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エア・トランスポート-1

 西桜庭町は、一階を商用に使われた億の単位で売買されるデザイナーズマンションが建ち並ぶ、『洒落たお金持ちの住む町』として東桜庭町の住人からは憧れの地である。

 随所に(こだわ)りを魅せる一片の隙もない建築物。明るい色合いのタイルで綺麗に整えられた歩道。無駄に凝ったデザインの街頭。それらはその存在だけで余所者に威圧感と疎外感、そして海外に訪れたような高揚感を与えている。

 初めて訪れた者ならば何気なく歩く主婦すら思わずカメラに納めたくなり、撮った写真に『優雅な午後を過ごすマドモワゼル』などとタイトルを付けて、その一枚で個展を開きたくなってしまうだろう。


 つまりは学生の遊び場や手軽な飲食店に畏まったレストラン、更にはデパートからオフィスビル、ビジネスホテルに工場まで内包する東桜庭町とは全く別の雰囲気の町なのである。


 夜も更けた頃、秋人達はこの西桜庭町へとやって来ていた。


 『番犬』の和臣から連絡を受けたのは昨晩の事だった。


「『四重奏』が西桜庭町に住む一人の有力な能力者を拉致しに現れる」


 和臣は秋人にそれだけを告げた。


 護衛の仕事を依頼された『番犬』の和臣が秋人に情報を与えた狙いは、秋人達の戦力を利用したいからなのは明白であった。

 そして秋人達はその思惑を分かっていながら、今晩、『四重奏』を討ち取るべく西桜庭町へと赴いた。

 理由は単純だ。秋人達にもメリットがあるからだ。


 今回の件は、西桜庭町という『番犬』の縄張りでの出来事であり、『番犬』に所有権があるものに手を出すのだから、『四重奏』の狙いを『番犬』が阻止する事は当然であり、必然であり、そして大義名分がある。


 ここで『四重奏』の作戦が失敗したならば、間違い無く『番犬』の妨害が原因だと『四重奏』は考えるだろう。


 つまり秋人達にとっては、『大した集団ではない』というハッタリを保ったまま、『四重奏』の戦力を削れる良い機会なのだ。


 故に秋人達はこうして西桜庭町へとやってきて、『四重奏』の狙う能力者のいる豪邸を遠くから見張っているのだった。


 そう、護衛対象は豪邸と言って間違いない、歴史を感じさせながらも古臭さを一切感じさせない巨大な洋館に住んでいた。

 門から家までの距離がやけに長く、その途中に小さいながら噴水がある程の正に『ザ・豪邸』である。

 姿は見えないが庭にドーベルマンがいるはずだと秋人は思ったし、メイドは何人いるのだろうかと、メイドがいる事を前提に緩奈は素朴な疑問を抱いた。さすがに新平もこれには驚いた様子であった。


 ちなみに、護衛対象がここにいる事を秋人達が知っているのは、姫乃が翔子にウッカリ話してしまったからだった。


『今の所、周辺に異常はないわね』


 秋人と新平に対し、緩奈の報告が無線で伝えられる。

 秋人と新平が装備するかさばらない耳に引っ掛けるタイプの無線機と、緩奈の使う小型の手持ちタイプの無線機は、『番犬』がウッカリ落としてしまった物を偶然秋人達が拾ったのだ。

 情報に関してもそうだが、あくまでウッカリというスタンスを保つ彼等に秋人達は失笑を禁じ得なかった。


『今夜は来ないかもしれませんね』


 続いて新平の声が耳の無線機に届く。

 『四重奏』の作戦の概要も不明だが、決行する日時も判明していない。何も起こらない所を見て、新平と同様に秋人もそう思い始めていた。

 そもそも見張り始めた初日に当たりを引くことの方が稀だろう。


『秋人くん寒くない?缶コーヒーでも買っていこうか?』


 夜は冷え込む季節なだけに翔子が気遣うが、下手に動き回るのは得策ではない。


「……平気だから今は大人しくしててくれ」

『うん、分かった』

『ちょっとは考えなさいよ。役立たずがウロチョロ出来るような状況じゃないでしょ』

『うるさいよ、ヘドロ顔』


 無線機越しにも緩奈と翔子の険悪な雰囲気が伝わり、秋人は頭痛を感じた。


 戦闘に向かない翔子と由貴を東桜庭町に残すのは漠然とした不安が残ったし、本人達も望んだので共に西桜庭町へとやってきていた。

 勿論、前線には来させず、二人は緩奈と共に少し離れた位置にいる。

 場合によっては敵へと駆け付ける秋人と新平と共にいるよりも、周囲の状況を把握出来る緩奈といた方が幾分も安全だと考えたのだが、緩奈と翔子は反りが合わず、犬猿の仲だというのが問題であった。


『し、新平くんも大丈夫?』

『心配しないで平気ですよ』


 後ろで静かに棘だらけの言葉の応酬をしている緩奈と翔子を余所に、由貴は新平を気遣い新平はそれに応答するのだった。


「今夜は空振りか……」


 無線は使わず、秋人は一人呟いた。


 時刻は既に日にちを跨いでおり、西桜庭町のお洒落な景観も今やすっかり闇に溶け込んでいる。一般人の目撃者もいないであろう。正に襲撃には打ってつけの時間だ。

 対象を浚う事だけを考えれば人々が動き出すまでどの時刻でも状況は同じだが、その後の逃走を考慮すると、これ以上遅くなるのは『四重奏』にとって不利に働く。


 これ以上時間が経てば経つ程、襲撃の可能性は下がっていくのだ。


「引き上げかな……」


 『番犬』と違い人員の入れ替えもなく、今後も気を張りつめて見張りをしなくてはならないのだから、出来る限り体力と精神を浪費したくないと秋人は思った。

 『番犬』の護衛が付いているのだし、今日はもう撤退の指示を出そうと、秋人は耳元の無線機のマイクのスイッチに手を伸ばした。


 その時、緩奈から異常の報告が入った。


『来た!東から何かが飛んでくるわ!』


 秋人と新平は直ぐに東の空を見上げた。二人にも遠く、川向こうの東桜庭町から何かが飛来してくるのが見えた。

 数は一。激しく明滅するそれは、かなりの速度で護衛対象の豪邸の上空を目指し飛んで来ていた。


「緩奈!」

『分からない!まだ遠いわ!』


 緩奈は秋人の呼びかけの意味を瞬時に理解して返答するが、まだ明確な答えは有していなかった。

 近付いてからその存在が何かに気付けても遅い。緩奈は周囲に飛ばしていたバタフライ・サイファーの三匹の蝶のうち一匹を回収し、飛来する物体へ向けて射程を伸ばした。


『……ミサイルみたいだけど……いえ、あれは飛行船……飛行船だわ!』


 高速で飛ぶそれと蝶をニアミスさせ、緩奈は飛来する物が飛行船であった事を確認し秋人達に告げた。


 本物よりも小さく、玩具にしては大きい、全長約二メートル程の飛行船が、戦闘機のように火を噴いて飛行していたのだった。

 ミサイルと見紛う程の速度で飛ぶ飛行船は、間違いなく能力によって発現されたものである。


『秋人先輩!』


 新平の指示を求める声が秋人に伝わる。

 秋人は飛行船を一瞥してからスイッチを押して、新平に指示を出す。


「待機だ」

『え!?』


 意外にも秋人が下した判断は、現状を無視し、見張りを続行する事だった。


 今、秋人達は『番犬』と共同戦線を築いているが、その目的は全く別の所にある。

 『番犬』が『四重奏』に狙われた能力者の護衛を第一に考えているのと違い、秋人達の目的はあくまで『四重奏』の戦力に打撃を与える事だ。『番犬』は盾、秋人達は剣としてこの作戦に臨んでいるのだ。

 狙われた能力者が浚われ、『四重奏』の戦力にされる事は防がなくてはならないが、狙われた能力者の命が危険に晒される事は秋人達にとってどうでも良い事なのである。


 秋人達『剣』が動く時は、敵の能力に対応する時ではなく、敵の能力者を斬り伏せる時なのだ。

 故に、どのような力の能力かは分からないが、今回の遠距離からの攻撃に対応すべく動く必要はないと秋人は判断したのだ。


「新平、待機だ。これは周囲に潜む護衛を炙り出す為の(おとり)かもしれない。油断するなよ。敵は一人じゃない」

『了解です』


 驚きの声を上げた理解出来ないといった風であった新平に、嘘ではないが本心ではない建前の言い訳をすることで秋人は動かないよう釘を刺した。

 新平だけでなく、翔子と由貴もこの言葉に納得した。


 緩奈は秋人が考えている事を大方察していたが、事の動き出した今、わざわざ口を挟んで連携に支障を来すのは愚行だと思い閉口した。


 そもそも秋人と緩奈が冷酷とも取れる対応をしたのは、『四重奏』が無差別に命を奪うような能力を行使するとは考えていなかったからだ。

 『四重奏』の狙いは殺害ではなく拉致なのだから、少なくともターゲットが命を落とすような力を振るう筈がないと読んでいたのだ。


『え!?』

「どうした?」


 緩奈の声が無線から聞こえ、逡巡しながらいつの間にか視線を地面に落としていた秋人は、反射的に豪邸の上空に目をやり、目にした異常な光景に緩奈同様に狼狽した。


 そこでは、ぼんやりと光を宿した白い何かが、上空からゆっくりと豪邸に降り注がれていた。

 それはまるで光の雪が降っているようであった。

 ミサイルのような飛行船から一転、幻想的な光景を作り出した能力によって、この夜の戦いの火蓋が切って落とされる事となった。

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