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トレイン・ライン-2

 酒井家の家訓は『恩にも仇にも倍返し』だ。

 目には目を、歯には歯を。古い考えだがそれが幼い頃から培った新平の行動理念だ。

 秋人が与えてくれる無償の暖かい優しさには一途な愛を。

 緩奈が自分に信頼を置いてくれるならば、際限無い努力と最大限の成果を。

 そして、切り裂くような殺意には漆黒の闘志で応える。


「覚悟してもらいます……相応の罰を」


 新平には命を奪う事に対する躊躇はない。それは秋人が檜山との戦い以降悩み苦しんでいる事に関係している。

 秋人が出来ないならば代わりに自分が全ての敵の命を刈り取り、そしてその業を背負う覚悟をしていたのだ。


 新平の目は真っ直ぐ前を見据えていた。


 新平は一度大きく息を吸い、そして吐く。

 体は異様な程熱く火照っているが、頭の中はクールに冷静に保たなくてはならない。


「敵の能力が分かってきた」


 新平はこれまでの攻撃で敵の能力の概要を掴んできた。それを整理し、対策を思考する。


 分かった事は三つ。


 まず一つは、『線路に触れた物を滑走させる』という事。

 体験すれば当然分かる事だが、この微妙なニュアンスは体験しても理解していなければ分からない。

 『触れた物を滑走させる』、つまり触れている状態では線路は発現出来ないという意味である。

 待ちとも言える攻撃方法がそれを顕著に表しているし、現に線路は地面から若干浮いている。


 敵を打ち倒す為に新平は自身の能力の射程、三メートル以内の接近戦を挑まなければならない。一切動かなければ敵の能力に掛からないと分かったのは大きな一歩だ。


 次に、面での攻撃を仕掛けてきた時に感じた違和感の真相も理解した。


 なぜ壁の攻撃を渋り、ハードルの攻撃を繰り返したか。

 それはやはりしなかったのではなく、出来なかったのだと新平は推察した。

 しかし出来なかった原因は能力の制限故ではない。単純に思い付かなかったのだろうと新平は確信した。


 敵の能力は緩奈のような『諜報系』の能力程ではないが、秋人や檜山、森のように攻撃的な『戦闘系』の能力でもない。

 新平自身の能力に近い、能力そのものに攻撃性の殆ど無いサポートに適した能力、『支援系』とでも言うべき能力だ。


 自分が組織のように多数の能力者を持ち、その能力者を運用するならば『支援系』の能力者はまず戦闘には出さない。

 理由は単純に向いていないからだ。


 今回のように時間稼ぎなどでこそ実力を発揮出来る。今回の組織の運用も正しいと言える。


 しかし、だからこそ敵は面での攻撃が思い付かなかったのだと新平は思った。つまり経験不足なのだ。


 ハードルでの攻撃を繰り返し、面での攻撃の直後にブロックでの攻撃。発想は悪くないがどれも同じ系統の攻撃である。

 新平が思い付いた攻撃方法すら仕掛けてこない。


「経験という点では勝ってますね」


 同じ『支援系』の能力者でありながら、野良故に新平は幸運にも実戦経験がある。

 更に短い期間ではあるが、切れ者の秋人の側で過ごした事が新平を成長させていた。だから戦闘中という極限状態でも冷静に筋道を立てて敵の能力や状態を推理出来る。


「そして最後に分かった事、それは『恐らく敵から姿を現すだろう』という事」


 新平は口に出して整理するように呟いた。

 敵にとって姿を見せる事はリスクしかないように思える。しかし新平は自分の後ろ、約二メートルから線路が次々に消え、突破した罠も消えていくのを見て、それを確信していた。







「どうなってる……」


 掛布は思わず呟いた。


「一体どうやって攻撃を凌いでいるんだ?」


 正確な数値までは分からないが、掛布が線路から感じている位置や重さから間違い無く新平は線路を滑走している。

 だからこそ仕掛けた攻撃全てをすり抜けている事を理解出来なかった。


 新平のホール・ニュー・ワールドは、秋人が腕を失った事に気付かなかったように削り取った相手に違和感を与えない。

 線路に伝わる感触を感じられる掛布のトレイン・ラインを以てしても削られている事には気付けなかった。

 だから、まるで幽霊のように新平が線路の関門を通り抜けているようにしか思えなかったのだ。


「くそっ確かめるべきか……?」


 掛布は疑心暗鬼に陥っていた。


 新平が攻撃をすり抜けているのは能力によるものだとは分かる。だが『攻撃をすり抜ける』というだけでは真相は掴めない。


 本当にただすり抜けるだけの能力かもしれないが、全くかけ離れた能力かもしれない。


 その考えが掛布を悩ませる。


――滑走しているのは本当に酒井新平なのだろうか?


 そう考えるのは必然だった。


 時間稼ぎが掛布の真の目的であり、酒井を仕留めるのは言ってしまえばオマケだ。

 無理をする必要はない。攻撃が効かないならば効かないで問題ないのだ。

 だが、攻撃を仕掛けたお陰で、と言うべきか、仕掛けたせいで、と言うべきか、どちらにしろ線路に乗っているのが本当に新平なのかが疑わしくなった。


 能力で既に脱出しているならば、掛布は本来の目的の為にも直ぐに追跡しなくてはならない。


 その判断をするために、新平の存在を確かめなくてはならない。しかしそれは危険過ぎる。


 掛布は完全に能力を晒してしまっている。対して新平の能力は一切分からないからだ。


「だが、このままという訳にも行かないな……」


 疑いを持ってしまった以上、運任せに滑走しているのが新平だと想定して作戦を続行する訳にはいかない。


「大丈夫だ……線路に居ないならば追えば良い。居るならば脱出出来ないって事だ」


 さすがに危険を感じる掛布だが、そう考え不安を押し込めた。

 新平の存在と能力を確かめるべく、掛布はアクセルを踏む足を緩めた。

 掛布は車に乗っていたのだ。


 掛布の能力、トレイン・ラインは出せる線路の量こそ多いが、出す位置は視線の届く範囲でなくてはならない。

 新平を線路に乗せ続けるならば、先行してレールを敷き続けなくてはならないのだ。


 自身も線路に乗らないのには訳がある。単純に運動神経が悪いのだ。

 掛布の能力は射程が長く、制限が限りなく緩い。それ故の反動だった。


「さあ、姿を見せろ……酒井新平」


 掛布はバックミラーを睨み付ける。


 そして線路から感じる新平がカーブを曲がり視線に入った。






 新平は勢い良くカーブを曲がる。すると線路の終わりが見え、その先を赤いスポーツカーが走っていた。車の後方から次々に線路が組み立てられている。


「あれが敵か!」


 新平は狙い通り敵が現れた事に不敵に微笑んだ。


 通過する後に線路が消えているのを見て、新平は敵が自分の位置を把握している事に気付いた。

 触れていない攻撃用の線路も消えている事で、『何かが走ったら自動で消える』のではなく、意志で消している事は確実だった。

 そして、幾度となく繰り返される同じパターンの攻撃に敵が自分の能力を把握していない事も推理出来た。

 故に敵が不安になるのも予想出来たのだ。


「厄介な能力だった。付け入る隙が無い、厄介な能力だった。だが、どうやら能力者の心の隙には付け入る事が出来たみたいですね」


 新平は自身の射程に限りなく近付いた敵に賛辞を送りながらも、厄介な能力『だった』と過去形でその健闘を讃えた。


 掛布はバックミラーで新平の姿をしかとその目に捉えた。


「っ!やはり脱出はしていなかったか!!」


 ならばこれ以上姿を晒す必要はない。掛布はアクセルを一気に踏み込もうとした。しかし、


「はっ!?」


 線路に感じる新平の重みが一気に軽くなり、バックミラーへ視線を戻す。


 新平は掛布がアクセルを踏み込み距離を再び取ろうとする前に、左から右へ一気に瓶を振り抜き、自身の左右の膝を削り取ったのだ。

 そして大きくした別の瓶で自分を背中から思い切り殴り付ける。


「ぐ、がはっ!」


 背中への強烈な一撃が一瞬呼吸を止める。

 苦痛に表情を歪めながら、車の上空へと自身を吹き飛ばした。


 掛布の見るバックミラーに打ち上げられるその姿が一瞬だけ写った。


――ガシュッ!!


「なっ!?」


 掛布が反応する間もなく屋根を削られ、後部座席に新平が激しく着地した。

 衝撃で吹き飛んだので、着地というよりも墜落といった方が正しい程に乱雑な突入だった。


「げほ、げほ……二度と、自分自身は殴りたくないですね……激痛ですよ」


 掛布のせいだと言わんばかりに新平が呟く。


 車内、一メートルもない距離。新平は微動だにせず掛布を攻撃出来る位置にとうとう迫った。


 呼吸を取り戻し、新平は直ぐに運転席に視線を向ける。


 そこに掛布の姿はない。


「ドライブならば一人で楽しめ!!」


 たった今、掛布は車外へ飛び出したのだ。


「トレイン・ライン!!」


 アスファルトの地面に叩きつけられれば只では済まない。

 掛布は自身を能力で受け止めようと線路を発現させた。


 運転手を失った車に乗りながらも新平は冷静だった。


「ええ、それも狙い通りですよ。確認の為に近付いて来るのも、車に乗り込めば脱出するのも、全て予想通りの狙い通りです」

「ふんっ下らない負け惜しみを!!」


 掛布を線路が受け止める。無事に脱出は完了した。


「僕の能力は射程三メートル。車内が射程ではありません」

「なっ!?」


 掛布は新平の追撃に目を見開いた。

 自身を受け止めた線路の行く先に、新平の瓶が待ちかまえていた。


 車という物理的な物で能力を遮る事は出来ない。

 新平の瓶は車外で掛布が飛び出すのを待ちわびていたのだ。


「うああああああ!!瓶の進路を変えろ!トレイン・ライン!!」


 迫る瓶の進行方向を変える為、掛布は更に新たな線路を発現させる。

 すれすれの所で掛布は瓶との隙間に線路を生み出し滑り込ませることに成功した。

 瓶は掛布から進路を変え始める。


「ま、間に合った……ははははは!!間に合ったぞ!!あと一歩だったな!酒井新平!!」

「ええ、自分の乗る線路の進路を変えれば凌げたのに。あと一歩でしたね」

「へ?」


 掛布は瓶に目をやり、その中身に気が付いた。


「瓶の中に……小さな瓶……!?」


 みるみるうちに中の瓶が大きくなる。


「それも予想通りの行動なんですよ。線路で防ぐ行動は」


 中に入った瓶は外の瓶と同じ大きさまで徐々に膨れ上がっていく。そしてとうとう線路に触れていた外の瓶を押し砕き、線路に触れていない新たな瓶が姿を現す。


 新たな瓶の出し入れは新平の周囲一メートルでなくては出来ない。その為、線路に支配された瓶の放棄も兼ねてこのような方法を取ったのだ。


「うわあああああああ!!」


 掛布は更に迫る瓶を防ごうと線路を生み出そうとする。しかし自身の能力で加速している今、最初の攻撃すらギリギリだったのに防げる訳がない。


――か、加速している!?ならば何故、酒井新平と会話出来るのだ!?


 掛布はふとそう思い振り返る。赤い自身のスポーツカーは既に遠く離れている。


「気付きましたか?」


 掛布は振り返り事態に気付いた。新平は既に車から飛び出し、掛布の乗る線路に飛び乗っていたのだ。

 そして後方で振り上げた瓶を構えていた。


「どれだけ凌がれても、幾重にも攻撃出来るよう策を講じてあります。さっき『自分の乗る線路の進路を変えれば凌げたのに』って言いましたが後悔はしないで良いですよ。結局助かりませんので」

「ひいいいぃぃぃ――」


――ガシュッ!!


 掛布の悲鳴はその体と共に瓶に削り取られた。

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