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ウルトラ・セブン-1

 やらなければやられる。だから戦わなくてはならない。それが秋人には納得できなくなっていた。

 果たして自分の命は他の命を奪ってでも守り続ける価値があるのだろうか、と秋人は感じ始めていた。


 そもそも春香を守る為に秋人は能力者との戦いに身を投じた。それなのに今では全く別の場所で戦いに巻き込まれている。

 『巻き込まれている』。これが秋人を苦しませている最たる原因だ。

 能力者との戦いは肉体的には当然ながら、それ以上に精神的に熾烈を極める。『仕方がなく戦う』で続けられるものではない。

 『戦わなければならない理由』しか持たない秋人が、迫り来る組織との戦闘に集中出来る訳がなかった。

 『命を奪う覚悟』、それは戦う意志を、闘志を持つという事だ。

 明確な目的、明確な意志無くして闘争心は生まれない。


 今の秋人には闘志など微塵もなかった。


 戦わなければならない。だがそれだけでは戦えない。矛盾とも言える感情が秋人を苦しめていた。



 檜山との戦いから四日。葛藤と自問自答を繰り返す秋人は、あの戦いが嘘だったかのような、能力とは無縁の平和な日常を過ごしていた。

 緩奈と新平ともあの日の夜以降、一度も連絡を取っていない。戦闘がなければ連絡の必要はないのだが、四日も顔を合わせないのは初めての事だった。

 仲間とはいえ今は能力者と関わり合いたくない秋人は、二人のこの気遣いに感謝していた。


「秋人、秋人ー、あーきーひーとー」

「え?あ……」

「もう!ぼーっとしてて聞いてなかったでしょー」

「ああ、すまん。考え事をしていた」


 秋人は春香と学校からの下校していた。いつもならば上の空だった秋人に不平の意味を込めて頬を膨らませる春香だが、今日はそうではなく秋人の異変に心配そうな表情をした。


「最近どうしたの?元気ないよ?何かあったの?」


 秋人は学校ではいつもと変わらず平静を装っていたし、元から元気溌剌(はつらつ)な性格でもないので秋人の変化に気付く者はいなかった。しかし、やはり春香に対しては誤魔化せなかったようだ。


「少し気落ちする事があってな」

「悩み事?私ならいつでも相談に乗るよ」


 秋人は春香の気遣いが嬉しかった。内容が内容だけに打ち明けられる問題ではないが、春香の存在が秋人の気持ちを少し楽にしてくれていた。


「大丈夫だ。時間が経てば自然と解決する問題だからな」


 秋人は心にもない事を春香に言い、頭を軽く撫でる。


「それなら良いけど……あんまり抱え込んじゃダメだよ?」

「ああ。ありがとな」

「ううん。私はいつでも秋人の味方だからね!」


 春香はニッコリと微笑んだ。

 その後も他愛の無い会話をしながら帰路を歩み、お互いの家まで五十メートル程のT字路までやって来た。


「ばいばい秋人!また明日ね」

「ああ、気を付けて帰れよ」


 春香と手を振って別れ、秋人は一人自宅へと歩む。


 その途中、秋人の携帯が震えた。


「……来たか」


 直感的に秋人は敵の襲来を確信した。敵はこちらの事情など構いやしない。

 秋人は携帯をポケットから取り出し、慣れた手つきで開く。着信の相手は緩奈だ。


「敵か?」


 秋人は緩奈に尋ねながら空を見上げる。高い位置に緩奈のバタフライ・サイファーが飛んでいるのが確認出来た。

 常に蝶を付けプライベートを見張る程緩奈は悪趣味でも無粋でもない。襲撃が予想される下校の時は蝶を付けるよう、三人で以前決めた事だった。


『学校からずっとつけられてるわ。桃山春香と別れてから距離を詰めてきてる』

「分かった。新平にも連絡してくれ」


 秋人は敵に悟られないよう、そのまま歩を進めながら答える。


『ねぇ、秋人……』

「どうした?」


 緩奈の声は小さく、言いづらい事を告げようとしている事を秋人は悟った。


『逃げても、良いのよ……?』


 緩奈が心配するように秋人は血に(まみ)れた道を進む決意は出来ていない。しかし逃げるという事は新平に戦わせるという事だ。

 自らの手を汚さず、仲間にその責任を押しつける気はない。そこまで腐っても歪んでもいない。

 秋人は緩奈が自分を思って言ってくれているのは分かっている。新平を(ないがし)ろにした訳でもない。だがそれを了承する訳にはいかなかった。


「問題ない。俺が相手する」

『ごめんなさい……私最低ね……』

「いや、俺こそ心配をかけてすまない」


 緩奈はそれ以上は何も言わず、秋人の指示通り新平に連絡を取る為電話を切った。

 秋人は携帯をポケットに仕舞った。


「集中しろ、集中するんだ……」


 秋人は自らに言い聞かせ、意識を戦いに集中させる。

 しかし問題点は別の場所だ。秋人はそれが分かっているが解決出来ない。集中はしている。雑念はない。


 秋人は自宅への最後の曲がり角を曲がり、そこで身構える。目を瞑り、一度大きく息を吐いて再び目を開く。

 檜山との戦闘で負った足の傷も、完治はしていないが痛みはない。焦りや恐怖もない。心身共に何ら問題はない。


――静かだ


 秋人は自らの状況をそう感じた。

 試合ならば正しくベストコンディションと言える状況だが、死合いとなるとやはり足りない。燃えたぎる闘争心がない。一切湧いてこないのだ。


――まったく、とんだ腑抜けだな


 秋人は自嘲して鼻で笑う。


 置き去りにされた心の奥底の闘志など今は捨て置き、秋人は腰を少し落として近づいてくる敵に身構える。


 駆け足の足音が近づいてくる。

 そして敵は不用意に曲がり角から姿を現した。


「おらああ!」


 瞬間、秋人は容赦ないハイキックを放つ。反応されるのを考慮し、能力の使える拳よりも射程の長い蹴りを放ったのだ。

 これが決まるとは思っていない。油断している初撃で少しでもダメージになればとの考えによる選択だ。しかし、


――ドゴッ


「だばあああぁぁっ!?」


 秋人の足は敵の顔面にめり込むように直撃し、敵は無様に吹っ飛んだ。


「あああ!!痛い!!痛いよおおぉぉ!!」


 受け身どころか立ち上がる素振りも見せず、敵の男は両手で顔を押さえて転がり回った。


「お、おい」

「何すんだよいきなりよおおぉぉ!!」


――敵じゃない?


 涙目で訴える男を見て、秋人は早まった事をしたかと思った。


「なーんちゃって」


 しかしそれは間違いだった。男は何事も無かったかのように立ち上がる。鼻血がダラダラと流れ出ているが男の表情には苦痛や焦りはなく、少し笑ってさえいる。


「サービスだ。今後は俺に触れられるかも分からないからな」


 やはり男は敵だったのだと秋人は少しだけ安堵した。男の鼻から垂れる血が白のパーカーを赤く染めていく。

 男の服装は私服で、若いが年齢も高いように思える。少なくとも桜庭高校の生徒ではない。桜庭高校の生徒だけで編成された組織ではないとは思っていたが、組織の大きさを改めて思い知った。


「よく俺の尾行に気付いたな。お前の能力か?」


 当然答えない秋人に、男はまぁいい、と零して続ける。


「良いかよく聞けよ?重要な事だからな」


 唐突に男は切り出す。秋人を真っ直ぐに射抜くその眼差しは鋭い。


「七回だ。六回でも八回でもない。俺の能力、ウルトラ・セブンは宣言した行動を七回目に成功させる能力だ」

「発動の条件か」


 能力の内容が敵に知れる事は能力者にとって死活問題だ。それなのに男が自らの能力の解説を始めたのが、能力を発動する上での条件なのだと秋人は察した。


「そうだ。そしてこれが宣言だ」


 男は一息置いて能力を発動させる。


「『上杉良太郎(うえすぎりょうたろう)は』『秋山秋人を』『殺す』」


 『誰が』『何を』『どうするか』を言い終わると同時に、敵の男、上杉の隣にカウンターが出現する。数を数えるのに使う、ストップウォッチのような形をしたカウンターだ。一メートル程の大きさの銀のカウンターには『7』と表示されている。


「さあ、始めようか」


 上杉は身構え、秋人も自然体に構える。


「ふっ!」


 上杉が息を吐くと同時に秋人へと疾走する。


「なにっ!?」


 先程無様に攻撃を受けた男とは別人のような動きに秋人は驚愕の声を漏らした。

 一瞬見失うかのような速度で距離を詰め、閃光のような攻撃を秋人に放つ。

 サービスだと言ったのは強がりではなく真実だったのだ。


「はああ!!」


 攻撃を凌ぎながら秋人も拳を振るう。

 上杉は一度左に避けてから、思い直して右に避ける。迫る拳の前で悩み、往復する余裕があるのだ。


――馬鹿な!?人間か!?


 無論、そのような動きは人間業ではない。明らかに能力によるものだ。


「一度目だ」


 上杉の拳がガードの隙間をすり抜け秋人の脇を捉える。

 カウンターの『7』がカシャッと音を立てて『6』に変わる。


 秋人の脇腹へのダメージは皆無だった。衝撃は感じるものの、それが体を通り過ぎていくように痛みも傷もない。しかし安堵は出来ない。後六回攻撃を受ければ恐らく死が待っている。

 秋人は体勢を立て直して距離を取る。


「お前の動きも悪くはないな」


 上杉は秋人が疑問に思っていた身体能力の秘密を明かす。


「知ってるか?能力の質が高くなる程、反比例して身体能力は下がる。絶望的に運動神経が悪い能力者は凄まじい能力を持ってるって事だ。逆に能力の質が低い程、身体能力は高くなる。俺がそれだ」


 上杉の能力は条件がかなり厳しい。宣言に関わる者に能力を解説し宣言しなくては発動しない。それ故に射程も声が届く範囲に限られる。更に宣言は『俺』や『お前』などではなく本名でなくてはならない。

 上杉の能力は厳しい条件の鎖が幾重にも張り巡らされているのだ。それだけに上杉の身体能力は秋人を凌駕する鋭敏な動きを可能にしていた。

 秋人の能力も射程や条件を考えれば恵まれたものではない。だからこそ秋人の身体能力は高かった。しかし上杉からすれば秋人の身体能力の高さなど取るに足らないものだ。


「真正面からじゃ俺には敵わないぜ?このまま終わりなんて詰まらない結末にすんなよ?」


 上杉はニヤリと笑い、再び秋人との距離を詰める。

 そして次々に放つ拳のラッシュに秋人は必死に喰らいつく。


「糞っ!!」

「逃すか!!」


 反射神経で攻撃をかわし、体捌きと足運びで距離を取ろうとするも上杉がピタリと距離を詰めて離れない。


「破っ!!」

「遅いっ!」


 防戦一方の秋人が苦し紛れで出したパンチは簡単に受け止められ、脹脛(ふくらはぎ)を襲った上杉の蹴りが鞭で打ったような激痛を秋人に与える。

 致命傷以外の攻撃は七回の内にカウントされないが、代わりにダメージも消えない。

 足への攻撃で膝を折りそうになり秋人の上体が倒れる。


「あと五回だ!!」


 下がる秋人の顔面を迎えるように上杉が蹴り上げ、カウンターが『5』を表示する。


「そして、これで四回!!」


 顔面を蹴り上げられたというのに、カウンターが動いた為秋人には身体的ダメージはない。体を押し上げただけのように衝撃が抜け、吹き飛びもしない。その違和感が秋人の動きを鈍らせ、振り上げていた足からの続けざまの一撃を更に許してしまった。


 カウンターが音を立て数字が『4』に変わる。着々と死へのカウントダウンがゼロへと近付いていく。


 秋人の頬を一筋の汗が流れた。

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