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シャンデリア・クリップ-2

 緩奈と翔子の前に現れたのは、白の雨合羽のようなシンプルな薄手のコートを着た男だ。フードを目深に被っているので顔は見えない。

 肩幅などの体躯から男だと緩奈は識別した。


「翔子、私一人で勝てる見込みは無いわ!時間を稼ぐ間に貴女が脱出出来なければ、そこでゲームオーバーよ!」


 敵の実力は不明だが、現状を楽観視するつもりはない。

 能力による身体能力の強化が殆どされていない自分が、正面から敵と渡り合えるなどと緩奈は思っていなかった。


 しかしやるしかない。それ以外に手がないのだ。


 緩奈は手荷物を全て下ろして鞄から伸縮警棒を取り出し、一度振り下ろして警棒を伸ばした。

 片手で充分扱える長さの二段階に伸びた警棒は、ウルトラ・セブンの能力者、上杉と戦ってから持ち歩くようにしていた武器である。


――嫌な立ち位置ね、まったく


 緩奈はそう心で呟きながら構えを取った。


 緩奈の立つ位置は必然的に翔子を背にした位置になる。

 背後の光の中に押し込まれてしまえば緩奈も出れなくなってしまいそれで終わりなのだから、緩奈にしてみれば断崖絶壁の側で立ち回るようなものなのだ。


「脱出って、一体どうすればいいの!?」

「私だって知らないわよ!ただ言えるのは光が関係してるはず!考えなさい!」


 何とも頼りないと緩奈は思ったが、自分が代わりにそれを考える余裕はない。

 ただ目の前の敵に集中しなければ、それこそ一瞬でやられかねない。


「来たっ……!」


 敵もゆっくり時間を与えるつもりはない。

 呼吸を整えたところで再度猪突し距離を詰めてきた。


 緩奈はギュッと警棒を握り締め、そして敵が間合いに入るや躊躇なく一気に振り抜いた。


 真っ直ぐに飛び込んでくる敵がそんな見え見えの一撃を貰う訳が無く、直前で急停止し、上体だけを後ろに下げてその一閃を避ける。


「ちっ!!」


 緩奈はその警棒を振り抜いた勢いのまま体を回し、渾身の蹴りを放つ。


「遅すぎる」


 しかし一瞬で再度間合いを詰めた敵に太股を当てるような形になり、遠心力の乗らない蹴りには敵を押す力も無かった。

 敵は振り上げていた緩奈の足を太股から脇に抱え、緩奈の腹に掌を添える。


――しまった!!


 そして緩奈の体勢を崩させたまま踏み込み、掌に力を込め、まるで爆発したような衝撃で緩奈を後方の檻へ突き飛ばした。


「へ?……って、わあああああああ!!」


 脱出法を思巡していた翔子は、緩奈が飛んで来るのを見て間を置いたが状況を察知し、体当たりするようにして何とか緩奈が壁の中に入るのを防いだ。


「ぐぅ……ああ、もう痛いわ……しかし、何とか中に入らずに済んだようね。良くやったわよ」

「一瞬じゃん!!アンタ一瞬でやられてんじゃん!!」

「っるさいわね。時間がないのが分かったら早く出て来なさいよ」


 緩奈が立ち上がると中に入ってしまった緩奈のリボンと、制服とワイシャツの袖のボタンが外に出れず、壁に阻まれ千切れて落ちた。


 緩奈はそれに一瞥もくれず敵へと駆け出した。


「マズいよ、早く脱出しなきゃ……」


 翔子は緩奈が本当に無茶な戦いを挑んでる事を理解し、あるはずの脱出法を思巡する。


 壁は見えないが石のように硬い。破壊はまず不可能だ。

 やはり緩奈が言ったように、円錐形に牢を形成するこの光にこそ何かの活路があると、翔子はその一点に意識を集中した。


 翔子はまず漠然とこう思った。一体光に対して人間はどの程度干渉出来るのだろうか、と。


 翔子は太陽光発電などの技術は知っているが、専門家でも無し、灯し、消し、反射させる程度にしか光と関わる術を知らない。

 実際には別の物に変換したり、曲げたり、壊したりも出来るのかもしれないが、その方法を知らないし今は関係がないと判断した。

 脱出法を知る敵自身が、翔子に脱出が可能だと判断したから姿を見せたのであり、それはつまり脱出の鍵は何も特別な事ではないという事なのだ。


「もう分かんないよ!」


 知恵を絞るが何が答えか分からず、翔子は思い付いた全てを試す事にした。

 鞄を漁り、下敷きよりも少し小さい程度の鏡を取り出す。まずは反射だ。


「…………」


 鏡を取り出し、降り注ぐ光を反射させてはみたが、


「……こ、これをどうすれば良いの?」


 何をすれば良いか分からない。

 例え反射が正解だったとしても、どうなるのが正解か分からない翔子には確かめようがなかった。


「キャッ!!」

「!?」


 不意に響いた緩奈の悲鳴に翔子は視線を奪われる。

 緩奈は男に蹴り飛ばされ、塀に激しく叩きつけられていた。


 縛っていた長い髪を乱し、肩で息をする様子に余裕がないのが見て取れた。


――まだまだっ……!


 緩奈は痛む体に鞭を打ち、再び警棒を構える。


 緩奈と敵との実力差は明確ではあるが、しかし圧倒的ではない。

 故に緩奈は時間を稼げていたが、同時に敵は警戒心を欠く事をしない。

 着実に緩奈にダメージを加えジリジリと追い詰めていく。


 緩奈は、再度足に力を込め敵へ向けて飛び出した。


 敵の男は白いコートの内側に手を入れる。


――武器!?なぜ今更!?何にしても選択肢はないわ!!


 何を出されようと後手に回るのは不利と判断し、緩奈は振り上げた警棒を全力で振り下ろした。


「シャンデリア・クリップ」


 男が取り出したのは武器ではなく、十センチ程の棒状のライトだった。

 そして既にスイッチが入り光を発するそれを警棒の軌道上へと放る。


 緩奈の振り下ろす警棒はそのままライトを叩き壊し、そして、


 警棒は粉々に砕け散った。


――え!?い、一体何がっ!?


 一瞬であった。一瞬にして、警棒は先端から握り締めていた柄の部分まで、全てをただの砂に姿を変えた。

 破壊というよりも粉砕というのが正しい結果だ。


 緩奈は指の間から砂に変わった警棒が風に流されていくのを唖然と見る。


――これがトドメの攻撃!?敵の能力は光源の破壊がそのまま攻撃になるの!?


 これこそが、敵が翔子に下そうとした処刑法なのだと緩奈は確信した。


 敵の投げたライトは、球形に見えない壁の檻を展開していた筈だ。ならば振り下ろした警棒はその檻の中に入ってしまったのだと緩奈は気付いた。

 そしてライトが壊れ、檻を失うと中にある物は粉々に粉砕された。それこそが敵能力の攻撃法なのだと緩奈は理解した。


――ボキ!


「がっあっ!?」


 そこで緩奈の思考が無理矢理中断させられた。

 武器を失わせた事で一歩深い間合いまで踏み込んだ敵の腰を捻るようにして放たれた蹴りが、緩奈の脇腹を抉るように捉えたのだ。


 体の中から何かが砕ける嫌な音が緩奈に届く。

 足を地から引き剥がす程に強烈な一撃に緩奈の呼吸が止まる。

 体を横にくの字に曲げながら、ゆっくりと時が流れるような錯覚の中で、緩奈は不意に翔子に視線を向けた。


 一瞬、翔子の見開いている目と視線が交わる。


――ったく、間抜け面して何ボサっとしてるのよ……助け出されるだけのお姫様で良いならキャスティングは逆が良かったわ……


 こんな状況で、意外に自分が冷静な事に緩奈は驚きながらも笑みを零した。


 愚痴を零したところで今更配役の変更は出来ない。

 緩奈は与えられた役割に舌打ちをし、自らを鼓舞し奮い立たせ、離れかけた意識を強引に引き戻す。

 そして痛烈に脇を捉えた敵の足を掴んで引き、握っていた警棒だった砂を至近距離から敵の顔面に投げつけた。


「うぐっ!?貴様っ!!」


 モロに目に砂を浴びた敵が、顔を両手で拭いながら後退りする。


「ああああああああああ!!」


 緩奈は勢いをつけて敵に飛びかかった。

 そのまま押し倒し、掴み、絡み合い、地面を二人が転げ回る。極めて泥臭い戦い方だが、実力差を更に負傷で広げられた今、時間稼ぎにはこれしかなかった。


「早く!早くしなさい翔子!!」


 もう残された時間は僅かなのは翔子も理解している。


 しかし未だに脱出の糸口が掴めていない。


「全然分かんないよ!!どうしたら良いの!?」


 翔子は泣きそうな声で叫ぶが、緩奈にはそれに冷静に答える余裕どころか聞いている余裕もない。


 敵は引き剥がそうと身を(よじ)り容赦なく殴り付ける。最悪の体勢と間合いで攻撃に勢いは無いが、繰り返される打撃に緩奈は確実に消耗していた。

 それでも敵を離すまいと、緩奈は我無者羅に敵を叩き、引っ掻き、立たさないよう抱きつき引っ張る。

 子供の喧嘩レベルの攻防だが、それとは比べものにならない命が掛かってる必死さがあった。


――えっと!えっと!冷静に、冷静に考えなきゃ!!


 翔子は懸命に焦る気持ちを抑え、急ぎながらも冷静な思考に努め、情報を整理する。


 敵の能力は、入る事は出来るが出ることは出来ない、光の檻に閉じ込める能力だ。

 そして光が消されて檻が壊れれば、中にある物を粉砕する。


 敵が見せた二度の能力の発現で分かったのはこれだけだ。


――こんなんで分かるの!?


 余りにカードが少なすぎる。敵の能力を理解したところで打開策が思い付かない。


――まだ分かっていない事がある筈!何か見落としてる点が絶対にある筈!


 翔子は瞳をギュッと閉じ、一層深い思考の波へと潜り込む。


 敵の能力の要でありそのものである光。緩奈が言っていたように光の理解こそが必要なのだと翔子は考えた。


 翔子は真上の街灯を見上げた。眩しい光にも目を逸らさずじっと見る。


――眩しい?


 翔子は位置を変えながら蛍光灯をただ見上げる。

 当然どこにいても街灯の光は眩しかった。それは、檻の中ならばどこもほぼ均一に光が降り注いでいるという事である。

 全ての位置が、光が当たるという観点からすれば同じ条件なのだ。それだというのに、見えない壁は光が当たる場所の一番外側にだけ作られた。


――なんで?


 翔子は見えない壁へと駆け寄り手で触れる。相も変わらず硬い壁の感触がする。


――直ぐ隣が光が当たらない場所だから?


 その位置にだけ壁あるのだからそれしか考えられない。


 翔子は鞄から携帯を取り出し、カメラのフラッシュで檻の外の暗い地面を照らした。


 そして手を伸ばす。


「や、やった!壁が凹んでる!」


 それまでびくともしなかった円錐形の檻が、範囲を外へ広げるように変形していた。

 最も外側の光の位置を変えることで、檻の形を変形させる事が出来るのだ。


 そして、若干壁が柔らかくなってる事を翔子は新たに発見した。


――明るさだ!外と中の、境界線の明るさの差が壁の強度に関係してるんだ!


 翔子は携帯のフラッシュを、どこを照らすのでもなく地面と平行に向けた。

 壁は見えないが、今の檻の形はジョウロのようになっている筈だと翔子は推理した。


 試しに緩奈が残して行った袖のボタンを拾い上げ、携帯のフラッシュで一部を細長く伸ばすように変形しているであろう壁に向けて投げた。

 ボタンは街灯の光によって作られた壁に当たる事無く、檻の外へ飛んでいく。

 そして携帯のフラッシュが作り出す見えない筒状の壁をバウンドし、空中を跳ねるようにして進みそして、遂にはポトリと外の地面に落ちた。


 ボタンが檻の外に脱出したのだ。


 光で外を照らし、檻の中と外の明るさの差を曖昧にすることで、壁の強度を落とし穴を空ける。

 これこそが脱出方法だ。


 翔子はついに脱出方法を見つけ出した。

 後は実践するだけなのだが、ここで最大の問題が一つ浮上した。


「ひ、光を出す物なんか携帯しかないよぉ!!」


 そう、檻の中では新たな光源の入手など出来ないのだ。

 ボタン程度なら携帯だけで十分だが、さすがに人一人分の穴は空けられない。

 大きく、だがしかし強すぎない光が必要なのだ。強すぎればその光の外とまた明暗がクッキリ分かれ、強固な壁を作り出してしまうからだ。


 大きく、強すぎない光。


――そ、そんな都合が良い光が……あっ!


 ある。翔子はそれが思い当たった。

 人工的に作り出した輝度の高い光ではなく、自然の光。


 火だ。


 しかし未成年の翔子は煙草を吸わないし、光源同様ライターも持っていない。


「緩奈!火が、火が必要なの!」


 翔子は自分ではどうする事も出来ず、緩奈に叫んだ。


「火が必要なのに、私ライターも何も持って無い!檻の中に火元がないの!お願い、蝶でライターを探して持ってきて!」

「うぐぅっ!!」


 限界だった。これ以上敵の男を押さえ込む事が出来ず、緩奈はひっくり返るようにして敵に突き飛ばされた。

 仰向けに倒された緩奈の顔は血に染まり、体中に傷を作っているのが翔子にも見え、思わず口を両手で塞いだ。


「ライター……?」


 緩奈はヨロヨロと立ち上がりながら言葉を返す。


「私の能力……バタフライ・サイファーの蝶には、物を運ぶ力も、動かす力もないわ……あるのはただ、飛び回る力だけ……」

「そんな……!」

 蝶の形をしているがバタフライ・サイファーはあくまで視覚を飛ばす能力だ。蝶に何かを掴ませたり(くく)り付けたりは出来ない。出来るのは宙を飛ぶ事だけだ。


 ライターは手に入らない。その緩奈の返答に翔子は絶望感を抱いた。

 脱出方法を見つけ出したところで実践出来ない。何もかも手遅れだったのだ。


「でも翔子、火が必要なのね……?」

「え……?」


 緩奈が視線を向けずに翔子に問う。


「ライターでもマッチでもなく、火が必要なのよね……?ならば運べるわ……飛び回るだけの蝶でも、火は運べる」


 緩奈が見る蝶からの視覚が炎に覆われた。


 物を持つことは出来ない。だがその身を火に投じ、炎を灯すことは出来るのだ。


「運が良いわ……窓の開いていた台所で火を拝借出来た」


 遠い場所から燃え盛る蝶がこちらへと向かい始める。

 聖火リレーのように、燃え尽きる前に新たな蝶に火を灯し、その蝶が再びこちらへと飛ぶを繰り返す。


「これで脱出出来るはず!もう敵の能力を打ち破ったも同然だよ!」


 火が向かってきている事を察した翔子が、勝利を確信して緩奈に言った。

 外に出れば二対一になる。更に敵の動きから自分の方が確実に強いと翔子は確信していた。


 だが事はそう簡単にはいかない。


「敵も事態に気付いたみたいね……」


 方法はともかく、火を入手した事を察した男はこれまでの安全策を捨て、火を運ぶ緩奈を仕留め片を付けるべく飛び出してきた。


「どうやら火は正解のようね……」


 敵が今までとは違う気迫で迫ってくるのを見て、緩奈は火が脱出法で間違いないと確信した。


 緩奈は構える。しかし足下は覚束ず、何とも弱々しい構えだ。

 そんな事には一切の躊躇を見せず、肉迫する敵が容赦なく拳を振るい、緩奈は腕を交差させてそれを受け止め折れそうになる膝にグッと力を込める。


「その蝶が火を運んでくるのか?」

「!?」


 男はそう言うと攻撃した方とは逆の片手で、緩奈が発現した蝶を叩き落とした。

 強い衝撃で羽がひしゃげた蝶は地面に落下し消える。


「くっ!!」

「行かせない」


 緩奈は再びバタフライ・サイファーを発現するも、男はそれも即座に蹴り付け消失させる。

 更に発現するがそれも攻撃を受けて撃墜される。


――あ、新たな蝶が送り込めないわ!!


 男の動きに対して蝶は余りに遅く、更に緩奈の周囲一メートルでなくては発現出来ない制限がここで重くのし掛かってきた。


 自ら燃えて火を運ぶ蝶は、順番にリレーする事で長い距離を飛んでくる。

 新たな蝶を送り込めなければリレーは途切れ、ここに辿り着く前に蝶が燃え尽きてしまう。

 そうなれば火は手に入らない。


「攻防ではない、別の事を考えたな?」


 フードから覗く口元が微かに歪んだ。


「はっ!ぐ、ひゅっ!?」


 一瞬、蝶を送り込む方法に思考を奪われた隙に、男の鋭い膝蹴りが緩奈の腹部に突き刺さった。


――マズ、い……


 内臓に押し上げるような衝撃が直撃し、呼吸のリズムを無視して酸素が吐き出され、そしてピタリと止まる。


 緩奈の視界が黒に染まっていく。


 人間、長ければ何分と息を止められるが、それは肺に空気を満たした状態での話である。その状態であっても五秒とかからず体は僅かな震えなどの異変を訴え出す。


 唐突に呼吸を停止した緩奈の体が正常でいられる訳がなく、酸素が足りず視覚が異常を来したのだ。


――い、意識、が……


 時の流れに対して、思考が全く付いていかない。緩奈は最早痛みも感じず何が起きたのかさえ分からなくなっていた。


――蝶を、送らなきゃ……


 それでも、頭の中に映し出される燃える蝶からの視覚情報が緩奈の意志を明確にする。


――蝶を送らなきゃ……!


「な、なに!?」


 判断は無意識によるものだった。


 緩奈は膝蹴りを放ったゼロ距離の敵の肩を掴むと、ベルトに足を掛け、肩を踏みつけ高く飛び上がった。

 そして敵の攻撃の届かぬ位置で蝶を発現すると、燃え盛る蝶へと飛ばした。


「緩奈!緩奈っ!!」


 着地も出来ず地面に叩きつけられた緩奈に翔子が叫ぶが返答はない。


「行かせてしまったか。だが本末転倒だな。蝶を行かせたところで、お前を殺せばそれで終わりだ」


 緩奈が意識を失えば蝶も消え失せる。

 緩奈を殺せば脱出方法を失い、男は翔子も始末出来るのだ。


「緩奈!起きて!緩奈!!もう火なんかいらないから逃げて!!」


 翔子の叫びにも緩奈は反応を見せない。


 敵の男は倒れ伏す緩奈へと歩みより足を上げ、頭に狙いを付けた。


「ん?」


 男は視界に入った物に視線を向けた。


「なるほど。蝶を燃やして火を運んで来ていた訳か」


 男が見たのは、やっと目前まで辿り着いた火を灯した蝶だった。

 最早遠回りする余裕などないのか、道をただ真っ直ぐ飛んでくる。


「何を企んでいるとも限らん。用心には用心を重ねよう」


 そう言うと男は一度持ち上げた足を地面に戻し、蝶の進路上へ移動する。


「ああ……そんな……」


 翔子は地面にへたり込み、絶望の声を漏らした。


「これでお前達の希望は、完全に(つい)えた」


 そして男の振り下ろした手刀が、火を宿した蝶を叩き落とした。

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