エア・トランスポート-2
姫乃は物置として使用されている屋根裏の部屋の窓から外に出て、秋人達が見張る邸宅の屋根に腰掛けていた。
彼女も今回の護衛任務に就いていたのだ。
「探しましたよ」
姫乃は振り返らずして聞き慣れたその声が誰のものか分かり、その言葉に苦笑した。
「嘘つけ、どうせ能力でアタシの居場所は把握してただろ?」
真琴は肯定も否定もせず、少しだけ微笑み姫乃の腰掛ける隣に立った。
タンクトップの上に着た黒のライダースジャケットを腕捲りし、艶のある生足を豪快に晒したデニム生地の短パンを履き、靴はマグマの上でも歩けそうな程しっかりとしたコンバットブーツと動きやすいラフな格好をしている姫乃に対し、真琴は今日も秘書のように黒のスーツをカッチリ着ている。
「異常はないですか?」
真琴は姫乃にではなく、無線機の向こうに問い掛け、返ってきた三人の返答で異常が無いことを確認した。
今回の護衛任務には姫乃と真琴含め、八人の能力者が『番犬』から送られていた。
三人から応答がないのは、『番犬』に限らず、大抵の能力者集団は二人一組で能力者を扱うからだ。
つまり四組の能力者が今回の作戦に参加しており、返答の無い三人はそれぞれ返答のあった三人と行動を共にしているのだ。
二人一組の形をとるのは、能力が長所があれば短所がある、一長一短のものであるからだ。全ての事態に対処出来る万能の力ではない。
故にお互いの能力の欠点を補い合う者、反対に長所伸ばし合う者同士を組ませる事で最大限の力を発揮させるのだ。
ちなみに『番犬』の場合、例え片方の能力が必要な場合も、二人併せて作戦に参加するのが常である。
それは片方が非戦闘員である場合も多々あり、その護衛の意味があり、更に緊急の戦闘に遭遇しても遺憾なく力を発揮出来るという利点もある為である。
ただ、和臣が秋人と接触する際、嘘を見抜く事の出来る能力を持つ真琴を連れて行く為に、駆け引きに向かない姫乃が同行するといった難点があった。
「奴等は?」
今度の問いは姫乃が真琴に対して発したものだ。
「細かい位置までは分かりませんが、ここから南東と北東に居るはずです」
真琴は姫乃の言う『奴等』が秋人達を差すのだと理解し答えた。
真琴の能力は『嘘を見抜く』それだけの能力ではない。嘘を見抜くのは使い方による副次的なもので、本来の力はそれだけに留まらない。嘘を見抜く専門の能力でない故に、秋人と対峙した時に一度目は真偽を見定められなかったし、こうして戦場へとやってきているのだ。
無論、秋人達の漠然とした位置を掴んでいるのは彼女の能力によるものである。
「無難な布陣だな」
真琴が能力により位置を把握している事、そして真琴の能力の射程から秋人達の大体の位置を予想した姫乃はそう評価した。
「しかし気に食わないな。何で奴等まで任務に参加してるんだよ」
「参加などしてませんよ。たまたま情報が漏れてしまい、彼等が勝手にやって来ただけです」
何の気なしに零した愚痴に、しれっと返す真琴を姫乃は軽く睨んだ。しかし姫乃は軽い調子を変えず更に悪態を吐く。
「和臣の指示だから仕方がないけどさ。足を引っ張るのだけは勘弁して欲しいね」
「和臣さんとの会話から秋山さんが無能ではない事は分かってますし、『四重奏』の部隊を二つ退けている実績があります。杞憂でしょう」
尚も言葉を返す真琴に姫乃は驚きと呆れの表情を向けた。
「なんだなんだぁ!真琴はすっかり篭絡されちまってたのか?」
これは面白い発見をしたと、姫乃は零れんばかりの満面の笑みで、ニヤニヤと真琴を見る。
「どっちだ?どっちが真琴のタイプなんだ?無難に行けば秋山か?そういや表情の変化が乏しいとことか似てるもんな!だけどそうなると翔子と恋敵か!マズいな!いや、意外にちっこい方か?真琴はあーいう母性本能とか庇護欲っていうのをくすぐられるのが好きそうだもんな!この変態め!」
「それなりの利用価値はある、という事です」
浮いた話のない相棒だけに姫乃は大袈裟に真琴をからかったが、真琴は焦りの色一つ見せず、逆に呆れたようにして短く返答した。
まくし立てた姫乃だがこうも冷静でいられるとやはりつまらなく、一気に熱が冷めてしまいそれ以上は何も言わずに西桜庭町の景色に視線を戻した。
その時、タイミングを計ったように無線機から荒げた声が響いた。
『来たぞ!東から敵の能力が飛んでくるのを確認した!』
周囲の警戒に当たっていた仲間からの報告は、無線機を通じて『番犬』の能力者全員に伝わる。
姫乃と真琴も纏う空気を一変させる。
真琴はその場から東の空を仰ぎ、報告にあった敵の能力を確認してから筒状の望遠鏡を覗く。
姫乃は屋根の傾斜を駆け上がり、屋根の平坦な場所に置いていた黒の布に包んだ棒状の物を手にする。
姫乃が手にした物。それは一メートル強の長さの狙撃用ライフルだ。
姫乃も能力者だが、秋人が能力を使用する為に『手で触れる』という事を必要とするように、『銃で撃つ』という事が必要であった。
姫乃は銃を包む布を払い、腰を下ろし、手にした銃をしっかりと腕で支え、立てた膝に腕を乗せ、体全体を一つの銃座とするようにして構える。その一連の動作は淀みなく、熟達したものであった。
そして姫乃は構えたそれに取り付けられた、真琴が使っている物と似た筒状の望遠鏡を覗き込んだ。
「あれは……ミサイル、か?」
本物を見たことはないが、直感的に違うだろうと姫乃は呟きながら思った。
自分達は辺り一面焼け野原にし、町を滅ぼし合うような戦争をしているのではないし、銃を持つ自分が言うのも何だがいくら何でもミサイルは所持出来ないだろうと姫乃は考えた。
『飛行船だ!火を噴いて飛んでるが間違いない!あれは飛行船だ!』
無線先の諜報系の仲間が叫んだ。
「あれが飛行船?だったら能力の名は『ナサ・の・悪ふざけ』か、もしくは『メイド・イン・チャイナ』だね」
姫乃は無線からの報告に軽口を叩きながら、一度スコープから目を離してライフルを立ててボルトを引き、再び構え直して引き金に指を添える。
銃口は真っ直ぐに迫り来る飛行船に向いている。
「撃ち落とせますか?」
真琴に問われ、姫乃は苦笑いを浮かべて視線だけ真琴に向けた。
「まぁ無理だね。素じゃあどれだけ運が良くてもまず当たらないよ。観測手もいなけりゃ、自動補正してくれるハイテクスコープもない、何世代も前の化石みたいな銃だからね。能力を使えば当てられるけど効果は期待できないだろうね」
「そうですか……」
『姫乃!撃ち落とせないのか!?』
「楽勝だよ。アンタの股にぶら下がってる物を撃ち抜けば良いのかい?」
「厳しいそうです」
答えた直後に同じ事を聞かれ、面倒になった姫乃は無線に対して適当に答え、代わりに真琴がしっかりと答えた。
『番犬』の面々が対策を思案する間も、飛行船は真っ直ぐに目標地点へ迫っている。
「軌道が高いですね」
覗いていた望遠鏡から目を離し、真琴は呟いた。
飛行船の進路はこの屋敷に突っ込む軌道ではなく、真上を通過する軌道だ。
――諜報系、もしくは支援系の能力?いや、戦闘系の能力の可能性も充分にありますね……
「一班、二班はそのまま待機。四班は策敵範囲を狭めながら警戒を続けて下さい」
『了解だ』
邸宅の周囲に見張りとして放っていた四班を援護出来るように寄せ、一班と二班をそのままに、三班である自分と姫乃で迎撃態勢を整える。
正体不明の手出し出来ない能力に、真琴は特化させない無難な布陣を敷いた。
そして飛行船が目標地点上空に差し掛かった瞬間、飛行船はパン!というタイヤがパンクしたような大きな音と共に粉々の散り散りに砕け散り、姿を消した。
そして積んでいた無数の光る物体を、ばらまくように目標地点へと降り注がせた。
投下したのは発光するクラゲだ。
ガスが抜けてきた風船のようにゆっくりと落下してくる。
「トップアタックか!!」
姫乃が叫んだ。
トップアタック。直撃させるのではなく敢えて軌道を逸らし、目標上空で爆散、空から下方への指向性爆発が地上に降り注ぐという、ミサイルのテクノロジーである。
敵は能力でそれを実践してきたのだ。
「真琴、下がれ!」
真琴は姫乃に指示される前に動き出しており、屋根に登った窓から室内に入りながら無線先の仲間に情報を伝える。
「敵は上空からクラゲを投下しました!詳細は不明!注意して下さい!」
真琴の声は姫乃の耳元の無線機にも届いているが、姫乃の意識は真琴の声ではなく別の所に集中している。
姫乃は真上のクラゲに銃を構え、呼吸をほんの一瞬だけ止める。
そして迷うことなく引き金を引いた。
銃そのものが吹き飛んでしまいそうな衝撃を肩から体全体へ、そして接地面へと受け流し、轟音を響かせながら弾丸を発射した。
この時、既に姫乃は能力を発動していた。
放たれた弾丸は推進力を手に入れたと同時にこの世から存在を消し、狙われたクラゲの体内で再び姿を現す。
体内に現れた弾丸はそこにあった物を破壊、そして異物による質量の増加に伴いクラゲを爆ぜさせた。
弾丸は一瞬で再び姿を消し、無惨な姿になったクラゲを残してこの世から存在を消した。
ドット・スナイプ。それが姫乃の能力だ。
発射と共に弾丸を不可視、不干渉の物に変えて飛ばし、指定した場所で一瞬だけ元の弾丸へと戻す能力。
風や重力などの外的影響を一切受けず、遮蔽物すら意に介さない。姫乃の技術があれば必中の能力だ。
しかしダメージがあるのは弾丸の体積の範囲だけであり、物体への効果は薄いという欠点がある。
飛行船に対しては、余りに速く狙いが付けづらく、気体の詰まったバルーンの中への攻撃も効果が期待出来なかったのだ。
「くそっ!キリがない!」
姫乃はボルトを引いて空になった薬莢を排出し、再び上空へ向けて銃を構える。
ユラユラと揺れ、微風に煽られながら徐々に下降するクラゲの群に向けて、姫乃は二発目の弾丸を放った。
難なく二匹目のクラゲを撃ち落とす事に成功したが、次の瞬間、クラゲの攻撃が開始された。
下降に伴い、屋根がクラゲの射程距離に入ったのだ。
最も姫乃に近い、最下部の発光するクラゲの光が一瞬強まると、クラゲは光線と錯覚するような光輝く弾丸を姫乃に向けて放った。
「チっ!!」
攻撃を予測していた姫乃は横に転がってそれを避け、屋根の傾斜を滑り降りる。
弾丸の雨は尚も降り注ぎ、姫乃が一瞬前に居た場所を順々に撃ち抜いていく。
しかしその攻撃が止まる。
クラゲの落下よりも速く傾斜を滑り降りる姫乃は、何とか射程外に逃れたのだ。
しかし次の問題が発生した。姫乃はこのままでは屋根から転がり落ちてしまう。加速した為止まることも出来ない。
「真琴!!」
姫乃は通り過ぎようとした窓に向けて手を伸ばして叫ぶと、能力で状況を理解した真琴が窓から身を乗り出し、ギリギリで腕を掴み部屋に引きずり込んだ。
余りの勢いに二人は重なり合いながら転がり、屋根裏の荷物に突っ込んだ。
「無茶しないで下さい!」
頭には高級感溢れる布を被り、木箱に尻を突っ込んだ状態で叱咤する真琴を余所に、姫乃は手から離さなかったライフルを屋根に向けて構える。
「真琴、位置は!?」
「空中の物体は専門外です!」
「知ってる!聞いてみただけだ!」
真琴から屋根へと視線を向け、姫乃は記憶にあるクラゲの位置目掛けて今度は能力を使わずに三発の弾丸を屋根越しに撃ち込んだ。
能力を使う点の攻撃ではなく、線の攻撃をした事もあり、この攻撃で見えない位置のクラゲを二匹、姫乃は撃ち落とした。
「移動するよ真琴。敵の射程は恐らくクラゲを中心にした球形、約半径二十メートルだ。真下のここが真っ先に射程に入る」
排莢しながら姫乃は真琴にそう告げ、二人は移動を開始した。