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シャンデリア・クリップ-1

 秋人はアジトで先日コンタクトを取った『虫食い』の事を新平に話していた。


「仲介屋ですか。便利な組織がいるもんですね」


 新平は黄緑色のカードを天井に(かざ)して見ながらそう言ったが、秋人の感想は違った。


「そうでもないぞ。野良が情報をかき集めて組織が現金で買うっていう構図になってるからな」


 莫大な額の現金が払えないならばバグポイントを集めるしかない。しかし貰えるバグポイントが余りに安く集めにくい、というシステムにより、そのような構図になってしまうのだ。

 『虫食い』からしたら現金が欲しいのだから当然のシステムであり構図だ。


「僕達は『虫食い』を都合良く使う立場というより使われる立場なんですね」


 秋人の言った構図の原因は分からなかったが納得した新平は、そう言ってカードを秋人に返した。


「あら、早かったのね」


 そこへ緩奈がやって来た。そして秋人の持っているカードを一瞥する。


「秋人。まさかとは思うけど情報を売りに売ってBPを荒稼ぎ、なんてしてないわよね?」

「まさか。俺等に利の薄いシステムだと今新平に話してたところだ」


 秋人は不要とばかりにカードをポイッと投げて机に置いた。


「なら良かった。お茶を淹れるけど飲むでしょ?」

「ああ、よろしく頼む」

「僕の分もお願いします」


 分かったわと緩奈は答え、せっせとコンロとヤカンを棚から持ち出しお茶の準備を始めた。

 アジトで紅茶を入れるのは専ら緩奈の役割なのだ。


「あ!グッドタイミングに来たみたいだよ、由貴!」


 しばらくして紅茶の良い香りが立ち込め始めた頃、翔子と由貴が一緒にコンテナのアジトに入ってきた。


 対称的な外見と性格をしているが、意外な事にこの二人は仲が良い。

 友人が極端に少なかった過去を持つことから、自分の気持ちを抑えて人の顔色を伺いがちな由貴にとって、遠慮をしないしさせない翔子の性格は真に心を許しあっているようで心地が良かった。

 過去の男性との付き合い方のせいで同性に良い印象を持たれていなかった翔子にとっても、負の感情全てが欠落しているように純朴な由貴の側は、今やとても落ち着く場所となっていた。


「すごく良い香りです……緩奈さん、わ、私の分もお願い出来ますか?」

「ええ、そろそろ来る頃だと思ったから四人分淹れてるわ」


 緩奈はにこやかに微笑み由貴に答えた。


「えっと、一人分足りない気がするんだけど、無いのはもしかして私の分なのかな?」

「……いるの?」


 鬱陶しい、汚らわしい、おこがましいなどの全ての負の感情に染まりきった表情で緩奈は翔子を見た。


「いるに決まってるでしょ!むしろ何で私だけ無いのよ下水女!!」

「えー……頭、高くない?」


 難色を示すどころか嫌悪を全面に押し出した顔で緩奈が言い、翔子の肩が怒りで震える。そしていつものように言い返しては言い返されの罵詈雑言(ばりぞうごん)のラリーが始まるのだ。

 秋人達の静寂はいつもこうして破られるのだった。

 その間、由貴はどうして良いか分からずオロオロし、新平は冷や汗を流しながら、それでも何とか作り上げたにこやかな表情で我関せずを決め込んでいる。

 もう慣れた秋人はいつもの終わり方が来るのをただ待っていた。


「イジメだ!これは陰湿なイジメだ!秋人くんもこの婆になんか言ってやって!」

「緩奈、翔子の分も初めから淹れてるんだし、わざわざ口論の火種を作るんじゃない」

「秋人はこんな偉そうな女の肩を持つっていうの!?」

「翔子、由貴のように緩奈に頼んだのか?そうじゃないならそうするべきだな?」

「うぅ……」


 二人は声を荒げるのを止め、緩奈は翔子が口を開くのを待つ。


「私の分の紅茶、淹れて、くだ、さい……」


 そして翔子は屈辱ではあるが、秋人の言う通り緩奈に何とかお願いをした。


「……もう座りなさいよ。初めから淹れてるわよ」


 こうして両成敗というより、翔子が我慢していつも言い争いは終結する。

 しかし一方的に翔子が折れて終わるのは言い争いだけであり、全てがこれで終わるわけではない。


「あ、そうだった。またクッキー焼いてきたんだよ。皆で食べよ」


 そう言って翔子がクッキーを鞄から取り出すのだが、これが緩奈に屈辱を与えるのだ。


「……食べたい?」

「うぅ……」


 今度唸ったのは緩奈だ。勿論緩奈も食べたい。


 翔子は紅茶を買ってくれば良いし、緩奈はクッキーを買ってくればいいのだが、お互いお互いの準備するものが美味いと知っていて、それに一人別のものを飲食するのは切なすぎる。


「私もクッキー、食べて、良い、かしら……?」

「ふん、私だって初めから五人分作ってきてるもん」


 見守る三人は深々と、本当に深々と溜息を吐き、どうせ両方折れるなら初めから両方折れないで済むようにすれば良いのに、と思いながら紅茶を啜りクッキーをかじるのだった。


 これが、既にお馴染みとなった二人のやり取りであった。

 それなりの時間、共に戦う能力者として過ごしている二人だが、その溝は埋まるどころか確固たるものとなっていた。






 ある日、翔子は足を運んだレンタルショップで悩んでいた。


「うーん……やっぱりここは我慢するべきだよなぁ」


 試聴しているCDを借りたいのだが、今週は既に二桁借りてしまっている。

 財布の中身と相談するならば我慢すべきなのは明白なのだが、借りたい。

 借りたいのは山々だが、しかし今月は少し厳しい。


 翔子は長い時間悩み抜いた結果、やはり仕方なく我慢する事にした。


「クッキー作りが意外に手痛い出費になってるんだよなぁ。でも秋人くんに食べて欲しいし……あの大仏顔の分はいらないかなぁ」


 大仏的な面持ちは一切無いが、翔子の言う大仏顔とは緩奈の事だ。


 そうは言いながらも緩奈の分は作らないという意地悪をする気のない翔子は、二階のレンタルショップから一階の本屋へ行き、料理本を立ち読みしてみることにした。


「あれ?」


 本屋へ立ち入った翔子は見覚えのある後ろ姿を見付けた。


――ムカつくけど明らかに浮いてるんだよね


 決して負けてるとは思わないが、本屋にいた知り合いのスラッとした体躯は、ただ立っているだけなのに周りの者とは違う雰囲気を醸し出し、目立っていて分かり易いと翔子は感じた。

 翔子は好奇心からその者が読んでいる本を背後から覗き見た。


「うわぁ……アンタそういう趣味あったの?」

「ひゃあ!?」


 耳元でいきなり声を掛けられた緩奈は飛び上がって振り向いた。

 本屋にいた翔子の知り合いとは緩奈の事であった。


「い、いつから居たのよ!?盗み見なんて非常識よ!」

「アンタの後ろにずっと立つなんて頼まれてもイヤ。今来たばっかだし。っていうかそれ、アンタの趣味?」

「ち、違うわよ。有り得ないわ。ちょっと目に付いたから見てみただけよ」


 翔子に指差された本を緩奈は瞬時に背中に隠し、そのまま膝を折って無理な体勢で本を山に置いた。


「ふーん。随分熱心に読んでたみたいだけど」

「あ!」


 翔子は、緩奈が無茶な体勢で必死に置いた雑誌を、妨害する暇を与えずパッと手に取った。


『月刊アーミー』


 表紙には『完全収録!最新、軍用ヘリコプターカタログ!』や、『狙撃手のロマン』などの文字が踊るかなりマニアックな雑誌であった。


「違うわよ?ほら、最後の一冊だったし人気があるのかなと思って」

「ふーん」


 興味がなければ最後の一冊だとも気付かないだろう。翔子は雑誌を持ったままチラリと緩奈を見た。


「興味ないの?」

「微塵もないわ。これっぽっちも。まだ貴女への親しみの方があるぐらいね」


 翔子はその例えが無に等しいと言いたいのだと理解した。


「じゃあ私が買っても問題ないね」

「え!?」


 そう言って翔子は月刊アーミーを持ってレジへと歩きだした。


「ちょ、ちょっと待って!貴女そんな本買うの!?思い直した方が良いわ!」


 緩奈はまさかの行動に狼狽え、翔子の鞄を引っ張って引き留めた。


「別に私が何買っても良いじゃん」

「それ、は、そう、だけど……」


 言えない。緩奈は今更自分が買いたいなどとは絶対に言えないと思った。


「それに、買えるのは今だけかもしれないから」

「え!?」

「そろそろ月刊誌が入れ替わる時期じゃん」

「そう、なの……!?」


 翔子は月刊誌の入れ替わる日など知らなかったが、緩奈はかなり信憑性が高いと踏んだ。

 というのも実はあの雑誌は何軒も本屋を巡り、やっと見つけ出した一冊だったのだ。

 いつもは発刊日に買うのだが、ここ最近忙しかったり友達といたので今月は買えていなかったのだ。

 そしてやっと見付けたのだが、家まで我慢出来ず少しだけ立ち読みしようとしたのがいけなかった。


 もう手に入らないかもしれないとなっては、何としても譲れない。

 その思いが緩奈の頭を駆け巡ったが、既に購入の権利は翔子のものだ。どうすればいいのか見当も付かず緩奈は絶望した。


「さっきから何?買いたいの?趣味だっていうなら譲るよ?」

「え!?良いの!?」


 まさかの申し出に緩奈の心に希望が芽吹く。


 緩奈が買いたいのだろうと分かっている翔子は、緩奈に意地悪したいだけであってこの雑誌を欲しくなんかない。それこそこんな本を買うのはお金の無駄だとしか思っていない。買うつもりも勿論ない。


「別に私は次の月のでも良いし、趣味だって言うなら譲るよ。趣味だって言うなら。趣味なら仕方ないもん。趣味ならね」


 ウンザリする程趣味と認める事が条件だと言われ、緩奈は震える程に葛藤した。


 忌まわしい翔子なんかには、こんなマニアックな趣味を持っていると絶対バレたくない。弄られるに決まってる。バレてはいるだろうが認めたくない。

 しかし雑誌は欲しい。


 両立は決してしない切望する二つの思いを天秤に掛け、緩奈は悩みに悩み、悩み抜いた。






 既に暗くなり、街灯が灯りだした道を歩く二つの影。

 片方は足取りも軽く跳ねるようであるが、片方は俯きトボトボと歩いている。


「きゃははははははは!まさかアンタが軍事オタクだったとはねー!!」

「…………」


 翔子に大爆笑されながら、緩奈は茶色の紙袋に入れられた雑誌を胸に抱き歩いていた。

 結局、緩奈はプライドより雑誌を取ったのだった。


「バカにはしてないよ?バカには。だって『番犬』の姫乃さんも銃好きだったしね。私姫乃さんを格好いいって思ってたし」

「…………」

「でもまさかアンタが……アンタ、が……ぷ、ぷー!きゃははははははははは!無理!似合わなすぎ!!無理だよ!笑わないなんて無理ー!」


 翔子は腹を抱えて笑い、明らかに馬鹿にしていた。

 店を出てからというもの翔子はずっとこの調子で、緩奈もずっと自己嫌悪に沈んだ状態だった。


「ねえねえ、サバイバルゲームとかするの?森とか山に行くの?」

「……そういうのには興味ないわ。本物がただ単純に格好いいと思うだけ」

「そんな好きなら自衛隊に入れば良いのに」

「……車が好きな人にレーサーになれば何て言わないでしょ?それに好きで仕事にしてたら女の子は皆パティシエよ」

「アンタ以外はね!きゃははははははははは!!」

「…………」


 もう怒る気力も湧いてこない緩奈は小さく溜息を漏らすのだった。


「はぁー、笑った笑った」

「……もう十分満足したでしょ?貴女いつまで着いて来るのよ」

「それちょっと自意識過剰。たまたま同じ方向なだけだよ」


 本当に方向が同じなのでわざわざ片方が立ち止まるのも馬鹿らしく、緩奈と翔子は共に歩かざるを得なかった。


 二人はその後も、ペースを合わせている訳ではないが並んで住宅街へと歩いた。


「きゃっ!?」


 唐突に翔子が声をあげ尻餅をついた。


「いったー、なにぃ?」

「どうしたのよ急に」


 座り込み鼻を押さえる翔子に、緩奈は何にせよ大げさだと思いながら見下ろすように視線を向けた。

 すると翔子が手を伸ばして来るので、起きるのを助けろ、と言っているのだと思い緩奈は呆れながらも近寄った。


「ダメ……来ないで!!」

「?」


 しかし、突然目を見開いた翔子が緩奈に叫んでそれを拒絶した。だが手は伸ばしたままだ。

 緩奈はいつもの口論の類だと思い特段翔子の言動には驚かず、冷静に翔子に言葉を返す。


「貴女、台詞と行動が滅茶苦茶よ。手を貸して欲しいの?欲しくないの?」

「違う!良いから来ないで!!」


 翔子はそう叫ぶと立ち上がり、恐る恐る手を伸ばしていた辺りに両方の掌を当てた。

 腕を伸ばしたのではなく、何かに触れたように、掌を当てたのだ。


「ここに……ここに見えない壁があるの!」

「え?」


 翔子は手を貸して欲しくて手を伸ばしたのではなく、見えない壁を触れていたのだ。

 掌が何かに触れ少し肌の色が変わっているのを見て、緩奈は性質の悪い冗談ではないと理解した。


「もしかして、これって敵能力者!?」

「バタフライ・サイファー!!」


 緩奈は周囲に蝶を飛ばす。

 そして潜んでいた敵能力者らしき人物を直ぐに発見した。それは、その人物が隠れるのをやめ曲がり角から姿を現し、猛然と駆けて来たからだ。

 その行動から、緩奈はその人物を敵と断定した。


「暗くてまだ見えないけど、向こうから敵が来るわ!逃げるわよ!」

「ダメ!出来ない!上も下も、周りが全部壁に囲まれちゃってる!」


 緩奈は一枚の板のような壁を想像していたが、実際は周囲をグルッと囲まれてしまっていたのだ。


「そんな訳ないでしょ!入ったのだから、どこかに出入り口があるはずよ!」

「でもホントに無いんだもん!」


 翔子は特に歩いてきた方向の壁を入念に調べるが、出入り口どころかちょっとした隙間すらない。

 翔子は完全に能力に捕らわれてしまっていた。


――確かに、先制攻撃が鼻を叩いた程度の訳がないわね


 そんな悪戯のような攻撃を加え、嬉々とし飛び出して来るわけがなかったと、緩奈は考えの甘さを自嘲した。


「ど、どうしよう!?」

「今考えてるわよ!」


 敵が来るのにそれ程の時間は掛からない。

 面と向かい合っての戦闘に向かない二人は、どう考えても一度逃走しなくてはならない。その為にも見えない壁から翔子を脱出させなくてはならない。


 緩奈は自身で一度調べる為、翔子が触れていたであろう透明の壁へ手を伸ばした。


「!?」

「なに、なに!?なにがあったの!?」


 しかし緩奈は熱いお湯にでも触れたように直ぐ手を引っ込めた。

 その様子に翔子が狼狽える。


 緩奈は何かがあったから手を引いたのではなかった。むしろその逆、何もなかったのだ。


 緩奈は思い付いた可能性を試すべく、鞄から適当に物を出して翔子に投げた。

 投げられたポケットティッシュは、壁など存在しないかのように翔子に届いた。


「何!?ティッシュがなんなの!?別に鼻血は出てないんだけど!?」


 ポケットティッシュが壁があるべき場所を通過してるにも関わらず、それに気付かず緩奈の行動の意味が分かっていない翔子がトンチンカンな事を言う。


「投げ返して!」

「何なのよ、もう!」


 緩奈に指示され、翔子もポケットティッシュを投げた。


「あ」


 今度は二人の間の見えない壁に弾かれ、ポケットティッシュは緩奈に届かず地面に落ちた。


「敵の能力は、入れるけど出れない特性の壁を作り出す能力ね。出入り口がない訳よ」


 二人は上を見上げた。

 離れた位置で改めて壁のある場所を見て、二人は何が内側と外側を分けているかを理解した。


「光……」

「ええ」


 翔子の言葉を緩奈が頷き肯定した。


 二人を隔てる壁は、丁度街灯が照らしてる場所と照らしていない場所の狭間にあった。


 光が当たる場所を(おり)にし閉じ込める能力、と表現するのが、敵の能力を的確に言い表していると緩奈は思った。


 緩奈が壁に触れられないと気付いた時、手は間違いなく檻の中に一度入った。

 しかし手を引き抜けた事から、入りかけは出れて、完全に入ってしまうと出れないのだと緩奈は推理した。


 そこで緩奈が外から翔子を掴み、壁を通過出来るか試してみたが、触れ合うだけでは繋がりが薄いらしく、翔子は外に出れなかった。


「仕方ない……アンタは私を置いて逃げて。命に関わるような能力じゃないみたいだし、秋人くんを連れて来れば何とかしてくれると思う。最悪敵が『四重奏』なら仲間だったしどうにかなりそうだしね」

「良い情報と、悪い情報があるわ」


 唐突に全く関係のない返答をされ、翔子はキョトンと緩奈を見返す。


「こんな時に何言ってんの?頭おかしくなっちゃった?」

「良いから選びなさい。どっちがいい?」


 どうせ捕らえられ手も足も出ないのだから、もうこうなったら破れかぶれだ、と翔子は大人しく答える事にした。


「じゃあ良い方から」

「敵は私という邪魔者がいるにも関わらず向かって来てる。貴女を狙い通り捕らえ、顔を曝す危険を冒す事になるというのによ。私が仕方なく諦めて去るのを待つ余裕がないのね」

「えっと、つまりどういう事?」


 翔子は首を傾げた。


 言われてみればおかしな話だとは分かる。わざわざ出て来る必要なんて無い。

 こっちには打つ手がないのだから、敵は緩奈が去るのを待てば良い。仲間を呼んだ所で、その仲間が去るのも待てば良いのだ。

 それは翔子も分かったが、緩奈が言いたいことはいまいち掴めなかった


「分からない?つまりは時間制限、あるいは何か脱出の方法があるという事よ」

「あ!」


 確かにそうだと翔子は気付いた。


 打つ手がないならば敵は待てば良い。

 敵が待たないということは、何かしらの打開策があるということだ。


 脱出は不可能だという前提が間違いだったのだ。


 俄然希望の見えてきた翔子だったが、次に告げられる悪い情報に身を(すく)ませる事となった。


「悪い情報は、一人で仕掛けてきた敵の攻撃が、そんな不完全な捕縛の能力で終わる訳がないってことよ」

「もう、アンタの言う事ってよく分かんない。不完全な捕縛の能力じゃない、って事は完全な捕縛の能力って事?結局脱出は出来ないって事?」

「どうしてそうなるのよ。違うわ」


 無論、そんな矛盾した二つの報告をしたいが為に緩奈は時間を割いてるのではない。


「敵の攻撃は捕まえて終わりじゃない。続きがあり、攻撃はまだ完結してないだろうって事よ。つまり、恐らく敵は何かしらの方法で貴女を殺す為にここ向かって来てるって事よ」


 想像していたよりもかなり深刻な事態だと、やっと自覚した翔子の顔色が青ざめた。


 見たところ搬送も出来ない、捕まえて終わりの攻撃など仕掛けてくる理由がない。

 敵は何かしらの方法でトドメを刺しに来るはずだ。

 例えば、運転手も無事ではすまないだろうし痕跡を残しすぎる事から有り得ないが、車で突っ込んでくれば逃げ道のない翔子は確実に死ぬ。


「もう一つ悪い事があるわ。でもこれは私にとって」


 緩奈は視線を翔子から外し、暗闇の先を見据えた。


「貴女を見捨てて逃走する選択肢が、たった今無くなったわ」


 敵能力者が、二人の前に現れ立ち止まった。

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