩織が言った通り、詩織が裏切るとしても小枝子が『四重奏』に狙われている今にはなりえない。


 『番犬』に裏切り者がいたという事で、最近は神経質に気を張り過ぎていたのかも知れないと思い、秋人は自嘲的に苦笑した。

 同時に、気を悪くするでもなくそれをやんわりと指摘してくれた詩織に、秋人は警戒心を剥き出しにする自身が滑稽に映ったであろう事にばつの悪さを感じながらも、素直に感謝の念を抱くのだった。


 こうして、秋人は詩織という新たなカードを手にするに至ったのだった。

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