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トラジック・チャージャー-6

 換気扇のプロペラが、土の地面に深々と突き刺さっている。

 四枚の羽を有するそのプロペラは、見方によれば歪な形状をした十字架のようでもあり、倒れ伏す秋人を見下ろすその十字架はさながら死者に当てがわれた墓のようであった。


 四枚ある羽のうち一枚を、夕焼けと、そして鮮血が赤く染めている。

 虚ろな瞳にそれを映す秋人の頭にあるのは、取り留めもない疑問符だけだった。


――これは、何だ……? 何が、どうなった……? 俺は、一体何をしてるんだ?


 ゆっくりと意識が戻ってくるが、視覚も思考も浅い眠りの中にいるかのよう(もや)が掛かり、秋人は現状を鮮明に捉える事がまるで出来ない。


 次々に浮かんでくる疑問もそのまま解を得る事なくただ沈んでいく。


 真一文字に切られた首筋から止めどなく流れ出す血が、頬を当てる地面を瞬く間に赤黒く染め上げている。


 濡れている。


 触覚が何とか捉えたその感覚も思考の域まで達する事はない。

 ただ濡れているという事実を認識するだけで、疑問というシコリを残すこともなく過ぎ去っていく。


 それでも懸命に生きようとする肉体は、尚も脳に信号を送り続けた。


 地面の冷たさと首筋の暖かさ。

 その相反する二つの感覚と、天に向けた頬に触れた緩奈の蝶の感触に気付かされた秋人は、光の差さない深淵(しんえん)の海底から浮上するように、漂っていた夢の世界から不意に舞い戻った。


 意識を引き戻すと共に首筋の傷に痛みが宿る。

 赤く熱した鉄を押し付けるような激痛に疼くその傷は、秋人に現状を知らせるに十分過ぎるものであった。


――やられた……のか? 俺はどれくらいの間……そうだ、時間はッ!?


 秋人は脱力しきっていた体に力を込め直して上体を僅かに起こし、邪魔なプロペラを払い除けると腕時計を眼前に持ってくる。秋人が意識を手放したのはほんの一分程の時間であった。

 それを確認した秋人の心中に湧き上がったのは、焦燥と安堵という二つの真逆の感情であった。


 秋人が焦燥を抱いたのは無論、無駄に時間を浪費してしまったという事に対してだ。

 そして安堵したのは、運命が引き起こしたこの騒動に家人が駆けつける前に目覚められた事に対するものである。


 傷は事故が原因であるが、その以前に秋人は今不法侵入を犯してしまっている。

 不要な厄介事に巻き込まれるのは忌避したいという考えは、自然かつ正しい思考であった。


――ひとまずここを離れよう


 そう思い秋人は立ち上がる。

 しかし僅かに腰を上げた途端に視界が激しく揺れて、震える足腰ではそれ以上体を持ち上げる事が出来ずに堪らず壁に背中を押し付けた。


 まるで深酒をしたように景色がグルグルと回り、吐き気がこみ上げ、足元が覚束ない。

 もっとも、酒を飲んだ経験のない秋人が酒に酔ったようだと感じる事はないのだが、この感覚には身に覚えがあった。

 まだ半月と経っていない、マイクロ・ブラストの能力者、詩織と戦った時のあの感覚だ。

 血を大量に失ったあの時と同じ感覚、否、あの時よりも更に失血が進行していると秋人は悟った。そして、移動よりもまず先に出血を止めなくてはならないと同時に理解した。


 まず秋人はそっと首筋の傷に触れ、その長さを確かめた。


 状況から見て、換気扇が首筋を掠めるようにして飛来し、裂傷を与えたのだと秋人は理解している。

 首に突き刺さる軌道ではなく掠める軌道。ならば首の断面図は円形であるからして、傷口の長さからおおよその深さを計れる。

 そして確かめた傷の長さから、深く見積もっても深さは約二センチだと秋人は推察した。


 危惧すべきは頸動脈(けいどうみゃく)の損傷であったが、頸動脈の深さはおよそ三センチ。傷は幸いにもそこまで達していない。


 つまり、致命傷は負ってはいない。

 つまり、運命の攻撃は終わっていないという事である。


 大半の不幸は返済を果たしたが、完済にはまだ至っていないと理解した秋人は、早々に応急処置を施し移動しなくてはならないと再認識した。


 秋人はワイシャツの袖を引き千切ると、それを包帯代わりに首に巻き付けた。

 だが流れ出る血は勢いを衰えない。圧迫して止血したいが首という負傷箇所がそれを阻む。

 キツく縛り、出血は押さえましたが血流を遮り酸欠で失神しました、なんてブラックジョークにもならない。


 片手で押さえつけておけば良いのだが、片手が塞がった状態で運命の攻撃を防げるなどとは、今し方深い傷を負ったばかりの秋人には努々(ゆめゆめ)思えなかった。


――傷口を焼くか糸で縫わないと出血を押さえられないか……!


 秋人は周囲を見渡すが、そんな都合良く治療器具がある訳がない。

 糸だけは服の縫い糸があるが、針がなくてはそれも使い物にならない。


「……気乗りしないが、これしかないか」


 ここでグズグズしていては運命の攻撃が始まってしまう。

 意を決した秋人は首に巻いていた布を外し、それを小さく千切る。


 そして秋人は大きく深呼吸を繰り返してから残った布を口にくわえ、布を挟んだ指を傷口に突っ込んだ。


「――グゥううッ!!」


 詰め物をする。それは実にシンプルな考えに基づいた、そして有効な治療法だ。

 だが傷を自ら広げるその行為は、悶絶する程の苦痛を秋人に与え、取り戻した意識が再び遠退いていく。

 噛み千切る程に布に歯を食い込ませている口からは、声にならない苦悶の声が漏れ出していた。


「――うぅ! グッはぁ、はぁはぁ……」


 うずくまるように体を折った秋人は、赤く鮮血に染まった指を引き抜くと口から布を取り落とした。

 奥深くまで射し込んだ布は、そのまま傷口がパックリとくわえ込んでいる。そして出血の勢いは、明白なまでに殺されていた。


「はぁはぁ……ハッ、思ったより大した痛みじゃないな」


 秋人は微笑を浮かべ自分に言い聞かすように呟いてみるが、噴き出した冷たくジットリとした玉の汗が頬を伝い顎から滴り落ちているその様子が、発した台詞が戯れ言である事を物語っている。

 事実、意識を保てたのは運が良かった、というのが秋人の本音であった。


 秋人は布を詰め込んだ傷口を二つの小さな錘で一応の縫合をし、残った布をその上から巻き付けた。


 そうして秋人はやっとの事で治療を終えたのであった。


 肺を空にするように深く息を吐いたそのタイミングで、遠くない場所で扉が開く音が秋人の耳に届いた。家人が瓦の落下した騒動の様子を見に、家から出て来たのだ。


 もとよりここでゆっくり英気を養う余裕などない。

 秋人は血溜まりを残してしまうのは忘れる事にして、家人が驚きの声を上げるよりも前にその場を立ち去った。


 垣根を越え道路に戻った秋人は、当初の予定通り南の橋を目指し駆けだす。

 しかしそのペースは一向に上がらない。

 息が上がり、思い通りに動かない足を叱咤し必死に先を急ぐが、意志とは裏腹に疲弊し傷付いた体が本能的にそれを拒む。

 そのような状態に陥りながらも、秋人はまだmaidenまでの道程を半分も踏破出来ていないのだ。


 しかし、何も現状は悪化の一途を辿ってばかりではない。

 東桜庭町に至っては既に攻略したも同然の状況であった。


 目前に迫った歩道橋を越え、アポロ・ストライクの能力者、檜山を監視した事のあるあの公園を駆け抜ければ、もう橋は目と鼻の先だ。

 広く開放的な公園に入れば、さすがの運命も手出し出来ないであろう。


――この歩道橋を越えれば西桜庭町だ。後少しだ


 秋人は額の汗を袖の残っている右腕で乱雑に拭い去ってから、四車線の道路を跨ぐ歩道橋の階段を一段飛ばしで駆け上がっていった。






 秋人が歩道橋の階段に足をかけるほんの少し前。秋人の与り知らぬ場所で、運命の攻撃は既に開始されていた。


 始まりは鳥の糞であった。


 空を自由に飛ぶ鳥には、体を少しでも軽くする為に排泄物を溜める器官がない。消化が済んだ物は直ぐに体外へ排泄される仕組みになっているのである。

 そして尿と糞を同時に排泄するのも体の仕組みの一つであり、故に鳥の糞は水っぽい。


 その鳥の糞を、運悪くフロントガラスで受け止めた走行中の車があった。


「うおっ! 畜生、鳥公の分際でよくもやりやがったな! 串焼きにして食っちまうぞってんだ、ったく!」


 運転手の男は視界を遮る鳥の糞に苛立ちを露わにし、直ぐに手元のレバーを操作した。

 水が吹き出しワイパーが起動するが、それは粘着質な糞を薄く広げる結果を招くだけであった。

 何度ワイパーを行き来させても現状は一向に改善されない。


 観念した男は舌打ちをしてから窓を開け、視線を前方に向けたままタオルを手探りで掴むと、僅かに身を乗り出してフロントガラスの汚れを拭き取った。

 綺麗になったガラスに満足した男は、鼻歌を歌いながら再びハンドルを握ったのであった。


 男は気付かなかった。


 タオルを引き寄せた際、家庭用の乗用車には無い一つのあるレバーを、タオルを引っ掛け倒してしまっていた事に。






 秋人は肩で息をしながらも休む事はせず、歩道橋を急いで渡る。

 公園という安全地帯は目の前だ。地雷源を走るような思いをしている秋人が、少しでも先を急ぐのは無理も無い事であった。


 そして歩道橋の半分を過ぎたであろう所で、不意に秋人の眼前を緩奈のバタフライ・サイファーが横切った。


「緩奈?」


 緩奈が目的もなくこんな事をするとは思えず、秋人はほぼ無意識に蝶の行方を視線で追った。


「なっ!?」


 そして視界に捉えたその光景に、秋人は思わず目を見開いた。


 地上約五メートルにいる秋人と同じ高さに位置する何かが、真っ直ぐ、そして高速で飛んで来ていたのである。


――いや違う!


 秋人は直ぐに飛んで来ているのではなく、走って来ているのだと理解する。


 電線工事などで見掛けるあの車、高所作業車が、デッキを持ち上げた状態で走って来ていたのだ。


 デッキは今やもう人を乗せる物ではない。歩道橋を打ち砕く、破壊の鉄槌と化している。


「何をどうしたらこうなるんだ!?」


 秋人は絶叫に限りなく近い声を上げ、視線をデッキから切り一目散に駆け出した。


 歩道橋の上に居れば、この被害に確実に巻き込まれてしまう。

 悠長に階段を降りる時間は勿論、そこまで辿り着く時間もなく、秋人は駆け出した勢いのままに手摺りを越えて歩道橋から飛び降りた。


 その直後に轟いた轟音は、秋人がこれまでの人生で経験した音の中でも最大級のものであった。

 空中から見た車道が上下に脈動したような錯覚すら覚えた。


 時速六十キロを越える速度でデッキを打ち付けた高所作業車は、前輪を面白いように軽々と持ち上げ、歩道橋の中腹までデッキを強引にめり込ませる。


 高所作業車が物理的にかなり厳しい方法で停止すると同時に、秋人は車道に着地した。


 そこへ、停止した高所作業車を咄嗟に避けた後続車が進路を変え、秋人のもとへと突っ込んで来る。


「この程度、想定内だ!」


 着地の衝撃を殺す為に曲げていた膝に力を込め、秋人は飛ぶように歩道へ前転で転がり込んで、車を紙一重で避けた。


 秋人はそのまま公園へと逃げ込むが、運命の追撃は止まらない。


 秋人をなんとか避けようと努力した運転手はハンドルを無理に切ってしまい、後輪は空転、車が横滑り始めていた。

 スピンした車体は道路脇の道路標識に激突し、その衝撃で棒の根元から欠損した道路標識が天高く打ち上げられた。


 ヒュンヒュンという風切り音を鳴らし縦に激しく回転する道路標識が、手投げ斧、つまりトマホークのように秋人へと投じられたのだ。


――苦し紛れの追撃だ! あれなら余裕で躱せる!


 秋人は公園を囲む茂みから空を見上げ、飛来する道路標識を見上げる。


 確かに威力はある。だが公園に入った秋人に届かせる為に軌道がかなり高い。

 つまり届くまでの時間が長い上に軌道の変化もなく、この攻撃は脅威にはなり得なかった。


――ガチャッ!


「は?」


 しかし、それは秋人が自由に動ければの話だった。


 空を見上げていた秋人の右足は、茂みに隠すように投棄されていた自転車のチェーンに、いつの間にか絡め取られていた。

 しかも長年放置されていたであろう自転車は、何故かU字ロックで細身の木に施錠してある。


 秋人は僅かな間それを呆然と眺め、事態に気付くと顔色をサッと青くした。


「こんな所に駐輪……! 馬鹿野郎ッ!!」


 誰かも分からぬ愚者に憤激する秋人は、かくして移動を封じられてしまっていた。


 秋人は小憎たらしい自転車から、高速回転している為に円盤のようにさえ見える道路標識へと、視線を素早く戻す。


 回避は不可能。僅かにしか動けない上に、動かせない右足に直撃するコースを道路標識は飛んで来ている。


 ならば防御する他無い。

 無論、生身の腕で防げるような攻撃じゃない。状況が変わり、高々と舞い上がった事が重力により加速度的に力が加わる負の要素になっている。


――やれるか!? いや、やるしかない!


 秋人は左右の掌を合わせ能力を発現した。

 現れる二つの錘。この小さな盾で、迫り来る凶刃を止めるしかない。


 秋人から見た回転する道路標識は、最早ただの一本の線。これを僅かなズレもなく正確に、そして全力を込めて受け止めなくてはならない。


――集中しろ……臆せば死ぬぞ! 神経を研ぎ澄ませ、死力を振り絞れ!


 秋人は眼光鋭く天を睨み付けた。


 秋人の状態は万全には程遠い。左腕に至っては骨が折れている。

 しかしそれを嘆いた所で意味はなく、運命は容赦なく牙を剥く。


 秋人は右手を額の前に、左手をヘソの前に構える。


 失敗すれば、死あるのみ。


「……死ぬ?」


 回転する刃が目前まで迫ったその時、ふと思い至った思考に秋人は呟いた。


 真っ二つにすら成りかねないこの攻撃は、間違いなく秋人を死に至らしめる威力を有している。即死に至るであろう、絶大なる威力を。

 それは疑いようがない事実である。


 だが疑いようがないからこそ、秋人は疑問を覚えた。


「そうか! そういう事か! ハッ、一杯食わされるところだったがそうはいかない。思い通りには、させない」


 秋人は運命の攻撃を一笑に付すると、掌に発現させていた盾の錘を、


 解除した。


 更に、秋人は防ぐのではなくむしろ受け入れるかのように両腕を広げた。


 秋人は諦めたのでも、頭がおかしくなってしまったのでもない。これが、この攻撃を退ける最良の手なのであった。


 今、秋人は健一が支払った分と同じだけの不幸を請け負っている。

 その不幸は死にこそ至る不幸だが、即死には至らない不幸だ。

 不幸を完済してなお命を繋ぎ止めている健一がそれを証明している。


 だとしたら、道路標識による確実に死に至る攻撃を運命が仕掛けてきたのは何故だろうか?


 この疑問に対し秋人は、自分に防御させ、即死を免れるダメージにまで軽減させる心算なのだと確信した。


 運命は、秋人が不幸に抗う事を見越して攻撃して来たのである。


 運命は秋人を直接的に殺す事は出来ない。だがしかし、秋人が防御しなければ秋人は死ぬ事になる。


 この矛盾点こそが、無敵の防御なのである。


 ザクッという鈍い音を上げ、道路標識が何かを切り裂いた。


「人生最大の度胸試しだったな……」


 秋人は鼻の先数ミリの、温度すら感じられる位置に突き立っている道路標識に対して呟いた。


 道路標識は秋人に当たるよりも前に地面に刺さり、そこで静止している。

 もし、秋人が受け止める為に腕を前に出していたとしたら、道路標識が当たる順番は入れ替わっていた事だろう。


 抵抗しないという選択が、秋人が窮地から脱する唯一の活路だったのだ。


 秋人は今日何度目かも分からない安堵の息を吐き、そして足に絡まったチェーンを外しに取り掛かった。


「……無茶した。すまん」


 その間中、作業の邪魔をするように目の前に滞空する蝶から緩奈の怒りを感じた秋人は、伝わらないと分かっていながらも謝罪を述べるのだった。


 チェーンを外し終え、茂みを抜けた公園の中は、実に静かなものであった。平日の夕暮れ時ともあり、人は誰もいない。

 だだっ広い公園には事故が起きる要素もない為、運命の攻撃もこの時ばかりは鳴りを潜めざるを得ない。

 秋人は僅かな起伏に足を取られながらも、悠々と公園を横断する事が出来た。


 公園を越え、川に沿うように走る簡易的なサイクリングロードを越え、秋人は最初の目的地、桜庭町最南端の大橋に到達した。


 片道三車線、計六車線のこの大橋は、ファン型にケーブルが張られた斜張橋(しゃちょうきょう)だ。

 橋の中央にそびえ立つ、まるで大きな門のような主塔。そこから延びる強靭なケーブルが橋を支えている。


 簡単に行ってしまえば横浜ベイブリッジの縮小版である。


 車の交通量や歩行者が多く、公園とは打って変わって騒々しいこの大橋を、秋人は尻込みする事なく突き進む。

 公園の中とは違い、ここには事故を引き起こす要素が多分にあるが、恐らくは何事も起こらないだろうと秋人は思っていた。


 運命の狙いは秋人ただ一人。人の密集しているここで事故を引き起こせば、周囲の人間を巻き込んでしまう。

 公園の中とは別の理由で運命は手出し出来ないのだ。


 例え何かが起きたとしても、その時は誰かを盾にすれば良いだけだ。

 後ろめたいものもあるにはあるが、盾役の人間には傷一つ付かないのだから、秋人は非行も辞さない心構えであった。


 しかしその考えは杞憂に終わった。

 予想通り運命が何を起こす事もないまま、秋人は橋の中央までやって来る事が出来たのだ。


「止まれ、秋山」


 だが、橋を順調に渡る事が出来たのはここまでだった。


 何かが起きるとしたら車道の方からだろうとそちらに視線を向けていた秋人は、声を掛けられるまでその人物に気が付かなかった。

 視線を向けた秋人は、その人物が発する緊迫感漂う雰囲気に気が付き、徐々にスピードを落とし、そして立ち止まった。


 丁度橋の中央。主塔を挟んだその位置で、秋人は道を塞ぐように立つ二人の人物と相対する。


「警告だ、秋山。もと来た道を引き返せ。ここより先に行かせる訳にはいかない」


 その言葉に秋人は目を細め、行く手を阻む人物を睨む。


「……どういう事だ?」

「貴方なら私達の心意を理解されている事でしょう、秋山さん?」

「お前には聞いちゃいない。大体俺はお前をよく知らない」


 問いに答えたのは声を掛けてきたのとは別の、もう一人の人物だった。

 秋人は辛辣とも思える言葉と一瞥をその人物に寄越すと、直ぐに先の人物に視線を戻す。


「俺はお前に聞いているんだ。答えてくれ。どういう事なんだ――」


 秋人の行く手を阻む二人の人物。

 それは、


「――姫乃」


 『番犬』の能力者、姫乃と真琴の二人であった。

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