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グレネード・ランナー-5

 四人全ての敵を捕らえ、その足で秋人達はコンテナのアジトに集まった。


「お疲れ様」


 秋人と新平がアジトの扉を開くと、夏目の能力で発現された魚の群と緩奈が出迎える。

 夏目の『能力を操る技術』である真紅の魚はそこにいて当たり前だが、もとの持ち主が分からなくなってしまった青白い魚も何匹かアジトで管理していた。


 能力で見ていた緩奈が二人が到着するタイミングで淹れていた紅茶を一つだけテーブルに置いた。


「秋人の分は怪我の手当てをした後に淹れてあげるから」


 緩奈が自分の隣のソファを軽く叩いて秋人を呼ぶ。

 秋人は緩奈の隣に、新平は向かいの紅茶の前に腰掛ける。ちなみにアジトでのお茶は緩奈が持ち込んだ紅茶に変わっていた。


「酷いわね……」


 緩奈は血のついたシャツを脱いだ秋人の体を見て思わず呟く。骨に損傷を負った箇所は赤くも青くもなく、内出血でどす黒く変色し始めパンパンに腫れ上がり、外郭が掠めて負わされた裂傷も数え切れない程無数にあった。

 これまでの戦いの中で、群を抜いて深刻なダメージを負っているのは明白だ。


「能力の相性が悪かったからな」


 秋人はここに来るまでの間に新平に言った事と同じ台詞を緩奈に言った。


「ごめんね……」

「誰に責任があるわけでもない。タイミングが悪かった」


 一人で戦う事になってしまった秋人に緩奈は謝り、新平も謝罪して来たことで予想していた秋人はサラリと流した。


 緩奈が取り敢えずの処置を施し始めると、新平は紅茶に一度口に付け、バッグから敵の入った瓶を取り出しテーブルに並べていった。

 アジトの位置を知られない為にバッグに入れていたのだ。


 取り出された瓶は四つ。秋人が捕らえた、グレネード・ランナーの能力者、長谷川と、学校の屋上にいた桜庭高校の制服を着た少女の二人は未だに気絶している。

 そして新平が捕らえた私服の男と、最後に二人で捕まえたスーツ姿の男の四人が瓶に納まっている。

 気絶している二人は勿論、残りの二人も実に静かにしている。命を握られている事を理解しているのだろう。


「はい、終わったわ。応急処置だからちゃんと病院に行くのよ」

「ああ、分かってる」

「……やっぱり心配だから私も一緒に行くわ」


 秋人は病院が嫌いだった。それを話した事はなかったのだが、緩奈の直感は誤魔化せなかったようだった。

 結局新平も行くと言い出し、三人で行くことが決定した。


 秋人は破れたシャツではなく、アジトに用意しておいた新しいシャツに袖を通し、その間に緩奈が準備した紅茶を啜ってやっと人心地ついた。


「気が付いたみたいですよ」


 少しすると、まず制服を着た少女が目を覚ました。


「うぅん……ん?ふぇ!?あれ!?こ、ここどこぉ!?」


 気絶している間に小さな瓶に入れられた少女は酷く混乱し、瓶の中で忙しなく動きながら泣きそうな声を出した。


「くっ……」


 その声に起こされ、長谷川も気が付く。

 酷く痛むらしく、顔や頭を仕切りに撫でた後、長谷川は周囲を見て状況を確認した。少女とは違い落ち着いた様子だ。


「全員気が付いたな」

「ひっ!!」


 秋人が四人に声を掛けた所で少女は状況を理解した。理解すると逆にどうされるのか不安になり、ガタガタと震え涙を流し出す。不憫にも思えるが、情を見せればつけ込まれる。秋人達三人は敢えて無視する事にした。


「状況は掴めているな?」


 男三人は反応しないが、少女は一人ブンブンと頭を振って頷く。


「お前達は知らないかもしれないが、お前達は俺達にとって二チーム目の敵だ。つまり一つ目のチームは俺達の手で壊滅したって事だ」

「ひぇっ!?」


 少女は思わず悲鳴を出してしまい、しまったと思ったのか両手で口を塞いだ。秋人は構わず続ける。


「敵は三人のチームだった。一人は戦闘で死んだ」

「ひっ!」

「もう一人は尋問中に死んだ」

「ひぃっ!!」

「最後の一人は洗いざらい吐いて今は海外で暮らしてる」

「ひゃあっ!!」


 何か言う毎に口を塞ぐ手から悲鳴を漏らす少女にふざけているのかと秋人は思ったが、歯をガチガチ鳴らして震える姿を見ると、至極真剣に怯えているらしい。


「お前達は幸運にも戦闘で死者を出さなかった。折角繋ぎ止めた命をここで無駄にしない事だな」


 今度は悲鳴を上げない事に成功した少女は頭を激しく上下に振って頷き、嘘を含んだ秋人の言葉を聞いた男三人も全員が一度だけ頷いた。


 正常な心理状態じゃない少女への尋問は当然一番最後に回され、まず主格の長谷川への尋問から秋人達は手をつけた。


 彼の名は長谷川竜斗(りゅうと)、能力名はグレネード・ランナー。遠隔操作の能力で、概要は秋人が予想した通りであった。

 檜山と同じように幹部からの連絡を受け取るリーダーのような立場にあった。


 次に新平の捕らえた私服の男、清水恭一郎(しみずきょういちろう)、能力名はメタル・コート。体を金属に変化させる能力で、秋人同様に身体能力が高いタイプの能力者であった。

 三人の中でも一番落ち着いており、新平の攻撃に反応したことからも実力者なのが分かる。

 それだけに長谷川の指示に従っていた事に秋人は疑問を覚えた。


 次にスーツの男、中谷祐哉(ゆうや)。能力名はダンス・タスク。刃物を周囲に発現し操る能力。新平の能力に近く、遠距離への投擲(とうてき)は出来るが操作は出来ないらしい。


 三人の接点はやはり同じチーム、彼らは上杉達とは違う言い方で自分達の集団を部隊と呼んでいたが、その同じ部隊になったというだけで他にはなかった。

 予想はしていたが、やはり組織の情報は知らされてはいなかった。


 彼らの尋問の受け答えは実にスムーズであった。実際に能力を発現させ嘘がないのを確認しても一時間程で終わった。


 問題は残りの一人だ。


「貴女の名前は?」


 秋人には怯えきってしまったので緩奈が尋ねる。緩奈ならば女同士少しは何とかなるのではと思ったのだが、


「ひゃ、ひゃい!ひゅひゅじもりゆきでひゅ!!」


 駄目だった。


 ガクガクと震える顎では上手く発音出来ないらしく、全く話しにならなかった。

 秋人達は思わず嘆息した。


 この少女から有益な情報が得られるとは思っていない。ただ今後の扱いに関わるので能力は把握して置かなければならない。


 秋人達は埒が明かないので、男三人から必要な事は聞けたのだしと、脅すような姿勢を和らげる事に意見が一致した。


「よく聞け」

「ひゃ、ひゃい!!」

「……よく聞いてくれ」

「らい!!」


 少し口調と言い回しに気を使うも無駄だった。新平と緩奈に顔を向けると『誰がやっても変わらないからやってくれ』と視線で言われ、もう構わないと秋人は突き進む事にした。


「先のチーム、おま……君達の言う部隊のメンバーを俺達は殺していない。一人は自殺してしまったが二人は無事に海外で生活してる。君達を手に掛ける気もない」


 秋人は言い聞かせるように少女に言った。檜山の事は自殺だとは考えていないが都合上そう言った。

 この秋人の言葉に反応したのは少女ではなく、今まで黙っていたスーツの男、中谷だった。


「てめぇ騙しやがったな!!卑怯者!腰抜けが!!」

「勘違いするなよ」


 秋人は一転して冷たい視線を中谷に向ける。


「殺す必要がなかっただけだ。腰抜けだと?なんならお前で勇気を示してやろうか?」

「ひぃぃいい!!」


 中谷の心情を声で表したのは少女だった。

 緩奈がぺしっと秋人の頭を叩く。


「余計怖がらせてどうするのよ」

「すまん……つい」


 思わぬ横槍で少女の畏怖を取り除く事に失敗した秋人だった。

 なす術が無く、三人は再び溜め息を吐いた。


「彼女は組織のメンバーじゃない」


 この膠着状態を脱却させたのは意外にも新平の捕らえた私服の男、清水だった。

 彼の予想外な一言に三人の視線が清水に集中する。


「その様子を見ても分かるだろ?彼女は見張り要因で中谷が呼んだ、ただの一般人だ。能力者でもない」


 秋人は少し考えてから清水に言葉を返す。


「信用しよう」


 秋人は新平に指示を出し、少女を瓶から出させた。


「あ……」


 少女はソファに正座するような姿で解放され小さく声を出した。

 清水もほっとしたのか息を吐いた。


「但し最後だけは信用出来ない。彼女は能力者だ」


 清水がピクリと肩を揺らした。


 一般人が瓶に入れられた状況を理解出来る訳がないし、組織の活動に巻き込むのだから能力者に決まっている。

 それも、隠そうとするということはかなりの能力に違いないと秋人は踏んだ。


 秋人達は敵の言い分を丸々信じる程馬鹿ではない。瓶から出すのは彼女の様子からして最早決定事項だった為、新平も緩奈も有無を言わずに秋人の指示に従ったのだ。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 緩奈は少女に紅茶を渡した。まだおっかなびっくりしているが、瓶から解放されたお陰か少しは落ち着きを取り戻した様子だった。


 大きな目をキョロキョロさせて、両手でカップを包んで紅茶を啜る様子は小動物のようで、派手さや色気はないが柔らかく暖かな雰囲気を醸し出す少女を見て、絞め上げた秋人には少しだけチクリ痛む罪悪感が芽生えた。


 秋人はもう少女に怯えられる事に耐えるメンタルが無く、尋問は新平と緩奈によって行われる事になった。


「まず、貴女の名前はなんですか?」

「ふ、藤森由貴(ふじもりゆき)です」


 新平の問いに少女、由貴は畏まりながらもしっかりと答える。


「聞いてたと思うけど、さっきの話しは本当?」

「あ、あの、私は貴方達が悪の組織だって聞いてたんですが……」


 キョトンとした三人に由貴は麻薬だとか拳銃だとか、と補足して説明した。

 秋人は彼女を呼んだという中谷に視線を向ける。


「……そうでも言わなきゃ普通協力しねぇだろ」


 中谷は憮然とした態度で視線を向けずに答えた。


「あ、あの……もしかして違うんですか?」


 由貴はオドオドした態度で、相手に悩んだ結果緩奈に尋ねた。


「私達は能力者というだけで他は普通の高校生と変わらないわ。能力者だからこの人達の組織に狙われてて、私達が戦うのは自己防衛の為よ」

「そうだったんですか……」


 由貴は口車に乗せられ、過ちを犯してしまった事に落ち込んだ様子だった。


「しかし腑に落ちないですね。なぜ彼女は組織に入れないんですか?僕達はこんなにも熱烈なアプローチを受けてるというのに」


 新平は未だ瓶の中にいる三人に問い掛ける。


「彼女が組織の勧誘を受けなかったのは、中谷が彼女の存在を隠していたからだ」


 清水が答える。


「それは何故ですか?」

「……彼女の能力を中谷が独占したかったからだ。組織に知られれば末端の俺達は彼女の能力の恩恵を受けられない。それ程に彼女の能力は特別だ」


 最早由貴が能力者である事は隠せないと覚悟した清水が、新平の問いに間を置いてから答えた。


「貴女の能力はなに?」


 緩奈が紅茶を啜っていた由貴に尋ねる。


「えっと、す、少しだけですが怪我を治す事が出来ます。深い傷とか自分の怪我は治せないですが……」

「やってみてくれるか?」

「ひゃ!あ、はい!」


 秋人が右腕を出すと、やはりまだ秋人は怖いらしく、悲鳴を上げてから了承した。


 秋人の右腕には長谷川の能力で与えられた傷と、由貴を絞めた時に引っかかれた傷がある。

 由貴は制服の袖を腕捲りして、秋人の右腕に自身の右腕を付けた。


「ボディ・メンテナンス。そ、それが私の能力です」


 由貴と触れあった場所に人肌とは違う暖かさを秋人が感じると、変色していた肌は生気を取り戻していき、裂傷も見る見るうちに塞がっていく。


「し、失礼します」


 由貴はそのまま手の甲を合わせ、指を絡ませて秋人の骨折を治した。


「すごいな……」


 秋人は治療を終えた手を目の前で何度か握り直し、その調子を確かめる。完全に治癒していた。

 確かにこれほどの能力ならば、常に幹部や指導者の側に置いておく事になり、中谷はその恩恵を受ける事は出来ないだろう。


「出来れば体の傷も治してくれないか?」


 秋人はシャツを引っ張り変色した鎖骨や脇腹の辺りを見せた。我慢しているがやはり痛むのだ。


「ふぇ!?あ、あの……」

「まさか傷を吸い取っているとか、寿命が縮むとか、何か重大なリスクがあるのか?」

「い、いえ、そういう訳じゃないんですが……」


 由貴は視線をそこら中に泳がせるが、秋人達は勿論、清水は不自然に思って作戦前に中谷から聞き出しただけであったし、中谷も詳しい能力の制限を知らなかったので、助け舟を出すことは出来なかった。


 由貴は悩んだ結果、秋人の傷は自分が付けたようなものだし、何より痛々しくて何とかしてあげたいと思い覚悟した。


「あ、あの、服を脱いで頂けますか……?あと、他の方は見ないで下さい……」


 秋人は指示通りシャツを脱ぐ。新平は瓶をバッグに入れ緩奈と共に壁を向いた。


 由貴は深呼吸を何度かした後に意を決し、


「ふぃ、し、失礼しまふっ!!」


 盛大に噛みながら、一気に制服を脱ぎ捨て、秋人に抱きつこうとし、


「ま、待て!!!」


 寸前で秋人に肩を押さえられて止められた。


「う、うぅ……」


 本人も恥ずかしいようで耳まで真っ赤に染めて涙目になっている。

 下着姿のままでは事情も聞けないと、秋人は手元にあった自分の着ていたシャツを頭から突っ込むように急いで着させた。


「い、一体どういうつもりだ?」

「だ、だって、治せって……」


 いつの間にか緩奈と新平がこっそり振り向いて様子を見ている。


「右腕には右腕を、胸には胸を素肌で付けないと治療出来ないんです……」


 秋人はそこで由貴が言っていた、深い傷と自分の傷は治せない、というのを思い出した。

 この二つ傷が治せないのはその条件故だったのだと秋人は理解した。


 深い傷、例えば内臓に傷が達したならば、傷付いた臓器と由貴の臓器を触れ合わせなくては治療出来ない。実質不可能なのと変わりない。

 そして自身の傷は、右手の掌に右手の掌を付けられないように、絶対に条件を満たす事が出来ないのだ。


「治療はもう良いから泣き止んでくれ……」

「う、うぅ……」


 恐れている相手に脱げと言われたようなものなのだから泣きたい気持ちも分かるが、膝の上でグズグズと泣く由貴に対して秋人は、何ともやりきれない思いで深々と溜め息を吐くのだった。

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