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スキル・インストール-2

 麗奈が落ち着いてから、三人は詳しく事情を聞いた。

 走り方を忘れてしまった日に不審な人物を見なかったか。他に自分と同じような境遇の人を知らないか、などである。


 麗奈は特別変わった人物との接触はなかったし、突然同じように何かを忘れてしまった人を知らないかと言われても思い付かなかった。

 しかし変わった事がなかったか?と秋人に言い換えて貰うと、思い当たる事がいくつかあった。


 かなりの実力だと噂のボクシング部の部長が、新入生の素人の練習に付き合い滅多打ちにされたり、英語の教師の発音が急に悪くなったりしていた。


「そう言えば、いつもはスポーツカーに乗って登校する先生が最近はバスで来てる……」


 思い直せば次々に不審な出来事が出てくる。麗奈は正体不明の超常現象が急に怖くなり、自身の体を守るように肩を抱いた。その肩を緩奈が優しく包み、麗奈は少し安心した。


「ボクシング部の部長は『戦いの技術』を、英語教師は『英語を話す技術』、走り屋先生は『運転の技術』を失ってますね」


 新平の言う通り、麗奈の『走る技術』同様に技術を失っている人がこれほどいたのだ。


「あ、でも英語の先生は直ぐに元に戻りました」


 麗奈が自分もそのうち元通り走れるのではないかと期待を込めて秋人を見る。


「……なるほど、敵の能力が分かってきた」


 秋人は小さく呟いた。


「まず敵は『技術を失わせる』のではなく『技術を奪う』能力だと見て間違いない」


 秋人の言葉に緩奈と新平の二人が頷く。麗奈は当然訳が分からないと首を傾げた。


「能力?」

「超能力のようなものだ」


 当然の疑問に秋人が答える。

 にわかに信じられないが、実際に訳の分からない状況に立たされている本人である麗奈は、喩え『宇宙の神秘により――』などと言われても今は信じる他無かった。


「超能力者があたしを走れなくしたんですか?」

「ああ。まず間違いないな」


 麗奈に疑問や疑いよりも一つの不安が生まれる。


「あ、あの、そんな訳の分からない超能力者に反発して秋山さん達は大丈夫なんですか……?」


 以前のように走れないのは胸が張り裂ける程に辛い。麗奈は陸上が大好きな事が今は心底辛かった。元に戻れるならば何としてもでも戻りたい。だがその為に誰かが危険な目にあうのは嫌だった。


「……本当に緩奈に良く似てる」


 秋人はそんな麗奈に微笑みかけ、隠し通すのは不誠実だと思った。


「安心して良い。俺も能力者だ」

「え!?じゃああのダンスは……」

「それも安心して良い。丸々二日間みっちり練習して正攻法で身に付けたものだ」


 麗奈は憧れが打ち砕かれなかった事にほっと胸を撫で下ろした。


「えっと……じゃあもしかして酒井さんも?」

「はい。僕も能力者です」


 新平も麗奈の思いやりに誠実に答える事を選んだ。


「俺と新平は能力者だ。だから心配は――」

「私もよ」


 嘘は吐きたくない。だから秋人は緩奈に詮索の手が伸びない内に区切りを付けようしたが、緩奈がそれを遮った。


 秋人が妹には知られたくないのではと思い気遣ってくれたのは緩奈も理解出来たが、例え表面上であっても仲間じゃないフリはしたくなかったのだ。


「お姉ちゃんも!?」

「ええ」


 緩奈は麗奈の目の前でバタフライ・サイファーを出して見せ、麗奈は感嘆の声を漏らした。


「俺と新平と緩奈は能力者だ。だから心配しないで良い」


 秋人は言い直して麗奈に聞かせ、麗奈はそれでも心配だったが頷いた。


「話しを戻す、敵の能力は『技術を奪う能力』だ」


 単なる嫌がらせにしては狙いすましたように同じ技術を持った者が被害を受けないのは可笑しいし、怨恨にしては逆に無差別すぎる。

 それなりに高い技術を持った者だけが狙われているのを見ても、技術を奪い我が物にしていると考えて間違いなかった。


「そして恐らく敵が干渉出来るのは『技術』だけだ。『知識』までは奪えない。『英語を発音良く話す技術』と『英語の知識』は別だ」


 つまり推理が正しければ英語教師の技術を奪っても、日本語と同じように英語を話したり聞いたり読んだり出来る訳ではない。

 これは麗奈が走る事そのものでなく『理想的なフォームでは走れない』という部分的な技術の欠如からも予想出来た。


 敵の能力は前述した無意識の領域に限り奪う事が出来る能力と見て間違いなかった。


 予想が正しいならば、英語の知識の基に成り立つ『英語の発音が良くなる技術』は、英語を読めるし書けるし話せるが、発音に難有りという人にしか効果はない。

 もしかしたら『アルファベットを綺麗に早く書く技術』なども奪われていたかもしれないがそれも利用価値は低い。

 何にせよ英語教師の英語に携わる技術は、敵には不要な技術だったのだろう。だから手放した。

 だが麗奈の奪われた技術は違う。


「じゃああたしの走る技術は……」


 走るという行動の上に成り立つ『理想的なフォームで走る技術』は走れる人間ならば効果がある。

 実際に既に技術を奪われて一週間。奪った者が技術を試すには充分すぎる時間が経っている。

 技術が戻っていないという事は奪った者が有用と判断し、所有を決めたということだ。


 時間は解決してくれない。


 見出した一つの希望が無くなり麗奈は肩を落として落胆した。

 しかし逆に秋人は麗奈の話から糸口を掴み微笑んだ。


「落ち込む必要はないぞ麗奈。明日にでもこの問題は解決出来る」

「「え?」」


 三人の声が重なる。


「あ、秋人!犯人が分かったの!?」

「恐らくな。今にでも取り返しに行きたいが能力が能力だ。万全の準備をしてから挑む。だから解決は明日だ」


 秋人はお茶を一気に呷って飲み干した。


「ご馳走様。それじゃあ俺は明日の準備をする。また明日な」


 秋人はもう一度麗奈の頭をクシャクシャと撫で、緩奈の家を後にした。

 残された三人は犯人の目星をつけようと、その後一時間程うんうん唸って思考を巡らせるのだった。

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