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ホール・ニュー・ワールド-6

「おい起きろ。おい。これは……やりすぎたのか……?」


 秋人はそう呟きながら、気絶している酒井の頬をぺちぺちと軽く叩く。

 しかし酒井は白目で天井を見ているだけであった。


 酒井に肉迫した瞬間、秋人には一つ困った事があった。相手の意識を奪う程の格闘技や喧嘩の経験が無い秋人には、どの程度の衝撃で人が気絶するのかが分からなかったのだ。

 だからと言って全力で叩き込む訳にはいかないし、反対に手を抜き過ぎて耐えられては堪らない状況であった。

 故に秋人は人の耐えられるボーダーラインを少々高めに見積もった。


 その結果がこれであった。


 仕方なく、なかなか起きない酒井の頬を叩いていたそれはビンタとなり、往復ビンタとなり、次第に強烈になっていった。

 酒井は徐々に高まる頬の痛みに眉間の(しわ)を深くしていく。


「う……うぅ、い、痛いっ痛い! 痛い!!」


 酒井がやっとこさ覚醒したのを確認し、秋人はホッと息を吐いてビンタを辞めた。


「おい! 何するんだ!」

「生意気な口を聞くな」


 酒井は未だ敵対心を燃やしており、起きると同時に秋人に食って掛かろうとする。しかし、体が動かずその場から動けなかった。


「こ、これは……」


 酒井はそこで自分の置かれた状況を理解し、ゴクリと硬い唾を飲み込んだ。

 秋人の能力である錘を両手両足にそれぞれ一つずつ取り付けられ、床に大の字に張り付けられていたのだ。


 秋人は蹴りの勢いで吹っ飛んだ眼鏡を酒井にかけてやる。


「押さえつけられてる違和感は感じるだろうが、痛みを感じないギリギリの重さだ。体勢も悪いし動くのはまず無理だな」


 秋人はコンビニに(たむろ)するヤンキーのように中腰になり、悔しそうに歯を食いしばる酒井を見下ろして説明する。


「能力を使ったり大声を出したら重さを足す。いいな?」

「ふん、今更そんなハッタリ効かないよ。四つしか出せないんでしょ?」


 秋人は嘆息し、近くにあった酒井の右手の錘を軽く掌で叩いた。


――ズン!


「え?」


――ズン!


「えええ!? ちょ、ちょっと待って! 地味に痛い!!」


 秋人が三度目の加算に手を上げた時、酒井は堪らず声を上げた。


「あれ? 敬語じゃないんだな」

「ま、待って下さい! お願いします!」


 秋人が再び重さを足そうと手を振り上げたのを見て、酒井は必死に懇願(こんがん)した。目にはうっすらと涙も浮かんでいる。


「直接錘に触れれば数を増やさずに重さを足せる」

「そ、そうだったんですか……」

「思い切り殴りつければ手首ぐらいへし折れる。瓶による抵抗も辞めろよ? 俺の方が速い」

「はい……」


 酒井は素直に従い、寝たままの格好でコクリと頷いた。


 体を押さえられても瓶の操作は出来る。しかし、瓶に秋人を入れたところで四肢を押さえる錘が解除される保証はない。もし解除されなければ、秋人を解放して助けて貰わなくてはならない。

 手首を犠牲にするにしては分が悪いどころの話ではなく、全くの無意味である。


 そして更に言えば十中八九、瓶に秋人を入れたところで能力は解除されないだろうと酒井は思った。瓶の中の腕で錘を作り出したのだから、中と外は完全に別の空間ではないという事である。

 事実、酒井の能力はそういうものではなかった。


「よし、まずはアレだが……」


 秋人はそう前置きをして教室の端を指差した。酒井が顔を向けると、そこには天日干しされている(あじ)の開きのように、整然と気絶した不良達が横たわっていた。


 酒井が気絶すると瓶は消え、その中身が全て溢れ出したのだ。酒井が懐に隠していた不良の入った瓶も同様であった。

 秋人の腕や半分だけ削り取られた椅子は元通りになった。仕組みは理解出来なかったが、そもそも能力を常識で理解するのが土台無理な話なのだから、秋人はその疑問は棚上げして安堵する事にしていた。


「アレはこのまま解放する。良いな?」

「……はい」


 これからの事を考えると解放する事は躊躇(ためら)われるが、逆らえるような状況じゃない。酒井は頷いて了解の意を表した。


「また捕まえるのも駄目だからな」

「……はい」


 酒井はそれにも頷いた。


「能力の事は忘れろ。お前のも、俺のも。これからは普通の学生として過ごせ」

「…………」


 普通に過ごせ。酒井はその言葉に黙ってしまった。

 能力を忘れるのは構わない。もう能力を使い悪事を働くつもりも、私欲に溺れ良い思いをしようとも思ってはない。

 そう、悪事である。

 酒井は自分のしている事が悪行だと自覚していた。しかし、良心を押し殺してでも過去の生活から抜け出したかったのだ。


 止めなくてはならない。今なら引き返せる。


 そう何度も思ったのに、酒井は自分自身を止められなかった。


 今となってはどこかホッとしているし、秋人に対する恨みもない。むしろ感謝すらしていた。

 それなのに『普通に過ごせ』と言われて、酒井は返事が出来なかった。


 望まない悪行を重ねても、それでも元の生活には戻りたくなかった。理不尽に殴られ、奪われる生活には戻りたくなかった。

 その生活が今後三年間も続くかと思うと、どうしても我慢出来なかった。


 だから突然目覚めた奇異なる力に、自分を助ける為に神様が与えてくれたのだなどと都合の良いように思い込み、許されざる行いすら正しいのだと自身を錯覚させていたのだ。


「お前は今まで通り、普通に過ごせ」

「…………」

「分かったか?」

「…………」


 秋人の言葉に酒井はどうしても頷けなかった。


――僕は力の使い方を間違えたんだ。これは当然の罰だ。与えられた力を間違った使い方をしたんだから、奪われて当然だ。当然の報いだ。


 酒井は何度も心に言い聞かせて、自分をそう説得した。

 それでも、それでも返事が出来なかった。


「うっ……うぅ……」


 酒井の頬を涙が伝う。押さえつけられた腕ではそれを拭う事も出来ない。


「……お前は普通の学生になれ」


 秋人は返事を待たず、能力を解除した。そして、それ以上は何も言わずに教室を立ち去った。


「……う、うぅ……わ、わかり、まし……た……」


 一人になった教室で、酒井は自分の行いの後悔に沈み、うずくまって泣きながら嗚咽混じりの返事をした。

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