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ホール・ニュー・ワールド-5

 教室の後方、窓際にて構える秋人と扉の前で悠然と立ち尽くす酒井。二人の睨み合いは秋人の猪突により打ち切られた。


 二人の間合いは距離にして約十メートル。一直線に飛び出した秋人はその距離を一気に詰める。


「喰らえ!」


 酒井は瓶を操作し、その口を突き出すように秋人へと振り抜く。

 予期していた秋人は身を(よじ)ってそれを(かわ)し、固く握りしめた拳で瓶を思い切り殴りつけた。


「何を……!?」

「発動」


 意図の読めない行動に困惑する酒井に一笑を寄越し、秋人はただ一言そう呟いた。


 その瞬間、秋人の殴った場所に拳大の(おもり)が現れる。

 南京錠のような形状をした銀色の錘は、ガラスの瓶を貫くようにして取り付けられている。それが特殊な能力によるものなのは酒井から見ても明白だった。


「まさかアンタも……!?」


 酒井の操る瓶は錘が現れると同時に浮力を失い高度を下げ、底の一部をガンッと床に叩きつける。

 操作不能とまではいかないが、間違いなく支障を(きた)す障害である。


 触れた時間、触れる時の衝撃に応じて対象に重力を加算する能力。

 それこそが秋人の能力である。


 瓶の機動性を奪った秋人は酒井へ疾走し、再び拳を振り切った。

 しかし、その攻撃は阻まれた。新たに酒井が出した二つ目の瓶によって。


「チッ!」


 完全に出し抜いたと思った秋人は瓶の出現に舌打ちした。


「残念! 瓶は一つだけじゃないんだよ! もちろん二つでも――」


 酒井は懐から更にもう一つ、三つ目の瓶を出現させる。


「ない!!」


 そしてその瓶を勢い良く横に振るい、野球のバッティングよろしく瓶の側面で殴り付けた。


 秋人は素早く反応して腕でそれをガードするも、片腕では勢いを殺せない。

 そのまま振り切られた瓶に秋人は激しく吹き飛ばされ床を一度バウンドし、最後列の一対の椅子と机に突っ込みそれを薙ぎ倒した。


 腕は痺れ、体中に受けた衝撃の違和感があるがしかし、軽傷だ。

 一瞬で自身の体を分析し終えると、椅子と机に体を強かに打ち付けながらも体勢を立て直していた秋人は、酒井に追撃を考える間すら与えず元の位置へとバックステップで移動し再び距離を取った。


 そして酒井へと視線を戻す。


「発動だ。重力を加算しろ」


 切った唇から滴る血を拭い、秋人が言うと二つ目の瓶に錘が現れる。

 最初の瓶より力強く殴った事により、完全に浮力を上回る重力が与えられる。秋人の能力に屈した瓶はあえなく床に墜落した。


「まさか、アンタも能力者だとはね……」


 酒井は二つの瓶の実質の力を奪われながらも不敵な笑みを崩しはしなかった。


「取るに足らない能力だけど、益々邪魔な存在だよ、アンタは。僕の新世界の脅威に成り得る。可哀想だけどここで消えて貰う」


 初めからそのつもりだっただろうと思ったが言葉にはせず、秋人は新たに現れた二つの瓶を見る。その瓶には最初の瓶との明確な違いがあった。

 それは中身である。それぞれに一名ずつ、気を失った不良が入っていたのだ。


 秋人はその事に安堵していた。形はどうあれ、不良が一応は無事であった事に安心したのではない。

 それが、酒井の能力にも限界があるという確たる証拠だったからだ。つまり空の瓶は尽きた、という事である。


 無尽蔵に瓶を出せるのならば、例えば瓶を壁のように並べ突撃させたりする事で、不可避の攻撃を繰り出す事が出来る。さすがに秋人の能力ではそれは避けられない。


 更に言うならば、自身を殴りつけたあの攻撃にも秋人は安心していた。

 既に一人入っている瓶には秋人を入れられないという事だと推測出来るからだ。

 ならば特に気を付けるのは空の瓶、つまり既に錘を取り付け機動を奪った最初の瓶のみである。


 依然脅威は残るがしかし、片腕を奪われ一方的に不利な状況だった事を考慮すれば、現状は格段に秋人にとって良い風が吹き始めていた。


 秋人は指を二本立て、酒井に向ける。


「二つだ」


 そして唐突にそう切り出した。酒井は眉をピクリと動かすが表情は変化させない。


「俺の能力は全部で四つまでしか同時に発現出来ない。つまり残すは後二つだ」


 秋人の能力も無論有限である。限りなく錘を取り付けられる訳ではない。そして後二つだというのは意外にも真実だった。

 だが敵の言うことを鵜呑みにする程酒井は愚鈍ではなかった。


「それがどうした? そう言えば僕が油断するとでも?」

「いや違う、そうじゃない」


 秋人は酒井の言葉に首を振ってそれを否定すると、今度は指を一本、真っ直ぐに酒井へ向けて突き刺す。


「これは駆け引きじゃない。宣言だ」

「……?」


 やはり意図が読めないと言った表情の酒井に、


「俺は後二回能力を行使し瓶を突破して、必ずお前を殴り倒す」


 ハッキリとそう告げた。


 酒井の眉が再びピクリと動き、米噛みには青筋が浮き出している。


「宣言かハッタリか……どっちにしても結果は同じだよ」


 酒井は今までで一番低い声でそう言うと、秋人を鋭い視線で睨み付けながら身構えた。


「行くぞ」


 そして放たれた矢の如く、秋人は酒井へと駆け出した。

 それと同時に、酒井は重くなった瓶をガリガリと床を引き()って、出していた三つの瓶を立てて横一例に並べ、壁のような盾を作り出す。


 酒井は決して守りに入った訳ではない。むしろ逆、出し惜しみを辞めたのだ。

 酒井は新たに不良の入った瓶を出し、それを頭上から秋人へと振り下ろした。

 思わぬ攻撃に対しても、秋人は壁際へと横に転がりそれを回避する。


 そして一番初めに出現した、秋人の片腕の入った瓶を全力を込めて殴る。


「加算しろ!!」


 その瓶に対して二つ目の錘が取り付けられる。あまりの重力に瓶は完全に酒井の制御から外れ、床にめり込んだように動きを止めた。


 瓶を一つ無力化されたというのに酒井の表情に焦燥の色はない。酒井はこの状況で、喜悦の表情を浮かべていた。


 酒井は勝利を確信したのだ。


 壁際へと避けた秋人を、酒井は自身を守っていた三つの瓶と振り下ろしたもう一つ、計四つを使って完全に取り囲んでいた。


「貰った! チェックメイトだ!」


 逃げ場を失った秋人の頭上に五つ目の瓶が現れる。その瓶は空、つまり秋人を削り取る事が出来る瓶であった。

 秋人も想定していなかった酒井の奥の手である。


「飲み込め! ホール・ニュー・ワールド!!」


 頭上の瓶がクルリと回転し、口を下にして落下を開始する。

 瓶に囲まれ逃げ場はない。腕で防御したとしても、その腕ごと飲み込まれてしまう。

 必中にして必殺の一撃である。


 しかし秋人はそれをチラリとも見ない。

 空の瓶は確かに想定外であったが、今となっては空であるかどうかなどどうでも良かった。

 最早秋人の勝利への下準備は終了していた。既に酒井が何をしようと覆らない、詰みの状況なのだ。


「加算だ。それも、特大のやつをな」

「はっ! 今更無駄な事を!」


 酒井は秋人の最後の足掻きを鼻で笑う。

 秋人の取り付ける錘の重さを把握している酒井は、例え一つの瓶に錘を四つ付けられたとしても、自分の瓶を破壊する事は出来ないと確信していたのだ。


「ふぇ?」


 だから意味が分からなかった。

 自身の瓶が、目の前で粉々に砕け散ったのが。


「な、ば、一体何が!?」


 酒井は突如現れた一メートルにも及ぶ巨大な錘に目を見開いた。


 酒井は想定出来ていなかった。これまでとは桁違いの、巨大な錘を付けられるなどとは。


 そしてこの事態を理解出来ないのも仕方がなかった。酒井の目には秋人が瓶に触れてすらいないように見えたからだ。


 秋人の行動から酒井も理解していたが、秋人の能力は、触れる時間と触れた時の衝撃によって加算する重力が変わる。

 触れていた時間が長ければ長い程、強ければ強い程に加算する重力は重くなる。


 そして、秋人はこれまで酒井の瓶にずっと触れていたのだ。特大の錘を出現させられる程に長い時間ずっと、


 瓶の中に隔離されていた左手で。


――グオンッ!


 秋人が包囲網を突破すると同時に背後を瓶が通り過ぎる。まさに間一髪であった。


 秋人はとうとう酒井の眼前へと迫った。


「さて、宣言通り、蹴って千切ってボコボコにさせて貰うぞ?」

「そ、そんな! 宣言とちが――」


 宣言した『殴り倒す』に比べてかなり酷くなった攻撃方法に、せめての慈悲をと酒井が抗議しようとするが、


「お前の牛乳瓶を殴ったせいで手が痛いんだよ」


 秋人は黒い笑みを浮かべそれを一蹴する。事実、秋人の拳は三度も硬い瓶を殴った為、表面は擦り剥け流血していた。秋人は仕方ないんだと自分を肯定した。


「ひ、ひぃぃいいいばふわぁあ!!」


 酒井の叫びは、秋人が豪快に顎を蹴り上げた瞬間止み、同時に意識は刈り取られた。

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