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トレイン・ライン-1

 時は(さかのぼ)り、秋人が上杉と対峙したその頃。


「……分かりました。直ぐに向かいます」

『頼んだわよ。出来る限り急いで!』

「はい。そのつもりです」


 緩奈から襲撃の報を受け、新平は学校からの帰路を引き返し走っていた。

 新平も今の秋人の心境を察し、状況が(かんば)しくない事を理解していた。


「一度切ります。バタフライ・サイファーで先導して下さい」

『分かったわ』


 通話を終え、新平は携帯をポケットに放り込む。

 能力の質が高い為か、新平の足は速くない。否、正確に言えば遅いし体力もない。それでも必死に無我夢中で秋人の下へと駆けた。

 それが周囲への注意力を削ぎ、反応を鈍らせた。


「トレイン・ライン」


――カチャッ!


「えっ!?」


 新平は違和感を覚えた足元へと視線を向ける。

 何もない場所に踏み出したはずの右足が、十センチ程の幅の線路を踏み締めていた。玩具のような大きさだがディテールは正しく本物のそれだ。

 線路に触れた足が強力なボンドで接着されたように線路から離れない。


――しまった!能力か!!


 異常はそれだけに留まらない。


「ひ、引っ張られるっ!?」


 線路に乗った右足が、勝手に前へ前へと進み始める。新平はまるでキックボードにでも乗っているように、線路を進んでいく右足を追いかけ、左足で地面を蹴った。


「ふふ、良い旅を……」


 森を始末した時の立役者、トレイン・ラインの能力者である掛布のその声は新平には届かなかった。


「不味いぞ……速度が上がってる……!!」


 線路を滑走する右足はみるみるうちに速度を増している。感じる風も強くなり、段々と地を蹴る左足の負担が増えていく。

 このままではいつかは左足が追いつけなくなり、引き摺られる事になる。早い段階で今の状況を打開しなくてはならない。新平は思索を巡らす。


――線路を削り取るか?


 まず最も安直な案が頭に浮かぶが新平はそれに首を振る。


 既に速度が付いている今、線路を削り取れば慣性の法則で新平は前方に投げ出される事になる。新平には転げ回りながら瓶を的確に操作出来る自信がない。

 もし操作を誤り線路を消し損ね、その線路に顔面を接着などされたら悲惨な事になる。

 後頭部など接着し滑走を始めようものなら尚更大惨事だ。ホラー映画も真っ青な勢いで手足を使い、ブリッジしながら駆け擦り回らなければならなくなる。

 そんな冒険は出来ない。


――靴も脱げないな


 新平には堅く結ばれた靴紐を走りながら解くなんて芸当は出来ない。


 そもそも線路から逃れた所で敵の脅威が消える訳ではない。秋人へと辿り着くまでに幾度となく攻撃してくるはずだ。

 そうなれば時間が掛かる上、秋人の下へ敵を引き連れて行く事になる。

 ならば決断する選択はただ一つ。ここで敵を倒すべきだ。


 考えを巡らしている間にも更に速度を上げていく右足を、新平はとうとう追いかけられなくなってきた。


「……仕方がないな」


 嘆息してから新平は左足も線路に乗せた。両足を相手の支配下に置くのは(しゃく)だが、引き摺り回されたり、足から頭に線路に付け変える事を考えればまだマシである。


 スノーボードに乗るように線路を滑走する新平の携帯が、可愛らしい声でアニメソングを歌い出す。着信だ。


「もしもし」

『一体なにやってるの?』

「すいません……」


 緩奈の声には呆れと苛立ちが含まれていた。新平もこんな状況になってしまった自分が情けなくて仕方がない。秋人の場所へと焦りすぎて注意力が散漫だった。


『新平!カーブよ!』


 頭を垂れる新平の前方の曲がり角を線路が右に曲がっている。抵抗の術を持たない新平は上体を傾け、風を切り右へ曲がっていく。

 秋人は東にいるというのに、新平は南へと進路を変更される事となってしまった。


『こうなったら仕方ないわ。新平、貴方はそのレールの敵に集中してさっさと終わらせなさい。時間稼ぎが目的でしょうけどそれだけとは思えないわ。油断しないようにね』

「分かりました。なるべく早めに決着がつくよう祈ってて下さい」


 そう言って新平は電話を切った。負けるなどとは微塵も思っていない緩奈の台詞に苦笑し、新平は前方に目を向ける。


 緩奈の言う通り、この敵が秋人から引き離すだけの為の存在には新平にも思えなかった。時間稼ぎの役割も勿論あるだろうが、可能ならば仕留めに来るはずである。

 一見、攻撃性は無いように思える『進路を強制的に決定する能力』だが、たった今能力を見た新平でさえいくつか攻撃方法が思い付くのだから、この能力者本人は更に多くの手を準備しているはずだ。


「……やっぱり来たか」


 更に一つカーブを右に曲がった瞬間、一度目の攻撃が訪れる。


 新平が滑走する線路の上、腰の高さに別の線路が横に配置されている。丁度ハードルのような状況だが、足を線路に固定されている新平はジャンプなど出来ない。


「触れればお腹だけ別方向に連れて行かれる訳か……」


 つまり引き千切られる訳だ。触れるわけにはいかない。


「削れ!ホール・ニュー・ワールド!!」


――ガシュッ!


 新平は障害となっていた線路を削り取り関門を走り抜ける。


「根比べになりそうだなぁ」


 長引きそうな戦いに新平は嘆息した。


 加速を続ける新平の速度は今、四十キロを越えた。


「くそっまたか!ホール・ニュー・ワールド!!」


 その後も新平は右へ左へと滑走を繰り返し、そして幾度となく線路のハードルを削り取る。

 最早新平には現在地だけでなく自分が東西南北どちらへ向かっているかも分からない。

 単調にも思える攻撃の難易度も確実に上がっている。速度が上がっているせいだ。五十キロを越えた速度では、迫る小さなハードルを視認するのは困難を極める。


「っ!?行き止まり!?」


 何度目か分からない左へのカーブを曲がると、その先には壁が待ちかまえていた。新平の乗る線路は一直線にその壁に向かっている。


――違う……ただの壁じゃない!


 新平はその正体に気が付き冷や汗が背中に流れるのを感じた。


「線路だ……線路を無数に並べた線路の壁だ!」


 積み重ねるように縦に線路を展開した、線路の壁だと新平は気付いた。

 壁にぶつかった時の事を想像するだけで身震いしそうになる。敵は原形も留めない程にバラバラにするつもりだ。この発想、間違いなく敵は本気だ。


「だけど……」


 新平の能力の前では脅威ではない。


「削り取れっ!!」


――ガシュッガシュッ!!


 二つの瓶を振るい線路の壁に穴を空け、新平は身を屈めてそこを通り抜ける。

 新平は安堵の息を吐いた。これほどに明確な殺意を向けられたのは初めてだった。

 だが敵の攻撃に躊躇も手加減も無いとしたら一つ腑に落ちない。


――なぜ初めから壁の攻撃をしなかったんだろう?


 ハードルは線、壁は面の攻撃だ。どちらも一撃必殺の攻撃力がある。ならば命中する確率の高い面の攻撃を初めから使うべきだ。


――使えなかったのか?


 何か能力の制限で壁を作る程の量の線路を出せなかったのか?


 新平がそう思ったとき、それを否定する関門が待ちかまえていた。


「また壁かっ!!いや……あ、厚い!?」


 線路の隙間から向こう側の景色が見えた先程の線路の壁とは違う。隙間から見えるのも線路だ。

 縦は先程と変わらないが、奥にも線路が並べられている。


「線路のブロックか!?」


 ハードル、壁と来て、次は線路のブロックで攻めてきたのだ。とても制限により壁が作れなかったとは思えない。


「ま、まずい!!これは凄くまずい!!」


 新平の顔が青ざめる。この関門は一筋縄では突破できない。


 今回は瓶を振っても穴は空けられない。瓶の口で突くようにするしかない。しかし半分も掘り進めずに瓶は一杯になってしまうだろう。


 瓶一つ分が通り抜ける大きさの穴を作るだけで、三つの瓶がキャパシティの限界を迎える。

 問題は、新平が通り抜けるには最低でも瓶二つが通り抜けられるサイズの穴が必要だと言うことだ。

 単純計算、瓶が六つ必要になる。しかし新平が操作出来る瓶は五つまでだ。一つ、たった一つ足りない。


 瓶も足りないがそれ以上に考える時間が絶望的に足りない。線路のブロックへ向けて滑走は尚も続く。


 そして瞬く間に眼前に迫る。


「うぉぉぉぉおおおおおお!!」


 二つの瓶を縦に並べ、目前に迫った線路へと突き出す。


 瓶が激しい音を立てて次々に線路を削り取って行く。

 口から線路のブロックに突き刺した瓶の底が埋まる頃、キャパシティを越えて瓶が進まなくなる。


「うわああぁぁ!!ホール・ニュー・ワールドォォオオオ!!」


 続けざまに新たな瓶を二つ発現し、満杯になった瓶を小さくしてそれごと削らせ突き進む。

 それを追うように、身を屈めた新平が線路のトンネルへと突入した。


 役目を終えた満杯の瓶の操作を放棄したい。そうすれば更に新たな瓶を操作出来る。


 だが出来ない。


 操作を放棄する方法は一つ。射程の三メートル以上離れることだからだ。今それが出来るわけがない。


 中身を出す訳にもいかない。満杯の瓶の中身は今まさに新平のいる場所の線路なのだから。


 そして第二陣の瓶二つが満杯になる。残りは一つ。あと少しというところでトンネルは未だ開通していない。

 瓶二つとは言わない。あと一つとほんの少しで通り抜けられる穴が空く。


 しかし残された瓶はたった一つしかない。


「間違いだった……!不可能なんだ!僕が通り抜けられる穴は開けられない!!」


 追い詰められた新平は悟った。


 五つしか瓶がなく、六つの瓶が必要。不可能なのは誰にでも分かる。工夫でどうこうなるものではない。

 線路を削り突破するには瓶が足りない。これは揺るぎ無い真実だ。


 だが、それはあくまで『線路を削り』突破する事を前提とした話である。


「ホール・ニュー・ワールド、僕を削り取れ!」


 新平がこの場を切り抜ける唯一の方法。

 それは『線路を削り、自分が通れる大きな穴を作る』事ではない。『自分を削り、小さい穴を通れるようにする』事だったのだ。


――ガシュッガシュッガシュッ!!


 新平は最後の瓶で上半身の骨という骨全てを削り取った。


 軟体生物のように変化した新平の上体がグニャリと倒れ込み小さく折り畳まれる。

 本来ならば不可能な不自然な体勢も骨を失った今の新平には可能だ。


「小さな穴を、開ける……ならば……あと一つも、必要……ない……」


 自身を削った瓶の残りのスペースで線路を削らせる。

 光が差し込む。

 トンネルが開通したのだ。


「く、苦しい……は、はや、く……抜けてくれ……」


 秋人の腕や首を削った時と同様に、骨を削り取った痛みやダメージはない。

 だが圧迫される内臓は違う。


――折れ曲がったホースを水が通らないように……体内を巡る血液が止まるっている……のか……?


 朦朧とする意識の中、新平は歯を食いしばり、激痛とも鈍痛とも違う体内の圧迫感に耐えた。

 自身を削ってからトンネルを抜けるまでの僅かな時間が無限にも感じられる。


 しかし不幸な事に次の問題が発生した。否、発生していた。


「し、しまっ……た……!」


 横目で骨の入った瓶を見ると、瓶の中で骨が線路に触れ、今まさにバラバラにされようとしていた。


――トンネルを抜けるまでなんて悠長な事はしてられない!!


 今直ぐに能力を解除しなくてはならない。


「か、解除、だ……!」


 瓶から骨が消え新平の体内に戻る。元の位置に戻った骨が上体を押し上げ自然と体が起きあがっていく。


「おおおおおおおおおおおお!!!」


 まるでリンボーダンスでもしているかのように体を反らし、新平はギリギリの所でトンネルを突破した。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 まさに間一髪であった。あれ以上瓶に骨を留まらせればバラバラにされていたし、もう少し早ければトンネルを抜けられなかった。


 新平は息を荒くし体内に新鮮な空気を送り込む。

 そして鋭い眼光を見えぬ敵に向けた。


「……この落とし前、きっちり付けて貰いますよ」


 いつもの新平からは考えられない、冷たく低い声で新平が呟いた。

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