スキル・インストール-6
デジタル表示の目覚まし時計が電子音を鳴らす。電子音は一秒も経たず止められ、麗奈は待ってましたと言わんばかりにベッドから飛び起きた。
ピンクのカーテンを勢い良く開け放ち、明るくなり始めたばかりの空を見上げる。
寝ていた事が信じられないぐらいに異様に眠気がない。麗奈はこぼれる笑みを抑えられなかった。
「今日からまたよろしくね」
麗奈は自分の足を軽くさすりそう言った。以前までは筋肉質なこの足が嫌いだったが今は愛おしく思える。
昨日は嬉しさの余りに走り過ぎ、今日は筋肉痛だがそれも心地良い。
麗奈は素早く制服に着替え、洗面所でバシャバシャと顔を洗う。順番を間違えた気がするが構わない。今は一刻も早く走りたくて仕方ない。
「おはよう!」
リビングに行くと姉の緩奈と母親が既に起きていた。
「おはよう。今日は早いのね」
「いつも通りだよ!」
「ふふふ、そうだったわね」
緩奈はにこやかにそう返した。一週間前ならばいつも通りの時間だ。
「おはよう麗奈。今日からまた朝練?」
「うん!だからお母さん、ご飯急いで!」
「はいはい、今準備するわ。全く勝手なんだから」
最近元気の無かった娘の調子が元に戻り、身勝手な注文にも満更でもない様子で母親は答えた。
出された朝食を一気に食べ終え、身支度を整えて直ぐに麗奈は家を飛び出した。
待ちきれず麗奈は学校までの道のりを全力で走る。
――走れる!あたし走れてる!
鞄を持ち、革靴で走っているから本調子ではないが、それでも分かる。かつての自分の力が戻っているのが。
昨晩は眠るのが怖かった。起きたらまた元のようになっているかもしれないと思ったからだ。
しかし、こうしてまた走る事が出来、風を感じるとその不安は吹き飛んだ。
弾む息も高鳴る鼓動も全てが気持ち良い。
「あはっ、秋山さん達にまたお礼言わなきゃ!」
昨日も散々お礼を言ったが、麗奈はそれでも足りなかったと後悔した。
麗奈は道路脇に止められた車の窓に映る自分の走る姿に目を奪われ、前方への注意が疎かになった。
「きゃっ!」
「おっと」
曲がり角から人が現れた事に気付いた時には既に避けられない距離だった。
麗奈は衝突を覚悟して目を瞑ったが、その相手はヒラリと横に避けた。そして麗奈が転ばないように腰に手を回し引き付け、麗奈を胸に抱きながら踊るようにクルリと回転し勢いを殺した。
「あ……」
「そんな急いでどうしたんだ、麗奈」
「秋山さん!あ、あわわわ、すいません!」
角から現れたのは秋人だった。
抱き締められたような状態だった麗奈は謝って直ぐに離れる。
「今日からまた陸上部の朝練に参加するんです!もうあたし楽しみで!」
「だからか」
麗奈の様子に秋人は軽く微笑み納得した。
「秋山さん達のお陰です!ありがとうございました!」
深々と頭を下げる麗奈に、秋人は構わないと笑顔で答えた。
「張り切るのは良いが怪我をしては仕方がないからな。気を付けて行けよ」
「はい!」
秋人はそう言うと軽く手を振って去っていった。
「あれ?」
麗奈は手を振って見送りながら、秋人が来た道を戻っている事に気が付いた。
そもそも秋人が歩いてきた道は高校とは方向が違う。
「そう言えば登校にはまだ早いし……あ!」
麗奈はもしかしたら昨晩の不安は自分だけのものじゃなかったのかも知れないと思った。
――あたしの様子を見に来てくれたのかな?
昨日から感じていたが、一見素っ気なくて冷たい雰囲気の秋人だが、触れ合えばこんなにも暖かく優しいのだと、麗奈は秘密を知ったような気持ちになって嬉しくなった。
「えへへ、益々憧れちゃうなぁ」
麗奈は知り合いになった事をクラスメートに自慢してやろうと思っていたが、秘密にしてこっそり優越感に浸る事にした。
麗奈は再び学校へ向けて走り出した。さすがにさっきのは相手が秋人だったから無傷だったのだと反省し、今度は駆け足程度の速さだ。
「あ!」
今度は前から見覚えのある高校生が歩いてきた。身長の低い眼鏡をかけた男子、新平である。
「酒井さん!おはようございました!」
「独創的な挨拶ですね。おはようございました、麗奈さん」
おはようごさいますと、ありがとうございましたが混ざり、麗奈は訳の分からない挨拶をしてしまった。
それでも新平が返してくれたので麗奈は良しとした。
「気になったので会えるかと思って早めに家を出たのですが、その様子だと大丈夫そうですね」
新平の家からならばこの道は高校への通学路だ。だが早めというレベルの時間ではない。
麗奈は姉の知り合いはお人好しばかりだなぁと苦笑した。
「お陰様でこの通りです!ありがとうございました!」
麗奈はその場で大袈裟に足踏みしてから頭を下げた。
「じゃあ余り引き留めるのも悪いですから僕はこれで。車に気を付けて下さいね」
「はい!」
新平は手を振り、高校に向けて歩いていった。麗奈は新平が角を曲がるまで手を振り見送った。
麗奈は透き通った空を見上げて大きく息を吸い込む。
清々しい空気を胸の隅々まで行き渡らせると、昨日までの憂鬱が嘘のように気持ちが軽く晴れ渡っていた。
「よっし!」
麗奈は両手でパチンと頬を打ち、ほんわか緩んだ気持ちに気合いを入れ直し、学校へ向かって再び駆け出して行った。