トレイン・ライン-3
無人の赤いスポーツカーは先のT時路を曲がれる訳がなく、そのまま電柱に轟音と共に激突した。
新平は電柱を抱き抱えるように変形したボンネットを一瞥する。
「確実に廃車ですね」
線路から解放された新平が、手中の瓶に捕獲された掛布を見下ろしそう言った。
「……まだ終わってない」
掛布は新平の顔を見ずに小さく呟く。
「貴方の能力じゃ脱出は出来ませんよ」
「正確には終わったんだ」
掛布は今度は全く逆の台詞を吐き、新平は首を傾げた。
「戦いは終わっていない。だが、俺の役目は終わった。時間稼ぎはもう必要ない」
「なんだ掛布?やられちまったのか?」
「っ!?」
唐突に声を掛けられ新平が振り返る。
声の主は白のパーカーを血で赤く斑模様に染めた男、上杉だった。
その異常な風貌から、先ほどまで激しい戦いを演じていた事が見て取れる。
――秋山先輩の相手か!?
新平は目を見開き酷く狼狽した。
秋人の相手がここにいるということは、つまり秋人がやられたという事だ。
「あ、有り得ない……」
思わず新平は呟く。絶望に足が震える。秋人が倒されるなど新平には到底信じられなかった。
上杉は新平の様子などお構いなし戦いの準備に入る。
「俺の能力、ウルトラ・セブンは宣言した行動を七回目で成功させる能力だ」
自身の能力の説明をする事で上杉は発動の条件を満たす。
そして新平を指差し、
「『上杉良太郎は』『酒井新平を』『殺す』」
宣言を完了させ、自身の隣に『7』と表示するカウンターを出現させた。
「そ、それは……?」
「分からないならそれで良い。時間が無い。一瞬で終わらせるぜ」
「っ!!」
上杉は矢の如く走り、新平との長い距離を詰める。
新平には目で追うのがやっとという、常人からかけ離れた速度に感じた。
その速度にも驚いたが、それ以上に重要な台詞を今上杉が言ったのを、新平は聞き逃さなかった。
――時間が無い!?
この一言が新平は引っかかった。確かに騒ぎを聞きつけて人が集まるのは時間の問題だ。
だが、それはほんの些細な問題だと言える。
――先輩が……!秋山先輩が追ってるのか!!
新平がその答えに辿り着く。
新平は秋人を信用するならばそう考えなくてはならないと、自分の気持ちを叱咤した。
「行くぞ掛布!!一気に決める!!」
「指図するな!トレイン・ライン!!」
瓶の中に隔離はされたが無傷の掛布が線路を展開する。
線路は迫る上杉から左右上下にアーチを描き、全てが新平に向かっている。
「やられる訳には、いかない!」
新平の意識が真っ直ぐに戦闘へと向かう。意志は闘志と混ざり合い、かつてないほどの集中力が生まれる。
新平にとって、秋人が向かっていると分かれば畏れる物など何もない。
「行くぞチビ助!!」
上杉と新平との距離が縮まり、上杉が線路を殴り付ける。線路がその拳を更に加速させ新平へと滑走させる。
「うっ!!」
上杉の拳はいとも簡単に新平の顔を捉える。
拳が切る風も、生じる音も、何もかもが衝撃に遅れてくる程に速い。新平の目は一瞬の軌跡しか捉えられなかった。
「うおらああああ!!」
続けざまに上杉が逆の拳を滑走させる。
「喰らうかっ!ホール・ニュー・ワールド!!」
新平はダメージがない違和感に戸惑いながらも上杉の拳を瓶でガードした。
線路の加速は確かに厄介だが、これは攻撃箇所を宣言しているも同義だ。
新平は線路の出口全ての前に瓶を構える事で攻撃を見切れなくても防げると踏んだ。
「嘗めるなよ!トレイン・ライン!!」
「くっ!!」
更に線路の数が増える。
線路でブロックを生成する事が出来るのだから、新平の瓶の限界、五つを越える事など容易い。
――くそっ!どの線路から来るんだ!?
新平は目を凝らして上杉の攻撃に備える。だが、
――ドゴッ!
「線路を経由しなくても攻撃は出来るんだぜ?」
上杉の蹴りが線路に隠れた死角から新平の脇腹を捉えた。
カウンターが『5』を表示している。
「くそっ!!」
新平は一度立て直すべく距離を取ろうと一歩後ろへ下がる。が、
「逃がさない」
「っ!?」
「分かってるじゃねぇか掛布!」
足下に線路が敷き詰まれていて、上杉の前へと押し戻される。
離れる事も出来ない。
「残りは三だ!!」
線路を滑走し加速した拳が新平の顎を振り抜き、死角からの蹴りが鳩尾に突き刺さる。
まるで息を吹き返したが如く掛布のトレイン・ラインが猛威を振るう。まさに『支援系』の名の通り上杉のサポートでこそ真骨頂を発揮している。
「線路を使えるのはアンタだけじゃない!」
新平が上杉と自分を繋ぐ線路に瓶を走らせ、加速させて上杉へと放つ。
「ああ、そうだ。だが俺からすれば加速した所で余裕で回避出来る!」
上杉の高い身体能力からすれば新平の瓶の速度など、走り屋から見た安全運転のスクーターのようなものだ。
楽々と線路を滑走してきた瓶を避ける。
続いて死角から放った瓶も避けられる。
「猿真似しか出来ないのかチビ助!!」
上杉の拳が再び新平の顔面を捉えた。
カウンターの数字は早くも『2』になった。
凄まじい速度を誇る上杉と離れられず近距離でやりあうのは絶望的だった。唯一アドバンテージのある射程距離も掛布に潰され、この距離では手も足も出ない。
――す、凄まじいコンビネーションだっ!!
トレイン・ラインとウルトラ・セブンの連携に新平は圧倒される。
「オラアアアアアア!!」
「ぐはっ!!」
上杉の飛び膝蹴りが新平を顎から打ち上げ、カウンターはあっという間に『1』となった。
――まだか!?まだなのか!!
新平はウルトラ・セブンの概要が一切掴めていなかった。上杉を攻略するには余りに早い展開であった。
だが新平は一つの攻略法を既に確保していた。そしてその攻略法の鍵となる物を待ち続けていた。
「はっ!全く手応えの無い奴だ!これで終わりだ!」
――間に合わないのかっ!?
上杉は拳を振り上げ、線路に狙いを定める。
「ん?」
しかし、上杉は何かに気付き攻撃を止めた。
――着た!!
新平はニヤリと笑う。
「おいおい、なんだこの歌は?どっかの美少女アニメの曲か?」
新平の携帯が歌う可愛いらしい着信音だ。
それを聴いて上杉が吹き出し額に手をあて、もう片腕で腹を抱えて笑う。
「ぶはははははは!!レクイエムにしてはお粗末だな!!」
しかし新平は上杉よりも高笑いしたい気分だった。
「レクイエム?それは違いますね。これは勝利のファンファーレですよ」
「……なんだと?」
上杉が新平をギロリと睨む。
新平にとってこの着信音は待ちに待った至福の音だった。
なんとか時間を稼ぐ事が出来たと新平は安堵した。
新平が右手をポケットの携帯を取る為に動かそうすると、同時に上杉の手がピクリと動く。
無言のままで、取ればその隙に攻撃すると言っている。西部劇のガンマンのように真剣な表情で二人が見つめ合う。
「僕、この曲のメロディーは好きなんですけど、サビの歌詞だけはどうしても好きになれないんですよね」
新平は不意にそう言った。
雰囲気に合わない可愛いらしい歌が、独り善がりのまま盛り上がっていく。
「取れよ。その耳障りな曲を今すぐ止めてくれたら、お返しに息の根を止めてやる」
上杉は不敵に笑い、新平も口角を上げて応えた。
そしてとうとう曲が最高の盛り上がりへと差し掛かったその瞬間、新平の右手が勢い良く動く。
見計らったように上杉の左右の拳が線路を殴り付ける。
「電話に出ると思いました?」
「っ!!」
曲が止まらない。
新平は右手を素早く少し動かしただけで携帯へと手を伸ばさなかった。
代わりに上杉の左へすれ違うように走り出していた。
「素早く攻撃するために間違い無く線路を使うと思いましたよ」
すれ違い様に新平は上杉に囁いた。
無意味だと分かっていながら攻撃の軌道は変えられない。パンチは振り抜くしかない。
――いや、どうせ足下に線路がある!元の位置に戻って攻撃の餌食だ!
上杉は思い直し足下を見る。
「な、に!?」
そこに線路はない。
――死角から攻撃した時か!?
あの時すでに足下の線路は削り取っていたのだ。
「逃がすな掛布!奴を線路で取り囲め!!」
上杉は怒号を飛ばし、その数瞬後パンチを振り抜く。
「駄目だ!」
「なんだと!?」
上杉が振り向き状況に気付く。
「視線が通らない!奴の進路に線路は敷けない!!」
掛布の入る瓶は新平の真後ろで浮いていた。
掛布は見えない所に線路は敷けない。背中が邪魔で見えず前方に線路を敷くことが出来ないでいた。
「トレイン・ラインは嫌という程味わいました。既に克服してるんですよ」
新平はそう言って、走りながら携帯の通話ボタンを押した。
「逃げられると思うな!!」
上杉が新平を追いかける。
勿論、身体能力で劣る新平が愚直に逃げる訳がなかった。
新平は家の塀を削り庭へと入り、そして能力を解除して塀を塞いだ。そしてその先も同じように走り抜ける。
「掛布!サポートしろ!!」
「分かってる!指図するな!!」
掛布は穴を塞がれる塀に線路のアーチを架け、上杉の追随をサポートする。
障害物を消して真っ直ぐ走る新平の移動速度よりも、掛布の能力での僅かな手助けがある上杉の方が上回った。
上杉に追いつかれるのは時間の問題だが、新平はそれでも全力で真っ直ぐに走る。
――なぜだ?
ふと疑問を抱いたのは瓶の中の掛布だ。
――なぜ俺の能力を封じない?
新平が対処した事から、視線が通らなければ能力が使えないというのは周知の事。ならばポケットなりに瓶を入れ、視線を完全に封じれば同時に能力も封じられる。
だが新平はそれをしない。
――まさか……!?
気付いた時には手遅れだった。新平が携帯を閉じ、足を止めたのだ。
目的地に到達したのだ。
「来るな上杉!!これは――」
「少し黙っててください」
新平が瓶への空気の出入りを不許可にした。空気を振動させて伝わる音は遮断される。
「追い詰めたぜチビ助!追いかけっこは終わりだ!!」
掛布の声は届かず上杉が塀を越えて姿を現す。
「死ね!チビ助!!」
上杉は迷いなく新平へ飛びかかる。
しかし新平は微笑みを浮かべてそれを眺めていた。
「頭が悪いですね。掛布さんは気付いたのに」
「っ!?」
上杉の渾身の一撃はあっけなく掌に納まった。
「迎えに来て貰ったみたいだな、新平」
「あ、あ、あ、秋山……!!」
上杉の攻撃を止めたのは新平ではない。秋人だ。
ウルトラ・セブンの宣言に含まれない秋人には上杉の攻撃を見切る事など容易い。
新平はただ逃げていた訳ではなかった。真っ直ぐに秋人に向かって走っていたのだ。
闇雲に走り出してしまえば、秋人と出会えず上杉に追いつかれてトドメを刺されてしまう。
秋人と最短ルートで出会わなければならないが、それ為には秋人の位置の情報が必須なのだ。だからこそ新平は上杉と対峙した不利な状況で待ち続けた。
緩奈からの連絡を。
そして間一髪の所で何とか勝機を掴むことが出来たのであった。
無論、秋山も蝶に導かれ、真っ直ぐにここへ来たのだった。
「秋山先輩、緩奈さんは……?」
電話で聞いた弱々しい声を心配し、上杉を無視して新平が尋ねる。
「説明は後だ。ここに来るまでの間に救急車を手配したから心配するな」
そう言いながらも明らかに心配している秋人に新平は苦笑した。
「さて」
「うっ……!」
秋人が上杉に歩み寄る。上杉は自然と後退りする。
「策は間違いじゃありませんでしたが、仲間に時間稼ぎさせるのは弱点を晒すようなものでしたね」
独りきりだった秋人と新平それぞれを、わざわざ引き離す策を取ったのは間違いじゃない。上杉の能力を考えれば正しい。
だがそれ故に能力自体を理解していない新平が複数人は相手出来ないという弱点に気付き、迷いなく秋人と合流する事となった。
「あ、あぁ……」
新平は秋人の後ろで身構え、サポートをするように秋人の周囲に瓶を展開した。
上杉は情けない声を出し、ジリジリと後ろに下がる。そして背中を塀に押し付け、それ以上下がる事が出来なくなった。
どっと汗が噴き出し、今にも泣き出しそうな上杉の表情に、秋人と新平は満面の笑みで応える。
「うわああああああ!!ウルトラ・セブン!『秋山秋人は』『上杉良太郎を――」
「先輩、僕をご指名のようです」
「みたいだな」
「はうっ!?」
新平の瓶がピクリと動くのを見て上杉が宣言を止める。
「いや、やっぱり俺にやられたいみたいだな」
「いやああああああああ!!」
結果、上杉は秋人の拳撃を体中に浴びせられ、頭部への回し蹴りで意識を手放し、新平に捕獲されるのだった。