フライ・ビュレット
秋人達が喫茶店に集まっていた時、森は一人学校からの帰路を歩いていた。
「何で居場所が分かったんだ……」
森はブツブツと呟いては自問自答を繰り返し、先日秋人を襲撃した時の事について頭を悩ませていた。
森を苦悶させる最たる原因は、秋人が襲撃の開始と同時に一直線に自分が潜んでいたビルへとやってきた事にあった。
恐らくは能力による索敵だと言うのが森の推論なのだが、その能力が具体的に何なのかというと皆目見当がつかなかった。
尤も、秋人が真っ直ぐ森の下に来たのは偶然の産物なのだが、森がそれを知る由もない。
「そもそもどうやって初撃を避けたんだ? 仲間……酒井新平の能力か? いや、誰かはこの際関係ない……重要なのはその能力だ」
居場所がバレたのもそうだが、攻撃を感知した事も捨て置けない疑問であった。
森は秋人が誰かと通話していたのは知っている。通話の相手が誰なのかはどう足掻いたところで知りようがなかったが、その者の能力を考察しない訳にはいかなかった。
しかし誰なのかという疑問を放棄し能力にのみ思考の焦点を絞ったところで、森が確信の持てる推測に辿り着く事はなかった。
秋人とその仲間、二人の能力の組み合わせとなると、条件を満たす能力は多岐に渡る。それだけに特定には及ばなかったのである。
慎重な性格故に完璧な計画を望む森は、未知の能力によるイレギュラーな事態を恐れ、次の作戦の準備にすら入れていなかったのであった。
「慎重っつーか臆病なんだよ、お前は。そのくせ頭が悪い」
唐突に背後から掛けられた声に森は飛び跳ねそして振り向く。
そこには短い髪をツンツンに立てた、桜庭高校の制服を崩して着こなす青年が立っていた。
「だ、誰だお前は!?」
森が咄嗟に身構えるとその反応が意外だったのか、青年は目を白黒させた。
「おいおい、何を驚いてんだよ。まさかあれだけ目立つ事を仕出かしといて見付からないとでも思ったのか? 能力者は秋山だけじゃないんだぜ?」
森が秋人に対して行った先日の襲撃は逃走まで綿密に考えられてはいたが、秋人に対してのみ姿を晒さない事を前提に考案された策であった。
それも残したロープや駅のカメラから素性が割れてしまい失敗しているのだが、それ以上に他の能力者を完全に無視した愚策でもあった。
一カ所から何発も弾丸を撃ち込む事は、花火を打ち上げ居場所を告げているようなものだったのだ。
その事を全く考慮していなかった森も青年に言われそのミスに気が付き、険しい表情で歯噛みした。
「クソッ!」
「おっと、能力は発現すんなよ? 今はまだやり合うつもりはねーからよ」
青年は片手を上げ、今まさに能力をもって攻撃しようとした森を制止する。
「何にしても場所が悪いな。付いて来いよ」
「…………」
そう言うと青年はクルリと背を向け歩き出した。
従うべきか否か悩んだ森だったが、自分を能力者と知る青年をこのまま見逃す訳にはいかないと結論付け、いつでも攻撃出来るように警戒しながらも大人しく後に従う事にした。
「さて……」
青年が立ち止まり森へと向き直ったのは、海沿いの倉庫街まで歩いた時だった。
まだ明るい時間であるが人通りは無く、寂れた雰囲気の倉庫群が嫌な緊張感と圧迫感を与える場所である。
森は相手を始末するにはうってつけの場所だと、わざわざ場所を変えてくれた青年に対し内心ほくそ笑んでいた。
無論、それは相手に取っても同じ事なのだが、自身の能力に絶対の自信のある森にその考えはなかった。
「単刀直入に言う。森健介、俺達の組織に入れ」
「フッ、組織ねぇ」
青年のその切り出しに対し森は冷笑を浮かべる。森はまるで興味が無かった。
「メリットとデメリットは?」
「どちらもお前の命だ」
試しに尋ねてみると、青年からは予想通りの言葉が返ってきた。つまりは仲間にならなければ殺す、という事を示唆しているのである。
「この町にいる限り組織からは逃れられない。いや、町を出ても同じだな。あんだけ派手にやったんだ、他の町の組織にも目を付けられてるだろうよ」
一般人には何かが起きているとも悟られない些細な襲撃だったが、情報の重要性を認識している組織的な集団からすれば、森の秋人に対する襲撃は余りに派手であり、そして余りに長かった。
事実、襲撃が行われた東桜庭町の青年の所属する組織以外も、今はまだ接触して来ていないだけで森が能力者である事は掴んでいた。
「悪いが時間はやれない。返事は今貰う。よーく考えろよ?」
顔を晒しているのだから青年としてもこのまま森を帰す訳にはいかないのだ。
「お前が俺に会いに来たのは組織の命令か?」
「そうだ。仲間に取り込めないようなら始末するようにも言われてる」
なるほどと呟き森は考える素振りを見せたが、結論は初めから決まっていた。どれだけ青年の言葉が高圧的であっても、それは森の反発心を煽るだけであった。
「悪いがお断りだ。こんな無謀な命令を下す組織に従い、お前のように無様に死ぬのはまっぴら御免だからな!」
青年が一人自分の下へとのこのことやって来たのは、森からすれば自殺同然に思えた。
無謀な指令を下す組織になど入る訳がないし、そもそも誰かに命令される立場というものが、森にとっては我慢ならない鬱陶しいものであった。
青年は能力に自信があるのかも知れないが、残念だが相手が悪かったな、というのが森の考えだった。
「恨むなら俺じゃなく、無謀な命令を下した愚かな組織と、それに従った自分を恨むんだな!」
森は後ろへ跳び、青年から距離を取る。二人の間合いは約十メートル。青年の能力は分からずとも、森が自信を持てる十分な距離である。
そして森は、腰の高さに浮く約一メートルの長さの細い銃を発現させた。
宙に浮いている為発射の衝撃を体で受ける必要がなく、外部から補給せず内部で弾丸を生成し意思という引き金を引くそれは、実在するどの銃とも形が違う。だが一見して銃だと分かる質感と形状をしている。
そしてその銃口は真っ直ぐに青年に向けられていた。
「俺は俺のやりたいようにやる! 喰らえ、フライ・ビュレット!」
――バスンッ!
銃声にしては余りに小さい、空気が一気に抜けるような音と共に弾丸が放たれる。
「本当に頭が悪い奴だな。お前の能力を分かっていながら対策を立てない訳がないだろ」
しかしその弾丸が青年に届く事はなかった。
青年の目の前に突如として幅十センチ程の宙に浮く線路が現れ、弾丸がその線路を滑走して進路を変えたのだ。
L字の線路に軌道を反らされた弾丸は空高く昇っていった。
「クソッ! これならどうだ!」
森は銃身の上に折り畳んで取り付けられていた鏡の扇を無数に射出し、それを青年を取り囲むように配置する。
次また同じように進路を反らしたところで、これなら更に弾丸を反射させ攻撃する事が出来る。
しかし青年はそれにも動じず、依然として冷ややかな視線を森に送っていた。
「何をしているんだ檜山。予定と違うぞ。次の弾が作られるまでの隙を狙う手筈だったろう」
すると、一メートル程の倉庫と倉庫の僅かな隙間の暗がりから一人の男が現れ、森と対峙している髪をツンツンに立てた青年、檜山に苦言を呈する。
彼こそが檜山が森対策として連れてきた、線路の能力者である。
「悪いな、掛布さん。でも予定だと最悪アイツは逃げる筈だっただろ? なのに余りに浅はかな行動に出たもんで呆気に取られちまったんだよ。もう一回頼む」
へへへと笑いながら檜山がそう言うと、新たに現れた男、掛布は呆れたように溜息を零した。
欠片も緊張感がない二人の様子に森が憤激を覚えるのは必然であった。
まるで意に介さない、まるで自分を脅威としない檜山に、森は怒りをたたえた鋭い視線と共に銃口を向ける。
射程圏から外れた事により弾丸が消え、再び射撃が可能になったのだ。
「もう容赦しない……! ぶち抜いてやるッ!」
そして殺意を込めた二発目の弾丸を発射した。
「トレイン・ライン」
同じように檜山の前に線路が展開される。が、それは森も想定している。
問題は軌道を変えられた後だ。その後、更に鏡の扇で弾丸を反射して攻撃しなくてはならない。
集中力こそ要すれど、それは森にとってそれほど難しい事ではなかった。
今や扇は檜山をドーム状に包み込み、完全に取り囲んでいる。扇の隙間へ弾丸の軌道を変えられても、僅かに扇を操作すればそれだけで弾丸を弾き返す事が出来る。
更にそれを線路で凌いでも、更にもう一度弾き返すだけだ。
延々続く根比べのラリーになるかも知れない。森はそう考えたが、しかし、実際はそうはならなかった。
森の扇は、一度として弾丸を反射する事はなかった。
軌道の変化は下、地面に向けてされ、掛布は森が手を加える隙など与えずいとも簡単に防いだのだった。
「相性バッチリだな、掛布さん」
「さっさと終わらせろ」
「あいよ」
掛布が抑揚の無い実に詰まらなそうな声色で檜山にそう言うと、それを合図に檜山が森へと駆け出す。
「ヒッ!」
「逃がさねぇ! アポロ・ストライク!」
思わず後退りする森に対し、檜山が能力を行使する。
ビンタの素振りをするように手を横に大きく振ると、掌が通り過ぎた空間が燃え上がり、炎の絨毯が森へと襲い掛かる。
「うわぁぁああああ!!」
弾の無い銃しかない森が迫り来る炎の波に対して出来る事など何もない。
森は無意識にただ頭を抱え、無様に悲鳴を上げて尻餅をついた。
偶然、そのお陰で射程距離から外れた森は軽い火傷を負うだけで済んだ。しかし森の自信や虚栄心を打ち砕くにはそれで十分だった。
「た、た、助けて! 許してくれ! 仲間になる! 仲間になるから許してくれ!」
最早恥も外聞もない。余りに凄まじい能力を前に、森は初めて死を意識させられていた。
例え靴を舐めろと言われても森はそうしただろう。
「安心したぜ」
檜山の言葉に森は恐る恐る顔を上げる。すると檜山は片手を森へと差し出していた。
「はは、あはは」
助かった。そう思った森は檜山の手を握ろうとした。
「お前みたいな役立たずを仲間にしなくて済んでな」
だがそうではなかった。檜山の行動にそんな意図は無い。
「ばへっ!?」
檜山の掌には拾い上げていた小石が乗せられていた。そしてその小石が凄まじい勢いで放たれると森の額にめり込む。
森はクルンと目玉を回して白目を向くと、糸が切れたように力無く倒れた。
「恨むなら俺じゃなく、無謀な判断を下したお前のおめでたい脳味噌と、それに従った自分を恨むんだな」
血の池を作り出していく森への関心など微塵もない檜山はそう言いつつも既に背を向け掛布へと歩んでいた。
「ありがとよ、掛布さん。お陰で楽に狩れた」
「……相変わらず恐ろしい能力だな」
掛布は炎を噴き、小石を放った檜山の攻撃的な能力に冷や汗を流しながらも微笑んだ。檜山もニヤニヤと笑っている。
「さて、死体はどうすっかなぁ……」
痙攣している森の死体を一瞥して檜山が呟く。
「秋山への警告として放って置いていいだろう」
それじゃあな、と掛布は言い残してその場から去っていった。
「次は秋山か……ククク、せいぜい楽しませてくれよ……」
檜山は掌を軽く振って火炎放射機のように炎を放ち、森の死体に火を着けた。そして秋山との接触を思い描き、白い歯を見せて高らかに笑うのだった。