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スキル・インストール-1

 秋人と緩奈、そして新平の三人は最近ではアジトを利用する事が多かったので、今日は久しぶりにいつもの喫茶店へとやって来ていた。


 いつも通り客は秋人達の他には居らず、喫茶店には静かな時間が流れている。


「新平、あの、言いたくないなら良いんだけど、二人はあの後どうなったの?」


 二人とは上杉と掛布の事である。ずっと気になっていたのか、緩奈が紅茶の入ったカップを弄りながらおずおずと新平に切り出した。


「国外に飛んで貰いました」


 新平はホットココアを啜りながらいとも簡単に、そして当然といった具合に答える。


「放り出した訳じゃないので大丈夫ですよ」


 ポカンとしている緩奈と秋人に見当外れの説明を付け足す。


「海外の別荘に行って貰ったんです。何度も飛行機を乗り換えさせましたし、言葉も通じませんから、恐らく自分が今いる国がどこなのかも分かってないと思います。身の回りの世話は常駐しているお手伝いさんに頼んだので問題ありません。大学には休学届けを出させました」


 新平はメンタル面を考慮し、二人を別々の場所へと送る事はしなかったと秋人と緩奈に報告した。

 つまり別々に出来たがしなかった、別荘は一つじゃない、という事だ。


「……到着は明日か明後日になるので報告しなかったのですが、不味かったですか?」


 口を開けて固まってしまった二人の顔を覗き込み、新平はオドオドと尋ねた。


「い、いや、新平に一任した事だしそれで大丈夫だ」

「ええ、それで何の問題もないわ」


 むしろ戦線から引き離すならば、国外追放は命や体の自由を奪う方法の次に安心できる方法だ。

 新平が定期的に別荘の使用人に連絡を取ると言っているし、なんら問題はない。


 しかし殺してはいないと秋人は思っていたが、むしろ羽を伸ばしている事実に緩奈と共に溜め息をついた。そして改めて見せつけられた酒井家の財力に畏怖にも似た感情を抱くのだった。


「そういえば、今日は緩奈さんから何か話しがあるんですよね?」

「そうだったな」


 酒井家の食卓を妄想していた秋人の意識は新平の一言で現世に戻ってきた。緩奈も別荘での日常の妄想から戻ってくる。


「そうなの……今日はお願いがあって呼んだのよ」


 緩奈は咳払いを一つ挟み、座り直してお尻の位置を修正し、姿勢を正してから真剣な表情で話し出す。

 秋人と新平は緩奈の表情に悲壮感を感じた。二人も自然と姿勢を正した。


「妹の抱える問題を解決する手助けをして欲しいのよ……」

「俺達に頼むって事は相当厄介な問題か、それとも能力者絡みか?」


 秋人の問いに緩奈は首肯した。


「どうも妹は能力による攻撃を受けたみたいなの……でもこれはたぶん組織とは関係がない事だと思うの……」


 組織の人間ならば、悪戯(いたずら)に所在を明かすような行動は慎むだろう。何か目的があれば別だが、緩奈の様子からそのようには伺えない。


「だから『お願い』って訳ですね」


 緩奈が頷く。

 明確な取り決めの元に三人が協力関係を築いている訳ではないが、組織が関係していないならば仲間とはいえその問題に手を貸す理由も首を突っ込む理由もない。

 能力者が関わっているとはいえ、区分するならばそれは俗世的なプライベートな問題と言える。


 秋人達は正義の味方でもなければ慈善事業をしている訳でもない。

 端的に言ってしまえば緩奈の妹がどうなろうと全く関係の無いことなのだ。


 何より組織と対立し、いつ戦闘が行われてもおかしくない状況の今、無闇に能力者として行動して姿を晒す事も、体力を消費する事も大きなリスクを伴う。


 それが分かっているからこそ緩奈はかしこまって二人に協力をお願いしているのだ。


「放っておけないの……どうか力を貸して」


 緩奈は無茶を承知で頭を深く下げた。


「妹は緩奈に似ているのか?」

「え?」

「いや、事情を聞きに会いに行かなくちゃならないが、事前にある程度心の準備をだな」

「っ!じゃあ……!」


 緩奈は下げていた頭を上げ、秋人を見つめる。秋人は少しだけ微笑んだ。


「緩奈は一人でもその能力者を探すんだろ?」


 緩奈は勿論と頷いた。秋人は呆れた様子で苦笑する。


「言ったろ?お前は必ず守る。そんな危険な真似一人でさせられるか。それに何より他ならぬ仲間の頼みだ。尽力しよう」

「ありがとう!」


 新平が冷めたココアを一気に飲み干し席を立つ。


「心の準備をするなら早めに済ませて下さいね。行動を起こすなら早い方が良いですよ。早速妹さんに会いに行きましょう」

「新平……!」

「緩奈さんの頼みなら喜んで引き受けますよ。それに秋山先輩がやるのに僕がやらない訳ないじゃないですか」

「ありがとう、新平……」


 秋人もコーヒーを飲み終える。


「行こう」


 涙目の緩奈も頷き立ち上がり、三人は喫茶店を後にした。






「はぁ……」


 緩奈の妹である麗奈(れいな)は本日何度目か分からない、肺の空気を全て抜くかのような大きな溜め息を吐いた。

 溜め息を吐くと幸せが逃げるというが、それが真実ならば一生分の幸せが離れていっただろうと彼女は思った。


「どうしちゃったんだろうなぁ、あたし……」


 トボトボと歩く中学校から自宅への帰り道、彼女は一人呟いた。


「ホント、どうしたんだろうあたし……」


 再び呟き、麗奈はまた大きな溜め息を吐いた。


「ただいまぁ……」

「おかえりなさい!」


 自宅の玄関に座り、ノロノロと靴を脱いでいると姉の緩奈が急ぎ足で駆けてきた。


「麗奈、遅いわよ!ちょっと来なさい!」

「どうしたのお姉ちゃん?」


 テンションに絶望的な差を感じながら、麗奈は緩奈に袖を引かれ客間へと連れて行かれる。

 そこには姉の緩奈が通う桜庭高校の制服を着た男子が二人、並んでお茶を啜っていた。秋人と新平である。


「お邪魔しています」


 新平はにこやかに挨拶をし、秋人も小さく頭を下げた。


「ど、どうも」


 状況の掴めない麗奈は軽く会釈し、緩奈に耳打ちをする。


「ちょっとお姉ちゃん、どういう事?」

「良いから座ってなさい。麗奈の分のお茶を用意してくるから」


 緩奈はその場に麗奈を残しキッチンへと姿を消した。麗奈は気まずいながらも仕方なく座布団の上に腰を下ろした。


「初めまして、酒井新平です。緩奈さんに良く似て美人さんですね」


 新平は麗奈の様子などお構いなしに挨拶し、照れも裏も無しににこやかにそう言って手を差し出した。

 確かに麗奈は緩奈と同じすらっとした綺麗な容姿をしている。身長も年齢の割には高く、髪の毛を二つに結んでいなければさぞかし大人っぽく見えただろう。


「は、初めまして。先崎麗奈です。姉がお世話になってます」


 麗奈は新平の手を握り握手してそう答える。今時挨拶で握手する人なんていたのだと麗奈は思ったが、これは友達のいなかった新平が過去に一人で何度となくシミュレーションした挨拶なので、違和感があるのは仕方がなかった。


「秋山秋人だ。よろしく」


 秋人は手を差し出さないが、新平同様に少し微笑みかけてくれているように麗奈は感じた。

 麗奈は秋人の顔に見覚えがあり、記憶を探る。


「あっ!」

「コラ、一体どうしたのよ?」


 麗奈が短く声を上げ秋人を指差すと、丁度お茶を盆に乗せて戻ってきた緩奈がその手を(はた)き落として尋ねる。


「文化祭のダンスの人だ!ほらっ前に話したじゃん!飛び入りでダンスした人がいたって!」


 お茶を置き、盆を抱いた緩奈が秋人に視線を向ける。秋人は首を振って否定する。


「飛び入りじゃない。二日間みっちり練習した」

「紹介してってお願いした時お姉ちゃん知り合いじゃないって言ったのに!嘘つきー!!」


 秋人の言葉を華麗にスルーして麗奈は頬を膨らませて緩奈を非難した。


「嘘じゃないわよ。最近知り合ったの」

「お姉ちゃんばっかりズルい!」


 何がズルいのかと緩奈は額に手を当てて嘆息した。


「初めまして!先崎麗奈です!」

「あ、ああ」


 今度は麗奈から握手を求め、勢いに負けて秋人はそれに応えた。


「校外でも有名人ですね」


 その様子を新平は嬉しそうに眺め、緩奈は溜め息を吐いた。


 煌々とした瞳で秋人を見つめていた麗奈が思い出したように疑問を口にする。


「そう言えば、酒井さんと秋山さんがどうして家に?というか何であたしがここにいるの?」


 二人は緩奈の友人であり、麗奈はこの家の子なのだから不思議ではないが、こうして同じ空間でお茶を啜るのは些か不自然だった。


「麗奈の悩みを解決しに来てくれたのよ」

「そっか……」


 それを聞いて麗奈は肩を落とした。自身でも原因が分からないこの悩みを、今さっき出会った二人が解決出来るとは思えなかったからだ。


「力になれると思うんだ。話してくれないか?」


 秋人が促すと麗奈はコクリと頷き、ゆっくりと話し始めた。


「あたし陸上部なんです。短距離が得意で、こう見えて結構速かったんですよ」


 現役でありながら速かったと過去形で話す彼女に、秋人と新平は問題の末端を感じた。


「でも一週間前の練習からあたし、おかしくなっちゃったんです」

「おかしくなった?」


 新平の確認に麗奈が頷く。そして中学校指定の通学鞄から手持ちタイプの小さなビデオカメラを取り出し、部屋のテレビに繋げる。


「フォームの確認とかで使うビデオカメラです」


 何か解決の糸口が掴めないかと麗奈がたまたま借りていたカメラの映像を、四人で見る事になった。


「これが大体一ヶ月前のあたしです」


 それは走るフォームの確認の為、真横から撮影された映像だった。

 タイムは分からないが鮮麗されたその走りに無駄は無く、結構速かったと言う麗奈自身の言葉に偽りはなかった。


「これが五日前のあたし……」


 そして次に同じような方法で撮影された映像が流れる。秋人と新平はその映像に唖然とした。


 同一人物が走っているとは思えない、文化系の子にありがちな実に女の子らしい走り方の麗奈がそこに映っていた。先程の映像を見る限り、素人目に見ても真面目にやっているように思えない。


「これ、は……?」


 秋人がテレビから麗奈に視線を戻すと、麗奈は情けない自分の映像を見て涙が堪えられず顔を手で覆い、緩奈が震える肩を抱いていた。

 そこに先程までの明るくはしゃいでいた麗奈の姿は無かった。


「ふざけたり、怪我をしている訳じゃないんです……だけど、『走り方が分からなくなっちゃった』んです……」


 人は何かを繰り返す程に、その行動に対する無意識の領域が増えていく。意識として脳から信号するのでなく、反射として体が素早く反応出来るようになったり、慣れで体の動きが理想的な形に矯正される。それが所謂『上達』である。

 アスリートにしろ格闘家にしろ、それは同じ事である。


 そしてある瞬間に自身を見つめ直した時、無意識の領域が広がりすぎて自身の欠点に気付けなかったり、その無意識の領域を修正出来ない事がある。

 それが『スランプ』である。


 麗奈の話しだけを聞けば誰にでも訪れるスランプに思えるが、実際に映像を見るとそうでない事は明らかだった。

 手の平を可愛らしく中途半端に開き、腕を回すように横でフリフリ走るのがスランプの訳がない。


 麗奈が『走る技術を失った』のは一目瞭然だった。


「辛かったな」


 秋人は泣きじゃくる麗奈に優しく微笑みかけ、頭を軽く撫でてやった。


「もう大丈夫だ。俺達に任せておけ」


 麗奈は俯いて泣きながらも、頭に感じる優しい感触に何度も頷いた。

 秋人の表情は麗奈に向けた優しい笑顔から一瞬、敵を見据え氷のように冷たい表情に変わったのは誰も見ていなかった。

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