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バタフライ・サイファー-5

 三日後の放課後、秋人は新平と行ったあの喫茶店で緩奈と待ち合わせをした。

 偶然にも、あの喫茶店の立地が緩奈の能力で周囲を警戒するのに丁度良かったのだ。


 秋人が喫茶店に着いた時には既に緩奈は待っており、奥の席で紅茶を啜っていた。


「あら、酒井新平は一緒じゃないの?」


 秋人が一人で来た事に首を傾げて緩奈が尋ねる。


「ああ。掃除当番か何かじゃないか? 直ぐ来ると思うぞ」

「そう」


 秋人の返答に納得した緩奈は紅茶を口に運び、向かいの椅子に座った秋人は注文を取りに来たマスターの老人にアイスコーヒーを頼んだ。


 つい先日、新平に能力を忘れ普通の学生として過ごせと言ったにも関わらずこの場に呼んだのは、秋人が受けたあの襲撃が原因である。

 あの襲撃は、それがいかに難しい事であるかを秋人にまざまざと思い知らせた。


 敵はこちらの都合などお構いなしに、問答無用で命を奪いに襲って来る。そこには警告も加減もない。

 秋人は何かあれば自分が何とかする、と新平に言ったが、何かあってからでは手遅れなのだ。

 既に二人は戦いから簡単には抜けられない、賞金首のような状況になってしまっていた。


 甘い考えだと分かれば秋人と新平が取るべき道は唯一つ。仲間を作り、結託して戦いに備える他ない。

 故に新平もこの場に同席する運びとなっていた。


 秋人は新平を巻き込む事になってしまい、自分の不甲斐なさと無力さに口惜しい思いを感じていたが、反して新平は秋人に協力出来るとあってこの事を喜んでいた。

 それがせめてもの救いであった。


 秋人が運ばれてきたコーヒーに口を付けると、入り口の扉に吊されたカウベルが店内に心地良い音を響かせた。


「秋山先輩!」


 さすがは流行っていない喫茶店と言ったところか、やって来たのは新平である。

 他に客がいない事から直ぐに秋人と緩奈を見付け、遅れた事を謝罪しながら秋人の隣に腰を下ろした。


「初めまして、桜庭高校一年の酒井新平です。僕の事は名前で呼んでくださいね」


 前回同様にホットココアを頼んでから、新平は笑顔で自己紹介をして右手を緩奈に差し出した。


「二年の先崎緩奈よ。私も名前で呼んでくれて構わないわ。それにしても、不良を消し去った犯人なのに随分と礼儀正しいのね。意外だわ」


 自己紹介を返した緩奈は悪戯をするように微笑み、新平の差し出された手を握り返した。新平は緩奈の台詞の後半の部分に対し、苦笑と微笑の中間の笑みではにかむのだった。

 一方、秋人は少し呆気にとられた表情で緩奈を見ていた。


「緩奈、お前二年だったのかよ……」

「そうよ? 年下だと思った?」


 その逆で、秋人は年上だと根拠も疑いもなく思っていた。

 女の年齢は見た目じゃ分からないもんだなぁと、秋人はしみじみ思うのだった。


「新平も秋人から聞いてるかも知れないけど、改めて能力を説明するわ。お互いの能力を把握していた方が何かと都合が良いでしょうから」


 新平の飲み物が運ばれてきたところで、緩奈がそう口火を切った。


 緩奈が言うように利便性を図る為というのもあるが、それ以上に切り札である能力を晒すという事が信頼関係を築くのに合理的であるという本音もあった。


 明言はしなかったが意図を汲み取った二人はそれに頷く。


「私の能力、バタフライ・サイファーは視覚を飛ばす能力よ」


 緩奈は手を差し出し、上を向けた掌から蝶を発現させる。秋人が以前見た、紫に桃色の模様をした揚羽蝶だ。


「出すのも消すのも私から一メートル以内でしか出来ないけど、最長約六キロまで蝶を飛ばせるわ」

「見えるっていうのは壁か何かに映し出すのか?」


 ふと抱いた秋人の素朴な疑問に、緩奈は首を横に振った。


「目を増やすっていう感じかしら? 貴方達で言うと、左右の目で別々の方向を見るような感覚ね」

「なんだか気持ち悪くなりそうですね……」

「なるわよ」


 新平の零した感想を緩奈は意外にも肯定した。


「三匹までは問題ないわ。だけど、四匹目を出すと視覚情報が溢れて気持ち悪くなるの。『視覚情報に溺れる』って私は感じたけど……伝わらないわね」


 その感覚を理解出来なかった二人は素直に頷いた。

 三匹の蝶を出し、自前の目も合わせて四つの視覚を有して平気だというのがおかしい事だけは分かり、二人は化け物じみてるなぁと自分の事など棚に上げて思うのだった。


「射程距離は蝶の数で変わるわ。一匹なら六キロ、二匹なら半分の三キロよ。三匹なら二キロね」


 こちらは『視覚情報に溺れる感覚』より格段に分かりやすく、二人は頷いて理解した事を示した。


「私の能力はこんなところね」

「じゃあ次は僕が」


 緩奈が蝶を消すと、今度は新平がテーブルに手をかざす。するとそこに、普通のサイズの牛乳瓶が現れた。


「僕の能力、ホール・ニュー・ワールドは物を瓶に閉じ込める能力です」

「絶望的にダサい名前ね……」


 緩奈が小さくぼそりと呟いたのを秋人は聞き逃さなかったが、幸いにも新平には聞こえなかったようで、テーブルの端を瓶で削り取りそのまま解説を続ける。


「このように全てを中に入れられなかった場合、能力を解除すると秋山先輩の左腕が元に戻ったように、中の物は元の場所に戻ります」


 瓶の中からテーブルの破片が消え、削られていた箇所が元通りの姿に戻る。

 だが緩奈はそれより新平の例えに驚いて秋人に視線を送っており、秋人は澄ました様子で左手を握ったり開いたりして見せた。


「丸ごと中に入れば、どこにでも自由な場所に出せます」


 新平は試しにテーブルの端に置いてあった紙ナプキンをケースごと瓶に入れ、秋人の前に出現させた。


「サイズはドラム缶からフィルムケースぐらいまで変えられます。瓶を小さくすると、中の物も小さくなるので内容量は変わりません」


 新平は今度はテーブルの端の爪楊枝を瓶の中に入れ、少しだけ瓶を拡大縮小して見せた。中の爪楊枝も瓶と同じように大きくなったり小さくなったりしている。


「外の衝撃は中には伝わりません。逆さにしても、ほら!」

「おー」


 新平は爪楊枝を入れたまま、掛け声と共にクルリと瓶を逆さに操作する。

 逆さになった瓶の底、今や天井とも言える位置に爪楊枝のケースは変わらず鎮座していた。

 新平は過去に不良の入った瓶を振り回していたのだから、こうでなくては彼等は大変な目にあっていた。


 二人のリアクションに満足した新平は爪楊枝を元の位置に戻した。


「最大十個まで瓶は作れますが、同時に操作出来るのは五個までです。壊れた時は一日に一個ずつ、再び出せるようになります。発現と消失は緩奈さんのバタフライ・サイファーと同じで一メートルですが、射程は三メートルです。それ以上離れると自動で最小サイズになります。あ、あと、中身がある瓶は消せないですね」


 そこまで一気に話してから、新平は以上です、と締めくくった。


「な、なんだか色々と難しい能力なのね……」

「ああ……」

「す、すいません」


 どうにも数字が多く、そして難解な能力であったと秋人と緩奈は煙の出ている頭で思うのだった。

 三人は何を言うでもなく、一度それぞれの飲み物に口を付け一息入れた。


「じゃあ最後に秋人ね」


 それから緩奈に促され、秋人は目の前に来ていた紙ナプキンを一枚取り、指でパチンと弾いた。


「俺の能力は重力の加算だ。触れた時間、触れる時の衝撃に応じた重さの錘を取り付ける」


 銀色の小さな錘を取り付けられた紙ナプキンから手を離すと、紙ナプキンは不自然なまでに真っ直ぐテーブルに落下した。


「手で触れなくてはならないから射程は腕の長さだな。数は最大で四つ。錘に直接触れれば錘を大きく、つまり重く出来る。以上だ」


 新平に比べ単純な能力が故に秋人の説明も簡潔で分かりやすかった。

 しかし、一点だけ説明していない点があった。


「能力の名前は?」

「僕もそれが気になってました」


 そう、能力名である。しかしこれは説明を省いたのではなく、秋人は能力に名前など付けていなかったのだ。


「ま、まさか、名付けてないんですか……?」


 秋人が沈黙した事からそれを汲み取った新平が、そんな、まさか有り得ない、といった風に尋ねる。

 今、適当に名前を付けてしまえば良かったのだが、秋人は正直に頷いてそれを肯定した。


「名前が無いなんて可哀想じゃない」


 そして緩奈までもが呆れたように息を吐いた。


「それは緩奈の能力が蝶だからだろ? 普通は錘になんか名前を付けない」

「僕は瓶に名前を付けてますよ?」

「…………」


 それは新平が普通ではないからだ、などとは思っても言えない秋人だった。


「課題が一つ増えたわね、秋人」


 こうして納得出来ないまま秋人は名前を考える宿題を言い渡されたのだった。


「さてと、取り敢えず先日の狙撃手を何とかしないといけないわね」


 それぞれの能力を把握したところで、緩奈がまた一口紅茶を啜ってから今日集まった理由である本題を切り出す。


 三日前の襲撃以降は、相手は音沙汰無しだ。それは相手が入念な準備をしてから仕掛けてくるであろうという、敵が慎重な性格だと踏んだ秋人達の予想通りの展開だった。


「新平。なにか掴めたか?」


 敵の捜索には新平が名乗り出たので、秋人は新平に任せていた。

 秋人の問いに新平は笑顔で頷きその成果を伝える。


「まず大前提として、敵は桜庭高校の生徒、もしくは生徒の関係者です」

「秋人を能力者と確信しての襲撃だから間違いないわね」


 秋人を能力者と断定出来るのは、新平を不良グループを消し去った犯人だと疑っており、その後の展開を知る者。つまり桜庭高校の生徒だけに限られる。

 桜庭高校の生徒である能力者から情報を得た外部の人間、という可能性もあるが、敵が単独での行動だった事と捜索の方針を固める為に秋人達は桜庭高校の生徒が襲撃者だと断定していた。

 尤も、襲撃者が桜庭高校の生徒でないとしても、その情報を与えた協力者は桜庭高校の生徒なのだから結局は同じ捜査になる。


「敵が使った建物は、昔倒産した会社がその時土地と一緒に手放して、買い手が着かない状態のままでした。持ち主も夜逃げ同然に雲隠れしていたので実質の持ち主はいない状況です」

「期待はしてなかったが建物からは何も分からなかったか」


 身元が分かるような場所を狙撃に使用する訳がなく、恐らくそんな事だろうなと予想していた。


「じゃあ一体どうやって調べたの?」


 先程の新平の笑みから手掛かりを掴んだ事は分かっている。緩奈はその手段が分からず新平に先を促した。


「ロープです」

「ロープ?」


 首を横に傾けた緩奈に新平は説明する。


「残されていたロープがかなり特殊なものだったんです。取り扱ってるのは、四駅離れたところにある、ロッククライミングの専門店だけでした」

「そこだけでしか売ってないの? ネットショップとか通販の可能性はないのかしら?」


 緩奈の疑問に新平は首を振る。その辺りについては入念に調べ上げてある。


「その専門店は個人経営の店で、そのロープが店のオリジナルブランドだったんです」


 そしてインターネットでは紹介されてはいるが、販売はされていなかった事を新平は付言した。


「敵はロッククライミングをしないんだろうな。知っていればこんなロープは残さなかっただろう」

「でしょうね」


 三人はうんうんと頷いた。


「それで、そこから先の調査は?」


 新平が鞄から一本のビデオテープと書類を何枚か出した。


「売り上げ記録から販売日時を割り出して、監視カメラの映像から人物を特定しました」


 書類の一枚が売り上げ記録で、ビデオテープは監視カメラの映像だった。


「警察でもないのに良く協力してくれたわね……」


 緩奈の感嘆した言葉に新平はポカンとした表情を見せた。


「ただの高校生に協力なんてしてくれませんよ」

「だろうな」

「え? じゃあ……」

「僕の能力なら壁も鍵も関係ないですから。夜中に拝借しました」


 ポカンとするのは緩奈の番だった。しかし緩奈は直ぐにニヤリと不敵に微笑して見せた。


「少し見直したわ。ただの虐められっ子って訳じゃないようね」


 緩奈もただの美女ではなく屈折してるようだと秋人と新平は思った。


「それで、店でロープを買っていったのが……」


 新平が書類を捲り二枚目をテーブルの中心に滑らせた。


「桜庭高校三年、森健介(もりけんすけ)です」


 書類には名前はもちろん顔写真から住所、年齢、生年月日まで書かれている。恐らく学校から持ち出したものなのだと推測出来た。


「だが残されたロープと同じ物を買ったからといって断定出来ないな。他に決定付ける情報はあるか?」

「襲撃の日に塾を休んでますね。記録によれば初めての欠席でした」

「他には?」

「これが決定的だと思うんですけど、駅の監視カメラにも彼が襲撃後の時間に一人電車で帰宅する所が映ってました。学校から近い駅ではなく、廃ビルから逃げた方にある一駅離れた駅の映像にです」


 新平は鞄から更に一本のビデオテープを取り出して言った。


「必要なら森の自宅にロープがあるか見に行きますが……」

「いや、森で間違いないな」

「ええ十中八九、彼が狙撃手ね」

「よくやったな、新平」

「あ、有難うございます!」


 秋人に褒められ新平は頬を染めては嬉しそうに返事をした。


「どうするの? 秋人」

「決まってるだろ」


 秋人はコーヒーの残りを一気に(あお)った。


「奇襲をかけるぞ」


 二人は秋人の言葉にしっかりと頷いた。


 しかし、森への奇襲が行われる事はなかった。


 翌日、森が焼死体となって発見されたのだ。

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