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アポロ・ストライク-1

 翌朝、秋人を起こしたのは目覚まし時計のベルではなく携帯電話の着信音だった。

 初期設定のままの無機質な着信音が耳元で鳴り響き、秋人は寝る前にこんな所に携帯を置いていた事を恨めしく思った。


 秋人は鳴り止む気配の無い携帯を布団の中に引き込み、そして通話ボタンを押す。


「……もしもし」

『朝早くにごめんなさい。寝起きかしら?』

「緩奈か……どうした?」


 秋人は頭上の目覚まし時計に手を伸ばし、目覚ましのスイッチを切ってからゴロリと寝返りを打つ。


『今朝、倉庫街で森の焼死体が見付かったわ』


 そしてその知らせにゆっくりと目を開けた。


「……能力者か?」

『ニュースを見て直ぐにバタフライ・サイファーを飛ばしたけど、既に遺体は運ばれた後だったから確認は出来ていないわ。でも恐らくは……』


 緩奈はそう一度言葉を区切ると、頭に何かがめり込んでいた事が直接の死因であると報じられていた事を話した。


「めり込む、か。表現がおかしいな」

『銃撃や殴打による強烈な打撲って感じの報道じゃなかったわね』

「森の頭からは何か出たのか?」

『さあ、そこまではニュースを見ただけじゃ分からないわ。ただ何かって言うぐらいだから何も出なかったんでしょうね』

「そうか」


 秋人は天井を見上げ、思考を巡らせた。


 森の死体の状態からして彼を始末したのは能力者と見て間違いない。

 秋人が思考したのは、森を殺した者が彼を能力者と知っていたかどうかである。


 知らずに凶行に及んだ通り魔的な犯行ならば、それはつまり無差別に殺人を犯す能力者がいる、という事である。それはそれで脅威ではあるが、秋人達が計画的に狙われる事はない。

 しかし知っていたとなると森との接触の理由は十中八九森が能力者である事であり、そうなれば次の標的は確実に秋人だ。

 森を能力者と特定したその過程で秋人も能力者だと暴かれている筈であり、同様の理由が秋人にあるからだ。


 果たして昨日までの短期間に森を能力者と特定し、そして接触するなど有り得るのだろうか、と秋人は考えていた。


 しかし短期間という考えがそもそも間違いかも知れないと秋人は思い直す。


 秋人への襲撃を手掛かりに森を能力者と暴いたならば極めて短い期間しかないが、それ以前から森を能力者として認知していたならばその限りではない。

 森が秋人への襲撃を行った事に焦り、前々から計画していた森との接触を早めたのかも知れない。


 そう考えてから、秋人は自らの考えの矛盾に苦笑した。


 森を殺した者が焦ったと考えるのはなぜか?


――森が能力者だと自分以外の者に把握されたかも知れないからだ


 それが理由だとしてなぜ焦る必要があるのだろうか?


――恐らくは森を殺した奴は、森を仲間に引き込む心算だったからだ。そしてそれを狙うのは自分だけじゃない事を知っていた。アプローチをかけるなら後手に回る事程不利な事はない


 では他の者とは一体誰だ?


――俺じゃない。俺は森に敵として認識されていた。仲間とは対極の存在だ


 では誰だ?


――森の襲撃を見ていた誰かだ


 そう、見ていた誰かだ。


 あの襲撃は標的であった秋人と協力者であった緩奈には出来なかったが、第三者なら森の正体を簡単に確認出来た。

 廃ビルに乗り込む必要がないのだから、ビルから出てくる所をただ見るだけで良いのだ。


 森は手に掛けた者は森を能力者だと特定していた。そして秋人も同じく特定されている筈だ。


「森と同じような、何かを放つ能力者、か……」


 秋人は接触してくるであろう森を殺した能力者に思考を切り替え、そう呟いた。


『森の死体を燃やしたのも恐らくは能力よね? だとしたら『何かを放つ能力者』と『火を扱う能力者』の二人はいるわ。敵は集団のようね』

「ああ。いつ接触して来るか分からない。気を付けろよ緩奈」

『私は能力者だってバレてないから大丈夫よ』


 緩奈も秋人同様、秋人が能力者だと暴かれているという結論に至っていた。

 ならば秋人と自宅の前で会った緩奈はどうかと言うと、緩奈は森の更なる攻撃を危惧し、バタフライ・サイファーで秋人を()けている人物がいないかを確認していたし、その後も警戒を怠らなかった。

 故に自分が能力者だとは割れていないと緩奈は考えていた。


『秋人こそ気を付けなさいよ?』

「分かってる」


 緩奈は新平にも連絡するからと言い、秋人との通話を終えた。


 秋人は携帯を脇に置き、起き上がって時間を確認する。いつもより早い時間ではあるが二度寝出来るほど余裕はない。

 それにすっかり目が覚めてしまった秋人は観念して起きる事にし、寝間着のまま部屋を出て一階のリビングへと向かった。


「あ、おはよー秋人」


 すると、そこには春香の姿があった。制服に白のエプロン姿でキッチンから笑顔を振りまいている。身長に比べ秋人の母のエプロンは少し大きい為、お腹のところでクルクルと巻き上げていた。


「おはよう春香。何でうちにいるんだ?」

「そっか、秋人は起きたばっかりだから知らないんだ」

「海沿いの倉庫街で怖い事件があったのよ。何かあったら大変だから、アキと一緒に登校するよう電話したの」


 秋人の問いに答えたのは、いつもは慌ただしく動き回っているというのに今日に限っては優雅にコーヒーを啜る秋人の母だった。

 秋人は森の事件の事だと理解した。


「そういう事か」

「そういう事なんだ。えへへ、だからよろしくね秋人」

「まあどうせ杞憂だとは思うが任せとけ」


 狙われているのは自分だと思ったが秋人はそれを了承した。


「あーら、それはどうだろうね。ハルちゃんは美人さんだから普段から危ないと思うわよ?」

「もう。お世辞はよして下さい、おば様」

「ハルちゃん。遠慮せずにお母様と呼んで良いのよ。どうせ順番が前後するだけなんだから」


 話題はあらぬ方向へと大きく逸れていった。


 いつもの事なので秋人は全く意に介さず、クネクネと身を捩る春香とニヤニヤといやらしく笑う母親を尻目に普段通りの席に座った。


「はい、どうぞー」


 直ぐにじゃれあいを切り上げた春香が、朝食を乗せた皿とコーヒーの入ったカップを秋人の前に差し出した。無論、春香が準備したものであり、今朝の母に与えられた余裕の理由である。


「ありがとう。いただきます」


 秋人は胸を張って感謝しなさいのポーズをする春香の頭をポンポンと叩いてから、いつもより格段に手の込んだ朝食に手を付けるのだった。


 それから秋人はいつも通りに準備を済ませ、普段と同じ時間に玄関で靴を履く事になった。

 いつもより早く起きたというのに出発の時間が変わらないのは、春香が秋人のネクタイを締めたがった癖にもたついたり、春香が秋人の寝癖を直したがって力を入れすぎたり、つまりは春香で時間を食ったのだった。

 それでもいつも通りの時間に間に合ったのは秋人の努力の賜物であった。


「それじゃ、行ってきます」

「はい行ってらっしゃい。しっかりハルちゃんを守りなさいね」

「行ってきます、おば様!」

「気を付けてねハルちゃん。いざとなったらアキを置いて逃げるのよ?」


 玄関先まで出て見送る秋人の母は、そう言って二人を送り出した。


 実の息子の扱いがあんまりではないかと秋人は思ったが、標的は自分なのだから有事の際は是非とも春香には言われた通り逃げて欲しいと母親の提案に賛同するのだった。


「やっぱり魔王が世界征服に本格的に乗り出したんだと思うなぁ。秋人もそう思うでしょ?」


 登校中の話題はやはり今朝の事件についてであったのだが、春香の真面目な推理は小学生の冗談と似たり寄ったりであった。

 魔王が火を吹くと信じてやまない春香にとっては、この出来事は魔王の仕業という事で確定的らしい。


「間違いないな。魔王の仕業だ」

「だよねだよね! 分かってるじゃないかワトソン君!」


 魔王こと新平に火を吹く一発芸が出来るかどうか確認しなくては、などと秋人が適当な事を頭の端っこで考えてるうちに、二人は何事もなく学校に到着した。


 教室に入ると春香は友達の下へ秋人のお墨付きを貰った推理を披露しに行き、秋人は自分の席へと向かい椅子に腰掛ける。

 すると同時にマナーモードにしていたポケットの携帯が振動して受信を告げた。画面には新着メールを示すアイコンが点滅している。


 秋人が内容を確認すると、差出人不明のそのメールには時刻と場所だけが書かれていた。

 これが森を始末した者からの呼び出しであるのは明白だった。


「思ったよりも早かったな」


 秋人は携帯をパタンと閉じると溜息を一つ漏らし、憂鬱そうに窓の外へと視線を向けるのだった。






 昼休み。秋人は新平と緩奈を人気の無い体育館裏に呼び出した。

 朝あのメールを受け取った直後に集まりたいところではあったが、既に能力者と割れている自分と新平はともかく、緩奈を自分達と共にホームルームに出さないのは危険だと秋人は判断し、昼休みに招集をかけたのだった。


「まさか行くつもりじゃないわよね?」


 緩奈のバタフライ・サイファーで辺りを見張っているが、念には念を入れて人目に付かないよう小さくした新平の瓶の中にいる緩奈がそう言った。


「行くしかないだろ」

「正気!? 森をやった奴等よ!? 死にに行くようなものだわ!」

「でも無視する訳にもいかないですよね?」


 新平の呟きに秋人は頷く。


 奇襲を掛けず呼び出したという事は、少なくとも何かしら用があるという事である。

 そしてその用とは仲間に引き込む為というのが正解だろう。


「行かなかったらそれだけで敵として認定されるだろうな」

「行ったところで同じよ!」


 緩奈の言う通り、呼び出しに応じたとしても仲間に加わる気など三人にはさらさら無い。

 積極的に能力者に接触し、更には始末している呼び出しの相手は、秋人達と決定的に道を(たが)えている。


 仲間になったフリをするという手もあるが、三人の連絡を遮断されるかも知れない危険性を考慮するとそれも出来ない。


「無視して奇襲を喰らうくらいなら、ここは呼び出しに応じて相手を確認する方が利口だな」


 やはり指示に従い相手が誰なのかを確認するのが最良の選択だと、秋人はそう考えていた。


「それはそうだけど……」


 行かないというのがどれほど愚かな選択なのかを緩奈も理解してはいたが、罠や待ち伏せの不安が払拭出来ない場所に秋人を一人送り出すのはやはり納得出来ず、依然難色を示した。


「実際に行くのは俺なのに随分と心配してくれるんだな?」

「ッ! 私もう知らない!」

「おいおい、見捨てないでくれよ」


 ちょっとした冗談に緩奈は視線をプイっと逸らして唇を尖らせ、その様子に秋人は苦笑した。


「まぁ俺も無策にのこのこと出向くつもりはない。当然準備はさせて貰う」


 そう言って不敵な笑みを浮かべた秋人は二人に考えていた対策を話した。

 確実に秋人の安全が確保出来る策ではないと緩奈は渋ったが、三人にはそれ以上の策を準備する時間も手段も無い。

 それを理解していただけに緩奈も不承不承(ふしょうぶしょう)といった風ではあったが指示に従い、三人は放課後、敵と相対する事に決定した。


「それじゃあまた放課後、二人とも頼んだ」

「秋人」


 結論が出たところで秋人が話を切り上げその場を去ろうとすると、緩奈が秋人を呼び止めた。


「……どうした?」


 それまでと変わらず真剣な眼差しを向ける緩奈だが、秋人には僅かに不安の色があるように感じられた。


「今のうちに言っておくわ。相手が本気で向かって来るならば、こちらも本気で応えなくては命を落とすわよ」


 それは

、命を奪う、相手を殺す覚悟をしろという意味だ。

 新平は思わずゴクリと唾を飲んだが、当の秋人は涼しい顔で緩奈に微笑んで見せた。


「俺は新平とやり合った時から覚悟してる。勿論、森とやった時もな」


 秋人はそれだけ言って体育館裏から立ち去った。


「違うわ……」


 秋人の言葉を聞いて尚、緩奈の表情から不安は消えない。むしろ一層深まっていると言って良い。


「貴方の覚悟は自らの命を危険に晒す覚悟よ……」


 緩奈は見えなくなった秋人の背中にポツリと呟いた。

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