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バラエティー・アイ-3

 『番犬』のアジトを後にし帰宅した緩奈は、秋人と同様すぐに家を出た。

 今朝の秋人は考え事をしていて心ここに在らずといった様子であったので、緩奈はそれ程話をする事が出来ず、昨夜からの出来事をいまいち把握出来ていなかった。そのため早めに学校へと行って秋人に会い、昨夜の話と今後の動きを確認しておきたかったのである。


 まだ部活動の朝練に参加するような生徒しかいない学校へと着いた緩奈は、昇降口で上履きに履き替え、秋人のクラスのげた箱へと向かう。上履きの有無で秋人が既に学校に来ているかを確認するつもりなのだ。


 当然緩奈はクラスは知っていても秋人個人のげた箱の位置までは知らない。そしてこんな場所で能力を使う訳にもいかず、キョロキョロと視線を這わせて秋人のげた箱を探す事になった。

 秋人の名字は秋山であるからして、恐らく出席番号はかなり始めの方だろうと当たりをつけて捜索する緩奈はふと、早朝の人気がない時間に他人のげた箱を探す様は、まるで意中の相手のげた箱にラブレターを投函する者のようではないか、と頭の片隅で思ってしまった。

 考えたが最後。それまで緩奈には何の抵抗も無かったが、意識すると途端に自分の行動が恥ずかしくなってしまう。


 羞恥に頬を赤らめながら周囲を見渡し誰もいないのを確認すると、緩奈はげた箱の捜索を急いだ。


「アンタ、そこで何コソコソしてんの……?」


 しかしその努力も虚しく、秋山と書かれたネームプレートを見付け、そこに上履きが鎮座しているのを確認すると同時に緩奈は声を掛けられてしまった。それも、今最も会いたくない人物に。


「ってかそこ、秋人くんのクラスのげた箱じゃん……軍事オタクなのはまだ良いけど、靴の臭いフェチとかそういうのはやめてよね」


 焦って振り返る緩奈に、翔子は細めた目に純度百パーセントの蔑みを浮かべてそう言った。緩奈が出くわしたのは翔子である。


 翔子の言葉による羞恥からか怒りからか、緩奈の赤い顔は一層朱を帯びた。

 そして弁解といつものように罵倒が口をつこうとした寸前、緩奈は言葉と一緒に息を飲んだ。


 翔子の目元が赤い事に気が付いたからである。


 いつもはパッチリとした二重の瞼が、今は少し腫れてしまっているのも見て取れる。

 更に注意深く見てみればいつもはしている化粧をしておらず、髪も適当に撫でつけただけでボサボサで、今の翔子は疲労にも似た悲壮感を感じさせる風貌であった。


 つい先程まで翔子が泣いていたのだという事を、緩奈は即座に察した。


 想像した事も無かった翔子の精神的に酷く弱った姿に、緩奈の沸騰してしまう程だった顔の熱は嘘だったかのように引いていた。


「……何か言ってよ」


 押し黙ってしまった緩奈に、翔子は鞄の持ち手をギュッと掴み視線を外してポツリと零す。


「……別に変な趣味は無いわ」

「じゃあ何してたのよ」

「秋人が来てるか確認してただけよ。貴女こそどうしたの?」


 抑揚なく返答する緩奈のその問いに、翔子は苛立ちを露わにした表情を真っ向から向けて答えた。


「別に何もないし。ってか私に気を使うとかアンタの柄じゃないし」

「気なんか使ってないわ。こんな早く学校に来てるからどうしたのって聞いたの」


 てっきり涙の理由を聞かれたのだと思った翔子だったが、それが早とちりの勘違いだと気付かされ、ばつが悪くなって緩奈から再び視線を切った。

 緩奈は俯いてしまった翔子にゆっくりと歩み寄る。


「でも今の貴女を見れば心配もするわ。ねえ大丈夫? ヒドい顔してるわよ?」


 そして差し出した手で頬を優しく撫で、緩奈は慈愛に満ちた声色で今度こそ間違いなく翔子を気遣う言葉を口にした。


 いつもは表面的とはいえ傷付け合うだけの間柄である緩奈の見せた優しさに、翔子は不覚にも涙腺が緩むのを感じた。

 だが話した所でどうにもならないだろうという事を翔子は確信していた。


 翔子を悲しませている原因は、哲也の死だ。


 翔子は『番犬』に属している為彼とも交流があった。

 異性との距離感だったり言いたい事を迷わず口にする気性だったり、二人は実に共通点の多い者同士だった。

 それ故の衝突も多かったが、互いに互いを理解し合える掛け替えのない友人でもあった。

 反目し合い、口では悪く言いあってもそこに悪意はなく、むしろ飾らない自分をさらけ出せる心地良い関係を築いていた。


――ったく、相変わらず性格悪りぃな、お前


――別にアンタ程じゃないし


 例え言い争いになっても、どちらが正しいとも決めず結論を濁す事が二人の暗黙の了解であった。これはそんな二人が終止符を打つのに使う、お決まりのやり取りだった。


 しかし、もうそのやり取りをする事はない。

 その機会は既に永遠に失われてしまっている。


 本当ならば学校なんか来ないで気が済むまで泣き喚きたい。

 だが翔子は溢れ出そうになる涙を食い止める為に、頬に添えられた緩奈の手を辛辣に叩き落とすのだった。


「あーはいはい泣いてました、泣いてましたよ。で、それが何? もしかして可哀想だとでも思ってんの? 人を哀れむアンタは一体何様?」


 翔子は開き直ったようにそう言い放ち、敵意すら感じさせる視線で緩奈を睨み付けた。

 しかし緩奈は僅かに悲しそうな表情を作るだけで、瞳に慈しみの色を浮かべたまま翔子から目を逸らさない。

 それが一層翔子を惨めにさせ、苛立たせる。だから翔子は思わず声を張り上げてしまった。


「事情も知らないのに同情なんかしないでよ腹立つ! どうせ本音じゃなんとも思ってないクセに! 猫被って良い子ぶって、そういうのが一番ムカつく!!」


 感情的になって声を荒げる翔子には鬼気迫るものがあった。


 だが、それでも緩奈の表情は変わらない。赴くままに感情を吐露した翔子の頬を、一筋の涙が滴り落ちていたからだ。


 不意にそれに気付いた翔子は、咄嗟に緩奈に背を向け目元を袖で拭う。


「もういい、帰る。超白けた」


 そしてそのまま校門へと歩き出し、その場を後にしようとした翔子だったが、


「翔子」

「ッ!?」


 直後に取った緩奈の予想外の行動にそれを阻まれ、目を見開いた。

 緩奈が背を向けた翔子を後ろからギュッと抱き締めたのだ。


「ごめん。何も知らないから、何て言ってあげれば良いか分からないの」


 緩奈は翔子を抱き締める腕にギュッと力を籠める。


「でも同情なんかしてないわ。貴女が心配なのよ。だって私達、友達でしょ?」

「あ……」


 思わぬ緩奈のその言葉に、翔子の心が氷解する。

 そして気が付けば、翔子は緩奈の胸にすがりつき声を上げて泣き出していた。


 正直な所、緩奈でなくとも良かったのかも知れない。それこそ一人でも構わなかったのだろう。

 感情を抑え込み、心を押し殺した振る舞いをする事が自身を苦しめていたのだから、翔子はただただ悲しみに暮れ、人目もはばからず涙を流せばそれで楽になれたのだろう。


 今回はただ、心に着せた鎧を打ち崩したのが自分自身でも誰でも無く、緩奈の言葉だっただけに過ぎない。


 冷静な部分でそんな言い訳染みだ事を考えながらも、翔子は(せき)を切って溢れる涙と嗚咽を止められなかった。


 震える翔子の体を、緩奈は守るように、包み込むようにして抱き締める。


「柄じゃ、ないのに……」

「そうね。確かにいつもは憎たらしく思ってる貴女を心底心配するなんて、今日の私はなんだか柄じゃないわ」


 緩奈は微笑みを浮かべながら、翔子の嗚咽混じりの呟きにそう答える。

 だが翔子は緩奈の胸に顔を擦り付けたまま首を横に振った。


「女の武器を、こんな無駄に使うなんて、私の柄じゃないのに……」


 そして柄じゃないのは自分の方だと途切れ途切れに言われ、緩奈は鳩が豆鉄砲をくらった表情というのを的確に作り出した。

 こんな状況で意外にタフだなと思い緩奈は苦笑した。


「まったく良い性格してるわよ、貴女」

「……アンタ程じゃないもん」


 その後、翔子は多くの生徒が登校するまでの間わんわんと泣き喚き、緩奈は頭を撫で、背中をポンポンと叩いて翔子をあやすのだった。







 一方秋人はというと、緩奈が来た時には既に学校におり、上履きには履き替えず革靴のまま職員用の駐車場へとやって来ていた。車でやって来る綾をそこで待っているのである。


 しかし昨夜一睡もしていない秋人の疲労は、抜けていないどころか山積していた。故に何時に来るかも分からない綾を待ちきれず、車輪止めのブロックに腰掛け寝息を立てているのであった。


 コクリコクリと舟を漕ぎ、僅かに開いた口から垂れた涎が足の間に水たまりを作っている。

 そんな無防備な秋人の様子を、膝が触れ合う程の至近距離にしゃがみ込み、吐息を感じられる程の距離まで顔を寄せた綾が観察していた。

 特にこれといった意図はないのだが、何となく見ていたくなった綾はかれこれ十分程の間こうしていた。


――さすがに寝てる時は眉間の皺もなくなるのね


 綾は不意にそんな何の意味もない事を考え、折角だから触っておこうと思い付いて手を伸ばすと、


『アッキーにイタズラしちゃダメ!』


 そう書かれた紙を見ている奈々の記憶が綾の頭に流れ込んできた。


 綾はそれに苦笑するとバックから携帯電話を取り出して、


『おはよう。洗濯機回しておいたから、ベランダに干しておいてね』


 そう打ったメールを見てから、奈々の返事を待たずにヒューマン・ネットワークの回線を切った。そして愛しい我が子の反応を想像し、綾は声を殺して笑うのだった。


 しかしイタズラ心をくすぐられ意地悪をしてみたが、奈々が臍を曲げて口を聞いてくれなくなっては堪らない。綾は奈々へのお土産として、秋人の寝顔を写真に撮っておく事にした。


 打ち込んだメールの本文を削除し、カメラを起動した携帯を秋人に向ける。

 僅か数センチと距離が近すぎてぼやける画面に、綾は腰を下ろした状態のままよちよちと後ろに下がってピントを合わせる。

 そして徐々に鮮明になってきた画面にようやくとらえた秋人は、カメラ越しに綾を睨み付けていた。


「……何をしてるんだ?」

「世の中には二種類の親がいるわ。子を思い心を痛めて時には厳しく接する事の出来る者と、それが出来ない者よ。そして私は後者なの」


 写真を取るのは許しを乞う為なのだから、綾の話した内容は今のこの状況とは全く関係が無い。

 だが状況を掴めず秋人がそれを指摘出来ないのを良い事に、綾はそのままシャッターを切って不機嫌な顔の秋人をカメラに納めた。


「子を思わない行き過ぎた躾をする者もいるけど、私から言わせればそれはもう親じゃないわね」

「すまないがその話はまた今度にして貰って良いか?」


 再び持論を展開してシャッター音を鳴らす綾を、秋人は手でカメラのレンズを塞ぐ事で制止した。

 綾が携帯の横から不満気な顔を覗かせるが秋人は気にしない。取り合ってくれないのを理解した綾はそれ以上は諦め、パタンと携帯を閉じた。


「意識が無い間、私も奈々もすごく心配したのよ」

「また随分と話が飛んだな。まぁ、心配をかけてすまなかった」

「よろしい。じゃあお仕事の話をしましょっか。何をご所望?」


 綾はバックに携帯を仕舞い、再びよちよちと距離を詰めながら秋人にそう尋ねた。


 先程ピントを合わせる為に綾は秋人から離れたが、元が近すぎた為にそれでも二人の距離は近い。それなのに間隔を詰め、更に本人に隠す気が毛頭ないのであろう、黒の下着が丸見えな訳なのだが、わざわざ軌道に乗った話の腰を折る気の無い秋人はそれらを無視する事にした。


「詩織という能力者とコンタクトを取りたい。それが可能な情報を売って欲しい」


 秋人の告げた言葉に綾は僅かに顔をしかめた。秋人の言う詩織が、奈々を拉致したあの詩織だというのを理解したからだ。

 しかし今は『虫食い』として秋人と話をしている為、綾は私情から来るその感情を引っ込め話を進めた。


「所在は分からないから、売るのは携帯電話の番号になるわ。そうそう、一応言っておくと無償の権利はこれが最後よ」

「ん? 由貴の居場所を売って貰ったのは分かるが、後の二つは心当たりが無いぞ?」


 秋人の手にしていた無償の権利は全部で四つ。

 由貴の居場所を聞き出したのを一と換算して、後二回は利用出来る筈である。


 もしやあの一回が違法であった為のペナルティかと秋人は考えたが、綾は全く別の理由を答えた。


「後の二つは緩奈ちゃんに売ったのよ」

「緩奈に?」

「ええ、貴方が気を失ってる間に情報じゃなく物資をね」


 秋人はそれを聞いてますます分からなくなる。

 緩奈が権利を行使出来るというのも意外だったが、それを緩奈が自分の許可無く使ったというのも意外であった。


 更にそれで物を手にしているという。

 まさか高級車やらを買ったとも思えない秋人は首を傾げ、疑問符を浮かべながら綾に続きを促した。


「強化ガラスと歩道橋。心当たりは?」

「あったな」


 そして綾の答えに得心のいった秋人は頷き微笑した。


 買った物から分かるように、緩奈は二宮健一の能力により被害を出した物を買っていたのである。

 他にも被害を被った物は多々あるが、特に高額な物、あるいは自分達に責任があると強く感じた物がこの二つだったのだろうと秋人は緩奈の判断を推察した。


 既に売って貰ったならば今更何を言っても詮無いことであるし、有意義な使い方なので秋人には文句はない。許可を得なかったのも、何時になるか分からない秋人の意識の回復を待ってしまうと建て替えなどが済んでしまうのだから、それも仕方がない。

 事後報告でも構わないので話しておいて欲しかった、とは思うものの、それも昨日は色々あったし急務ではないので特別問題ではないと言える。


 手に入れられる情報が残り一つになってしまったのは残念だが、秋人はその過程にネガティブな印象を抱かなかった。


「そういえば、由貴の情報を売った事のお咎めは無かったのか?」

「減給と厳重注意」

「あったな」


 秋人はすまなかったと謝罪し頭を下げたが、綾はそれに関しては気にしていない様子で気にしないで良いと答えた。


 そして綾はバックからまた携帯電話を取り出し番号を打ち込むと、それを差し出し秋人の耳にあてがう。

 朝早くから学校にやって来て自分を待っていたのだから、秋人の望んだ情報は権利が後一つだからと覆るようなものでない重要なものであり、そして急ぎの用事なのだと綾は理解していたのだ。


 秋人は耳に当てられたコール中の携帯電話を受け取る。そして七回目のコール音の途中で相手に繋がった。


『……誰』


 寝起きなのだろうか、一発で不機嫌だと分かるその声は、女性だとは分かるが詩織だと判断するのは不可能な程に低いものだった。


「詩織か?」

『……あたしの名前を知ってるアンタはどこのどいつなのよ?』

「秋人だ。東桜庭町の倉庫街でお前に会ったあの秋人」

『秋人ぉ!?』


 秋人が名乗るとそれまで耳を澄まさなくては聞き取れなかった声量が一転し、鼓膜を盛大に揺さぶられた秋人は脊髄反射で携帯を耳元から遠ざけた。

 秋人は大声によりキンキンと痛む耳を手で押さえて携帯を見やる。そして第二波が来ないのを確認してから逆の手に持ち替え、無事な方の耳に再び携帯を当てた。


「突然すまない。俺を覚えてるか?」

『うんうん、覚えてる覚えてる! なになに、あたしの声が聞きたくなっちゃったの?』

「いや、そうじゃない」

『あたしが恋しくなっちゃったの?』

「それも違う」

『じゃあ愛おしくなっちゃったのね!』

「……もうそれで良い」

『いやん、どうしよう! 恥ずかしい!』


 唐突に電話したのだから不躾に本題に入るのははばかられ、少しは当たり障りの無い近況報告でも聞こうかと初めは考えていた秋人だったが、余りに不毛なやり取りにその考えを改める事にした。


「単刀直入に言うとお前に頼みたい事があるんだ」

『うんいいよ、引き受けてあげる』


 まだ内容も話していないというのに即決も良いところだ。キャッチボールどころか卓球のラリーばりの切り返しである。

 そんな詩織の適当な返答に、秋人は引いた耳の痛みの代わりに頭痛が発生するのを感じた。


「ある能力者の護衛を任せたい。少々厄介な事情を抱えていて、場合によって危険な事態に陥る事も想定される」

『うんいいよ、引き受けてあげる』

「…………」


 またも一拍として間を置くことなく返事をする詩織に、秋人は堪らず眉間を指で押さえ込んだ。


「頼む、真剣な話なんだ。真面目に聞いてくれ」

『ふざけてなんかいないよ。あたしが秋人の話を適当に聞き流す訳がないし、ましてや頼みを断る訳がないでしょ。恩人よ?』


 急にトーンダウンして告げられた詩織のその言葉に、秋人は思わずキョトンとした表情を作った。


 貸し借りという一点で考えれば、確かに秋人は詩織に貸しがある。だが秋人が思うに、詩織とはいかなる関係にもなり得る不安定な間柄である。


 と言うのも過去、詩織とは敵として戦いはしたがそれは詩織自身が望んだ事であり、命を救ったがそれは秋人自身が追い込んだ末の事。

 感謝するにしても理由があるし、憎むにしても理由がある。どちらの感情を抱いても条理に反し、反さないという実に奇妙な繋がりを持つ間柄なのだ。


 ならばこうして詩織が好意的な感情を抱くのも決して意外な事ではないのだが、秋人はこうまでハッキリ言われるとは予想していなかった。

 それが当然であるように詩織は言ったが、当然の事ではないのだからそれも致し方ない。


『まぁ愛の告白を受けたから、今や秋人はあたしの恩人から恋人になった訳だけどね』


 つまりこんな事を言っているのは色々な意味でおかしいのだ。色々な意味で。


 無論、秋人としては好意的な印象を持たれるに越したことはない。その好意に懐疑的になりはするが。


「とりあえず、直接会う事は出来るか?」

『うん。大丈夫』


 しかし少なくとも好意が詩織の起用を覆す要因にはなりよう筈も無い。

 真意を見極めにしても電話越しでは無理があると思い、秋人は詩織と直接顔を合わせる事にした。


「いつなら空いてる?」

『いつでも大丈夫。秋人に言われて大人しくしてたから暇なの』

「じゃあ明日。俺は学校があるから十七時に例の倉庫で」

「今日、午前中が大掃除で午後から終業式よ」


 それまで黙って事の成り行きを見守っていた綾が口を挟む。

 そしてここ数日学校に来れていなかった秋人は失念していたが、思い起こせば確かに今日は終業式で、明日からは夏休みであったと思い出した。


「予定変更。明日の昼、十二時に場所は同じく倉庫で頼む」

『了解。久しぶりに会えるのを楽しみにしてる』

「ああ。よろしく頼む」


 そう言って秋人は通話を切った。そして綾に携帯を返し、綾は受け取ったそれを鞄に仕舞った。


 それから秋人は綾と取り留めもない会話を少ししてから教室に向かい、一般的な学生と変わりない一日を過ごすのであった。


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