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マイクロ・ブラスト-7

 秋人と白金の髪の少女は病院一階のカフェへと来ていた。


 秋人はカフェとは名ばかりの小さな仮設したような店舗を想像していたが、実際は有名チェーン店が入っており車椅子などでも入れるよう広く間取りされている為、むしろ街中のそれより開放的でレベルが高い事に驚いた。

 病院も変わったな、などと別にかつての病院に詳しい訳でも縁がある訳でも無いのに秋人は思いながら、通常より低いカウンターで注文を済ませ少女と向かい合って席に座った。


「私はこれが好きでな。キャラメルマキアート?」


 なぜ疑問系なのかと秋人は思ったが、見た目と違い本来はDをディーではなくデーと言う横文字に弱い世代なのかも知れないという偏見で自己完結した。


 少女は一緒に頼んだフルーツケーキをフォークで切って口に運び、嬉しそうに咀嚼(そしゃく)する。


「うむ、美味い。お前も食うか?ほれ、あーん」

「…………」


 一口大に切ったケーキをフォークに刺して突き出す少女に対し、秋人はアイスコーヒーを啜りながら首を振って無言で答えた。


「むぅ、甘いものは嫌いなのか?人生損してるぞ」


 秋人に差し出されていたケーキは来た道をUターンして少女の口に収まった。


 先程からどうもおかしい。秋人は漠然とそう思った。

 少女が自分に対して無防備というか、簡単に言えばそこはかとなく懐いているのがおかしかった。

 注文の時など、カウンター上のメニューが見えないということで秋人は抱っこまでさせられていた。

 端から見れば面倒見の良い兄と妹にでも見えるのかも知れないが、秋人とこの少女は状況によっては殺し合いを演じる敵同士だ。

 これがおかしくない訳がない。

 その原因がここに来るまでのやり取りにあるとは露ほども知らない秋人は、原因不明の好感度アップに何とも奇妙な感覚を覚えていたのだった。


 しかし嫌われているのではないので、まぁいいか、とそれは横に置かれる事になった。


「そろそろ要件を聞こうか」

「うむ」


 秋人がそう切り出すと、少女はフォークを置いて飲み物で喉を潤し、内ポケットからタバコの箱を取り出して、


「待て待て、見た目が子供のお前が人前でタバコを吸うな。大体ここは禁煙だ」

「ん?あーそうか。久しぶりの外出で忘れていた」


 そのままタバコの箱を内ポケットに仕舞い、手持ち無沙汰なのか再びフォークを掴んだ。


「身に危険は無いようだし忙しかったからと先送りにしてたのだが、考えてみれば多忙なのは人員が足りないからだ。私に休暇を与えるつもりで恭一郎を返してくれないか?」


 清水恭一郎。グレネード・ランナーの能力者である長谷川達と共に、国外に飛ばされた『番犬』の能力者だ。『番犬』が彼の返還を求めるのは当然であったし、むしろ遅すぎたくらいだ。

 この展開は秋人も予想の範囲内だった。


「で、遅くなった本当の理由は?」

「野良になど頭を下げず、奪還すべきだという意見の者の不満を押さえ込むのに時間が掛かった」


 簡単に白状した少女に秋人は苦笑し、なるほどと呟いてからコーヒーを少し口に含む。


「返すのは一向に構わない。持て余していたしな」

「話が早くて助かる」


 秋人達にとって恭一郎の利用価値は全くの皆無だ。生活費を新平が負担している分重荷にしかならない。


「だが条件がある」

「まぁ当然だな。聞こうか」


 だからといってただで返す筈はなく、少女もそれを分かっていた。


「なに、無茶を言うつもりはない。俺達が捕らえてる四名の『四重奏』の能力者も同時に引き取って欲しい。簡単だろ?」


 こちらもまた秋人達が持て余してる存在だ。出来れば一緒に厄介払いしたいところであった。


「その程度で良いのか?もう少しオマケしてやっても良いぞ?」


 ケーキで皿に添えられた生クリームをすくい、口に運びながら少女はそう言った。


「気前が良いな。じゃあ『四重奏』についての情報も貰おうか」

「む!やはりお前は意地が悪いな。そちらが本命か」


 少女はわざとらしく口を尖らせて見せた。

 自分から言い出した手前、それは無しにしてくれとは言い辛い。


「まぁいいか。実のところ、我々もそこまでの事は掴んでいないからな」


 しかし意外にもアッサリと少女は秋人の要求を飲んだ。

 少女からすれば想定内の要求だったのだろうと秋人は思った。


「確定的な情報は指導者が四人いるって事ぐらいだな。それが『四重奏』の名の由来だ」

「…………」

「…………」

「終わりか?」

「終わりだ」


 続きを待ってもキャラメルマキアートを啜るだけでなかなか話し出さない少女に秋人が見かねて尋ねてみると、残念な事に即座に肯定されてしまった。

 アッサリ要求を飲んだ理由が分かり秋人は額を押さえ溜息を吐いた。


「くふふ、ほんの冗談だ。実はこちらも話して置きたいことがある。そうだな、少し例え話をしようか」


 秋人の反応に満足したのか、トンっと机にキャラメルマキアートを置いて、少女は暫し思考しそして語り出した。


「ある所に金の果実の生る大きな木があったとしよう。どこの国の物でもない、その木がある以外は平凡な土地だ」


 単純な比喩だと秋人は思った。

 金の果実の生る大木を有する土地とは、能力者が多く輩出される東桜庭町の事だ。


「そんな木があれば周りの国々は奪い合うに決まってるだろう?果実を狙い土地を奪い合う戦いになるのは必然だ」


 東桜庭町が能力者を巡る争奪戦の激戦区となるのもまた、当然の事である。


「だがそんな土地に国を構えてみろ。一夜と経たずあっというまに袋叩きだ」


 それもまた当然の事だ。邪魔にしかならず、そして多勢に無勢、出し抜かれた国々が負ける筈がない。


「だから誰も土地には手を出せないし、手を出さない。喉から手が出る程に金の果実を独占したいが、土地には手を出さずせっせと他国より多くの果実を得ようと努力するしかない。誰も土地を手にする事は出来ない」


 誰もが望む土地だからこそ誰の物にもならない。

 奇妙なバランスで東桜庭町は長い間、どこの組織の縄張りにもならない空白地帯であったのだ。


「だが『四重奏』はそれをやってのけた」


 そこに『四重奏』という例外の出現である。

 『四重奏』は東桜庭町を根城にし、そして今なお健在だ。理由は説明するまでもなくその実態を掴ませない『四重奏』の秘匿性故であるのは秋人も理解していた。


「我々にとっての幸運は、この例え話の果実と違って能力者は独占出来ない事だ。お前のように『四重奏』の囲いから零れ落ちる奴が大半だ」


 能力者は木に生るのではない。

 どこに現れるかもいつ現れるかも分からず、更にはそれが金の果実なのか普通の果実なのか一見して判断出来ない。


 正確に例え話を再構築するならば、『その土地に生える全ての木に、金の種を宿す果実が生る可能性がある』といった具合だろうか。


 土地を抑えたからといって、能力者の流出を抑え全てを手中に収める事は不可能なのだ。


「では、わざわざその土地に根城を構える必要があるか?果実を独占出来ず、周りからは問答無用で敵視されるというのにだ」


 そう、ならば『四重奏』の目的が分からない。

 東桜庭町は能力者集団の台風の目であるが、その土地自体に価値はないのだ。

 実った金の果実を隣国の安全圏から虎視眈々と狙う事こそが、実はノーリスクであり最大の成果を物にする最良の策なのだ。


 それが分からない『四重奏』ではない。

 誰にも素性を悟られず組織を立ち上げたその経緯から、東桜庭町の特異性を彼等は理解している。少なくとも指導者の四人はそうだ。

 ならば別に狙いがあると考えるのが順当である。


「『四重奏』の狙いは量じゃなく質か」

「切れるな。正解だ」


 秋人の回答に少女は満足そうに頷く。


「奴等は闘争を望んでいる。他組織が攻めてくる事こそが狙いだ。そして闘争の狙いは出会いだ。敵組織の能力者との接触を望んでいる」


 そしてその狙いは一つ。


「奴等は探している。ある目的を達する為に必要な、鍵となる能力を持つ能力者を。だから敵であろうと能力者が寄ってくる東桜庭町に奴等は居座っている」


 そこまで話してから一息入れ、少女はケーキの最後の一切れを口に放り込んだ。

 そして甘い飲み物でゴクリと飲み込む。


「しかし奴等の目的が掴めない。故に鍵も分からない。故に具体的な対策が立てられない。故に奴等は野放しにされている。忌々しいが、これが現状だ」

「目的は大まかにでも推測出来ているのか?」


 少女はその問いに首を振った。


「言える事は三つ。良からぬ事であり、ただ事ではない。そして我々はそれを必ずや阻止する」


 少女は強い意志を宿した瞳で秋人を射抜きそう告げた。

 身震いを起こしそうな程の気迫の込めた視線を、秋人は正面から受け止める。


 目的も分からない『四重奏』の狙いの妨害に対し、何がここまで彼女を掻き立てるのか。

 少女の瞳を直視しながら秋人はふとそう疑問に思った。


 因縁。それが最も分かりやすくそして理解出来る。

 だが相手が誰かも分からない現状を考えれば因縁などあるはずがない。


――だとしたら知っているのか?


 秋人は少女が『四重奏』の指導者が誰なのかを知っているのではないかと推察した。

 だが話さないということは尋ねたところで明かしはしないだろうとも察する。


「俺に話して置きたい事というのは?」


 秋人は思考する事を切り上げ、少女に向けていた視線をどこへともなく虚空へ移しコーヒーに口を付けた。


「ここからは私のただの直感なんだが、まぁこんな(なり)でも一応女だ。女の直感は馬鹿には出来ないぞ?そうだ、良いか秋人、覚えておけ。将来きっと役に立つ。良いか?女が女の直感を持ち出す時、大体の場合根拠はなくとも正しい事を確信してる。そして大方その勘は正しい。いや、今回に限ってはそれが当てはまるかは分からないんだが、例えばお前が将来浮気なんかした時にだな――」

「お、おい、急にどうした?一体何の話だ?」


 どう考えても無関係な話題へと移っていく少女に秋人が慌ててストップを掛ける。


「直感だからって別に話半分で聞いてる訳でもないだろ。良いから本題を話せ」

「むう……折角ありがたい話をしているというのに態度の悪い奴だ」


 大幅に脱線しそうになった話を軌道修正された少女は、残りのキャラメルマキアートをズズズと音を鳴らして飲み干した。


「近頃『四重奏』の動きが変わった」


 そしていとも簡単に言い切った。


「まさか鍵を見付けたのか?」

「いや、見付けたとしたら奴等はなりふり構わないだろう。姿を晒し、被害や加害に一切の気を配らず奪いに来る。そこまでの表立った動きはまだない」

「半信半疑の手掛かりを得た、といったところか」


 そんなところだ、と少女は答え、手遅れにはなっていないがしかし、安堵は決して出来ないと付け足した。


「協力しろとは言わん。お前の命をどう使うかはお前の自由だ。だがこれだけは言っておく」


 少女はテーブルの端にあった紙ナプキンを取り、胸ポケットに差し込まれていたペンで何かを(つづ)りながら言葉を続ける。


「奴等が目的を達成した時、東桜庭町は無事では済まんぞ」


 そしてペンの動きを一度止め、秋人にハッキリとそう告げた。


「……それも女の勘か?」

「言ったろ。以降は私のただの勘だ、とな」


 少女は微笑してそう答えると、テーブルに視線を落として止まっていたペンを再び動かし始めた。


 恐らくかなり信憑性の高い勘なのだろうと秋人は推察した。

 先程考えた、少女が『四重奏』に対して因縁があるならば、その目的を漠然とでも掴んでいるはずだからだ。

 しかし話さないということは、確証がないか、あるいは自分の知ることではないということだと秋人は結論した。


 秋人は息を吐いて椅子にもたれ掛かり、コーヒーを啜る。


「能力者は大抵、二人一組で扱うんだが、秘密主義とその縄張りの奇特性の為に『四重奏』は違ってな」


 視線をテーブルに落としたまま、これまでとは違う話題を少女が語り出す。


「奴等はまず単独で新人を扱う。組織の概要を掴ませない為だ。そして次にある程度の奴等を寄せ集めて使う」

 理由は三つ。ひとまとめにして管理を楽にする為と、敗北により戦力になると判断した能力者を失う確率を下げる為。そして近い位置で仲間同士による裏切りを監視する為だ。


「最後にまた単独で運用する。二人を一つの駒として使うには人手が足りないんだろうな」


 資金を稼ぐ仕事。能力者の探索。他組織の侵攻に対する見張り、戦闘。秋人から見ても、他組織に比べ『四重奏』にはやる事が多かった。

 小枝子と小枝子の兄のような例外はあれど、一人を一つの駒として『四重奏』は運用するのは確かに道理であった。

 必要とあればその時だけ人数を集めれば良いだけなのだ。


「お前は知らないだろうが先日、翔子と先崎緩奈が一人の『四重奏』と戦闘しそれを退けた」

「あいつら……」

「責めてやるな。心配を掛けまいとした彼女達なりの配慮だ」


 少女に諭され秋人も溜息を吐くだけで一応の納得を示した。

 そして少女が自分に何が言いたいか逡巡し、直ぐに理解する。


 なぜ緩奈達が自分の味方だと判断されたのかはこの際重要ではない。どうせ西桜庭町の攻防が原因だろうと秋人は思っていたし、それが違っても問題なかった。

 重要なのは、一人の能力者を差し向けたという事だ。


「気を付けろよ秋人。『四重奏』のお前達に対する警戒は最終フェイズに近付いている」


 少女が先に話した『四重奏』の能力者の運用方法からすれば、つまりそういう事であった。


 厳しい表情で物思いに耽る秋人の前に、少女は何かを綴った紙ナプキンを滑らせ席を立った。


「ソイツは私の電話番号だ。恭一郎の件はそちらの都合に合わせる。連絡してくれ」


 そう言うと少女は背を向け手をヒラヒラと振った。


「あっと忘れてた」


 しかし直ぐに立ち止まり振り返る。


「最初に言っておくべきだったな。私の名前はルーシーだ。可愛い名だろ?お気に入りなんだがいかんせん、仲間は団長としか呼ばん」

「トップかよ……」


 小枝子を連れていたスーツの男とのやり取りや、恭一郎の受け渡しの条件を独断で飲んだ事からそれなりの地位だと分かっていた秋人だったが、さすがにこれには驚いた。

 目を僅かに見開いた秋人のリアクションに満足し、ルーシーはニヤニヤと笑う。


「他に聞いて置きたい事はあるか?」

「本当はいくつなんだ?」

「お前の倍は生きてない」


 意味のない問いに特に聞くことはないという意図を汲み取ったルーシーは、微笑みを残してその場を後にした。

 小さくなっていくルーシーの背中を、秋人は呆然として見送った。


「本当にあれがトップなのか……?」


 病院を出たところでタバコを看護士に没収され説教されているルーシーを見て、秋人は再度呟くのだった。

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