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バラエティー・アイ-1

 哲也が存命する最後の夜。


 秋人が新たに案内されたのは、四つの個室がある以外は最初のと然程の違いはない部屋だった。

 つまりここもまた高級感をヒシヒシと感じさせる豪華な部屋なのだが、それに一々畏まる気力を残していない秋人は大きく息を吐き出しながら、リビングのソファにどっかりと腰を下ろした。


 思えば長い一日だった。

 深い眠りから目覚めた矢先に貴子という変態との問答をさせられ、小枝子を引き取る事が決まり、緩奈の説教を受けた後に姫乃に拳銃で驚かされ、そして哲也の襲撃を退けた。


 振り返ってみれば秋人の疲労困憊といった状態も無理からぬ事であると分かる。

 そして『番犬』のアジトにいるという状況と警戒心の強い性格から、今日はもう安心して眠る事も出来ないのだから彼もつくづく不幸な男である。


「今日は大変だったね」


 その苦労の何割かを汲み取った和臣が、労いを込めた微笑を浮かべながら秋人の前のテーブルにコーヒーを置いた。

 秋人は目礼で感謝を伝えてからそのコーヒーを口に運ぶ。

 そして和臣はテーブルを挟んだ秋人の向かいに腰掛けて、彼もまたコーヒーを啜った。


「やっぱり団長も疲れてたみたいだね。グッスリ眠ってるよ」


 そう言いながら和臣は何気なく視線をルーシーの眠る部屋の方へと向け、まるで愛でるようにしてカップを撫でる。


 四つの内、今使われている個室は三つ。それぞれでここにいない緩奈、小枝子、ルーシーが眠っていた。


 秋人もルーシーの眠る部屋の扉に特に意図はなく視線を向けると、唐突に和臣が堪えるようにしてクツクツと笑い出した。


「『極楽蝶』の指導者がまた面倒な奴なんだ。本人に悪気はないんだろうけどさ、長々話しておいて結論は話してた話題と全く関係ない所に着地するから、思うように会話が進まないんだよ」


 君とは真逆のタイプだねと言って和臣は笑い、それから再びコーヒーを口に含んだ。

 朝で良いと言ってシャワーも使わず床についた事からもルーシーの疲労が伺え、和臣の話に秋人は苦笑を漏らす事で応えた。


「そう言えば、俺達が来た時の真琴を見たかい?」

「いや?」

「それは勿体無い事をしたね。彼女、走りながら団長に状況説明の為に話してたから、呼吸もままならない状況だったんだよ。それなのに君達の雰囲気がヤバかったからさ、無理に口を閉じて真面目な顔してたから鼻でフンフンいってたんだよ」


 変に真面目なところが可愛いよなぁと言ってまた和臣は笑う。秋人もまた、僅かに笑みを浮かべてそれに応えた。


 その後も和臣が一方的に話題を振り、秋人が僅かなリアクションを返すという時間が流れる。

 疲れてはいるが眠れない秋人はそれが苦ではなく、和臣の無理をしているようでもない様子に素直に感心していた。


 一杯目のコーヒーが空になり、和臣が二杯目のコーヒーを用意しテーブルに置いた時。


「にしても、よく俺を部屋に入れる気になったね」


 和臣はこれまでの話の延長のようにして、そう言った。


「知り合ってからはそれなりの時間が経ってるけどさ、実際に会ったのは翔子の件で俺が君達のアジトに行った一回きりだろ? 信用、とは行かないまでも、よく同室するのを受け入れたね」


 秋人は和臣と出会ったその後電話で一度だけ話はしてはいるが、それも業務連絡にもならない短いやり取りだけだ。

 秋人の警戒心の強さをある程度理解している和臣からすれば当然の、そして素朴な疑問であった。


 秋人は和臣へ向けていた視線を手元のカップに移す。


「あの時の目を覚えていた」

「目……?」


 カップの中の波紋を見詰めながら、秋人は小さく頷く。


「手に掛けてきた能力者の話をした時のあの目を、覚えていたというより忘れられなかった。だからだと思う……」


 秋人自身、和臣に対して自分が然程の警戒心を抱いていない事への疑問があった。

 改めて考えてみれば、その理由は恐らくあの日のあの瞳にあったのだと思い、珍しく語尾を濁してそう告げた。


 そして話してからなかなかに恥ずかしい独白をしている事に秋人は気付き、それを誤魔化すように慌ててコーヒーを飲んだ。


「なるほどね。はは、自分から聞いといてなんだけど、面と向かって言われるとなんだか恥ずかしいね」


 和臣も同様の心境で、髪をクシャッと掻いてから視線を無意味に部屋のあちこちへと振り撒くのだった。


「…………」

「…………」


 二人きりになってから初めての沈黙が場を支配する。

 何を言っても照れ隠しなのは見え見えで、妥協案として二人は口を閉ざしたのだが、これが相当気まずかった。

 交際したての男女に初めて訪れた沈黙に状況は酷似している。男二人という事を考慮すると奇妙ではあるがしかし、酷似してしまっていた。


 秋人からこの状況を打破する事はまずない。そう理解していた和臣から沈黙を破る。


「バラエティー・アイ。それが俺の能力の名だ」


 突拍子も無い話題に秋人は目を丸くして顔を上げた。

 その反応に気を良くしたのか、和臣は笑みを浮かべて言葉を続ける。


「本来直線である視線を自在に曲げる能力さ。光線が水面で屈折するのは見た事があるだろ? 俺はあれと同じ事を行えるんだ。曲がり角の向こうを見る事も出来るし、航空写真のように辺りを見渡す事も出来る」


 お陰で姫乃はトランプで遊んでくれないと、和臣は先程までと同じ笑い話のようにして秋人に話した。

 だが実際は笑い話などではない。

 諜報系とはいえ、自ら能力を明かすなど気軽に出来る事じゃない。それも仲間でも何でもない相手にならば尚更である。


 驚愕と、何故明かしたのかという疑問が顔に出ていたのか、和臣は秋人を見てフッと笑った。


「どうしてだろうね? 君には話しておきたくなったんだよ。信用してくれる事へのお返しのつもりなのかな?」


 そんな事を聞かれても秋人が答えを持つ筈がない。

 流石にどんな表情をすれば良いか分からず、秋人は苦笑してからコーヒーに手を着けるしかなかった。


 それからはまた、思い切った暴露話で気まずさを払拭した和臣が取り留めもない事を話す時間が流れた。


 そして朝まで持て余していた時間の大半を消化した辺りで、和臣が大きな欠伸をする。


「ごめんね、今日は俺も色々あったから疲れてるんだ」


 涙をゴシゴシと拭いながら和臣はそう言って、再び欠伸で大きく口を広げた。


 秋人は自分に付き合わず寝れば良い、とは言わない。和臣に自分の見張りという役割がある事を理解しているからである。

 しかし和臣が三度目の欠伸をしたのを見て、秋人は何とか和臣が眠る方法はないかと思索する事になった。


「扉に鍵は掛かってないのか?」

「いざという時団長が外に出れないと困るんだよ」


 それと秋人が牙を剥いた際、和臣が逃げ出せるようにという理由もあるが、それは今言う必要の無い事なので和臣は口にしない。


「手錠のような物は?」

「ないよ。能力者には意味がないからね」


 自分と和臣を繋げておけばと思い秋人は尋ねたが、それも出来なかった。


 他に方法はないかと秋人が更に頭を捻るのを見て、和臣も共に思案する。そして少し間を置いてから、ポンと手を叩いた。


「リビングの扉に寄りかかって寝れば大丈夫じゃないかな?」

「そんなとこで寝て大丈夫か?」

「熟睡する訳じゃないから平気だよ」


 リビングからの唯一の出入り口である扉に寄りかかって寝れば、和臣を起こさず部屋を出るのは不可能となる。

 見張りをしながら寝るには最適の案だ。


「じゃあ君には悪いけど、少しだけ寝かせて貰うよ」


 和臣は空いている部屋から毛布を持ち出し、秋人にそう言ってから扉に寄りかかる。そして体勢を色々試してから、最終的に膝を枕にするようにして目を閉じた。

 するとだいぶ無理をしていたようで、和臣はそのまま直ぐに寝息を立て始めた。


 秋人はというと、和臣を起こさぬよう気を配りながら、眠る事なく朝までコーヒーを飲んでボンヤリと過ごすのであった。


 この静寂が続くのは、約二時間。


 訃報と共に飛び込んで来た『番犬』の者により、彼等は悲劇の朝を迎える事になる。


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