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グレネード・ランナー-1

「ん……朝、か」


 瞼越しに光を感じ、秋人はゆっくりと目を覚ました。

 カーテンの隙間から差し込む光が当たらない位置に転がり、手を伸ばして目覚まし時計を掴む。薄目を開けて時刻を確認すると、短針が十の辺りを刺していた。

 今日は土曜日。学校は休みなので、いつもに比べて遅い時間まで寝ていたのだ。


 秋人は携帯に着信が無いのを確認して、ベッドからのそのそと起き上がり服を着替えた。

 そして階段を降りてリビングに行くと、いつもならテレビでも見ているはずの母親が居らず、そこはやけに静まり返っていた。


「出掛けたのか?」


 出掛けるにしては早い時間だが、母親は不在なようだった。秋人はテーブルに置かれたメモに気付いた。


『ハルちゃんと買い物に行ってくるね。夕方には帰ると思うから。』


 メモには縦長の字でそう書かれていた。字と内容からして母親の残したメモだ。


「春香と買い物か。珍しいな。ん?」


 メモをテーブルに戻そうとした所で、秋人はもう一枚メモがある事に気付いた。


『お買い物に行ってくるね!はるか』


 丸々とした字でそう書かれたメッセージは間違いなく春香からのものだ。


「わざわざ二人共からは必要ないだろ……」


 母親がメッセージを残すのを見て、春香も残したくなったのだろうと予想出来た秋人は軽く苦笑し、同じ内容の書き置きに一人ツッコミを入れた。


 秋人はメモをテーブルに置いてからキッチンへと向かい、食パンにハムとチーズを乗せ、更にはマヨネーズをかけた物を二枚、トースターに入れた。これは秋人のお腹に貯まるものが食べたい時の定番だ。お昼が近い事もあり空腹だったのだ。


 良い具合に焼けたトーストを皿に乗せ、グラスに牛乳を注いでから秋人はソファに腰掛けた。

 そして手を合わせてからトーストにかじりついた。


――コン


「あん?」


 秋人は二口目を目前に聞こえた音の方へと顔を向けた。音がしたのは庭に面した窓からだ。窓の向こうはカーテンがあるため見えない。


――風……いや、違うな


 風にしては音が違う。あれは何か硬い物が窓に当たった音だと秋人は思った。


――コン……コン……


 何度となく窓に何かが当たる。


――泥棒か?


 秋人は窓から目を逸らさなかったので見逃さなかった。カーテンに日光を背負った何かの影が写るのを。

 秋人は口の前で停止していたトーストを皿に戻し、大袈裟に足音を鳴らして窓に近づく。泥棒ならばこれで逃げて欲しいと秋人は思った。

 時間を与える意味でカーテンを開けるのに少し手間取る振りをし、秋人はそれからカーテンを開け放った。


「なっ!?」


 そこで目にしたのは泥棒などという生易しいものではなかった。


 バスケットボール程の大きさの艶々した黒い金属の玉が、羽もプロペラも無しに丁度秋人の顔と同じ高さに浮かんで窓硝子を叩いていたのだ。


「組織の刺客かっ!?」


 秋人が事態を把握するとほぼ同時に、黒い金属の玉は窓から一度距離を取り、勢い良く秋人に向かって突進した。


――突き破る気か!!


 秋人はとっさに窓の前から飛び退いた。


 しかし予想に反して金属の玉は窓を割れなかった。大きな音を立てて窓に衝突こそしたが、ヒビも入っていない。防犯対策に秋人の母親が割れ辛い硝子に変えていたのだ。


――カチッ!


 しかし結果的に窓は打ち割られる事になった。


 何かのスイッチが入るような音の直ぐ後に、黒い金属の玉にバレーボールの縫い目のような亀裂が走り、外郭を吹き飛ばして爆発したのだ。

 爆発と言っても光も炎も出さない、音だけの不自然なものだ。炸裂した、と言う方が相応しい。

 外郭を吹き飛ばし命中させる事でダメージを与える能力なのだと秋人は理解した。


「ちっ!!」


 狭い屋内では対処出来ないと判断し、秋人は舌打ちを残して直ぐさまリビングから走り出す。窓を割った金属の玉は爆発して消え、庭から更に三つ同形の玉、否、爆弾が現れる。

 秋人はソファをなぎ倒してリビングから飛び出し、玄関へと走る。爆弾はその後を追ってリビングを飛び抜けた。


 靴を履いてる暇はない。秋人は走りながら片手で玄関の靴を拾い、もう片手で勢い良く扉を押し開く。そして外に出て直ぐに蹴り付けて扉を閉めた。爆弾の追撃から逃れる為だ。

 しかしギリギリの所で爆弾が一つ、閉まる扉の間に滑り込んでその身を挟ませる。


「糞っ!!」


 秋人は体当たりするように扉に身を寄せて押さえ込む。


――ガンッ!ガンッ!!


 向こうから爆弾が扉にぶつかる衝撃が、扉を押さえる秋人に伝わる。そしてカチリとスイッチが入る音が聞こえた。


「ま、まずい!爆発で押し開かれる!!」


 扉が開けば、当然扉に挟んでいる爆弾は自由になる。扉を押さえる秋人との距離は余りに近い。この状況で挟まれた爆弾が自由になればダメージを受ける事は確実だ。

 かと言って扉を押さえるのを止めて離れても爆弾は自由になる。

 秋人は爆発までの一瞬で打開策を思考した。


「加重しろ!!」


 秋人は玄関の扉を殴りつけ、錘を取り付ける。


 扉を重くしたところで爆発の衝撃で扉が開くのは抑えられない。しかし重くなった扉を爆弾が『押して』開く事は出来ないだろうと秋人は踏んだ。

 つまり爆発までの僅かな間は、爆弾を扉に挟んだ状態のまま秋人は扉から離れる事は出来るのだ。


 スイッチが入ってから爆発までの時間は至極短い。秋人は直ぐに走り出し二段しかない階段を一足で飛び下りる。着地と同時に後方で二発の爆発音が響いた。

 衝撃で扉が開け放たれた。

 玄関の扉に挟まれていた爆弾は解放され、真っ直ぐに秋人へ向かって飛来する。


 秋人は観音開きの門の扉を駆け抜けそこで立ち止まった。


「森の能力と違って、今回の敵は位置が特定し辛いな……」


 秋人は既に迫る爆弾から敵へと意識を向けていた。


「森の能力は狙撃の能力だった。緩奈のような遠隔操作じゃない」


 そして今回の爆弾を飛ばす能力は緩奈の蝶の能力に酷似している。

 秋人はフライ・ビュレットの能力者である森との戦いで、遠距離戦を仕掛けてくる相手との相性の悪さを嫌と言う程味わった。しかし今回の敵はそれ以上に厄介だと秋人は思った。


 玄関から放たれた爆弾が眼前まで迫る。


「緩奈に……はあ、携帯は部屋か。緩奈の協力は得られないか」


 秋人はポケットに手を当て、何も入っていないことに嘆息した。


 そして秋人は全力で門の扉を閉め、飛んできた爆弾に扉を叩きつけた。

 衝撃で爆弾にスイッチが入り、秋人と扉を挟んだ向こうで爆発する。


「さて、どうしようか」


 秋人は初めての遠隔操作型の敵との戦いの最中でも落ち着いていた。頭で情報となすべき事を整理する。


 秋人の選択肢は二つ。


 まず一つは、近接戦闘が苦手だと予想出来る相手に近付く、つまりは一人で敵を倒す選択だ。

 そしてもう一つは、逆に敵から離れ、安全地帯まで逃れて仲間と連絡を取る選択である。


 どちらにもリスクがある。

 前者は敵がチームで行動している可能性が高く、森の時以上に一人ではない確率が高い事。そして敵の居場所を特定する為に、何度か攻撃に晒される危険を冒さなくてはならない。

 後者のリスクは、敵の射程圏が分からない事だ。もしかしたら異常に広い可能性もあるし、緩奈のように円形の射程だとして、どこを中心に能力を展開しているかも分からない。

 何よりこの敵の能力が、本当に緩奈と同じような遠隔操作の能力なのか確信がない、という点が問題だ。

 ある条件の下、秋人を自動で追尾する新しいタイプの能力かもしれない。そうなると逃走は困難であり、無駄な場合もある。


 秋人が思考を巡らせながら靴を履いている間に、新たな黒い球体が姿を現す。


「向かうも退くも、今は逃げるしかないか……」


 秋人は迫る爆弾に背を向け、走り出すしかなかった。

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