アポロ・ストライク-4
秋人と檜山は同等の立場だ。お互い素性を知り、そして相手の能力が分からない。戦闘を行えば相手の仲間に能力を把握され、自身の首を絞めるというのも同じだ。
この状況を打破するには二つの方法がある。
一つは一人になったところを襲う方法だ。その場で確実に相手を倒し、相手の仲間へ情報が渡るのを阻止すれば能力を明かさずに済む。
秋人達が選択したのはこの方法だ。しかし相手も檜山の周りに仲間を配置して対策を立ててきた。
秋人は一度対面しただけだが檜山の性格を漠然とだが把握していた。
秋人の思う檜山の性格からすれば、自身を餌にひたすら秋人達から動くのを待つとは思えなかった。そもそも待ちの策は、仕掛けられる側も仕掛ける側も仲間を連れているため、戦闘を行えば敵に能力を晒す事になる。つまり状況の打破にはならない策なのだ。
ならば何故待ちの策を取ったのか。
それは組織がもう一つの打開策を選択したからだと秋人は予想した。
もう一つの打開策。それは別の能力者を刺客として送り込む事だ。
例えば遠距離から攻撃可能な能力ならば、相手の警戒の外から顔を晒さずに攻撃出来る。
少数の秋人達には選択出来ない策だが、こちらは前者に比べて格段にリスクが少ない。組織がこちらの策を選択し、檜山を待機させるのは必然だった。
秋人達に新たな能力者を投入されるのを止める術はない。出来る限りの対策を立てて待ち受けるしかないのだが、その為にも檜山は邪魔だった。
檜山の監視を続けながら辺りを警戒するのは骨が折れるのだ。ならば早々に檜山を叩くのが上策だ。
その為に檜山を仲間の見張りから外へ誘き出す必要があったのだ。その為の、檜山が単独で行動を起こすように怒りを煽る陰湿な嫌がらせであったのだ。
結果から言えば秋人の策に檜山は見事にかかった。檜山を一人誘き出す事に成功したのだ。
今日、檜山が帰宅する時に緩奈の蝶を昨晩より一層荒らした檜山の家から逃げるように飛ばし、あえて檜山に後を追わせたのだ。
「追い詰めたぜ、秋山っ!!てめぇぶっ殺してやるっっ!!」
檜山を蝶で導いたのは桜庭高校の屋上だ。夜の為、窓や扉は施錠されていたが新平の能力で解錠した。
ここを戦場に選んだのは緩奈の能力で周囲を見渡し易く、仲間が駆けつけたのを見た後でも対策の取れる場所だからだ。更に五階建てと建物自体が高く、双眼鏡なりで見るにはかなりの距離離れたビルからでなくては不可能だ。秋人の能力をそこから判別するのは不可能だと考えた結果だ。
ちなみに公園で待機する檜山から蝶を離したりしても行動しないことから、相手に諜報系の能力者が居ない事は分かっている。
檜山の昨晩の怒りはまだ治まらず、むしろ今日も望まない策で公園での待ちぼうけを食らい怒りは益々募っていた。
『檜山の仲間はいないわ』
「分かった」
『ねぇ本当に一人で大丈夫なの?』
「それは十分話し合っただろ?」
『…気を着けてね』
「ああ」
秋人は緩奈との通話を終え、携帯をポケットに仕舞った。そして檜山と向かい合う。
屋上で檜山と対峙したのは秋人だけだ。緩奈は居た所で無力なので校内に身を隠し、新平は檜山の仲間が事態に気付き、何かしらのアクションを起こした時の為に一階に居る。必然的に檜山の相手は秋人一人になるのだ。
「てめぇは絶対に許さねぇ!!」
「その様子だと自宅にあった幼稚な罠に何回も掛かったみたいだな。どうだ?様変わりした自宅の住み心地は。風通しが良く夏には涼しく快適に過ごせるだろうな」
秋人の微笑を見て、桧山の顔は更に憎悪で赤く染まった。
「ぶっ殺してやるっ!!」
檜山が一気に走り出し秋人との距離を詰める。秋人は身構える。
「塵も残さねえ!!アポロ・ストライクっ!!」
檜山は拳を横に思い切り振る。拳が通過した空間が陽炎のように歪み炎を噴き出した。
「お前が火の能力者か!!」
秋人は迫る炎を見て直ぐさま横に跳ぶ。組織が増援の策を取った事から秋人は檜山の能力を近接戦闘タイプだと予想していたが、それに反し中距離でこそ威力を発揮する能力であった。
しかし、不意を付かれたが秋人は何とかそれを避けた。
「オラっ!!」
続けて桧山は左の拳を突き出し、炎を一直線に秋人へ放った。
一度目で射程を見切った秋人はバックステップでそれをかわす。眼前に迫る炎にも恐れず秋人は表情を変えない。
「てめぇのその顔がムカつくんだよっ!!」
檜山は秋人の視界を防いでいる散り散りになっていく炎の中から姿を現し蹴りを放つ。
「声を上げて奇襲とは面白い策だな!」
頭へと迫る蹴りを左腕で防ぎ、秋人は右手を檜山へと振るう。檜山もそれを左腕で防いだ。秋人はそのまま檜山を突き飛ばし、そして、
「発動っ!!」
――ズシッ!
「な、にっ!?」
檜山の左腕に錘を取り付けた。重力を足され檜山の左腕はブラリと垂れ下がる。
「お前の能力は…糞っ!!」
緩奈の蝶や新平の削り取った物を見ていた檜山は、それを秋人の能力と勘違いしていた。遠距離の能力だと思ったからこそ、自身の能力が中距離に関わらず接近戦を挑んだのだ。がしかし、それが間違いだ気付かされた。
檜山は一歩だけ距離を空け身構える。秋人は放たれる矢の如く動きを封じた左腕のある右側からその距離を一気に詰める。
「うらあああ!!」
檜山は右手を振って炎の波を秋人へと放つ。秋人は地面に手を擦らせて体勢を低くし、炎をかい潜って回り込むように突っ込んだ。
「終わりだっ!!」
秋人は勢いそのままに飛び上がり、叩きつけるように顔面へ蹴りを振り降ろす。
錘で動きを封じた左腕ではこの攻撃は防げない。炎を放った右手は前へと伸び、こちらも防御に間に合わない。秋人は完全に檜山を出し抜き、この渾身の一撃が決着をつけると確信した。
しかし風を切り迫り来る蹴りを見て、檜山はニヤリと笑った。
「勘違いしているのはてめぇも同じだ」
――バシュッ!!
「!?」
「ちっ!狙いが外れたか。貫いてやろうとしたんだがな」
檜山の攻撃が秋人の振り上げていた右足の腿の肉を削る。
「なんだ、と?」
秋人は確かに見た。ダラリと垂れ下がった左手から何かが放たれたのを。
掠めただけだというのに振り下ろしていた秋人の足は後方に弾かれ、秋人は地面に撃ち落とされる。
狼狽し、隙だらけの秋人を檜山が力いっぱい蹴りつけ、二人は再び距離を取った。
秋人が視線をやると幅は約四センチ、深さは二センチ程、太股の肉を削ぎ落とされていた。
「何が起こったか解らないって顔してるぜ?」
檜山の言う通り、秋人は今の攻撃が何なのか解らなかった。否、能力によって何かを放ったという事は分かる。だが檜山の能力は何か弾を飛ばす能力ではなく、火を放つ能力だ。だからこそ秋人は混乱した。
――能力が二つあるのか!?
秋人はそう考えてから直ぐに否定した。
有り得ない。能力を二つ持つ事自体は、常識では考えられない、常軌を逸している能力、能力者ならば有り得なくもない。だが檜山が遠距離の能力も持っているならば待ちの作戦など取らないだろう。
何より二つ能力があるならば最初に檜山と対峙した組織に勧誘した時、能力を隠す為に秋人との戦闘を避けたりなどしない。むしろ能力が二つあるならば一つ目を晒すのは二つ目の能力の布石となり有利に働く。現に秋人は完全に不意を突かれた。隠す理由が一切ない。
――だとしたら…
秋人の推理が一つの答えへと導く。
――『火の能力』と『弾を放つ能力』はどちらも同じ能力…?
「休んでる暇はないぜ?喰らえ!!」
檜山が右手を振って空間が再び火炎放射のように火を噴く。
「糞ったれ!!」
秋人は痛む右足を引きずり屋上を転がり回って炎を回避する。動きが格段に落ちた秋人は繰り返し火を放つ檜山に接近出来ない。
しかし逃げ回るのも長くは続かなかった。深く、そして足という部位への傷は致命的だった。
「ぐっ!」
血が抜け痛みで痺れた足が力を失い、秋人はバランスを崩して倒れ込んでしまったのだ。
その隙を檜山が見逃す訳がない。
「粉々に粉砕してやるぜっ!!」
畳み掛けるように二発目、三発目の弾丸が同時に左手から勢い良く放たれる。
「死ねぇ!秋山ああぁぁぁ!!」
炎とは違う、一撃で命を奪いかねない弾丸が轟音と共に迫る。
秋人はそれを回避する事が出来なかった。