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トレイン・ライン-4

 緩奈は救急車で東桜庭町の隣町にある大学病院に運ばれた。傷自体は酷くないが頭の怪我という事で、二、三日入院して経過を見る事となった。


 警察が一応の取り調べに来たが、分からない、見ていない、覚えてないと緩奈は返答し、通り魔の犯行として捜査される事となった。


 秋人達は直ぐに病院に向かったが当日は警察の事情聴取や医師に面会を遮絶され、その後も腫れ上がった顔を見られたくないと、緩奈は秋人と新平だけでなく他の友人家族全ての面会を断った。

 病院には携帯電話の使用を制限する目的で電波が届かない。

 情報を誤差なく共有する為に、上杉と掛布からの情報の引き出しは緩奈が退院してから行う事となった。


 そして戦いから三日後。

 秋人の痣だらけだった手足の傷も、未だに湿布を貼って包帯を巻いてるがだいぶ良くなっていた。


「かーえろっ!秋人!」


 いつも通り、ホームルームの終了と同時に春香が秋人の下へと駆けてきた。


「悪い、今日は予定があるんだ」


 今日は緩奈が退院する日である。最後に検査をしてからなので丁度放課後の時間が予定されていた。

 緩奈を残して敵を追って以来直接会えていない秋人は、新平と迎えに行く約束をしていたのだ。


「……女の子?」


 事情を知らない春香は大きな瞳を細め、秋人をじっと睨む。


「ただの友達だ」


 ただの、ではないが秋人はそう答えた。


「や、やっぱり女の子なんだ!うぅ……最近、お休みの日も遊んでくれないし……私、捨てられちゃったの?」


 春香は驚きで一度目を大きく開き、そして直ぐに涙で瞳を潤す。春香の肩が震えだし、小さな体が尚更小さく見える。


――ま、まずい!!


 秋人は一気に冷たい汗が噴き出すのを感じた。上杉のカウンターが『1』になった時以上に狼狽しているのを秋人自身感じた。


 春香の欠点の一つ、泣き虫が今まさに発揮されようとしていた。


 春香は一度泣き出すとなかなか泣き止まない。秋人が頭を撫でようとお菓子を与えようと涙が止まらなくなってしまう。そして何よりその後平静を取り戻した春香自身が自己嫌悪に陥るのを秋人は知っていた。


――今ならまだ間に合う!!


 まだ涙は零れ落ちていない。声も上げていない今ならばまだ引き戻せると、秋人は必死に対策を講じる。


「捨ててない!捨ててないから大丈夫だ!!」


 そもそも所有した覚えがないと秋人は思ったが、それは今問題ではないと捨て置いた。


「うぅ……う、うぅ……」


 涙が目の縁に溜まり、表面張力でギリギリ耐えている。瞬きでもしようものなら今にも零れ落ちるだろう。


――やばい!やばいぞ!


 この「うぅ」が「うわーん」に変わった瞬間、秋人の手に負えなくなる。

 春香自身もなんとか堪えようとスカートを両手で力いっぱい握り締めるが効果がない。

 震える両手を見て秋人の顔色は真っ青になっている。


「帰ろう春香!一緒に帰ろう!なっ?」


 周りの男達からの突き刺さる視線も今は些細な問題にすらならない。


「い、い、良いの……?」

「ああ!よく考えればさして重要な用事でもなかった!」


 大切な用事だが背に腹は変えられない。


「わ、わ、私の事、嫌いになったんじゃ、ないの……?」


 嗚咽混じりに春香が秋人を見上げる。言葉を返せるようになった春香の良い兆候を見逃さず、秋人は強攻策を仕掛ける。


「なるわけないだろう!さあ、共に帰ろうぞ!」


 秋人は春香を小脇に抱え、恐ろしい形相の男達と、秋人の大胆さに頬に手を当て惚ける女達を掻き分け足早に教室を後にした。






 結局秋人は緩奈の退院のタイミングに間に合わず、架橋下のコンテナのアジトで二人と落ち合った。


「……すまん」


 秋人は何故か新平に頭を下げて謝っていた。

 新平は口を尖らせ、秋人から視線を真横に向けていた。


「春香先輩に負けました」


 約束を無碍にされた事よりも春香を優先した事に嫉妬していたのである。


「……ああなったら仕方ないんだ」


 無論、秋人は待ち合わせの約束を破った事に対して謝っている。


「ねえ、私の退院を祝う予定だったんじゃないの?」


 蚊帳の外の緩奈が口を挟むと秋人は緩奈を睨み、緩奈はニヤニヤと笑った。


「ふふ、桃山春香のお陰で珍しい物が見れたわ。秋人があんなに焦るなんてね」


 緩奈は口に手を当てコロコロ笑った。

 緩奈はバタフライ・サイファーで教室の様子を見ていたのだ。自身の迎えに来なかったのは確かに寂しかったが、秋人のあの様子見れた事で満足していたのだった。


「新平、ホール・ニュー・ワールドで緩奈の記憶中枢を削り取ってくれ……」

「僕、知りません」

「あら、そんな事言って良いの秋人?この傷、まだ痛むんだけどなぁ」


 緩奈は頬に貼った大きな湿布を指差した。

 腫れは殆ど引いたが青痣となっていた。頭の傷は見えないが、目立つこの傷は緩奈にとってもそうだが、秋人にとっても苦々しいものだった。

 この傷は自分がつけたも同然だと秋人は責任を感じていた。


「もう、馬鹿正直に落ち込まないでよ」


 頭を垂れて俯いてしまった秋人に緩奈は溜め息をついた。


「すまん……」


 今日は誤ってばかりの秋人だった。


「あれは私が勝手にやった事でしょ?」

「いや、あれは俺がさせた事だ」

「じゃあそういう事にしといてあげるから元気出しなさい?」

「次は必ず守る。二度と傷つけさせやしない」


 秋人は真っ直ぐに緩奈を見つめ断言した。


 緩奈の湿布に隠れていない方の頬が赤く染まったのを新平は見逃さなかった。不機嫌なのを忘れ、新平はその様子に微笑んだ。


「それじゃあ、その傷をつけた張本人に登場して貰いましょう」


 新平はそう言って、通学用の鞄から二つの瓶を取り出しテーブルに置いた。上杉と掛布がそれぞれ入った瓶だ。


 秋人にボコボコにやられた上杉と、空気の出入りを制限され酸欠に陥った掛布は翌日まで気絶していた。

 その間に怪我の治療を施し、必要最低限の物質と共に瓶の中に戻した。


 生きるという一点では問題ないが、ドラム缶程の大きさの瓶の中で三日過ごしたのが堪えたのか、二人は秋人達の問いに正直に答えた。



 まずウルトラ・セブンの能力者、上杉良太郎。

 彼は東桜庭町から線路を挟んだ北側、緩奈が入院していた病院のある仙宮町(せんぐうちょう)に一人暮らしをする大学生であるという。

 能力は幼い頃から目覚めていたが、そこまで組織に長くは所属しておらず、組織についての情報は殆ど知らなかった。

 組織と関係を持ったのは任務で戦闘中の檜山と出会ったのがきっかけだと言う。



 そしてトレイン・ラインの能力者、掛布。本名は掛布定正(さだまさ)

 彼も上杉と同じ大学に通う学生であり、仙宮町に一人暮らしをしているという。しかし上杉とは学年も学科も違い、接点は組織の同じチームに配属されたというだけである。

 上杉同様、掛布も組織の情報は殆ど持っていなかった。

 掛布は最近になって自身の能力に気付き、力を試していた所を檜山に誘われ組織に加入したと言う。


「なかなかに狡猾な組織だな」


 秋人の言葉に緩奈と新平は頷いた。


 前線に出る組織の末端には、敵に捕らえられても構わないよう必要最低限の情報しか与えていないのだろう。

 どれほど口が堅くても、口を割らせる能力者がいないとも限らない。


「そのチームというのはなに?」


 掛布の自身の説明にあったチームという言葉の説明を緩奈が求めた。上杉は顔を見るのも嫌なので掛布に向かって。


「裏切り者が出たり、俺達みたいに誰かが敵に捕まった時、芋蔓式(いもづるしき)に組織が解体されないようにしたシステムだ。何人かを組織が選び、その者達でチームを組む。チーム以外の組織のメンバーは一切明かされない」


 掛布の説明の続きを上杉が引き取る。


「俺達のチームは三人。俺、掛布、リーダーの檜山の三人だ」


 つまりそのチームは全滅である。年齢では檜山が一番下だが、戦闘経験や能力の質でリーダーというポジションとなっていた。


「休日、檜山を公園に居させたのは誰の案だ?」


 秋人は引っかかったその問いを上杉に尋ねる。

 檜山と上杉はどちらかといえば本能で動くタイプに思え、あんな消極策をするように思えなかった。更に最近になって能力に目覚め、組織に加入したばかりの新参者の掛布が二人を抑えられるとも思えなかった。


「俺達二人で見張ってたが、あれは幹部からの命令だ」

「幹部?」


 新平の確認に上杉は頷き説明を続ける。


「チームのリーダー何人かを束ねるお偉いさんだ。更に何人かの幹部を束ね、命令するのが組織のボスだって聞いた事があるがそれも憶測だ」


 一人のトップ、つまりボスが何人かの幹部を従え、更に幹部がチームのリーダーを、そしてチームのリーダーが末端の構成員を動かす訳である。


「俺達が知ってるのはそれだけだ。他のチームの構成も、幹部の連絡先も何も知らない」


 掛布はそう言って説明を終えた。


「……予想以上に大きい組織なのかもしれませんね」


 余りに巨大な集団に喧嘩を売ってしまったのではないかと、後悔などはしないが新平はふと思った。


 一チームを三人として、二チームを束ねる幹部が二人、ボスを一人と最低人数で単純に計算して十五人いる事になる。

 それがただのチンピラならば良いが、一人一人が力を持つ能力者だ。


 最低でも残り十二人いるのだと新平は考えた。


 だが秋人と緩奈の考えは違う。


「意外に小さい組織かもしれないぞ?」

「そうね」

「「え?」」


 新平の声と瓶の中の二人の声が重なる。


「他のチームなんて無いかもしれない。組織を巨大に見せるのは敵だけじゃなく味方にも良い効果があるからな」


 裏切り者の抑制、自信、志気の向上、むしろ味方の方にこそ効果がある。


「もしかしたら幹部なんて者もいないかも知れないわ。残るはボス一人ってパターンも有り得るわ」

「でも檜山を待機させて、刺客を送る予定だったんですよね?最低でもボスと刺客の二人はいるはずですよね?」


 緩奈は新平の問いに首を振った。


「その刺客がボスって事も有り得なくはないのよ」


 新平は最低でも残り十二人だと思っていたが、実際は一人のパターンもあったのだと気付いた。


「まぁ逆に幹部の上に更に幹部がいたり、超巨大組織の場合もあるけどな」


 つまり上杉と掛布の確信のない情報は一切なんの役に立たないという事だ。


 その後も組織についてだけでなく能力について尋ねるも、目新しい情報は無かった。


 そうなると焦りだすのは上杉と掛布だ。

 二人は役立たずの用無しである。これ以上生かす価値など微塵も無い。


「さて、この二人だが……」

「「っ!!」」


 秋人が切り出す。

 二人は瓶の中でビクリと跳ねた。ドクドクと心臓が早鐘を打ち、汗がダラダラと流れ出す。


「僕に任せて貰えませんか?」


 秋人の言葉を遮るように新平が乗り出した。

 秋人と新平は少しの時間視線を交え、秋人が頷いたのを見て新平が瓶を鞄に仕舞った。


 その後、三人はお茶を飲み干しそれぞれの帰路についた。


 結局、上杉と掛布からは今後の活動を左右するような、有益な情報は何も得られなかった。

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