グレネード・ランナー-3
「ド畜生!!なんであんな場所に道があるんだよ!!あと一発だったのによぉ!!畜生!畜生!!」
男は悔しさに拳を震わせ、壁を思い切り殴り付けた。
爪が掌に食い込み、そして拳からも血が流れる。
「秋山は見つかったか!?」
男は首から下げていた無線機のスイッチを入れ叫ぶ。
『あの道から出て来ないな。はたまた既に隠れて移動したか』
『私からも見えないです……』
「糞がっ!!」
『ひっ……!』
「おい中谷!確認は取れたか!?」
無線の先の仲間の報告に豪快に舌打ちをかまし、男は中谷と呼ばれる別の仲間に呼びかける。
『今見える場所まで移動したぜ。あー……っとダメだな。移動してやがる』
男は無線機を砕かんばかりに強く握り締め、ギリギリと怒りで震える歯を噛みしめた。そして再び壁を殴り付ける。
『おいおい、どうすんだよ長谷川。三人で秋山の位置をお前に教えてりゃ確実に仕留められたんじゃなかったのかよ?』
「煩い!少し黙ってろ!!」
『へいへい、ったく俺に当たるなよ』
中谷のぼやきには耳を貸さず、長谷川は地面に広げていた大きな地図に視線を落とす。
長谷川の見る住宅地図は、交番や不動産屋にあるような住宅の一軒一軒まで書かれたかなり細かい物で、A3よりも一周り大きいサイズでありながら東桜庭町だけしか書かれていない。
そしてその地図には赤いペンで無数に数字と線が書かれている。
これこそが長谷川が秋人に対して正確に攻撃していた方法である。
まず三人の仲間を三箇所に配置し、それぞれに秋人の位置を報告させる。これによって、東西南北どれか一方、更に二方まで視線を遮られても秋人を見失う事はなくなる。
そして長谷川は報告を受けた地点へ爆弾を飛ばすのだが、目的地を見ずに爆弾を正確には飛ばせない。それを可能にするのがこの地図だ。
長谷川は自分の能力によって発現する爆弾の速度を把握し、全ての道を何秒で移動出来るかを割り出し記入していた。
長谷川は仲間が報告する場所へと地図に書かれた時間通りに爆弾を右へ左へ操作すれば良いのだ。
穴の無い、完全無欠な作戦だと長谷川は自信があった。
事実、秋人はこのカラクリに気付けず、深手を負うところまで追い詰められた。
しかし長谷川を予期せぬハプニングが襲った。
それが秋人の逃げ込んだ小さな行き止まりの道だ。道の存在そのものが長谷川の計算外だった。
「なんでここに道があんだよ……!道など無いはずなのに……!!」
この道は地図に記されていない、存在しないはずの道なのだ。
東桜庭町にある全ての分岐までの時間を調べ、網羅した地図を準備していた長谷川だが、存在すら知らなかった場所までは守備範囲外にならざるを得なかった。
『長谷川ぁ。どうすんだぁ?撤退すんのかぁ?』
中谷の間の抜けた声が無線機から聞こえる。ボロボロに成るまでかじっていた親指を口から離し、長谷川は無線機を手に取る。
「…………」
だが長谷川は撤退の命令を下すのを渋った。
あの小さな道一つをカバーする為に、長谷川は距離から時間を計算し直さなくてはならない。なにより見えないあの場所が見えるよう、見張りの位置を考え直さなくてはならない。
――果たしてそんなに都合の良いポイントは見付かるだろうか?
今回用いた場所も試行錯誤を繰り返した末に行き着いたポイントだ。それなのに人が足りず、本来は自分を含めて三人のチームだが、知り合いを呼んで四人に増員した。
今回は伝があり予定が合ったから増員出来たが、次は分からない。
更に敵の秋人は仲間に連絡出来る状況ではなく、手負いだ。
長谷川は今の状況こそ最良なのではないかと感じた。
――手の内は見破られたが、居場所までは分からないだろう……
ならばこのまま続行すべきだと長谷川は判断した。
これが致命的な勘違いだった。
「随分好き勝手にやってくれたな……」
「な、なんだとっ!?」
長谷川は驚愕の余り手から無線機を取りこぼした。
庭の垣根を越えて秋人が姿を現したのだ。
長谷川の予想に反して秋人は長谷川の居場所を暴いていた。むしろ地図による自身の追跡よりも自信があった。
「まさかと思ったが、本当にこんな物まで作って……」
秋人は地図を拾い上げ、見張りの位置を確認してからビリビリの細切れになるまで破った。
「この体中の傷と、そこの窓硝子、さらには不法侵入の分、覚悟しろよ?」
秋人は顎で割れた窓硝子を指してから長谷川との距離をゆっくりと詰める。
そう、長谷川の居た場所は秋人が初めに襲われた場所、秋人の自宅の庭だったのだ。
「ど、どうしてここが!?」
長谷川は後退りしながら秋人に問う。
「初めだけは操作が正確だったからな。直接見ていたんだと分かった」
窓硝子に突撃し、割れた場所から入り込んでリビングを抜け、閉まる扉まで追ってきた初めの攻撃は、その後の電柱に時々ぶつかる動きとはかけ離れている。
秋人はその矛盾点から長谷川の場所を特定した。
初めの攻撃は、爆弾に視覚があると思わせる長谷川の策だった。しかし緩奈の能力を知る秋人にそのブラフは通用しなかった。逆に居場所を教える結果となってしまったのだった。
「覚悟しろよ。俺の能力は無傷で敵を捕らえられるような穏やかなものじゃない。勿論、そう努力する気も微塵も無いがな」
秋人はただ真っ直ぐに長谷川との距離を詰める。
「ぐ、グレネード・ランナー!!」
長谷川は最後の抵抗に黒光りする爆弾を発現させる。
「ハッタリならやめとけ。自分を巻き込んで攻撃出来るならやってみろ」
「あっ」
長谷川は自分に被害が出ることに今気が付いた。その隙に、爆弾には構わず秋人が飛ぶように長谷川との距離を詰める。
「ひっ!」
この距離で長谷川が秋人に敵う事など万に一つもない。
「ぶほぉッ!?」
秋人の拳は長谷川の横っ面を見事に捉える。横に思い切り振られた頭に錘が取り付けられる。
「まだ倒れられると思うなよ」
「ひぇ?」
意識が遠退きながら長谷川が返答する。
錘に引かれ、突っ伏すように倒れ込もうとする長谷川の顔面を、秋人は蹴り上げ、再び地面に引かれる頭の後頭部に引く足の踵を思い切り打ち込み、そのまま土下座するような体勢になった長谷川の頭を豪快に踏み付け、地面にめり込ませるようにして叩き伏せた。
二発目から意識を失っていた長谷川から秋人は無線機を奪う。
『撤退しよう、長谷川』
『諦めて帰ろうぜぇ』
口々に意見する長谷川の仲間に秋人が言葉を返す。
「いや、続行だ。全員見張りを続けろ」
無線機で声色までは判断出来なかったようで、三人の仲間が了解の意を返してきた。
秋人は無線機を腕無し土下座をする長谷川に放る。
「狩りの時間だ」
秋人は事態に気付いていない残りの敵を一網打尽にすべく動き出す。