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ホール・ニュー・ワールド-4

「ん? あれ?」


 次の授業が行われる理科実験室へと廊下を歩いていた時。秋人はふと筆箱を持っていない事に気付いて立ち止まった。

 ちゃんと準備していた筈なのにと秋人は首を傾げるが深くは考えず、もう少し早めに気付きたかったと詮無い事を思い嘆息した。


「悪い、忘れ物をしたみたいだ。一旦教室に戻るから先に行っててくれ」

「あいよ、遅れんなよー」


 秋人は友人を先に行かせ、仕方なく教室へ急ぎ引き返した。


 息を弾ませて教室の扉を開くと、無人のはずの教室に一人の生徒が(うつぶ)せに倒れていた。


――どうしたんだ?


 秋人は貧血でも起こしたのかと思い、その生徒に駆けより肩を叩いて声を掛ける。


「おい、大丈夫か?」


 男子生徒は意識を失っているようで呼び掛けに返答はない。秋人は腕を回して彼を抱き起こす。


「え? 何でお前がここに……!?」


 秋人はその生徒の顔を見て、驚愕に目を見開いた。

 そこにいたのは、行方不明になっている不良グループの一人、グッチョンと春香に呼ばれるあの男であったからだ。


「ッ!?」


 秋人は首筋にヒヤリとした汗が這うような、嫌な感覚を覚えた。

 そして本能的に危険を察知し、すぐさま男を抱えて咄嗟にそこから飛び退いた、次の瞬間、


――ブォン!


 何かが秋人の居た場所を勢い良く通過する。

 風切り音と共にまるで特大のバットを振り抜いたかのような風が吹き、突風は間一髪で危機を逃れた秋人の前髪を揺らした。


「へぇ、運動神経が良いってのは本当だったんだ。不良達はみーんな一発だったのになぁ」


 秋人は男を床に寝かせながら声の主へと視線を向ける。


 そこにはサラサラとした黒髪を(ひたい)の真ん中で分け、知的な印象を与える銀縁の眼鏡を掛けた小柄な少年が立っていた。

 成長を考慮したにしてもかなり大きめの制服を少年は着ており、少し滑稽(こっけい)な雰囲気を(かも)し出している。


「お前だったのか……酒井新平(さかいしんぺい)


 誰何(すいか)は向けない。秋人は少年を知っていた。

 彼こそが絞り込んだ三人の内の一人、不良グループの悪事の被害者であり、そして失踪の容疑者だ。


 秋人は思わず苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、舌打ちをした。

 秋人は、出来ることならばこのように真っ正面から魔王と対峙したくなかった。能力の分からない相手なのだから、裏でコッソリと魔王を突き止め奇襲を仕掛けたかったのだ。

 卑怯で臆病な考えかも知れないが、能力がいかに驚異かを知る秋人からすれば当然の気持ちであり思考であった。


 しかし証拠も確信も得られず二の足を踏んでいる間に、結果先手を許してしまったのだった。


「学年も違うのに僕の事知ってるんだ」


 酒井は一年、秋人は二年であり面識はない。同じ高校の生徒だという以外にこれといった接点もない。しかし、絞り込んだ三人の一人なのだから秋人は彼を一方的に知っていた。

 そして学校一の有名人である春香の隣にいつもいる秋人も必然的に有名であり、酒井も一方的に秋人の事を知っていた。


「それにこれを見ても驚かないなんて、さすがは秋山さん。肝が据わってるなぁ」


 そう言って酒井は自分の隣に浮かぶ『これ』に寄りかかるように手を添えた。


 酒井の隣には大きな牛乳瓶(ぎゅうにゅうびん)が浮いていた。余りに巨大なそれは、ガラス製のドラム缶のようである。

 先程の風切り音はこの瓶を振るった音だったのだろうと秋人は理解した。

 この馬鹿デカい牛乳瓶こそが酒井の能力である事は明白だが、その能力の詳細までは分からない。

 故に秋人は一旦距離を取り、前後左右、必要ならば上下にさえも咄嗟に動けるよう脱力して自然体に構えた。

 無駄な力を抜き、柔軟に構える事は戦闘に置いての鉄則である。だが頭で分かっていたとしても、それを実際に体現するのはなかなかに難しい。

 しかし素人であるにも関わらず、秋人は本能的にそれを実践していたのだった。


「……ハッ!?」


 そして構えた秋人はそこで自身の異変に気が付いた。


「なん、だと!? どうなってる!?」

「フフフ、やっと気付いてくれた」


 秋人はふと視界に入った左腕に対して目を白黒させて狼狽した。体温がスッと下がるような錯覚を覚え、反して嫌な汗が一気に吹き出す。


 秋人の左腕は、肘から先が無くなっていたのだ。


 鋭利な刃物にでも切り取られたように、スッパリと制服ごと腕が無くなっているというのに、これまで気付かなかった事から分かるように不思議と痛みはない。出血もなく、まるでCGか手品かと感じる程不自然に腕が消え去っているのだ。


「僕ね、最近不思議な力に目覚めたんだ。これがその能力」


 酒井は戸惑う秋人に気を良くし、不敵な笑みを浮かべて瓶をクルクル回してみせる。


「伸縮自在のこの瓶の口に入った物を、何でも中に閉じこめてしまえるんだ。便利でしょ」


 そう言うと酒井は側にあった椅子に瓶を振って削り取って見せる。

 すると背凭(せもた)れから半分が瓶の中に入れられ、残った二本脚の椅子が金属音を立てて床に転がった。


 秋人はその音で我に返り、自分の失われた腕からその瓶の中へと視線を移す。そこには半分になった椅子と教室に置き忘れたと思っていた筆箱、そして秋人の左腕が納められていた。


 今の時間、隣のクラスが体育で教室を空けるのを酒井は把握しており、秋人を一人誘い出す為、すれ違いざまに小さくした瓶で筆箱を奪っていたのだった。


 そして腕は先程の初撃で奪われたのだ。


 左手を動かしてみると、遠く離れた瓶の中の左手がしっかりと指示通りにグー、チョキ、パーと指を動かす。

 どうやら『切断』されたのではなく、一時的に『隔離』されたという表現が正しいようだと秋人は思った。

 秋人は元に戻す事も可能かも知れない事に安堵したが、依然変わらぬ一つの問題があった。

 それは、秋人の能力は手で触れなければ発動出来ない、という事だ。

 つまり頼みの綱である能力の、銃口とも引き金とも弾とも言える部分を、否、銃そのものとさえ言える部分を既に半分に削がれてしまっているのだ。

 不味い展開に歯噛みする秋人に対し、その事を知らないながらも酒井は口角を歪める。


「僕はこの能力を、ホール・ニュー・ワールドって呼んでる。僕はこの力で新世界を作り上げるんだ」

「俺を瓶の中の新世界に招待しようという訳か」


 秋人は片腕を奪われながらも不敵に笑って見せ、それを無力ながらも健気に強がっていると見た酒井は口角を更に上げてニヤリと笑う。


「フフ、それは違うよ。新世界はこっち、ビンの外だよ。ここを僕の為の新世界にするんだ」


 酒井は腕を目一杯広げ、そして天を仰ぐ。


 魔王と呼ばれる男はやはり自分の力に酔い、私利私欲に能力を使い出していた。それは秋人を襲った事からも明白であり、秋人は堪らず舌打ちを零した。


「見当はついてるが、一応聞いておこうか。なぜ俺を狙う?」

「愚問だね。秋山さんは邪魔なんだよ。僕が春香を手に入れるのにね」


 想像通りの酒井の返答に秋人は嘆息した。


 短絡的とも取れる思考回路に呆れると同時に、春香を呼び捨てにする事に秋人は強い苛立ちを感じた。

 そもそも何でコイツは敬語じゃないんだと今更ながら憤慨していた。

 更に自分をさん付けで呼ぶことにすら腹が立った。

 兎にも角にも無性に頭に来ていたのだ。


「無礼な後輩には礼儀作法を叩き込んでやらんとならないな」


 秋人は礼儀が叩き込めるとは到底思えない握り拳を作り、ニヤリと笑った。


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