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アポロ・ストライク-5

 ゆっくりと秋人の能力である錘が落下し、コン、と地面に触れて小さな音を立てた。


「な、何をした……!?」


 目を見開いて狼狽したのは檜山だ。


「隕石」

「っ!!」


 秋人の呟いた一言に檜山は更に大きく目を見開いた。無論、秋人の返した言葉は檜山の疑問に答える言葉ではない。


「『火』と『弾』の能力の時点で気付くべきだった。お前の能力が触れた物を隕石にして飛ばす能力だと」


 秋人の言葉は、檜山の能力を指す言葉であった。


 檜山の能力は炎を放つ能力ではなかったのだ。むしろ後に見せた弾を放つ能力の方が檜山の能力の真相だ。

 炎の能力だと思わせていた、所謂『能力の使い方』の真相も当然秋人は既に見抜いていた。


「空気か、それとも空気中の塵なのかは分からないが、それを隕石にして飛ばす。その極小の隕石こそが炎の正体だ。それに気付いたお陰で弾を逸らす事が出来た」


 小さくとも凄まじい威力の隕石をガードする事は不可能であり、足を怪我した秋人には避ける事も難しかった。

 防げず、避けられない。だから秋人はトドメとして放たれた隕石の軌道を逸らしたのだった。

 檜山はその一言で秋人がどうやって隕石を逸らしたのかに気が付いた。


「空気を……!」

「ご名答」


 ハッとした檜山に秋人はニヤリと笑って見せ、そして立ち上がる。


「空気を重くする事で空気の層を、壁を作り出した。もう俺に隕石は効かない」


 秋人の能力により空気の層を作り出す事で、空気を裂いて飛ぶ隕石はその影響で進路を逸らしたのだ。

 最早秋人が面と向かって身構えた状態ならば、隕石に関わらず空気を裂いて飛ぶ遠距離攻撃は全てが無力となる。


「ハッ!能力が分かった所で俺には勝てねぇ!!」

「試してみるか?」


 秋人の微笑を見て、檜山は奥歯を砕かんばかりに力強く噛みしめる。


「ほざけっ!アポロ・ストライク!!」


 檜山はポケットから乱暴に小石を取り出すと、それを隕石にして放った。


「無駄だ」


 秋人は即座に反応し、地面に転がっていた無駄な錘を消して、隕石の軌道上に拳を振るい宙に新たな錘を取り付ける。

 隕石はまるでカーテンに絡め取られるように、重くなった空気の影響でカーブして秋人から逸れていった。


 秋人は空気の盾により、檜山の隕石を完全に封じ込めた。


 ゆっくりと落下していく空気に取り付けられた錘が床に触れ、コツンと小さな音を立てた。


「感謝する、檜山。お前のお陰で一つ強くなれた」


 そう言うと秋人は地面に転がる錘を解除し、ゆっくりと、しかし真っ直ぐ檜山に歩み出した。

 檜山は自分が無意識に後ろに下がっている事に気付き、何とかその場に踏みとどまる。

 檜山が思い出すのは先日始末した森の事だ。森同様、相性の悪い敵に出会ってしまった、と。


――俺は森とは違う!!俺は臆さない!俺は負けない!!


「うぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」


 檜山は声を張り上げて意識を戦いに集中し、消えかかった闘志を再び燃やす。そして檜山は秋人に再び攻撃を仕掛けた。


「これならどうだ!!」


 檜山は右手を振って炎を秋人へと放つ。


「同じだ」


 秋人も右手を振って空気に錘を付けた。

 空気を燃やす炎を操る能力ならば重くなった空気は無意味だ。だが、檜山が放つ炎はあくまで隕石だ。触れた空気を隕石として固めて放つ為、重くなった空気の影響をつぶさに受ける。

 炎は小石の隕石と同様に重くなった空気の盾に阻まれた。


「うぁぁぁあああああ!!」


 続けざまに檜山は左手で小石を隕石に変えて放つが、それもまた無力であった。


「二発、左右の手で放ったな?」

「っ!?て、テメェ気付いていたのか!?」


 檜山は秋人のそのたった一言で我に返った。


 これだけの能力だ、森の能力同様に再度発動するには何か条件があると秋人と踏んでいた。そしてその条件も既に見抜き理解していた。

 檜山の能力、アポロ・ストライクは一度能力を行使した後、再び能力を使用するには一定の時間が必要であった。左右の手で別々にチャージの時間が計算されている為、秋人はなかなか気付けなかったし檜山もそれなりに隠していた。

 しかし、秋人が檜山の腕に錘を取り付けた時の攻防で能力を使わなかった不自然さ、そして何より足を撃たれた後の追撃に能力を使わなかった事から、秋人は条件に気付いた。


「終わりにするぞ」


 秋人は痛みふらつく足に渇を入れ、能力の使えない檜山へと突進する。


「はぁぁぁぁあああああ!!!」


 秋人は声を上げて痛みを堪え、左右の拳撃を次々に放つ。傷口が激痛を訴えようと歯を食いしばり、強烈な蹴りを何度も放つ。

 檜山も必死でそれをかわし、防ぎ、そして捌くが、片足に傷を負っているとはいえ片腕が上がらない状態では秋人のスピードに着いていけない。

 顔面を捉えた拳に頭を揺らされ、鳩尾に拳が食い込み、そしてとうとう秋人の攻撃の速度に喰らい付けなくなったその隙に、


――ドガッ!!


「ぐがっ!」


 秋人の強烈な蹴りが檜山の頭を捉え、檜山を吹き飛ばしフェンスに叩きつけた。


――不十分だ


 檜山の意識を、戦意を刈り取るにはダメージが足りないと一瞬で判断し、秋人は助走を付けて、


「おらああああ!!」

「ぶ、ぼぉは……っ!」


 とどめの膝蹴りを檜山の腹に突き刺した。檜山の骨が軋み砕ける感触が秋人の膝に感じられた。

 吐き出し噴き出した鮮血に顔面を赤く染め、左腕、顔、そして鳩尾に錘を付けられた檜山の体がグラリと揺れる。


「俺、は……負、け、ない……」


 強制的に肺の空気を失った檜山が呟く。


「負けな、い……」


 油断。


 秋人が檜山の最後の攻撃を防げなかったのは、勝利を確信したが故に生まれたその感情が原因だった。


「っ!?」


 檜山は最後の力を振り絞り、秋人の胸倉を掴む。


「俺は、負けない……てめぇを……」


 檜山は背中を押し付けていたフェンスを左手で握りしめていた。


「道連れだっ……!!」


 刹那、檜山の触れていた背後のフェンスが一枚、隕石となって外へと弾け飛ぶ。

 フェンスを失ったそこから、檜山は秋人の胸倉を掴んだまま後ろへ倒れていく。秋人を道連れに投身自殺を図ったのだ。


「死ねえ!秋山!!」

「馬鹿野郎っ!!お前も死ぬぞ!!」


 そんな事は檜山も承知の上だ。

 檜山のプライドが敗北を許せなかった。例え命を対価として払おうとも、敗北だけは受け入れられなかったのだ。


 秋人は引かれぬよう踏ん張るが、足を怪我している上に檜山の体は錘で異常に重く一瞬も耐えられなかった。

 体半分が既に屋上から投げ出されようとしている。

 手を伸ばすが隣のフェンスには届かない。


「うらぁ!!」


 秋人は地面を殴りつけて錘を取り付け、それを掴もうとした。しかし、


「残念!タイムオーバーだ」


 檜山の体が完全に落下を開始し、それに引きずられる秋人の手は錘に届かなかった。

 二人は完全に空中に身を投げ、五階建て校舎の屋上から真っ逆さまに落下する。


「ははははは!!引き分けだな秋山っ!!先に地獄で待っててやるよ!!」


 檜山は秋人から手を離し、手を大きく広げた。

 秋人の能力は重くする能力だが、厳密に言えば違う。重量ではなく重力を加算する能力だ。錘を付けられた檜山は秋人の何倍もの速度で地面へと落下し、そして、


――グキョッ!!


 地面を赤く染め、腕や足を歪な方向に曲げその命に終止符を打った。


 落下中の秋人に檜山を確認する余裕はない。だが出来る事もない。

 校舎には手が届かない。空中に錘を付けてもこの落下速度では掴めないし、掴んだところで共に落下するだけだ。八方塞がりである。


「畜生……引き分け、か……」


 迫る地面に秋人自身が諦めかけたその時、


――バリィンッ!!


 校舎の一階の窓を突き破って姿を現した人物がいた。


「先輩っ!!」


 新平だ。


 新平は耳に当てていた携帯を放り投げ、迫る秋人を見上げて身構える。

 五階から落下してくる自分より大きな人を受け止められる訳がない。だから新平は受け止める気などなかった。


「ホール・ニュー・ワールド!!!」


 新平は瓶を生み出し、地面スレスレで秋人を削り取って瓶に入れた。


 しかしこれは無意味だ。


 瓶に入れたところで落下のエネルギーは消せない。これでは秋人は落下の速度そのままに瓶の底に叩きつけられ絶命するだけだ。


 だから新平は、


「解除だっ!!」


 入れた直後に能力を一瞬で解除し、秋人を瓶の外に出した。


 逆さまの状態で。


 逆さまに出された秋人は空へと落下を始め、重力に引かれ再び地面に向かって落ちようとした所を新平が再度削り取って秋人を瓶に入れた。


「先輩っ!!秋山先輩っ!!」


 瓶の中でぐったりしている秋人を直ぐに瓶から外に出して地面に下ろし、新平がすぐさま声を掛ける。


「だ、大丈夫だ……目が回っただけだ」

「良かった……無事のようですね」

「ありがとう新平。助かったよ」

「思い付きだったんですが上手くいって良かったです」


 新平はホッとして大きく息を吐いた。


「新平!!秋人は、秋人は無事なの!?」


 校舎から緩奈が掛けてくる。屋上の様子をバタフライ・サイファーで見ていた緩奈は、秋人が落ちるのを通話中だった一階にいた新平に話して自分も直ぐに走ってきたのだ。

 秋人が軽く手を上げて無事を伝えると、緩奈はそのまま秋人を押し倒す勢いで抱きついた。


「馬鹿っ!死んじゃったと思ったんだから!!死んじゃうところだったんだから!!」

「大丈夫だ緩奈。新平のお陰で助かった」

「馬鹿っ!馬鹿っ!」


 緩奈は秋人が檜山に引かれ落ちていく所を見ていたのだから、本当に心臓が止まる程焦り、秋人の死に恐怖したのだ。

 緩奈は秋人に手を伸ばす事も受け止める事も出来ない、見ることしか出来ない自分の能力をこれほど歯痒いと思った事はなかった。


「悪かった」


 秋人に否はないが、これほどに緩奈が取り乱すのは予想外で、思わず謝罪し、最早これが癖となっているのか頭に手を置いた。


 新平は見ちゃいけないと気を利かし、二人から離れて檜山へと近づいた。喉に手をやり、脈が分からず手首を触り、それでも分からず胸に耳を当てた。そのどの行為でも檜山の鼓動は確認出来ない。

 五階から、更に秋人の能力で加速して落ちたのだから助かる訳がなかった。


「新平」


 檜山を調べる新平に気付いた秋人が声を掛ける。緩奈は未だに秋人にしがみついて泣いている。

 新平は首を横に振って事切れている事を伝えた。


「僕が窓を割ったから警備員が来ますね。早くここから離れましょう」

「ああ」


 秋人が頷くや否や、新平は秋人を瓶に入れ小さくし、緩奈に瓶を渡した。秋人を瓶に入れたのは秋人が足を怪我している為だ。

 そして新平は血の付いた地面ごと檜山を瓶に入れた。どこかで中身を全て出せば、檜山の体や血はその場に出て地面は元の場所に戻る。つまり完全に痕跡を消せる。緩奈に瓶を渡したのは、檜山の死体を捨てる為新平が別行動を取るからだ。


 三人は警備員が来る前にその場を立ち去った。

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