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スキル・インストール-5

 夏目は必死に対策を考える。


 まず思い付いたのは、今不要な技術を手放し空き容量を増やす事だ。

 技術を手放すには、魚を元の持ち主に触れさせ体内へと返さなければならない。

 そしてそれが可能な今この場にいるのは秋人と麗奈の二人のみ。秋人から技術を引き抜く為に空き容量を増やすのだから、実質の選択肢は麗奈の一択だ。


 麗奈に返せる技術はたったの一つ。

 果たしてそれに少しでも効果があるのか疑問なところだ。

 そもそも全容量を使っても秋人の戦闘技術全てを引き抜けるかも分からない。

 更に麗奈に技術を返す為には麗奈に接近しなくてはならない。麗奈を守るように立つ秋人を突破するのは不可能だ。


「このまま大人しくやられるつもりはねぇよ……」


 戦闘技術を奪い尽くせないならば秋人との戦闘は危険過ぎる。ならば夏目が取るべき道は一つだった。


「戦略的撤退ってやつだ!」


 夏目は自分の体内に入れていた秋人の技術を引き抜き、別の魚を胸に押し付け技術を身に付ける。

 秋人と麗奈は直感的にその魚が誰の技術かを理解した。


「あばよ!!」


 夏目は振り向き、一気に走り出す。そのフォームは依然ビデオで見た、鮮麗された無駄のないフォーム、麗奈の技術を駆使したものだ。


「秋山さん!」


 麗奈が秋人を見る。その顔は安堵の笑顔だった。

 秋人の役割はここまでなのだ。秋人の役目は麗奈を守り、夏目を逃走させる事だった。後は校外に出る所を緩奈が見つけ、新平が捕らえるという算段だ。


 否、算段だった。


「麗奈はここにいろ。緩奈が迎えに来るはずだ」

「え?秋山さんは……秋山さん!」


 麗奈の問いに答える暇はなく秋山は夏目を追って走る。訳の分からない麗奈もその後に続いた。


 夏目を捕らえる策をとったのは、新平の起こした不良のあの事件があったからだ。

 新平の時と同じように、この一件も真相を暴き、事を起こした原因を取り除けば解決できると踏んだからだ。


 しかし夏目と対峙して秋人はそれでは解決出来ないと感じた。


 その直感の原因は新平と夏目の決定的な一つの違いだ。

 実情に苦しみ、その解決策として道を踏み外してしまった新平と違い、夏目の行動理由はただの好奇心と実に軽薄なものだ。

 夏目の周囲の環境には行動の原因がない。故に秋人達には解決出来ない。何より夏目自身が能力を抑制する気がない。彼は例え今持ってる技術を手放しても、今後また同じ事をすると秋人は思った。


 秋人は聖職者じゃない。優しく道を説く事など出来ない。

 能力者が夏目に出来る事は唯一つ。行った事に対して相応の罰を与える事だけだ。


 それが夏目に対する抑止力になると秋人は思ったのだ。


「宣言通り、か……」


 秋人は夏目に対して言った言葉を思い出し、そして新平と戦った時の事を思い出して呟いた。


 秋人は走り夏目を追うが、秋人の身体能力でも、常に磨き続けた技術を有する夏目との距離は縮まらない。


 夏目は方向転換し、教室に飛び込んで扉を閉めた。

 秋人は夏目を追い、その扉に手を伸ばす。すると、


「スキル・インストール!!」

「なにっ!?」


 扉をすり抜けて現れた釣り針が秋人の胸に突き刺さった。


「スキル・インストールは人体にしか触れられない。つまり物体はすり抜けるんだよ」


 秋人の技術を奪う際も夏目が自身に釣り針を刺したときも、服に穴を空ける事はなかった。秋人は完全に見落としていた。

 扉の向こうで夏目がほくそ笑んでいるのが分かり、秋人は舌打ちをする。

 何を失おうと大した問題ではないと秋人は判断し、魚を引き抜かれながらも秋人は扉に手を伸ばそうとした。しかし、


「な、に……!?そうか、しまった!」


 秋人はそこで引き抜かれた技術が何なのかを理解した。


「忘れちまったか?扉の開け方をよぉ」


 夏目が引き抜いた技術は『扉を開ける技術』だ。


「じゃーな!今後の人生、せいぜい頑張って扉を開けるんだな!ゆっくり考えれば出来るだろうからさ!」


 扉の向こうの夏目の声が遠ざかる。

 ここは一階、教室を抜けて窓から出れば簡単に逃走出来る。


 秋人は普段通りに扉を開けなくなってしまった。

 知識を失った訳ではない。窪みに手を当て、力を込めて、と頭で整理しながら順々に課程を踏んでいけば開けられる。

 だが余りに時間が掛かる。


 魚は扉の上の小窓から夏目の所へ行ってしまったので取り返せない。麗奈も走ってきてるが、到着して扉を開けて貰うにはやはり時間が掛かることに変わりない。


――ガラッ


 扉の向こうで窓が開く音が聞こえた。


「仕方ない」


 秋人はそう呟いて扉から距離を取り、そして思い切り扉を蹴りつけた。


「なっ!?」


 夏目は窓枠に足をかけた状態で振り返り、事態に目を白黒させて狼狽した。

 枠から外れた扉が教室へと飛び込んでいく。


「普通に開けられないならば、別の方法で開けるまでだ」

「くそっ!」


 夏目は窓から外に飛び出し、窓を閉める。そして秋人から窓を開ける技術を奪おうと、釣り針を発現させようとした瞬間、


「同じ手は喰わない」


 秋人が窓を突き破った。


――む、無茶苦茶だ!!


 秋人は窓を突き破った勢いで夏目の周囲に浮かぶ一匹の魚を掴む。


「返して貰うぞ」


 秋人は魚を自身の胸に押し当て、体内に入れる。

 取り戻した技術、それは一番初めに奪われた『喧嘩作法』とでも言うべき秋人本来の戦闘スタイルの技術だ。

 夏目を裁く準備が着々と整う。


――こ、殺される!?


「ひ、ひいいいいいい!!」


 夏目は一心不乱に走り出す。渡り廊下を潜り抜け、茂みを突き抜ける。


「す、スキル・インストール!!」


 夏目は体から麗奈の技術を抜き、別の魚を体内に入れる。

 今度入れたのはピッキングの技術だ。懐から準備していた道具を取り出す。


「開け!さっさと開けよ!!」


 夏目が駆け寄り鍵開けを試みたのは、例の教師が学校に置きっぱなしにしていた黄色いスポーツカーだ。運転技術とピッキングの技術があれば車で逃げられると夏目は思ったのだ。

 しかし鍵穴に道具がうまく刺さらない。

 それは夏目の心理状態によるミスではない。車の鍵の開錠には別の道具が必要であり、そして別の技術でないと開けられない。

 知識のない夏目にはそれが分からなかった。


「どうなってんだよぉ!!」


 半分泣きそうになりながら懐から別の形の道具を取り出した。

 しかしそれが鍵穴に触れる事はなかった。


「発動」


――ヒュン!!


「へ?」


 夏目は目の前を何かが通り抜けるのを感じた。そして手元を見て端的に何が起きたかを理解する。


「ひ、ひいいいいいいいいい!?」


 手に持っていた金属の棒がポッキリと折れていたのだ。

 夏目は反射的に折れた道具を手放し、尻餅をつい。

 秋人が上杉と戦った時と同じように石を撃ち込み命中させたのだった。


「追いかけっこはおしまいだ。夏目」

「イヤだ……イヤだイヤだ!!」


 秋人がゆっくりと夏目に近付くと、夏目は地面に尻を摺りながら後ろへと下がる。

 すると夏目の手が何かに当たる。


「独走しないで下さいよ。冷や冷やするじゃないですか。秋山先輩って意外に熱くなりやすいタイプですよね」


 夏目の触れた物、それは新平の足だった。


「麗奈!怪我はない!?」

「お姉ちゃん。秋山さんが一緒だったから大丈夫だよ」


 直ぐに緩奈が現れ、秋人の後ろにいた麗奈に駆け寄る。

 そして鋭い視線を夏目に向けた。


 夏目は完全に囲まれていた。


「うわああああ!!スキル・インストール!!」


 夏目は策も無しに新平に向かって釣り針を発現した。


「良く考えろよ。ラストチャンスだ」

「ひっ!!」


 釣り針は新平には届かなかった。肩越しに現れた秋人の右手が、糸をガッチリ掴んだのだ。

 左手は夏目の首を後ろから掴んでいる。


「今からこの釣り針をお前の中に入れる。お前は『能力を操る技術』を引き抜け。そうすれば五体満足で日常生活に戻してやる。誤魔化したりふざけた真似をすれば……分かるな?」


 秋人は左手に少しだけ力を込めた。首を掴まれている夏目は頷く事も首を横に振ることも出来ない。

 秋人は夏目の返答を待たず、釣り針を夏目の額から体内へと入れた。

 そして引き抜くと、釣り針には深紅の魚が食い付いていた。

 他の魚とは違う色であり、魚が引き抜かれると同時に指先から発現していた糸と針が消えた事から、秋人は夏目が大人しく指示に従ったのだと理解した。


「新平、回収してくれ」

「はい」


 新平は夏目から赤い魚に群がるようになった青白い魚群を瓶に入れていく。

 しかし、一匹の魚だけが赤い魚から離れた位置を漂っていた。

 その魚の先には麗奈がいる。

 麗奈はその魚にゆっくりと近付き、そしてそっと手で触れた。


「迎えに来たよ……」


 秋人が自分の技術を見分けられたように、麗奈にも分かったのだろう。それが自分の技術だと。


 そして魚は波紋を残し、麗奈の体に戻った。

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