フルムーン・サテライト-3
静まり返っていたマンションで携帯電話の大音量の着信音は、無情な程よく反響し遠くまで響き渡る。
その音に反応を示す二十メートル内のクラゲに、『移動』と共に『攻撃』のスイッチが一斉に入る。所構わず音源に向けて弾丸を発射し、直ぐにコンクリートや金属に弾が当たる破壊音の大合唱となった。
その音に誘われ、更に広範囲のクラゲが弾丸を放ちながら集まってくる。
この悪循環で女性の死体を中心に、全てのクラゲが包囲網を縮めてきた。
「やり過ごす事は出来ない!もう足音なんて関係ない、走れ秋山!ちんたらしてたら弾丸のシャワーで穴だらけにされる!!」
姫乃の指示が飛ぶより一瞬早く、秋人は上の階へと走り出す。姫乃の言う通り足音を消す事などしない。それが出来ず秋人は腕に重傷を負ったが、今となってはその事に髪の毛一本分の価値も無い。
駆け出して直ぐ、六階に辿り着いたそこには、今度は男性の死体が置かれていた。
「クソ、これもか!?」
秋人が言うや否や、男性の体から着信音が響き始める。それと同時に、後方に置き去りにした女性の死体の携帯電話に弾丸が命中し音を止めた。
新たな音源となった男性の携帯電話に、クラゲが弾丸を撒き散らしながら殺到する。
「良心の欠片も無いのか!?これが人間のする事なのか!?」
余りに下劣な攻撃方法に、秋人の歯がギリギリと音を立て、瞳孔が開く。
初めて経験する吐き気を催すような強い嫌悪感と、鼓動が早まる程の怒りに秋人の頭に一気に血が昇る。
「考えるな!!」
秋人の握り締めた拳が怒りに震えているのを見て取った姫乃が叫ぶ。
「走れ!!今出来るのはそれだけだ!!」
「畜生……畜生っ!!」
秋人は男性の死体から視線を外し、クラゲが死体に向けて放ち続ける弾丸を潜り抜け再び階段を駆け上がる。
六階と七階の間の踊り場を駆け抜けると、その瞬間男性の死体の携帯電話が破壊される。
すると今度はまた上から着信音が響いた。
「クソ!クソ!一体何人の命をっ!!」
携帯を狙う弾丸が体中を掠めながらも秋人は眼光を一層鋭くし、怒りで顔を歪めるがそれでも足を止めず駆け上がる。
「注意しろ!次の攻撃が本命だよ!クラゲの包囲網は今、完全に収縮した!」
敵のこの攻撃は我無者羅で大胆で、少なからずダメージはあるがしかし、決して有効ではない。標的が秋人ではないからだ。
秋人の現在地ではなくその先で音を鳴らしクラゲを先回りさせ始めた事から、敵が何かを仕掛けてくると、辺りを見渡した姫乃はそう感じ取っていた。
秋人はとうとう七階を駆け抜け八階を目指す。
次が最上階だ。その上が屋上となり、そこが敵の居場所だ。
秋人は疾風の如く駆け、七階と八階の間の踊り場を勢い良くターンする。
そこで敵の攻撃に遭遇した。
――パンッ!!
迫っていた飛行船が目の前で弾け、無数のクラゲをバラ撒く。しかし今回の積み荷はそれだけでは無かった。
飛行船から、胸に携帯電話を張り付けた死体が投げ出されたのだ。
秋人は目の前に降ってきた死体を、それが標的になると分かっていながらも、死んでいるとはいえ人である為か反射的に抱き締めるように受け止めてしまった。
「まだだ」
秋人達には聞こえない、屋上にいる男がそう言うと同時に、八階に置かれた死体がクラゲの攻撃の衝撃で階段を転げ落ちてきた。この死体には既にクラゲの攻撃で壊れている落とす時用の他にもう一つ、落下後の攻撃用の携帯電話が張り付けられている。
「更にこれで、駄目押しだ」
男が口角を歪めると同時に、計ったようなタイミングで、秋人の抱く死体が軽くなった。
死体の腰から下が千切れ落ちたのだ。
不意に視線を落とした秋人の目に、下半身の断面に埋め込まれた携帯電話が映った。
「なんだコレは……何なんだコレはぁぁぁあああああああ!!」
地獄絵図と言っても良い、秋人にとってはむしろそれすら生温いと思える状況にたまらず訳も分からず叫んだ。
一筋の涙が頬を濡らす。
悲しいのではない。辛いとも違う。敢えて言うならば、苦しい。息苦しいという表現が一番相応しい。
異常な状況に、秋人は息の仕方が分からないといった錯乱状態に陥っていた。
命を喰らおうと飛び交う弾丸の中を駆け抜け、敵の武器となった死体を避け、その後ろには無惨な死体と血溜まりを残し、今や二つに裂けた死体を抱き締め全身を血で濡らしながらも、無意識の内に転がり落ちる死体を受け止めなくてはなどと意味のない事を考えている。
気が狂いそうになる程の惨状の中、それでも目を覆う事も立ち止まる事も許されない。怯めば命を落とす。
いっそのこと気が狂ってしまえばどんなに楽だろうか。
秋人の脳裏にそうよぎった瞬間、三発の銃声が続けざまに響いた。
姫乃が秋人の周囲にある死体の携帯電話を全て撃ち抜き、破壊したのだ。
皮肉にもこの地獄を作り出したのと同じ、弾丸を放つ銃声が秋人の思考を引き戻した。
「怯むな秋山!敵は待っちゃくれない!撃ち込んでくるぞ!!」
ライフルの薬莢を排出し、拳銃に銃弾を込めながら姫乃が叫ぶ。
至近距離で三つの着信音が鳴り響き続ける最悪の事態は回避したが、その為に銃声を上げてしまった。
壁となり屋根となって周囲を取り囲む、今までで最多のクラゲが一斉に輝きだす。
「気をしっかり保て!秋山!!」
――ヤバい……!!
秋人を叱咤しながら姫乃は現状の窮地に絶望感を抱いた。
今いる場所は七階と八階の間。あと一階と半分の分の階段が残っている。
そこで過去最大最悪の攻撃に晒されようとしている。
今回の攻撃は、これまで何とか凌いできた空気の盾だけでは確実に防げない。間違いなく死に至る傷を負う。
あと少し、ここまでの道中を考えれば本当にあと僅かなのだがその距離が果てしなく遠い。
「……俺は、この世のあらゆる理不尽な残酷さから仲間を守る……その為ならば鮮血にまみれた道さえも喜んで進もう。それが、それが俺の覚悟だ」
唐突に、秋人が誰に言うでもなく実に静かな口調で呟いた。
秋人の異変にハッとした姫乃は反射的に秋人を顔を見上げた。
先程まで焦点の定まらなかった視線は真っ直ぐに前を見据え、溶岩のように煮え立っていた怒りとは違う、極限まで研ぎ澄まされた刃のような絶対零度の闘志を秋人は纏っていた。
その余りの迫力に姫乃の思考が停止し、肺に氷柱を突っ込まれたような悪寒が走った。
姫乃はこの時初めて秋人に恐怖した。殺意とも言える感情を宿した秋人に、姫乃は本能的に恐怖したのだ。
刹那、一斉にクラゲの弾丸が放たれた。四方八方から弾丸の雨が降り注ぐ。
秋人は動かせる右手で後方に空気の層を作り出し、そして敵が送り込んで来た一般人の死体を掴み持ち上げた。
弾が肉をえぐる、嫌な音が響く。
弾丸のほぼ全てが、秋人の持ち上げた死体に突き刺さる。秋人は死体を盾にしたのだ。
空気と死体、その二つの盾でも防ぎきれなかった弾丸が二発、秋人に背中から突き刺さるが、その衝撃に一歩だけ前へよろけるだけで秋人はそれ以上の反応は示さない。
苦痛の声は上げずグッと堪えた。
「……凌いだ。先を急ごう」
秋人は感情を極力押し殺した声でそう言うと、穴だらけになった死体をそっと地面に下ろし、しっかりとした足取りで階段を上り始めた。
敵の下劣な攻撃方法が秋人の戦意を殺ぐ目的であったならば、その試みは失敗に終わった。
邪悪な意志による極限の危機を乗り越えた秋人の心は今、弱るどころかむしろ正義の怒りを纏い、激情を越えた冷酷に徹した敵意を宿していた。
秋人は八階を抜け、更に上を目指す。
八階と屋上との間の踊り場には不用に人が入り込まないよう、南京錠で施錠された金網のフェンスの扉が設置されていたが、その鍵は敵が侵入した際に破壊されており、秋人達が手こずる事はなかった。
秋人はペースを変えず、最後の階段を上っていく。そして最後の一段まで上りきり、とうとう二人は屋上に辿り着いた。
困難な道を越え、遠い地へ来た事を冷たい風が吹き付け告げる。
靡く前髪の向こう、屋上の奥、約三十メートル先に二つの人影を秋人は確認した。
「来ちまったじゃないかよオイーー!!」
「うぐっ!」
秋人の姿を見るや身長の小さい、赤のチェックのシャツを第一ボタンまで閉め、裾をジーパンにキッチリ入れた太った男が、隣の少女の腹を思い切り蹴飛ばした。
強烈な一発を完全に無防備な状態で受けてしまった少女は、細い体をくの字に折り頭を地面に擦るようにして倒れ込んで咳き込んだ。
「お前が、しっかり、やらない、から、追い詰め、られちゃった、だろ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
蹴り付ける度に怒鳴りつける男に対して少女は必死に許しを乞い、頭を押さえて丸くなって堪えた。
「ったく仕方のない奴だな。ほら立て、大丈夫か?僕も好き好んでお仕置きしてる訳じゃないんだよ?立派な能力者になれるよう仕方なくやってるんだ。心を痛めてるんだよ」
男はグリグリと靴底を少女の頭に押しつけるのをやめると、一転して優しげな口調で語り掛け少女の肩に手を回し立ち上がるのを助ける。
少女はお腹を押さえながらヨロヨロと立ち上がった。
「仕切り直しだ小枝子。僕が逃げるまでの間、頑張って戦うんだよ。ほら、返事はどうした?」
「はい……」
「良い子だね。なに、心配はいらないよ。何も問題はないよ。小枝子は強い子だからね」
男が何か言う度に、小枝子はコクコクと何度も頷く。
「僕が言うことは?」
「全部正しい……」
「そう、よく分かってるね。じゃあ後は任せたよ」
男は小枝子と呼んだ少女を軽く秋人達の方へ押し出す。二、三歩ヨロヨロと前へ出た小枝子は何とか立ち止まり、
「フルムーン・サテライト……」
クラゲの能力を周囲に発現した。小枝子に丸投げした男はニヤリと笑うと、ジリジリとゆっくり後ろに下がり始めた。
クラゲの攻撃は完全に無差別だ。男も音を立てれば攻撃を受けるため、ゆっくりと移動しているのだ。
そしてクラゲは風に煽られ、風下の秋人達の方へと流れていく。
「今のアタシの能力の射程は良いとこ五メートルだ」
姫乃は視線はクラゲに向けたまま唐突に秋人にそう切り出した。
姫乃の能力は遠くなる程に正確な距離が掴めず精度を欠く。外的影響を一切受けないドット・スナイプの弾は何千キロでも何万キロでも届くが、一点のみを攻撃するその特性故に効果を上げられる実質の射程はかなり短いのだ。
それでもベストコンディションで不動の的ならば百メートル近くの距離ならば正確に撃ち抜く事が出来るが、足に怪我を負い、十センチ程度と約十七分の一の身長まで小さくなっている今の姫乃には五メートルが限界であった。
「攻撃のタイミングは指示してくれ。じゃないと今にもぶっかましちゃいそうだよ。アタシはあのゲスの顔を見るのはもう我慢の限界なんだ。木っ端微塵にしたくてウズウズしてる」
意外にも、姫乃は秋人に自分への指揮を全面的に許し、それを自身から提案した。
秋人同様、敵に対して烈火の如く怒りを抱いていると言ったのは姫乃の本音だ。だが、激情に身を任せ後先考えない行動に出てしまいそうだと言うのは建て前である。むしろ秋人が冷静さを取り戻した時、その迫力に圧倒され同調するように姫乃も平静を取り戻していた。
ならば何故姫乃が秋人に指揮を許したかというと、それはここまで辿り着いたのは秋人の功績であり、是非を秋人に託すべきだと思った事と、何より秋人の実力を認めたからであった。
秋人に任せれば最良の結果を出すと、姫乃はこの言葉を使いたくなかったが、信じたのだった。
「初めて気があったな。俺も一発や二発じゃ収まりがつかない所まで既にキテる。一直線に胸倉掴んで殴り倒したいのを今、必死で抑えてる」
秋人は溢れる怒気を隠そうともせず目以外で笑って見せた。
目線を敵に向けたまま姫乃も同様に冷笑して見せる。
「良いね、たまには無策に一直線ってのも悪くないよ。今はそういう気分だね」
「同意が得られた事だ、ならば行き当たりばったり真っ直ぐ行こう」
そう言うと秋人は臆する事無くただ真っ直ぐに歩み出した。
愚策どころの話ではない。全てに置いて後手に回り続けるというあるまじき判断であるが、それだけ二人はこの敵に負ける気が一切しなかった。
遠距離戦を仕掛ける敵と対面し利があるなどという理屈を抜きにして、場合によっては驕りとも取れる程、こんな敵に遅れを取る訳がないという自信に満ち溢れていた。
敵はその秋人の挙動にまず戸惑った。
――え!?な、なんで歩けるんだアイツ!?
僅かな音にも反応を示すクラゲの間を、さも当然といった風に素通りして向かって来る秋人に、男も小枝子も目を真ん丸に見開き狼狽えた。
数歩前に出ていた小枝子は焦って男へ振り返り、視線でどうしたら良いか尋ねる。
しかし男が何かを指示する事も無く、秋人は歩みを止めた。間合いはまだ二十メートルある。
――またガラスか
先に見せた、ガラス片を撒くという全く同じ手を敵は講じていたのだ。
しかも今回は屋上の広い範囲に散りばめられており、飛び越える事は出来そうにない。
秋人は足を止めざるを得なかったのだ。
――へ、へへ!歩けた事には驚いたけどここまでだな!せいぜいそこで指をくわえて悔しがってろ!
男は秋人が立ち止まったのを見て、目を三日月型に歪めニンマリ微笑むと、再びジワジワと後ろに下がり始めた。
秋人は右手に乗せるようにして姫乃の入った瓶を前に掲げる。そして人差し指で小枝子を指差した。
「撃て」
――ば、バカかコイツ等!?
敵の男がそう思うのも無理が無い程、秋人達の取った策は実にシンプルなものだった。策というのも烏滸がましい程愚直な対策。それはガラス片を突っ切り、クラゲの攻撃が開始されるよりも先に小枝子を仕留めるというものだ。
秋人の指示の声は今か今かと待ちわびていた姫乃の銃声で掻き消される。
――ガンッ!
放たれた弾丸は突如現れた三十センチ四方の鉄板に防がれ、攻撃は失敗した。
「飛行船か!」
姫乃の言う通り、現れた鉄板は伸ばされ曲げられ、徐々に飛行船を生成していく。飛行船を発現し盾にしたのだ。
「掴まれ!突っ切るぞ!!」
敵との距離は二十メートル。その距離で秋人が攻撃を指示したということは、能力を使えずとも撃てと言うことだと理解した姫乃は、迷うことなく瓶を撃ち抜き攻撃した。
故に姫乃は瓶から出されていた。
姫乃はライフルを手放し秋人の首に腕を回ししがみ付く。
そのライフルを秋人がキャッチする。
――用途は分からないが意味がある
そう理解した姫乃は指示されるでも無く、秋人の手にしたライフルのボルトを片手で引き弾を装填した。
周囲のクラゲが輝き、今にも弾丸を放とうとしている。
「クラゲの攻撃は何度も見た。タイミングは分かってる」
秋人は走りながらタイミングを図ると、ライフルを小枝子に向けて、
「「え?」」
投げた。
意味が分からない。そういった表情で間抜けな声を出したのは敵の二人だ。
姫乃は最早秋人を疑う事を放棄していた。
クラゲの攻撃開始が迫った時、秋人は立ち止まり抱き付く姫乃を地面に押し倒すようにして伏せ、音を立てるのをやめる。
「発動」
――ダンッ!!
そして引き金にだけ重力を加算し、投げたライフルを発砲させた。
クラゲの照準が全て小枝子の目の前、秋人の投げたライフルに向き一斉に放たれた弾丸が伏せた秋人の上を越えていく。
「やっ!」
小枝子が小さく悲鳴を上げた。
クラゲの弾丸が四方八方から小枝子へ迫る。
――弾丸も能力の一部。能力を解除すれば弾丸も消失するはすだ。助かりたければクラゲの能力を解除をするしかない
飛行船は別の位置で生成され始めており、姫乃の弾丸を防いだように盾にするのは不可能。
ならばそれしか手はないと秋人は思い、解除後間髪入れずに駆け出し叩き伏せるよう再び姫乃を抱き上げ身構える。
しかし秋人のその予想とはかけ離れた、意外な行動に小枝子は出た。
小枝子は、この後に及んで指示を求めるように仲間の男へ振り返ったのだ。
「ダメだ小枝子!出来ない!フルムーン・サテライトを解除したら僕までやられちゃうだろ!!」
「そんな……!」
秋人はここで初めて気が付いた。
小枝子は指示を求めたのではない。解除を求めたのだと。クラゲの能力はこの男の能力なのだと秋人はこの時気付いた。
――この糞野郎が!吐き気がする!!
秋人達の怒りが一層燃え上がる。
男はまず狙われるであろフルムーン・サテライトの能力者を、小枝子に仕立て上げていたのだ。
「ぎゅっ!!」
小枝子の口から短い苦痛の声が漏れる。
数多の光の弾丸に体中を貫かれ血を吹き散らす小枝子は、赤い糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
「小枝子!エア・トランスポートで奴等を狙え!!」
「姫乃!女にトドメを刺し飛行船を封じ込めろ!」
全員が一気に動き出す。
最早音を立てない戦いは終わった。
クラゲが次に弾丸を生成、発射するまでの間にどれだけ動き、そして最後の音を誰に押し付けるかが勝敗を分ける。そう全員が分かっていた。
男は逃走すべく走り出し、小枝子は瀕死の重傷を負いながら、尚も指示に従い飛行船を盾にしながら秋人にぶつけるべく生成、制御する。
秋人は姫乃を抱いたまま、飛行船の盾を避け小枝子に姫乃の視線が通る位置へと走る。
――クソ!飛行船が邪魔だ!!
飛行船は秋人の移動に合わせて動き小枝子との間に身を置き、弾丸の射線と視線を遮る。
秋人は男へ向かいながらそのままグルリと小枝子の周りを駆けた。
「いけるか!?」
「無論だ!!」
姫乃の能力の前で盾は意味を為さない。
そして秋人が動いた為それに合わせて小枝子を守るように周囲を飛ぶ飛行船の軌道を読み、その中心、小枝子の位置を姫乃は完全に割り出した。
「ドット・スナイプ!!」
姫乃の拳銃から存在を消した弾丸が放たれる。
刹那、飛行船が消え失せ、小枝子を撃ち抜き意識を刈り取った事を告げる。
「行け!秋山!!」
次の瞬間、姫乃は秋人の首に回していた腕を離し秋人は一気に男へ駆け出す。
距離はおよそ十。
――駄目だ!次のクラゲの攻撃が来る!!
秋人は辺りのクラゲに視線を向け、光輝いているのを確認し舌打ちした。
風上へと逃げる男はクラゲの包囲網を既に突破している。無傷では済まないだろうが男はこのまま走り抜けるつもりだ。
一方、包囲網のただ中にいる秋人はこの攻撃による負傷の内容によっては二度と追い付けなくなる。否、これが自身へのトドメにも成りうる。それ程に状況が悪く、身体的に余裕がない。
――追うよりもまず防ぐ手を考えるべきだ!
秋人はそう考え、一度足を止めようとしたがしかし、姫乃がそれを制した。
「飛べ秋山!」
姫乃が拳銃を男に構え叫んだ。ライフルではなく拳銃で、しかも走る相手に当たるような距離じゃない。
姫乃の狙いは別の所にある。
「覚悟だ!アタシにも覚悟がある!クラゲはアタシが引き付ける!!アンタは先を行け、秋山!!」
姫乃の狙いは音を鳴らすことだ。
クラゲの攻撃を防ぐ手などない。しかし音を出し、攻撃を引き付ける事は出来る。
秋人には迷う暇などない。
秋人は攻撃のタイミングの前に男へ向けて飛び上がり、地を蹴る足音を一瞬だけ消す。
姫乃がその瞬間に五発の弾丸を一気に撃ち放ち、クラゲの照準を一手に引き付けた。
クラゲの弾丸は姫乃に放たれ、弾丸は肉を引き裂き突き刺さる。
「ぐう、く……く、そ!効、く……!!」
身を屈め、腕を交差させて致命傷は防いだ。が、耐え難い激痛に姫乃が声を漏らす。
だが戦意は鈍らない。その視線は秋人と敵をしっかりと捉える。
「やれ……秋山!!終わりにしろ!奴の企みなど!アタシ達の覚悟の前ではちっぽけで、無力だと教えてやれ!!」
秋人は放たれ矢の如く駆ける。距離は一気に縮まり五メートルを切る。
「畜生!覚悟だと!?笑わせるな!ならば僕も覚悟してやる!」
男は周囲にフルムーン・サテライトを展開し、地面を足で踏み鳴らしクラゲの攻撃のスイッチを入れる。
「来い!やってやる!僕だって覚悟して戦ってやる!!」
秋人は距離を詰め右手の甲を左耳に付けるようにして振り上げる。
「反撃の時間など与えない……!最早全て手遅れだ!!」
音さえも置き去りにする速度で秋人の手刀が振り下ろされる。
――ゴキッ!!
自身の手に錘を付けた高速の一撃が、男の首にめり込み骨を砕く。
意識がまだあるのかクラゲは消えない。
「追い詰められた悪足掻きなどで、そんな安っぽい感情で俺達に敵うなどと露ほども思うな!!」
秋人は垂らすようにした手に再度錘を発現し、そして解除し溜め込んだ勢いで二撃目の致命的なダメージを刻み込んだ。
デコピンの要領で加速した拳はその優しげな例とは相反するような凄まじい威力で、秋人自身の拳を砕きながら敵の頭を顎から豪快に打ち上げた。
誰が見ても致命打となった一撃をもって、直ぐにクラゲが消失する。
この瞬間、血だらけになりながらも秋人と姫乃は勝利をもぎ取ったのだった。