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ラブ・プリズナー-4

 黒塗りの車は、ヘッドライトでコンテナの入り口を照らす位置に止まる。

 そして運転席と助手席の扉が同時に勢い良く開き、二人の黒のスーツを着た男が素早く車から下り、コンテナの背後に回った。

 続いて後部座席の扉が左右同時に開く。既に取り囲んだ余裕からか、こちらはゆっくりと開いた。

 後部座席からはスーツ姿の女性二人が下車した。カッチリとスーツを着こなす様はまるで秘書か教師のようである。

 女性が開く扉から更にもう一人、白のスーツを着る男が下車する。

 ウェーブの掛かった金髪を全て後ろに流した、見た目二十代半ばといった風貌の男は、少し垂れた目を細めて微笑を浮かべている。


「あれ?エンジン切っちゃうの?」


 不意に止まったアイドリングに気付き、男は一人の眼鏡を掛けたより秘書らしい女性に尋ねる。

 黒く長い後ろ髪を、細長い(くちばし)のような髪留めでアップにした、長身の女性だ。


「はい。私の能力の障害になりますので」

「うーん、なんだか雰囲気出ないなぁ。まぁ仕方ないか」


 それ程未練のない男はそれ以上は何も口にはせず、頭の後ろで手を交差させボンネットに腰掛けて足を組む。眼鏡の女性ともう一人、長身で短髪、ワイシャツのボタンをいくつも開けて、惜しげもなく褐色の肌と豊満な胸を晒した女性の二人は、男を挟むように両隣に立った。


 男の言葉にも行動にも緊張感がないのは、生まれもった性という部分も多分にあるが、それ以上に余裕があるのだろう。

 秋人達と正面から対峙する事は、彼にとっては何らリスキーな事ではないのだ。


「出てきます」


 男の右隣、車のエンジンを止めた眼鏡の女性がそう言うと、コンテナの扉が開き二人の男が姿を現す。秋人と新平である。

 秋人と新平はヘッドライトの強烈な光を背負う三人の人陰を確認し、車の正面、約十メートル程の位置に立った。


「待ちくたびれたぞ」


 そう言ったのは秋人だ。

 秋人は言うと同時に翔子が付けていたピアスを男に投げて寄越した。

 男はそれを掴み、翔子に付けていた発信機であると確認すると、右隣の眼鏡の女性にそれを渡した。


 秋人達が選択したのは戦うでも逃げるでもなく、後手に回り、戦力がここに集中している事を隠して面と向き合って話す事だ。

 ピアスの発信機にも気付いていたフリをした。


「翔子から事情は聞いたかい?」


 男は先程までと態度を変えず、微笑んだまま秋人に尋ねる。


「翔子というのは制服を着た茶髪のことか?だとしたら彼女とは言葉を交わさなかった」


 秋人は淡々と言葉を返す。

 敵として対峙し、言葉を交わさず退けた。秋人は暗に殺したと言っているのだ。


「ま、まさか……」

「安心しろ。苦痛を感じる間も与えなかった」


 男の左隣、向かって右の褐色の肌をした女性が狼狽して秋人の言に目を見開いた。

 表情は驚愕から憤怒へと変わり、秋人に飛びかからんとした所を白スーツの男に制される。

 女は納得出来ないと言った風に男を見るがそれ以上は逆らわず、敵意を剥き出しにした表情のまま一応下がる。

 男は左隣の褐色の女性から右隣の眼鏡の女性に視線を移す。

 眼鏡の女性は一度小さく首を振った。


「もう一度聞くよ、翔子はどうした?」

「死んだ」


 秋人達にとっては翔子が死んだ事にした方が都合が良い。追っ手がなければ解放する事も出来るからだ。


 回答を受け、男は再び眼鏡の女性に視線を向けると、彼女は少しだけ笑みを浮かべていた。


「安心したよ。翔子は無事のようだね」


 秋人はピクリと眉を動かした。

 秋人の回答には何の落ち度もヒントもない。それなのに真実を言い当てられた。


「可愛らしい子を失うのは人類の損失だと、君もそう思わないかい?」

「能力か」


 男の見当外れな戯れには付き合わず、秋人は向かって左、眼鏡の女性に視線をチラリと向けて疑問とは違う口調で言った。


「うん、そう。嘘は通用しないよ」


 男は飄々(ひょうひょう)とした態度のまま簡単にそれを認め白状した。

 詳細は明かさず釘を刺す。合理的な方法だ。


「翔子はどこだ!!翔子を返せ!!」


 唐突に褐色の女性が声を荒げて秋人に叫んだ。

 彼女は翔子が無事な事に安堵はしたが、翔子がどんな扱いを受けているかを考えると怒りは収まらなかった。


「ちょっと落ち着きなって姫乃(ひめの)


 男は褐色の女性、姫乃と呼ばれた女性を、まあまあと言った具合に宥める。


「翔子が心配じゃないのか!?こんな状況で落ち着いていられるか!!」


 今度は姫乃も引き下がらず、鋭い視線をキっと男に向けて言い放つ。


「……人選ミスじゃないですか?」


 敵の前で弱味をさらけ出す姫乃が取引や駆け引きに向かないのは明白であり、思わず新平が呟く。

 ギャーギャーと男に不平不満をぶちまける姫乃に対して、白のスーツを着た男と眼鏡の女性もやれやれと頭に手を当て首を振った。


「アタシと勝負しろ!」


 姫乃の矛先は再び秋人へと向き、ビシっと真っ直ぐに指を指して言い放つ。

 これには秋人もやれやれと嘆息した。


「人質の価値があると分かった以上、それを利用しないと思うか?」

「う……し、しまった!」


 姫乃も自分が当たり散らして暴露した事が不利に働いたのが分かり、オロオロと狼狽して白いスーツの男に助けを求める視線を向けた。


「退け。そして今後一切俺達に関わるな。それがお前達に出来る、翔子の安全を確保する唯一の方法だ」


 秋人はこれ幸いと要求を突きつける。が、秋人達の大きな勘違いが明らかになる事で、秋人はこの要求が如何に見当外れな事かを思い知る事になった。


「さて、何から話そうか……」


 白スーツの男は姫乃を下がらせ、そして少し逡巡してから語りだした。


「まず一方的に名を知っているのはフェアじゃないね。俺は和臣(かずおみ)。俺達の組織ではフルネームも名字も使わないから名前だけ覚えてくれれば良いよ」


 よろしくと和臣はにこりと微笑んで見せた。何とも場にそぐわない言動である。秋人と新平は言葉を返さずにいたが、和臣は構わず続けた。


「俺達は西桜庭町を縄張りにする能力者集団だ。名乗った訳ではないが、いつからか『番犬』と呼ばれてる」


 西桜庭町は、名の通り秋人達の暮らす東桜庭町の西、百メートル程の川を挟んだ向かいに位置する隣町だ。


「そして君達が追われてるのはここ、東桜庭町を縄張りにした能力者集団だ。俺達は彼等を『四重奏』と呼んでる」

「つまりこれまでの刺客は自分達と無関係だと?」


 秋人は和臣の言った事が事実だとした上で問いの形で確認したが、和成の言うこと自体を眉唾ものだと思った。


 彼等が秋人を狙う組織、『四重奏』とは別の組織ならば『四重奏』の刺客である翔子を取り戻そうとする理由がない。

 翔子が秋人に明かした、自身が『四重奏』の刺客だという事そのものが嘘だったとは思えなかった。


「厳密に言えば無関係ではないけど、表面上は無関係だという事になってる」


 和臣の遠回しな言い方に苛立ちながらも、秋人は次の言葉を待つ。


「翔子は間違いなく『四重奏』の放った刺客だよ。だけどそれ以前に、彼女は俺達『番犬』が『四重奏』に潜り込ませたスパイだ」


 無関係ではないが、表面上は無関係だと言う和成の言葉の意味を理解し、秋人は一つ溜め息を吐く。

 信用はしないが、翔子に確認を取れば簡単に明かされる嘘を吐くとは考え難い。

 和臣の言う事が事実だと仮定するならば、この状況は秋人達にとって芳しくない。

 秋人達の当面の敵である『四重奏』へ繋がる材料が一切無く、更に翔子をきっかけに『四重奏』だけでなく『番犬』にも睨まれかねない。


「五つ聞きたい事がある」

「多いね。まあ答えられる事ならばいくつでも良いよ」


 和臣の了承を得ずとも問いただすが、秋人は一応和臣の返答を聞いてから質疑に移った。


「まず一つ。お前達『番犬』が『四重奏』にスパイを送り込む理由は?」

「君達のような野良からすれば当然の疑問だね」


 想定していた質問に和臣は特段戸惑いは見せない。


「能力者は約五千人に一人の割合で確認されてる。君の通う高校の全校生徒は何人だい?」

「多く見積もっても約千人……異常だな」


 秋人は和臣の言おうとしてる事を察し、和臣は秋人の言葉を肯定するように頷いた。


「三年で生徒千人が入れ替わるのだから十五年に一人。それが君の通う高校の生徒に能力者がいる確率だ」


 秋人が異常だと言ったのも無理はない。秋人が把握してるだけでも、新平、緩奈、森、檜山、由貴、翔子、そして自分の七人も桜庭高校に能力者が在籍している。

 あくまで確率の話であるからして有り得なくはないし、事実有り得ているのだが、現状を異常と称するに値する確率だ。


「これには訳があるんだよ。君はパワースポットって知ってるかい?」

「土地が狙いか?」


 秋人はいい加減和臣の回りくどい話し方にうんざりし、結論を尋ねる。

 和臣は苦笑して両手を軽く上げせっかちだなぁとジェスチャーをした。


「原因は分からないが東桜庭町は能力者が多く輩出される土地なんだ。そこを縄張りにしている『四重奏』は周囲の組織には煙たがられてる訳さ」


 つまりは在り来たりな縄張り争いと言うわけだと秋人は結論付けた。


「二つ目。『四重奏』に放ったスパイは翔子だけじゃないな?」


 その問いにも和臣は微笑んだまま答える。


「君の予想通り、答えはイエスだ。数は言えないが俺達は複数人スパイを潜り込ませてる」


 秋人に合わせて和臣は短く答えた。余り多くは語れない内容だというのもあるが、秋人はこの答えで満足した。

 そして秋人は次の質問を突きつける。


「三つ目だ。俺達に会いに来た真の目的はなんだ?」


 これまでとは違い、和臣は表情こそ笑顔の仮面を被ったままだが、予想外の質問にピクリと肩が揺れた。


「解せないね。表も裏もないよ。俺達の目的は翔子を取り戻すことただ一つだ」


 それでも平静を装い答えたが、無論秋人はそれでは納得しない。


「その回答こそ理解に苦しむ。褐色の肌の彼女、姫乃と言ったか。彼女はだいぶ翔子に肩入れしてるようだが、敵組織に潜入するという危険な任務を与える辺り、翔子は『番犬』内では重要視されていない。そもそもスパイは組織が危うくなれば切り捨てられる存在だ。それなのに五人も出して野良如きと交渉とは誰が見てもおかしい」


 ならば何か裏の狙いがあると見て間違いないと秋人は推察していた。

 この事は姫乃も知らされていなかったようで、動揺して和臣と眼鏡の女性に交互に視線を向けている。


「深読みし過ぎだよ。俺達『番犬』は仲間を見捨てないってだけさ」


 尚も惚けようとした和臣に、


「清水恭一郎は例外か?」


 秋人はトドメを刺した。

 この一言には新平も驚きを隠せなかった。


 清水恭一郎。グレネード・ランナーの能力者、長谷川と戦ったときの見張りの一人だ。


 清水の落ち着いた態度や、新平の不意打ちに僅かながら対応した練度の高さから、秋人は清水が末端の構成員、しかも隊内でも下っ端であることに違和感を感じていた。

 しかし別の組織が送り込んだスパイというのならば、練度に地位が伴わないのも納得出来る。

 恐らく清水は潜入して日が浅かったのだろうと秋人は思った。


 そして、『番犬』が潜り込ませたスパイである清水と翔子の二人を、全く無関係の秋人達が『四重奏』から引き抜いてしまった事が、今回の和臣の狙いに関わっているだろう事も秋人は推理していた。


「……まったく、いやに鋭いね。参ったよ、降参だ」


 和臣は苦笑いしながら両手を頭の高さまで上げ、お手上げした。


「どういう事だ、和臣!!」

「俺だって翔子は心配だよ。それでもやらなきゃならない事だってあるんだ」


 何も聞かされていなかった姫乃が和成に怒鳴ると、跋が悪そうに頭を掻きながら和臣は弁解した。


「私達は彼等の敵じゃない。きっと翔子の件も何とかなります」

真琴(まこと)も知ってたのか……」


 姫乃は同じ気持ちだろうと眼鏡の女性、真琴に視線を向けたが、真琴も黙っていたことを申し訳なさそうにしながらも姫乃を宥めた。


「隠し事は無しだ、腹を割って話そう」


 和臣はこれまで保ち続けていた微笑を消し去り、真面目な表情で話し出した。


「俺達がスパイを送り込むという方法を取っているのは、『四重奏』が完全な秘密主義の組織だからだ。表立って対立するのは余りに危険なんだ」


 『四重奏』の縄張り内で生活し、幾度も刺客と戦い捕らえてきた秋人達でさえ『四重奏』の情報を掴めないように、和臣ら『番犬』も『四重奏』の情報を掴めていなかった。

 規模も所在も分からない敵組織と戦うのは、霧の中、狼の群を相手に戦いを挑むように無謀であり危険だ。


 組織を危険に晒して戦いをふっかけるには余りに相手が悪いのだと和臣は説明した。


「そこでいつでも切り捨てられる、『番犬』を敵視させない為のスパイか」


 例え潜入した者の裏切り行為が露見しても、『番犬』の関与がバレなければ損失は微々たるものだ。

 和臣は秋人のその言葉を首肯した。


「戦うにも敵の情報が余りに無い。だから野良を装い、スカウトに応じさせてスパイを『四重奏』に送り込んだ」


 他所ならば新たな能力者が確認されれば警戒するものだが、能力者が多数現れる東桜庭町ならばさほどの違和感はない。

 潜り込ませる事には問題はなかった。


「しかし末端に組織の情報は一切与えられない。情報を得るためには、『四重奏』内で成り上がらなきゃならないんだ」


 これが何より難しかった。


 大前提として実力がなければならないが、実力があれば良いと言うわけではない。

 行動で信頼を勝ち取らなくてはならないのだ。


「『四重奏』は酷く用心深い。最初は能力に関係がない仕事を与えるし、他の能力者と行動を共にさせないんだ。それでもスパイ達には辛抱強くやってもらったよ」


 信頼は一朝一夕には得られない。時間こそが重要なのだ。


「スパイは切り捨てられるが、俺達も切り捨てたい訳じゃないんだ。時間を掛け、臆病な程慎重に事を進めた。しかし、思わぬ障害が現れた」


 和臣は自嘲気味に鼻で笑い、視線を秋人に向けた。


「君達だ」


 わざわざ送り込んだスパイは『四重奏』の末端の能力者として最前線で秋人達と戦い敗れ、清水に続いて翔子も『四重奏』から引き抜かれてしまった。


「手がなくなった訳じゃない。まだスパイは『四重奏』に潜んでるしね。だが、君達の事を考慮せずに作戦を進める事は出来なくなった」


 いずれ『四重奏』にやられるであろうと見越していたが、予想以上の奮闘ぶりに無視出来る段階ではなくなったのだと和臣は話した。


「それで、お前達『番犬』は俺達にどうしろというんだ?」


 自分達を取り巻く状況を把握した秋人は和臣に尋ねる。


「先に言ったように『四重奏』と全面的に対立するのは危険過ぎる。しかし、他の誰かが『四重奏』と潰し合いをしてくれるのは大歓迎なんだ」

「なるほどな。『番犬』ではない『四重奏』と正面から対立する存在は都合が良いという訳だ」


 戦力を『番犬』から出すわけでもなく、潰されても何の損害もない。

 スパイを失った事を省けば秋人達の存在は『番犬』にとって利益しかない。

 勝手ながら秋人達は『番犬』の打ち立てる新たな作戦の核となっていたのだ。


「敵の敵は味方とはよく言ったものだね。俺達は君達と対立する気はない。尻は叩かせて貰うけど協力もしない」

「随分と都合の良い勝手な言い分だな。この情報を手土産に俺達が『四重奏』に組みする可能性もあるんだぞ?」

「それを防ぐ為にこうして接触したんだ」


 和臣は微笑みとは違う、策士の顔でニヤリと笑った。


「貴方達の事は調べさせて貰いました。秋山秋人さん、幼なじみの桃山春香さんと随分と仲が良いのですね。酒井新平さんにも可愛らしいご友人がいらっしゃるようで」


 真琴の言葉に秋人は舌打ちをし、新平も顔をしかめた。

 『番犬』に逆らえばそれらを利用すると言う事だ。いわば人質を取られたようなものである。実際に手を着けない辺りが逆に厄介であった。


「怖い顔しないでくれよ。卑怯な真似だとは重々承知の上だが、形振(なりふ)り構ってられないんだ。それに特別な事を望んでいる訳じゃない。これまで通り、『四重奏』と対立する立場にいてくれれば良いんだよ。ただ、俺達が陰ながらバックアップするだけさ」


 『四重奏』に組みする気などない秋人達にとっても『番犬』のバックアップは有り難い。

 少なくともこの話は秋人達にとってはリスクはない。


「残り二つの質問だ。お前達『番犬』の存在意義、それと翔子の処遇について聞かせて貰おう」


 利用されるのは気に食わないが、感情論で首を絞める気は秋人にはない。

 だが、『番犬』が『四重奏』と同様に能力を使って金儲けをし、邪魔と見なせばそれを強行手段で排除するような組織ならば、間接的であろうと手を貸すつもりはない。

 役目を終えた翔子の扱いに関しても同様に、場合によっては返すつもりはない。


「放射能を撒き散らす能力、呼吸で毒を排出する能力、触れた者全て溶かす能力……」


 唐突に和臣は秋人を真っ直ぐに見据えながら、能力を次々に列挙していく。

 それが何の能力であるのか分からない秋人だったが、黙って和臣の言葉を聞く。


「……俺が殺した能力者達だ」


 和臣は一呼吸置いてから、告げた。表情にあるのは、その過去に対する悲しみや悔しさだ。


「彼等は自身の強大な能力を制御する事が出来なかった。彼等を放っておけば、彼等が望まなくても余りに多くの犠牲者が出る。だから殺した。殺さなければならなかった」


 和臣は瞳を閉じ、眉間に皺を寄せる。

 彼の脳裏を、過去にその手に掛けた能力者達の言葉がよぎる。


 助けて。殺して。


 誰もが自身では止めようのない力に苦しみ、絶望して救いを求めていた。得てして自身を守ろうとする者はいなかった。


「他にも強力な能力と引き替えに、人間の肉しか食せない能力者もいた。結局、彼は能力が発現してから二週間後に餓死したけどね……」


 忘れてはならない過去だが、嫌な事を思い出した和臣の眉間の皺が一層深くなる。


「本人の思想に関わらず、能力はその存在だけで世界の秩序を乱す。そして乱された秩序を能力を以て正し、守る。それが俺達の行動理念であり、『番犬』と呼ばれる所以だよ」


 そして組織を運営する為に仕事はするけどね、と和臣は付け加えた。


「翔子は手厚く迎え入れるさ。仲間を見捨てないっていうのはあながち嘘じゃないよ」


 後者の返答は姫乃の様子からも予想出来ていたが、口に出させる事で秋人は確認した。


 組織の存在意義も、秋人が協力を納得するには充分なものだった。


「……良いだろう」


 秋人は逡巡してから、今後は『番犬』の支援の下『四重奏』と対峙する事を受け入れた。


「翔子に関しては本人に聞いてみないと何とも言えないな」

「何を言ってるんだ?翔子はアタシ達の下に帰りたいに決まってるだろ!!」


 姫乃は尚も秋人に敵意を緩めず吼える。

 秋人は姫乃には構わず懐から翔子の入った瓶を取り出した。隙あらば連れて逃げる予定であったのだ。緩奈の入った瓶も秋人のポケットに隠されている。


 秋人は新平に目配せし、新平は能力を解除して翔子を外に出した。


「翔子!大丈夫だったか?怪我はしてないか?さあ、一緒に帰ろう」


 突然目の前に翔子が現れた事に驚きはしたが、直ぐに姫乃は翔子を気遣い、翔子を迎え抱き締めるべく両腕を広げた。


「……ごめんなさい、姫乃さん」

「え?」


 しかし翔子は姫乃に謝り、秋人の隣に立った。


「私、秋人くんの力になりたいの」

「え?え!?な、なんで!?」


 心底理解出来ないといった風に姫乃は狼狽し、翔子に問う。


「姫乃さんが和臣さんと一緒にいるのと同じ理由だよ」


 翔子は顔を朱に染め恥ずかしそうに告げると、姫乃は口をポカンと大きく開いてフリーズし、秋人も嘆息した。


「ふ、ふはははは!まさかこんな形で捕らわれてたとは予想外だね!いやぁ心身共に健康健全で安心したよ」


 緊張の糸を切られた和臣は上機嫌に大声で笑った。


「そういう事でしたら翔子は預けて引き上げるしかないですね」


 真琴も楽しそうにそう言い、コンテナの後ろに回り込んでいた二人の男に合図を出して引き上げの準備に入る。


「ま、待て!翔子をこんな奴等に預けて帰るのか!?」

「翔子が残ると言っている限り仕方がないでしょう?」


 やはり姫乃は納得出来なかったが、真琴の言に反論出来なかった。

 代わりと言っては何だが、秋人をキッと睨み付けた。


「帰った方が安全だと思うぞ?分かってると思うが、俺達のいるここは最前線だ。守れる程の余裕はない」


 秋人は姫乃の代わりに翔子を説得し、姫乃もうんうんと頷いていたが、翔子はやはり聞かなかった。


「もう決めたの。私も一緒に戦うの!」


 目を輝かせて宣言する翔子に秋人は再度深々と嘆息し、姫乃はガックリと肩を落とした。


「ほら、姫乃。引き上げるよ」


 アイドリングを始めた車の扉を開けて、和臣が声を掛ける。


「秋山!翔子に何かあったら只じゃ置かないからな!お前がしっかり守れ!」

「まぁ約束は出来ないが努力はしよう」


 姫乃の捨て台詞に秋人はそう答え、手でしっしっとすると姫乃は渋々ながら車に乗り込んだ。


「二つ、忠告しとくよ」


 姫乃を車に乗せ、和臣以外の四人が乗車した所で和臣が切り出す。


「まず一つ。余計な事かもしれないけど、君達が高校生をするのもそろそろ潮時だと思うよ。仕事なら『番犬』から回すから、今一度身の振り方を考えてみてはどうかな?」

「ご忠告どうも」


 薄々自覚していた事なので、秋人は適当に答える。


「あと一つ。君達二人とも仲の良い、藤森由貴という女の子。『四重奏』に嗅ぎ回られてるよ。後手に回る前に保護しといた方が良いね」

「っ!!」


 これには秋人も新平も戸惑いを隠せなかった。どこから嗅ぎ付けたのか逡巡したが、その答えは分からない。

 和臣は狼狽した二人のその様子にご満悦といった表情を浮かべた。


「一応の結託の手土産はこれで良いかな?可愛い子を失うのは人類の損失だよ。しっかり守るんだね」


 和臣はそう言い残してから車に乗り込み、そして架橋下の駐車場を立ち去っていった。

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