ホール・ニュー・ワールド-3
魔王が誰かを知らなくては手の打ちようがない為、秋人はまず魔王の特定に奔走する事にした。
しかし実際に秋人の取った行動は消極策と言って良い程度のものであった。
聞き込みなどをすれば、不良達の失踪した当日の足取りなどから魔王を絞り込む事も出来るやも知れない。しかし秋人は自分が魔王探しに積極的に動いているという情報を魔王に与えたく無かった為、効率は悪くとも遠回しの策を取った。
人脈の広い春香と共にいる事が多い為、それだけで秋人自身にも知り合いが多くいる。
大半は春香がいない時はぎこちなく挨拶を交わす程度の間柄だが、それでも普通よりも知人は多い。
その知人の一人にやけに噂が好きな女の子がいる。
その子に何気なく『魔王は恐らく虐められていた人物だろう』と一言言うだけで、その話は瞬く間に学校中に広まり、秋人の狙い通り全校生徒を挙げての推理が開始された。
その結果、たった数日で秋人は自ら動かずして犯人の目星をつける事が出来た。
絞り込んだその数たったの三人。画策した秋人自身、驚異の成果だと言える。
悪知恵の働く不良グループは定期的に獲物を変えていた。反発心を抑え込み、事を大きくしない秘訣の一つである。
なんとも薄汚い思惑による行動だが、それ故に魔王を絞り込めた。
と言うのも、不良グループに『絞り取り続けても問題無い』と判断され、使い捨てにされなかった人物こそが彼等を消し去るという思い切った行動を取った魔王である可能性が高いのだ。そしてそれに該当するのが件の三人である。
三人はそれぞれ学年が違った。秋人はこれも不良グループの故意によるものだと推測した。
卒業という形で財源を失う事を想定し、必要最低限の人数で効率を考えるとこうなるのだ。そして秋人の推理は正しかった。
卒業と同時に不良の三年生から餞別として、下の学年に財源がそのまま引き継がれる悪しき伝統が彼等にはあるのだった。
秋人は三人の中の誰が魔王なのかを思考する。
学年が低い程、後の二年間を想像すると思い切った行動をするとも考えられる。
しかし今は四月だ。例え三年生でも後一年は十分長い月日であるし、それまでの二年間を思えば下級生よりも恨みは深いものになっているだろう。
そう考えると一年生と三年生の被害者が魔王である確率が高く思えるがしかし、その両者の理由を併せ持つ二年生の被害者も怪しく見えてくる。
そもそも魔王は一人ではないかも知れない。
結局、物的証拠も状況証拠もない今、考えれば考えるだけ思考はどつぼにはまってしまっていた。
現状で魔王をこれ以上限定する事は不可能だ。
秋人には情報を集めながら三人に気を配る事しか出来なかった。
「秋人、早く帰ろうよー! 今日は観たいテレビあるの!」
そんな秋人の気苦労など知る由もなく、春香が秋人の腕を抱きかかえるように掴んで揺さぶる。
お前の為に頑張ってんだぞ、と呑気で無邪気な春香を見て秋人は心の中で呟くが、根底が春香のこの笑顔の為なのだから、無論心底から辟易している訳ではない。
秋人はこれ以上春香が駄々をこねる前にと帰りの準備をする手を早めるが、ふとある事を思い出しその手を止めた。
「あーすまん、今日は俺の班が掃除当番だ」
「えぇー」
秋人の言葉に春香は口を尖らせて不満を露わにする。
桜庭高校では、席の並びで班に分け、その班のローテーションで掃除当番をする。
春香の近くの席は、授業中に春香の側にいられる特権にプラスして、放課後の一時も共に過ごせる贅沢三昧な席とされていた。春香の隣でも、班の分かれる席と、班が同じ席での価値は雲泥の差だった。
余談であるが、過去に席替えのくじ引きで、彼女の居る二人の男が春香の両隣のくじを引き、その席が競売にかけられた事があった。もちろん秘密裏にだ。その時、班が同じ席のクジは、班の違う席のクジの三倍の値段で取り引きされた。
更に余談だが、秋人の周りの席も春香の周りの席の次に人気であった。
「むー。じゃあ手伝うから早く終わらせて帰ろう?」
「ああ。分かった」
その理由がこれである。
秋人が掃除当番の時、春香が高確率で手伝い居残るからだ。
更に休み時間の度に春香は秋人の席に来るので、周りの席もその恩恵に預かれるのだった。
掃除に至っては逆もまた然りなのだが、それには人手が増えて楽という以上の意味はなかった。
「おーわりっ! さっ帰ろう、秋人!」
数分後。
終わるや否や春香に袖を引っ張られ早々と帰宅して行く秋人を、クラスメート達は至福の時を過ごした満足顔で嫉妬するという器用な方法で見送るのだった。