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バタフライ・サイファー-3

――ギュイン!!


「フッ!!」


 秋人は短く息を吐き、軌道を細かく変えてくる弾丸を側転で避ける。通算五発目の攻撃であった。

 機動の変化は徐々に秋人の意表を突くように嫌らしさを増している。


 一方的に攻撃を受けている秋人は表情を険しくさせ、そして再び走り始める。


『将来の夢は体操選手?』


 電話越しに女が秋人の運動能力に感嘆してそう言った。


「俺を見ていないで敵を探してくれよ」

『み、見てないわよ!』


 明らかに自分を見ている内容の会話をしておきながら惚ける女に、秋人はやれやれと溜息を吐いた。


「お前の能力には察しがついてる。恐らくあの鏡の扇のような物を飛ばして見てるんだろ?」

『……私の能力なんか考えてる場合じゃないでしょ』

「いや、そうでもないぞ」


 秋人はそれを否定した。


「幸運にもお前の能力は敵の能力に近いものがある。お前の能力が分かれば敵の能力もある程度把握出来る」

『鏡に弾を反射させて攻撃する。それだけ分かれば十分じゃない』

「いや違う」


 秋人はそれも否定した。

 真剣そのものである秋人の声色に女は黙して続きを促した。


「鏡の扇に視覚があるかどうか。これは重要な事だ。答えてくれ。お前のその視覚の能力はそれがメインの能力なのか? それとも、あくまでそれは付属的な力で他に何か別の力があるのか?」

『…………』


 何も言わない事も回答の一つだった。電話先の女の能力は、何かを飛ばしてそこから見る能力だと秋人は沈黙から汲み取った。

 そして敵の能力者の扇には視覚はないと推測出来た。


「ありがとう。これで敵の位置が分かった」

『説明して』


 女は力を貸しはしても自身の能力を明かすつもりはなかったのだろう、幾分か不機嫌である。

 秋人はその様子に対する苦笑を押し殺し、要求通り解説する事にした。


「鏡の扇に視覚があるならば能力者本人を探すのは正直お手上げだった。完全に身を隠した状態から弾を撃ち出せるからな」


 窓を開けてカーテン越しに。マンホールの穴から。更には車で走り回りながら。どこに居たとしても適当な場所からピンポイントで秋人に攻撃を繰り出す事が出来るのだ。


「だが視覚が無いとなると違う。見ていないとしたら攻撃が的確すぎる。必ず敵は俺を見ている筈だ。どこか見通しの良い場所からな」


 鏡といっても距離がある上至極小さく、更に幾つも経由するとなると、鏡に写したところで秋人の姿は小さくなりすぎて視認出来ない。となると高い場所から双眼鏡なりで見ている筈だった。


『でも候補が多すぎるわ。それだけじゃ敵の位置を絞れても確定は出来ない』

「それだけならな」


――キュイン……


 秋人は再び響いた反射音に、空を舞う鏡の扇を見上げる。音から一拍置いて飛んできた弾丸をその扇が迎える。


――ギュインッ!!


 何度となく攻撃を受けた秋人は既にタイミングを掴んでいる。軌道を変更出来ないギリギリのタイミング、反射する数瞬手間で秋人は回避行動を取ったがしかし、躱し切れず弾丸は脇腹を掠め切り裂いた。


「ぐっ!」


 掠めただけだが、それでも弾丸の威力は凄まじく、肉を削ぎ落とされ激痛が走る。


『だ、大丈夫!? どうしたのよ! さっきまでは……まさか!?』


 彼女はあることに気が付き、秋人はそうだ、と呟く。秋人は既に気が付いていた。

 初めから弾道を見切れていなかった彼女は、秋人よりも気付くのが遅れたのだ。


『弾速が上がってるの!?』

「ああ、そうだ。俺が見切れなくなるぐらいまで徐々に、な」


 鏡から反射される弾丸の速度が上がっているのだった。だから秋人は避け切れなかった。

 ではなぜ弾速が上がったのか。それを考えれば自ずと敵の居場所が推測出来たのだ。


「全力を出していなかったとか陳腐な理由じゃないだろう。そもそも弾速を調整出来るのかも怪しい。となると」

『反射の回数が減っている……』

「つまり?」

『敵が近くなってきている』

「そう考えられるな」


 言う必要のない事だと思い秋人は黙っていたが、もう一つ反射の回数が減り、敵との距離が狭まっていると考える理由があった。

 それは、攻撃の間隔である。


 そもそも可能ならばマシンガンのように次々と弾丸を送り込むはずだが、それをしない。秋人はしないのではなく出来ない、つまり敵は再度弾を撃ち出すにはなんらかの制限があるのだと予想した。


 『発射から』一定時間置く事が必要なのではないかと考えたが、秋人は僅かだが徐々に攻撃の間隔が狭まっている事に気付き、『着弾から』一定時間必要なのだと見抜いた。


 単純な計算である。

 次の攻撃までの時間が十秒必要だと仮定した場合、発射から弾丸が秋人に届くまで十秒かかる距離ならば、『着弾から』なら二十秒間隔で秋人に弾丸が届く計算になる。

 しかし『発射から』ならば秋人に届くと同時に次の弾を発射し着弾から十秒後に再び弾丸が届くという繰り返しで、十秒間隔である。

 そして秋人まで五秒の距離に縮まったならば、『着弾から』ならば十五秒の間隔で攻撃出来る。つまり距離に比例して間隔が狭まるのだ。

 それに対し、『発射から』ならば着弾の五秒後に再度撃ち出し五秒後に弾が届く。距離に関係なく十秒間隔なのだ。


 無駄に反射させる事でそれを誤魔化し自分との距離を隠す事も出来るが、敵は『再度発射するには着弾から一定時間が必要』という制限により、それをせずに多く攻撃するメリットを取ったのだった。


 それ故に秋人は敵の能力を見抜き、距離が縮まっていると確信した。


 偶然秋人が走り距離を詰めていた、秋人の動きが見える高い建物。それはとうとう目の前まで迫った町外れの廃ビルの可能性が高かった。


『……いたわ! 最上階、六階に人影が見えた!』

「確定だな」


 秋人は一旦ポケットに携帯を入れ素早く入り口のフェンスを越え、そして慎重に廃れたオフィスビルの中に入った。


 気を引き締めなくてはならないのはむしろここからだ。罠が仕掛けられているかもしれないし、それに敵の能力は制限があるとは言え銃である。

 そして何よりも別の能力者がいる可能性がある。相手が一人だと考えるのはあまりに不用心だ。


「お前の見る能力で先行してくれないか? 何かを飛ばしてるんだろ?」


 秋人は一階を策敵したところ、時間が掛かりすぎる上待ち伏せし易い構造だったので、ダメ元で頼んでみた。


『仕方ないわね』


 意外にも女はそれを了承した。


 階段の下で秋人が待機していると、紫色を基調とした桃色の模様をした揚羽蝶(あげはちょう)が二匹、入り口から姿を現す。蝶には似つかわしくなくスーっと真っ直ぐ飛んできた。


『行くわよ』


 秋人は蝶に向かって頷き、少し距離を取って蝶の後ろに続く。


 蝶が室内を策敵し、安全を確認しながら二階、三階と慎重に登り、とうとう最上階の六階へと辿り着く。

 嫌に静かで、秋人の頬を一筋の汗が流れた。


『やられた……逃げられたわ』


 秋人は蝶の導く場所へと走ると、秋人が入った入り口とは反対側の窓からロープが垂れていた。

 男は既にこの建物から去っていたのだ。


「移動しない狙撃手だからと侮ったな……こんな逃げる手段を用意してたか……」

『非常階段には蝶を残していたんだけどね。やられたわ』


 慎重さが逆に仇となってしまう結果となったが、それを悔やむのは後の祭りだ。早々に六階に突っ込めば良かったかと言われれば、あの時その判断が出来る訳がなかった。


「周囲には?」

『蝶を放ってるけど見当たらないわね』

「既に姿を眩まされたか……顔は見たか?」

『これだけ暗いと余程近づかなくちゃ見えないわよ。男か女かも分からないわ』


 さすがに目の前に(いびつ)な飛び方をする見たことのない柄の蝶がいれば撃たれるだろう。


「くそ……打つ手無しか」


 秋人は出し抜かれた悔しさに壁を殴りつけた。

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