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ソフト・ストリート-5

 角を曲がって僅か数秒。パイプのある道を進み始めてからそれ程の時を待たずして、ソフト・ストリートの敵能力者が動き出した。


「振動です!そのパイプから出てきます!!」


 真琴のキャッチ・バイブレーションが、新平と真琴の丁度間にあるパイプから伝わる振動を捉えた。


「ホール・ニュー・ワールド!!」


 身構えていた新平の反応は素早い。振り返り、流れるように瓶を操作する。


 新平は瓶の大きさをパイプの直径ピッタリに調整し、掃除をするように指示されたパイプに瓶を突っ込み射程ギリギリまで一気に押し込んだ。

 後退する以外に逃れる術はない。そしてそれさえも許さぬスピードで新平は敵を削り取った。


「や、やった!やりました!攻撃は成功です!確実に命中しました!」


 瓶の進む振動が敵の振動と重なったのを感じた真琴が、安堵に顔を綻ばせながら言う。

 しかし新平は緊張をそのまま保つ。


――あっけない……余りに簡単過ぎる


 敵は真琴の能力の詳細には気付いていなかったが、自分の位置を把握する能力である事には気付いていた。

 そしてじっとして潜んでいた事から、動かなければ位置がバレない事も把握していたはずだ。


――その敵がこんな単純な、破れかぶれな奇襲をするだろうか?


 新平は一抹の不安を感じ、確認の為直ぐにパイプに詰め込んだ瓶を引き抜く。

 苔や泥に汚れて中が見えない瓶を、瓶で水をせき止めていたせいで勢い良くパイプから噴き出す水で洗う。


「え!?」


 新平の様子に異変を感じていた真琴は、中身が見えるようになった瓶を見て狼狽した。

 瓶で捕らえたのはやはり敵能力者ではなかった。ただのネズミだ。


「真琴さん!もう一度策敵をお願いし――」

「隙だらけだぜ……ニューカマーのおチビさんよ……!!」


 真琴に能力を展開するよう指示するのは間に合わなかった。

 真琴の方へ振り向いていた新平の背後のパイプから敵の腕が現れ新平に迫る。

 そして致命傷を負っているとは思えない、少しの反応も許さぬ素早さで敵は新平の首を鷲掴みにするとそのまま引っ張り、新平は後方へとすっ飛んだ。


「酒井さん!!」


 真琴は思わず叫んだ。

 新平は最悪な部位を掴まれてしまった。

 首を穴に引き込めば、時間を掛けてミンチにする必要などない。強烈な圧力をもって一瞬で首をへし折り、あっという間に絶命させるだろう。


――完全に出し抜かれたっ……!!


 真琴の胸中に絶望が広がる。がしかし、その状況の中で新平はニヤリと不敵に笑った。


「敢えてです。敢えて背中を見せ、隙を見せてたんですよ。貴方がそのパイプにいるのは分かっていましたから」


 それはハッタリなどではない。事実、新平は背後のパイプから攻撃してくる事を事前に読んでいた。


 敵がいるであろうパイプは敵が体を詰め込んでいる。つまり、先程新平が瓶を突っ込んだ時のように、水がせき止められて流れていなかった。

 新平は瓶を引き抜いた時にその事に気が付き、唯一水の流れていないパイプの存在に気付いていたのだ。


「場所が分かれば後はタイミングだけです。まんまと出てきてくれて助かりました」

「はっ!?」


 敵が攻撃を開始するよりも先に、敵の居るパイプの口の周囲に二つの瓶が展開され、攻撃するのを待ちわびていた。


「終わりだ!ホール・ニュー・ワールド!!壁ごと削り取れ!!」


 新平が指示すると同時に二つの瓶が我夢者羅に乱舞し、外に出ていた敵の腕を削り、更にパイプの周囲の壁ごと敵へ攻撃を加え飲み込んでいく。


「ふふっ、気付かないと思ったか?」

「っ!?」


 不意を付いた新平の攻撃を受けながらも、敵は落ち着き払った調子でそう言う。


「体で水の流れを止めている事に、俺自身が気付かないと思ったか?」


 言われて新平は気付く。

 有り得ない。自分の体でせき止めていながら、それに気付かないなど有り得ない。


――ならば敵はなぜ対処しなかった?


 新平は疑問を抱くと同時に答えが分かった。


 攻撃するよう誘い出されたのは敵じゃない。自分なのだと。


――囮ッ!?


 ネズミを感知するのも、水が流れていないパイプに気付くのも、どちらも敵の想定内だったのだ。


「俺の勝ちだ!女を殺して悠々と逃げさせて貰うぜ!!」


 片腕を失った敵が、今度は体ごと真琴の背後のパイプから飛び出す。


――な、なんでここに!?


 真琴は僅かに振動を感知したものの、振動発生から攻撃までの間が短かった事と、余りに予想外な位置からの攻撃に反応する事が出来なかった。


 振動発生から攻撃までの時間が極端に短かった事は、敵がずっと以前からそこに潜んでいたと考えれば説明が付く。しかし逆にそれが不可解だった。

 新平が攻撃を受けたパイプは真琴の前方約二メートルにある。そして今敵が出てきたパイプの穴は真琴の後方一メートルにあった。

 つまり、敵は三メートルも離れた地点に同時に存在した事になる。


 敵は真琴の首を掴み、口角を上げて嫌らしく笑った。


「分からないって顔をしてるな。冥土の土産に教えてやるよ」

「うぐっ!!」


 男の指が真琴の首に食い込み絞め上げ、男は近くの穴へと体を滑り込ませる。


「狭い場所に入り込んでも俺の体の総体積は変わらない……つまり、パイプの中の俺は細長く引き伸ばされ、身長十メートルを悠に越えている!!」


 三メートルの距離など引き伸ばされた敵の男にとっては腰の高さにも満たない、極僅かな距離なのだ。同時に存在することなど容易いどころの距離ではなく、むしろ狭いぐらいだ。


 そして真琴はその事に気付くべきだった。気付かなければならなかった。

 広い範囲で振動を感知した事から。そして、銃弾で受けたダメージが余りに小さい事から。


 真琴が加えた一撃以外、姫乃が与えたダメージは全て敵が何かに入り込んだ時に与えたものだ。

 引き伸ばされた体を銃弾で撃ち抜かれても、負傷範囲は相対的に狭くなり、致命的なダメージにはならなかったのだ。


 一瞬の内に男の下半身がパイプの中へと入り、胸が入り頭が入り、そして真琴を掴む腕がパイプへと入っていく。


「勝った!首をへし折る事などマッチ棒を折るように簡単だ!!俺が勝者だ!!」


 首を鷲掴みにされ苦しみ悶える真琴に、危機を脱する能力も武器もない。抵抗する術は何もない。

 そして新平の周囲にある、ネズミと携帯の入った二つの瓶と、敵を攻撃した二つ、計四つの瓶は真琴達とは反対方向に展開している為、引き込まれるのを防ぐには余りに遠く間に合わない。


 真琴の死亡は確定的だった。


「焦りましたよ。水の流れに気付くのがブラフだと判明した時は……」


 しかし新平に焦りはない。


「しかし幸運でした。何か新しい攻撃をしてくる訳でもなく、僕の射程圏内に現れてくれて」


 四つの瓶は間に合わない。しかし新平の操れる瓶は、最大四つではない。五つだ。そして五つ目の瓶は既に発現していた。


 新平が左手を振ると、五つ目の瓶が壁を突き抜け現れ、真琴の首もろとも敵の腕を削り取った。


「な、なんだと!?」

「ネズミを削り取った時、一番身近なパイプを塞ぐ目的でこっそり一つ瓶を詰めて置いて正解でした」


 危機を脱した新平は攻撃に転じ、展開してる瓶を周囲に纏い敵へと飛び出し接近する。


 真琴は呼吸が整わないながらも、首を失い落下する自分の頭を何とかキャッチし抱き寄せた。


「その顔、万策尽きたって感じですか?」


 新平の冷笑に男がたじろぐ。


 敵は二度の奇襲を防がれると同時に両腕を新平に奪われた。引き込む攻撃を封殺されたのだ。

 敵に残された攻撃方法は体内への侵入だけだが、肝心の侵入口である口や耳や鼻、つまり顔が真琴自身の胸に抱かれてしまっており、偶発的に塞がれてしまっていた。


「勝者は貴方ではない!僕達こそが真の勝者です!!」


 風を切り唸る瓶が肉迫した新平から放たれる。


「畜生っ……!!」

「ひゃっ!?嫌っ!!」


 男はパイプから飛び出し、今度は真琴と服の隙間に体を入り込ませ瓶の攻撃をかわす。その蛇が絡み付くようなおぞましい感覚に、真琴が思わず悲鳴を上げた。


 新平の表情が一変する。


「この外道がっ!我が身可愛さに堕ちるとこまで堕ちたかっ!!!」


 新平の表情が怒りに歪む。否、鬼の形相である。


 敵に残された攻撃方法は体内に入り込む事。そして顔の入口は塞がれた。


 では敵はどうするだろうか?


――え?ま、まさか下の入口から……!?


 新平の激昂の原因に気付いた真琴は、顔面蒼白、全身に鳥肌が立ち、吐き気が込み上げた。


「イヤァァァァァアアアア!!嫌!イヤ!イヤあああああ!!」


 真琴は取り乱し、抱えていた頭を手放し服に手を掛ける。


「僕が引きずり出す!!動くなっ!!」


 新平の余りに大きな声にビクリと真琴は肩を震わせ、新平に視線を向け動きを止めた。錯乱していた真琴は地面に落下するより先に新平が能力を解除し、頭が元の位置に戻っている事には気付かなかった。


「ホール・ニュー・ワールド!!」


 小さくした二つの瓶が、真琴の体の表面を滑り落ちるように素早く、首もとから足下まで螺旋(らせん)を描いていく。

 そしてリンゴの皮剥きのように切れ目の入った服がはだけていく。が、遅い。追加で胸元から一閃、縦に服を瓶で切り裂き、新平は一瞬で真琴を全裸にさせた。


「な、なんだ!?」


 服と肌の隙間を失った敵が弾き出され、新平の足下に突っ伏し狼狽した。


――ドゴッ!!


 新平は躊躇なく、むしろ反射的に現れた敵の顔面を瓶の側面で思い切り殴り付け、壁に叩きつけた。


 真琴から引き剥がされ、両腕を失った敵に出来るのは新平を襲う事だけだ。しかし瓶を構え警戒し、そして完全に姿を晒している状態でそれが成功する訳がない。


 男に打つ手はない。いつでも新平はトドメをさせる状態だ。

 新平達の完全なる勝利だ。


「諦めるんだ。これ以上抵抗するなら容赦出来ない。僕は今、慈悲の心がこれっぽっちも沸いてこない……」


 新平の中の正義感が怒りによる衝動的な攻撃を必死に抑え、新平は最後の警告をした。


 新平の男に向ける視線、そして発する声は氷のように冷たく、男だけでなく真琴さえも新平の発する冷気のように冷たい雰囲気を感じ取った。


「ま、負けだ!俺の負けだ!だからもう止めてくれ……大人しくするからその瓶を退いてくれ……!」


 腕を失った男は痛む顔を押さえる事も出来ず、見下ろす新平に怯えたような表情で必死に懇願する。


 吐血で汚れた顔を、滝のように鼻から流れる出る血が更に汚し、何本か歯を失った男からは悲壮感が漂っている。

 新平がその風貌に憐れみを抱いた事を真琴は察知し、その危険性に気付いた。


「酒井さん!騙されないで下さい!私はこのような状況を何度も経験してます!瓶を下げたら逃げる気です!トドメを刺して下さい!」


 真琴の言葉に敵がチラリと一糸纏わぬ姿の真琴を見る。

 新平は灯りの役割をしている瓶を小さくして光を弱め、真琴の裸体を照らさぬようにして、そして、


 他の瓶を後ろに下げた。


「そんな……!」


 真琴はその新平の判断に悲痛な表情をした。


「へへ、甘いぜ坊主……こんなとこで終わってたまるかよ……!!」


 男はその瞬間を待っていたように、背後にあった穴の中へと体を詰め込む。


「…………」


 新平はそれを哀れむように見詰め、


「早く攻撃してください!!」


 敵をそのまま見送った。


「ああ、どうして……どうしてこんな事を……どうして見逃してしまったのですか……?」


 こんな事を言える立場ではない。自分はろくに役に立たなかったと、真琴はそう思いながらも、新平の甘さを、余りに感傷的な判断を非難せずにはいられなかった。


「攻撃は完了しています……」

「え?」


 真琴の問いに新平は小さく呟いて答える。


「あの穴に入るよう、あの穴しか見えないように光源を調整しました。そして狙い通り敵はその穴に入りました。攻撃は完了してます」


 新平は真琴に向き合い、一つの瓶を操作して手元に呼び寄せる。その瓶には壁のコンクリートがいっぱいに詰まっている。


「あの穴はパイプではありません。僕が瓶で掘ったものです。そしてこの瓶を解除すれば……」


 想像するのも恐ろしい結果を得るのが真琴にも分かった。


 敵の居る場所にコンクリートが戻る。体内、体外問わずだ。まるで液状のコンクリートを口から流し込まれたような、否、頭の中から指先まで、敵の肉体が存在する地点にも戻るのだから、それ以上に悲惨な結果になるだろう。


 それを一番理解していた新平だからこそ、最後に警告したのだ。

 そして敵の男は、最後の警告を無視してしまった。


 手元の瓶が解除される。


――ビシッ!!


 敵の入った穴は隙間なく埋められ、壁の中に埋め込まれた体の質量の増加で壁に亀裂が走った。

 それだけだった。断末魔すら許さない、一瞬の攻撃だった。


「終わりました……僕達の勝ちです」


 亀裂から滲み出る赤い血を一瞥もせず、新平は真琴にそう告げた。


――こ、この子はなんて事を思い付くのでしょうか……


 残酷ともいえるトドメを刺した新平に真琴は畏怖すら感じたが、それは新平の表情を見て消えた。


「酒井さん……」


 新平は歯を食いしばり、震えていた。


 決して望んだ戦いではない。決して望んで手に入れた力ではない。決して望んで殺めたのではない。

 しかし、それでも自身が余りに惨い方法で、敵の命を奪った事に変わりはない。油断も容赦も許されない戦いの中で、それでも救いの道を示したが、それは関係がない。

 新平は敵を殺した。それが事実だ。


 覚悟していたはずの苦痛に、強大な力を有する恐怖に、新平は震えていたのだ。


「酒井さん」

「っ!?」


 真琴は新平を抱き締めた。


「お疲れ様です。よくやってくれました」


 真琴は勝手に首を突っ込み、たまたま居合わせただけという秋人達の扱いを無視し、新平に労いの言葉を掛けた。


 この場だけの都合の良い台詞であったとしても、自分だけは彼を労い、彼が感じる全ての業を許さなくてはならない。

 真琴はそう感じたのだった。


「あ、あの……」

「なんですか?」


 新平の問いに真琴は微笑み尋ねる。


「下水に流されちゃいましたけど、ふ、服……どうしましょう?」

「っ!!!」


 そこで真琴は気が付いた。

 一糸纏わぬ姿で新平を抱き寄せ、胸に顔を(うず)めさせていることに。


 直後、新平は真琴のビンタという理不尽な形で、今日唯一の傷を負うのだった。

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