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翼を授けて

作者: 六轟

「アンタってさ、なんで木梨先輩みたいになれないの?」


 そんな事を俺の幼馴染が言ってくる。


「俺は、俺だから。」

「カッコつけてないで、本当にカッコよくなってみてよ。」


 格好つけて言っているわけではない。

 俺は、逆立ちしてもその木梨先輩とやらにはなれない。

 確か彼は、同じ高校の3年生で、スポーツ系の部活に所属しながらモデルもやっていたはずだ。

 この前、歌も出したんだっけ?

 俺自身が興味あるわけではないけれど、この幼馴染がよく彼の事を話してくるから知っている。


 幼馴染の名前は、如月利枝(きさらぎりえ)

 昔から可愛いと評判だったけれど、成長してとても美人になり、高校内でも高校外でもモテているらしい。

 実際に、周りからも利枝が誰々に告白されていただのなんだのとよく聞くから、それは間違っていないんだろう。


 俺にとっては、事あるごとに憧れの先輩とやらと比較してくるので、正直最近はあまり一緒に居たいとは思えない存在だ。

 昔は、仲が良かったように思うのだが、最近は利枝が一方的に俺の部屋にやってくるくらいで、一緒にどこかに行ったりだとか、遊んだりなんてことはしていない。

 そもそも、何故そんな楽しくもない空間にコイツがやってくるのかもよくわからない。


「そろそろ初めてのアルバイトに行く時間だから、お前も帰れ。」

「バイト?アンタが?どういう風の吹き回し?」

「買いたいものがあるんだよ。」

「ふーん……。あ、そういえば再来週アタシの誕生日……ふーん?なるほどー?なら仕方ないか。」


 そう言って、利枝はニコニコしながら帰って行った。

 変な理解の仕方をしたみたいだけれど、帰ってくれるなら構わない。



 俺には、1つだけ夢がある。

 それは、鳥のように空を飛んで、そのままどこかの地面にぶつかる事だ。

 自殺がしたい……というのとはまた違う気がする。

 夢の中で、高い所から落ちて地面にぶつかった瞬間に目が覚めるなんて経験は、皆したことがあるんじゃないだろうか。

 俺もご多分に漏れず、そういう悪夢を何度も見た。


 だけど、そんな事をリアルで体験してみたい人間なんてそうそういないだろう。

 俺は、そのそうそういないであろう人間だっただけだ。

 痛い思いなんてしたくないし、現実世界に絶望していて、死んで異世界に行きたいと思っているわけでもない。

 ただ、地面が迫ってくるあの感覚を現実に体感してみたいだけなんだ。


 だけど、実際にそれができるのは、生涯に1度きりだと思う。

 ほぼ確実に死んじゃうだろうし。

 どうせやるなら、特別激しい落下劇をしてみたい。

 かといって、ビルからの飛び降りはダメだ。

 下に人がいたら、激突して巻き込むかもしれないし、そこが人が死んだ場所だと認識されてしまい、周りの商業施設に迷惑がかかるかもしれない。


 俺のこの夢は、あくまで俺個人の勝手な物。

 できるだけ俺個人で終わらせるべき問題だ。

 故に、死体回収や捜索なんてものすらされないように努力するべきだと思っている。


 俺が買いたいものとは、俗にいうウイングスーツと呼ばれるものだ。

 モモンガのように、腕と胴体や脚の間に膜が付いていて、これを操ることで滑空できる代物だ。

 知らなかったが、30万円もあれば1着買えてしまうらしい。

 それくらいなら、俺がバイトを頑張れば数か月で買えるだろう。

 どうせ、落下死したら所持金はパーだ。

 お年玉や、小遣いを貯金していた口座の残高等も合わせれば、今月中に達成できるかもしれない。

 今まで漠然とした妄想でしかなかった俺の夢が、必要な費用や、準備にかかる期間を具体的に考え出したことで形となってわかるようになった。


 正直、利枝になんて付き合っているヒマは無い。

 彼女は彼女で木梨先輩関係の夢でもあるのだろうけれど、それは彼女自身が叶えるべきものだ。

 俺にそれを求められても困る。


 俺に友達はいない。

 どうにも他人と付き合うのが得意ではないからだ。

 誰かのために自分の都合をつけるような事がとにかく苦手だ。

 社会人になったら苦労するだろうなと自分自身でも思っていたけれど、その前に死ぬのであれば問題もないかもしれない。

 俺が死んだところで泣く人間なんて本当に少しなんだから。


 両親は、出来の良い妹の方に集中しているようで、俺に関してはとりあえずそこにいる存在程度の認識だ。

 妹の方は、俺にも懐いてくれているから、俺が死んだら泣くかもしれない。

 それでも、あいつは人気者だし、俺と違って社会生活も上手くこなせる筈だから、俺の事なんて忘れて幸せに暮らしていけるだろう。

 祖父と祖母は、父方も母方も両方亡くなっているし、他に親戚もいない。

 爺ちゃん婆ちゃんは、俺にも妹と同じ額のお年玉をくれたから好きだったけれど、皆ガンで亡くなった。

 うちの家系は、もしかしたらガン家系なのかもしれない。

 もうすぐ死ぬ予定の俺には関係ないけれど、妹がガンになる前には特効薬でも開発されていて欲しいと思う。


 利枝は、昔なら泣いたかもしれないけれど、今は別に気にしないだろうな。

 アイツが俺にそこまで興味を持っているとは思えない。

 木梨先輩みたいにカッコよくなれば話しは別だろうけど、それは未来永劫ありえない。


 そう考えると、泣いてくれるのは妹だけか。

 それはそれで悲しいかもしれない。

 なんなら、妹の記憶からも俺を消し去ることができるなら、その方が迷惑が掛からなくて良いんじゃないかって気もする。


 俺は、死後に俺がこの世界に存在した痕跡なんてなくなっても構わない。

 よく、爺さん連中が石碑を立てたがるけれど、普通の人たちはそこまで自分が存在した事を後世に伝えたいものなんだろうか。

 アレがあるだけで結構邪魔だし、夜になると不気味に見えて迷惑極まりないんだけど。



 初めてのアルバイトは、ライブ会場のスタッフだ。

 といっても、3日間の短期のもので、アルバイトスタッフにさせる事なんてたかが知れてるらしいけれど、それでも期間中はとても忙しいらしく、初日の今日は昼からだけど、明日明後日は朝6時から夜10時までびっちりなんだとか。

 アホみたいな日程だけど、土日と祝日の月曜日を含めた3日全部合わせた給料が6万円なんだから、俺は迷わず応募してしまった。



 会場に着くと、一般人は入れない裏手に通される。

 そこで俺の仕事の説明をうけたけど、俺が想像していた仕事とは大分違うようだった。

 てっきり、押し寄せるファンからアイドルだか歌手だかを守る警備員のようなものをさせられるんだと思っていたけれど、それはプロの方々がやるらしい。


 じゃあ、俺は何を担当させられるかというと、食事を配ることだそうだ。

 ケータリングとかいうので用意した、誰でも自由に食べ物を持って行けるように並べてある場所があるんだけれど、スタッフや出演者の中には、そこまで取りに来る余裕が無い人も多いらしくて、タイミングを見て配り歩く担当者が必要らしい。

 中には、自分で出前を頼む人もいるらしいけれど、大抵の人は自分でこのケータリングコーナーに来るか、俺みたいなスタッフに運んでもらって楽屋や担当場所で食べるらしい。

 普通は、女性が割り当てられるらしいけれど、本来ここに割り当てられる予定だった人が当日キャンセルをかまして来たため急遽一番若い俺がコンバートされたらしい。

 それが無かったら、1日中舞台スタッフの後ろをついて回ってケーブルを運ぶ仕事だったらしいけれど、どっちがマシなのかは今の時点ではわからないな。


 この食事当番は、案外責任が伴う仕事かもしれないと思ったのは、料理を楽屋に運ぶ仕事を始めてすぐだった。

 俺が手に持つ1枚の紙、そこには、誰々が何々のアレルギーのため、その人用の弁当を分けて絶対に取り違えられないようにするようにという指示が書かれていた。

 アレルギーということは、もし取り違えられたら、その人が歌えなくなったり、最悪死ぬ場合もあるって事のはずだ。

 そんな事をバイトの俺にやらせていいのだろうか、何て考えたけれど、俺を雇った側からしたらこれはその程度の仕事であって、他の仕事はもっと難しいんだろうな。


 今回のライブの出演者は、色んなジャンルの人がいるみたいだけれど、とにかく若い世代ばかりらしい。

 最初に届ける先は、今人気の女性アイドルの部屋らしい。

 確か、SERICAとかいう名前だったっけ?

 アイドルには、全く興味が無かったために俺は知らなかったけれど、今回のライブの目玉の1人と言われている位には有名なんだとか。

 部屋の前に立ち、ノックをしてみるが返事は無い。

 当然部屋に常にいるわけでもないので、返事が無い場合は入って食事を置いて出てくればいいらしい。


 中に入ると、部屋の中は真っ暗だった。

 本当にこの部屋であっているんだろうかと一瞬不安になったけれど、部屋番号と入口の『SERICA様』の張り紙は間違いないだろう。

 とにかく、とっとと食事を置いて退散しよう。

 そう思って部屋の電気をつけてみると、机に女の子が1人座っていた。


「うわぁああ!?」

「キャア!?」


 不意打ち過ぎて、人生でもそこまで出したことが無いような悲鳴を上げてしまった俺。

 相手も驚いただろうけれど、これは相手が悪いと思う。


「……すみません、ノックもしたのですが……。お昼ご飯お持ちしました。」

「あ……。はい、ありがとうございます。」


 希望メニューのサンドイッチの詰め合わせとミネラルウォーターを彼女の前に置くけれど、どうにも様子がおかしい。

 顔面蒼白で、今にも逃げ出してしまいたいと思っているようにも見える。

 だとしても俺には関係ないんだけれど、流石にいくらコミュ障の俺とは言え、こんな状況の人間を見て無視して逃げ去る事もできない。


「大丈夫ですか?具合悪そうですけど。」

「……え?そう……みえます?」

「そうとしか見えないくらい顔白いですよ。表情もヤバイです。今にもビルの屋上から飛び降りそうなレベルで。」

「……実は、私極度のアガリ症で……。アイドルなんてやってますけど、そう言う部分を治したくて始めたのに、未だに全く治ってないんです。そんな私が、これから数千人の前でライブなんて、本当にできるのかななんて考えてたら、もう帰りたくなってきて……。」


 芸能人でもそう言う人っているのか?

 そんなんやっていけないんじゃないか?なんて思うのは俺が素人だからなんだろうか。

 まあ、友達も作れない俺にアガリ症の人間に対する適切なアドバイスなんてできないんだけども。


「そんなに人前苦手なのに、よく逃げ出さずにここにいますね。それだけでも凄いと俺は思います。ぶっちゃけ俺には数千人の前で歌って踊ってなんて無理なんで。」

「アイドル自体が私の夢だったので。お客さんたちの前で、奇麗な衣装着て、カッコよく踊って、歌って、皆を喜ばせられるなんて素敵じゃないですか!」


 夢か。

 アイドルどうこうはわからないけれど、夢のために頑張るという部分なら俺にもわかる。

 この人は、カッコいいな。


「そっか、今日このステージで歌うのって、私の夢だったんだ……。」

「今日、夢を叶えられるんですね。羨ましいです。」

「ありがとうございます!貴方は、何か夢はありますか?」

「俺の夢は、鳥みたいに飛んで、地面に激突することです。悪夢でみるような感じで。」

「……それって夢なんでしょうか?貴方の夢も応援します!って言いたかったんですけど、ちょっと応援できないです……。」

「ははは、自分自身普通の夢じゃないと思ってるんで大丈夫です。そういえば、表情明るくなりましたね?もう大丈夫そうなんで、ライブ頑張ってください。俺は見れないけれど、応援してます。」

「ありがとうございます。貴方は、明日と明後日もごはんを持ってきてくれるんですか?」

「多分そうなるんじゃないかと。」

「それじゃあ、次に会った時に私の連絡先を渡すので、お友達になってくれませんか?今はスマホも、筆記用具も持ち合わせていないので。」

「友達?いいですけど、俺友達いないですよ?それに、あと1か月か2か月で死ぬ予定ですし。」

「私も友達なんていませんから。友達になりたいって言ってくる人はいっぱいいるんですけど……。それに、もうすぐ死ぬつもりの人が相手だからこそ、話せる事もあるかもしれないじゃないですか?」

「……まあ、そっちがそれでいいならいいけど。俺は長谷川 聖夜(はせがわ せいや)。16歳で、誕生日は12月24日。この名前は割とクソだと思ってる。」

「凄い名前……私は、清水 芹香(しみず せりか)。私も16歳だよ。普通の名前でごめんね。」

「……うらやましい。」

「……ふふっ、あははは!」


 笑いながら手を振る芹香に見送られながら部屋を出る。

 次の食事を待つ人の所に向かわないと。










 指示書によると、次に配る相手は、木梨恭太さんね。

 アレルギー等は無しで、希望メニューはカツサンドっと。

 指示された部屋の前に立ち、ノックをしてみる。

 またまた返事は無い。

 中がまた真っ暗だったら嫌だなぁなんて想いながらドアを開けると、今回はちゃんと明かりがついていた。

 ただ、楽屋の真ん中に置かれた机の下で、1人の男が蹲っていた。


「……あの、大丈夫ですか?食事持ってきたんですけど。」


 一応話しかけてみる。

 正直もう逃げだしたいけれど、蹲っているのを無視して出て行ったら後で何言われるかわからないし。

 すると、その男がのそりとこちらをみて、今にも消え入りそうな声を出した。


「今すぐ誰にも迷惑をかけずに消え去る方法は無いか?」

「無いんじゃないですか?もう一度聞きますけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない……。」


 よし、カツサンドとミネラルウォーターだけ置いて出て行こう。

 コイツには関わらないほうが良い気がする。

 そう思ったのに、話し相手ができたのが嬉しいのか、男は続けて話し始めた。


「俺は、これが初めてのライブなんだ。だから練習もしまくった。だけど、どこまで行っても俺の歌は上手くならなかった。だから、今日俺は口パクでステージに立つんだ!」

「はぁ……。でも仕方ないんじゃないですか?」

「そう!仕方がないと誰もが言うんだ!実際俺も、自分が歌っているのを録音して聞かせてもらったけど、アレは酷い!出来上がった曲はかなり修正されてたから聞けるものになってたけど、生で聞かせる域には無い!それがとても悲しくて情けないんだ!俺なんて消えた方が良い!そう思うのに、俺が消えたら皆に迷惑がかかる!どうしたらいいんだ!?」

「口パクでも良いからステージに立ったらいいんじゃないですか?アンタのライブが見たい人たちは、それを見に来てるんだから。」

「……だが、このライブは別に俺の単独ライブなんてものじゃない。本当に俺の曲にファンなんているのか?考えれば考える程、不安になってきた……。」


 うじうじしやがってなんなんだコイツは!?

 イケメンでスタイルも良くてライブに出されるって事は曲までもってんだろ!?

 それでもまだ自信ないのか!?


 ん?まて、この人確か木梨とか言ってたか?

 あれ?


「もしかして、木梨先輩ですか?」

「……ん?確かに俺は木梨だが?」

「スポーツやりながらモデルもやってて、今回歌も出したって言う?」

「多分その木梨だ。俺の事知ってるのか?」

「顔はあんまり。ただ俺の幼馴染が木梨先輩のファンらしくて。あと、俺と先輩って高校同じ筈ですよ。」

「そうなのか!?すまない!お前は全く見覚えが無いが、男子の後輩と部活関係なく話したのはこれが初めてだ!」

「そうなんですか?結構人気者だと思ってましたけど。」

「女子からの人気はあるみたいだけどな……。女子同士でエグイ脚の引っ張り合いをしているのを見て女性恐怖症になり、女にモテてる俺に嫉妬して男たちは話しかけてくれなくなり……。チームメイトとすらマトモに会話するのは試合中くらいだな……。いつの間にか友達もいなくなっていた……。」


 なんでこの人は、このスペックでボッチになれるんだろうか。

 逆に聞きたくなるな。


「……はぁ。お前に話して少し気持ちが楽になった。てか、お前の幼馴染は俺のファンなのか!やっぱり俺にもファンはいるんだな!」

「みたいですね。俺に対して『なんでお前は木梨先輩みたいにならないんだ?』って聞いてきますし。」

「なんだそれは?俺みたいにできる奴なんてそうそういないぞ?それは俺が保証する!」


 この先輩自信があるのかないのかわからないな。


「もう大丈夫っぽいんで、俺もう行きますね。カツサンド食べてください。」

「ああ!助かった!俺はここに歌いに来たが、まさか友達ができるとは思わなかったぞ!今日は何ていい日なんだ!」

「……友達?」

「ああ!来週は学校行くから、昼飯でも一緒に食べようぜ!」

「……まあいいですけど。」


 暑苦しく手を振る木梨先輩に見送られながら部屋を出る。

 楽屋に入る度に友達が増えるんだがなんなんだろうか。

 いや、木梨先輩が友達かはちょっとよくわからないけど。











 次の部屋は、カルタグラってロックバンドらしい。

 ボーカルだけ女性で、残りは男性。

 女性だけハンバーグ弁当で、男性3人が焼肉弁当。

 男性のうち1人が重度のネギアレルギーで、その人の分だけネギとタマネギが使われてないんだとか。

 ここは要注意だな。


 といっても、流石にもうライブ前に人生相談みたいなことされる心配はないだろ。

 だってソロじゃないし。

 悩みは、同グループ内で解決できるはずだ。


 部屋の前に立ち、ノックをしてみる。


「開いてるから、勝手に入って。」


 部屋の中から女性の声で返事がある。

 これだけでも安心してしまう。

 って、返事なんて無いのに中に人がいるのが2回も続いてるのはちょっとおかしくないか?


 中に入ると、先ほど返事をしてくれたと思われる女性が迎え入れてくれた。

 それはまあいい。いいんだけどさ。後ろで言い争ってるのさえいなければ。


「お前!俺とは遊びだったのかよ!?」

「んなわけねぇだろ!でも本気の相手がもう1人できたってだけで!」

「僕は、もう1人がいるなんて聞いてないんだけど?」


 男たちが痴話げんかしていた。

 今サラッと聞いただけで言うなら、男が男と浮気して、彼氏がキレたようだ。

 男性メンバーが3人だって話しだから、あの3人はカルタグラのメンバーなんだろう。

 同グループ内でそれをやらかしたのか?


「あの、弁当置いていくんで俺部屋から出ますね。」

「この状況で私を放置して帰る気?許されないよね?」

「いや許されるんじゃないですかね……?」


 俺は、仲裁係とかではないぞ。


「彼ら、非処女なんだって。」

「……高校生のバイトに何言ってるんですか?」

「私だけ処女。おかしくない?」

「話題がおかしいと思います。仕事に戻らせてください。」

「キミ、名前は?」

「……長谷川ですけど。」

「長谷川くん。私は、志村 野々花(しむら ののか)。ボーカルね。1分でいいからお姉さんとお話して?そして全ての質問に肯定的に答えて?」

「よくわからないですけど、わかりました。だから早くしてください。」

「ありがとう……。」


 さっさと終わらせて仕事に戻ろう。

 まだ色々な場所に行かないといけないんだ。


「私って奇麗かな?」

「奇麗だと思いますよ。」

「本当に?お世辞とか言ってない?」

「肯定的な意見言えって言ったの自分でしょ……?でも、本当に美人だと思いますよ。」

「うん、ありがとう……。周りからは、美人だって言われてきたんだ。でもね、今こんなんよ。男3人が、私じゃなくて男3人だけの痴情の縺れでうちのバンド解散の危機なの。普通、そういうのって私を取り合って起きない?そのまま音楽性の違いとかでグループが解散したり分裂じゃない?」

「どう肯定的に答えればいいのかわかりませんけど、大変ですね。」

「そう、大変なの。これからライブだって言うのに、野郎たちがヤったヤらないで揉めてるの。お姉さんどうしたらいいのかな?」

「冷めないうちに弁当食べたらいいんじゃないですか?お姉さんの分は、希望通りハンバーグ弁当ですよ。」


 本当にとっとと弁当受け取って俺を開放してくれ。

 バイトのボスにサボってると思われたらどうしてくれるんだ。

 まあ、あの人はあの人でバイトらしいけど、この手の事のベテランらしい。

 バイトにもいろいろいるんだなぁ。

 ……お姉さんがちょっと泣き出したため、現実逃避失敗。


「うんっ、ありがとう!お姉さん、長谷川くんが持ってきてくれたお弁当食べて頑張るね!長谷川君のハンバーグ食べて頑張るから見ててね!」

「頑張ってください。」


 裏方だから見れないと思うけども。


「……あのね長谷川くん。もう一つお願い聞いてもらってもいいかな?」

「なんですか?仕事戻りたいので早めにできる事にしてください。」

「連絡先教えてほしいの。それで私からのメッセージを読んで既読にしてくれるだけでいいの。返事はしなくていいから。愚痴を聞いてくれる人がいるって思わせてくれるだけでいいの。それだけで、お姉さん生きていける気がするの……。」


 まずいな。

 この人目が濁りまくってる

 これ断ったらどんな事するかわからなくて怖いな。


「……まあ、いいですよ。俺あんまり友達付き合いしてこなかったんで、普通のコミュニケーション出来ないかもですけど、それでもいいなら連絡先くらい交換しても。」

「ほんとう!?ありがとう!いっぱい愚痴送るから!あとたまにご飯奢ってあげるから!」

「いやまあ……はい。それで満足してくれるならそれでいいです。」


 あと数か月で死ぬと思うけどね俺。


「焼肉弁当……か。思えば俺たちの出会いもこれだったよな。」

「……そうだな。スーパーで半額になってた焼肉弁当に3人が同時に手をつけちまって、そこからバンドになっちまったんだよな。でも誰もボーカルできねーからって、紅一点で野々花いれてよ。」

「あの時は、本当にびっくりしましたね。その人たちと、今こんな関係になってるのも不思議な感じです。ネギアレルギーになるとも思いませんでしたけど。」

「まあお前は?こいつのネギを受け入れられないんだろうけどな!」

「……死んでも受け入れて見せますよ?」



「ごめんね、お姉さんやっぱりソロになるかも。」

「わかりました。言いたい事は送ってください。既読にするので。」


 半分笑い、半分泣きながらのお姉さんに見送られて俺は楽屋を出る。

 世の中にはどうしようもないことも多いらしい。

 そう思うしかない。


 その後も、今まで想像もしてこなかったような人たちと出会い、食事を押し付けて去るという事を繰り返した。

 気がつけば、妹と利枝くらいしか登録されていなかったスマホの連絡先に、数人の登録が増えている。

 礼儀正しく、ちゃんと楽しく会話ができる芹香は構わない。

 というかむしろもっと話していたい位に感じている。

 しかし、10分に1回メッセージを送ってくる木梨先輩と、既読にさえしておけば満足してくれるとは言え、5分に1回メッセージを送って来る野々花さんは、流石にちょっと面倒な気もするけども。

 他にもふえたけど、案外友達がいなくて寂しがっている人は、世の中に多いのかもしれない。

 その人たちを、これから俺は自殺みたいな形で悲しませてしまうわけだけど……。


 最後の日の夜、バイトリーダーから封筒を手渡された。

 中には、6万円の現金が入っている。

 まだウイングスーツには届かないけれど、俺が初めて自分で稼いだお金だ。

 すごい達成感のようなものを感じる。


「いやー!よかったよ長谷川君!アーティストって結構変な人が多いんだけど、今回は長谷川君が話しを聞いてくれたおかげで皆満足して最高の演奏が出来たみたいだ!よかったよかった!」


 なんてバイトリーダーは言っていたけど、どう考えても俺の仕事じゃない部分が多すぎた。

 ボーナスつけてくれてもいいんじゃないだろうか。

 その額だけ俺の夢実現までの時間が短縮されるんだけど。


 連休明けの火曜日、俺はいつも通り学校に登校する。

 1人で家から出たはずなのに、何故か途中で利枝が合流しているのは不思議だ。

 俺は、その日の気分で登校時間が変わるから、約束も無しに合流しようとするならずっと待ってなくちゃいけないと思うんだけど、本人曰く「何となく今日はこの時間に来る気がする」と予想してるだけで、数分しか待っていないらしい。

 その特殊能力は、もっと世のため人のために使うべきだと思う。


 教室に着くと、やっと利枝から解放されて俺は自分の席に着く。

 ここに座っている間は安全だ。

 俺に話しかけてくる奴なんて日直くらいだし、利枝とは同じクラスではあるけど、席が離れていて、尚且つアイツはアイツのグループでいつも話しているからだ。

 所謂ギャルというやつだろうか。

 派手な感じの奴数人と、スポーツが得意そうなショートカットの奴が1人利枝の席の周りに集まっているのがいつもの光景だ。

 クラスの男子たちも、その周りで話題に混ざりたそうにしているけれど、実際に仲良く出来たやつはいないらしいと噂に聞いた。

 まあ、悔しそうに近くで話してた奴がいただけなんだけども。

 そんな噂話をする間柄の人間すら、俺にはいない。


「よお!このクラスに長谷川っているか?」


 心を無にして、ホームルームまでの時間を安らぎの時にしようと努力していた俺の耳に、ここ数日よく聞いた声が聞こえる。

 入口の方を見ると、近くの女子に俺の事を聞いているらしい木梨先輩がいた。

 女子が顔赤くしているじゃないか。

 男子も顔赤くしているじゃないか。

 多分感情的には真逆な物だろうけれど。

 そういえば、今週は学校行くから、昼食を一緒にとか言ってたっけか。


「おう聖夜!今日の昼は学食でいいか!?」

「……いいですよ。俺は普段空き教室とかでパン食べてるんで、学食の使い方わからないですけど。」

「心配すんな!俺が教えてやる!俺はいつも学食だからな!」


 俺との約束を取り付けて満足したのか、笑顔で去っていく木梨先輩。

 まだ朝だというのに運動着姿だったということは、朝練を終えた所という事なんだろうな。

 昨日までイベントに出てたというのにタフなものだ。

 俺には絶対に真似できない。

 そもそも、違う学年の教室にいきなりやって来てそこの女子生徒に声をかける時点で無理だ。


「聖夜、アンタさ、木梨先輩と知り合いだったの?」

「ん?」


 木梨先輩がいなくなって落ち着いたと思ったら、隣に利枝がやってきていた。

 そういえば、こいつって木梨先輩のファンだっけか。

 女性恐怖症になっちゃってるらしいから紹介とかは諦めろよ。


「バイト先で会って友達になった……らしいぞ?」

「らしいってなにさ?でも、アンタってアタシ意外に友達いたんだね。」


 お前って俺の友達だったのか?

 まずそれを俺は知らなかったけど。


 それだけ言うと、利枝は自分の席に戻って行った。

 何が聞きたかったのかわからないけど、満足してくれたならいいや。


 いや良くないな。

 木梨先輩が突然やって来て俺に親し気に話しかけたと思ったら、その後に学校でも人気の利枝まで俺に話しかけてたんだ。

 クラスの今現在の話題の中心はどうやら俺らしい。

 俺に話しかけようか迷っている声が聞こえるけれど、無視だ無視。

 俺は、そういうのに上手く対応できない人間だ。

 ぼっちの人間相手でもないと、初対面の人間とは上手く話せない気がする。

 いや、この教室に初対面の人間はいないはずだけど、話したこと無いし……。


 くそ!やってくれたな木梨先輩と利枝!


 まあでもいいさ。

 こいつらともあと数か月でお別れの予定だ。

 変に喧嘩を売る必要もないけれど、仲良くなる必要もないわけだし、何か頼まれても断ればいいだろう。

 利枝は知らないけど、木梨先輩辺りは、俺にまで誰かに紹介を頼まれたって知ったら、女性だけじゃなくて男性恐怖症にもなりそうだし。

 まったく、なんで俺が他人の心配をしないといけないのか。

 そう思いながら、スマホの通知を切っておく。

 今日も今日とて、野々花さんからの愚痴が止まらないからだ。

 あの人よくここまで愚痴の話題が尽きないな。

 別に絞り出しているという風にも感じないから、これが素の状態なんだろう。

 とりあえず流し読みしながら既読にしていく。


『あの3人は、これからは3人で愛し合う事に決めたらしいよ。』


 とか言われても、俺にはどうしようもないじゃないか。



 学校の授業は面白い。

 知らないことを知る喜びというのは好きだ。


 俺が地面に激突するのを体験してみたいのも、結局はそう言う事なんだろう。

 知らない、実際に体験したことが無い、だからやってみたい。

 知的好奇心が恐怖を上回ってしまっているんだ。

 更に言うと、その知的好奇心は、この世界で生きていたいという俺の欲求すら上回っているわけだが。

 積極的に死にたいわけではないけど、積極的に生きたいわけでもない。

 そんな俺にとって、ウイングスーツを身に纏って空を飛び、地面にぶつかるという行為は、己の生すら上回る甘美さを持っていたというだけだ。

 芹香みたいに、必死に夢に向かって頑張っている人とは比べようもないくらいどうでも良い内容だと自分でも思うけど、やってみたくなってしまったんだからしょうがない。

 この世界に、それをやめてまでやりたい事なんて俺には無いんだから。


 1つ目の授業が終わり、次の授業は教室を移動しなければならない。

 皆急いで教室を出ていくのは、次の授業の席が特に指定されているわけではなく、早い者勝ちだからだろう。

 特に、グループでかたまって座りたい人たちや、後ろで寝ていたい奴にとっては重要な競争だ。

 誰かと固まって座りたいわけでもなく、授業をサボりたいわけでもない俺にとっては、ゆっくり向かった方が落ち着けるので好きだ。


 そう思って少し席でのんびりしていると、誰かが肩を叩いてきた。

 普段そんな事をされる機会がまずない俺にとって、それだけでも驚愕の事態だったが、肩をたたいた張本人たちをみて更に困惑する。

 そこにいたのは、利枝とよくつるんでいる女子生徒たちで、俺の肩を叩いたのはショートカットの女の子だ。

 名前は、確か佐久間 霧江(さくま きりえ)だった筈だ。

 俺から話しかけたことは一切ないけれど、利枝が誰々から告白されてただのなんだのとよく俺に報告してくる奴。

 なんで俺に一々そんな事を言ってくるのかわからないので、俺の中では恐怖の対象だったりするんだけど、本人に自覚は無さそうに思う。


「聖夜はさ、いつも利枝の隣の席に座ろうとしないけど照れてるの?」

「……ごめん。何言ってるのかよくわからない。なんで俺が利枝の隣に座らないといけないんだ?」

「え?聖夜と利枝って付き合ってるんでしょ?」


 どこからそんな話が出てきたんだろう。

 さっきから俺の思考の外側に話題が行きまくっている。


「利枝が俺と付き合いたがるわけないだろ……。いつも木梨先輩みたいになれって言ってくるし、ああいう人がタイプなんじゃないか?」

「え!?利枝そんな事いってんの?うわぁ……、そっかそっか……。いやごめん、こっちが勘違いしてたみたい。それは聖夜悪くないわ。」


 何かに1人で納得して佐久間は戻っていく。

 後ろに控えてたメンバーたちも、「あー……」とか「アイツマジ……」とか良いながら何かに納得したような雰囲気だけど、本当に一体なんだったんだろう。


 彼女たちに少し遅れて次の授業の教室に到着すると、利枝のグループがワイワイやっていた。

 利枝が何かを言われているみたいだけど、何かやらかしたんだろうか。

 普段何を話しているのか俺にはわからないけど、てっきりアイツがボスみたいな感じだと思ってたのに、今見た感じは子分……というか姉たちに叱られる末の妹みたいに見える。

 友達付き合いなんて殆どしたことが無い俺には、あの空気は理解できないけど、まあきっとそれも楽しんでるからこそ友達でいられるんだろう。

 それはそれで羨ましくも感じるけれど、俺自身がそうなることは多分できないだろうし、なりたいとも思ってないのを悲しくも感じる。


 午前中の授業が終わって、俺は初めて学生食堂に来た。

 入学した当初は、きっとここをよく利用するんだろうなぁなんて思っていたけれど、実際に俺がよく利用しているのは、屋上が立ち入り禁止になっているため、誰もやってこない屋上入口の前のスペースだ。

 本当に誰もやってこないから、自分の部屋にいるようにリラックスできるスペースと化している。

 たまーに誰かがいると、仕方なく空き教室を探してから食事になるけど、その時は非常に居心地が悪く感じてしまうほどだ。

 空き教室まで無い場合は、外の燃料タンクの裏くらいしかないけど、あそこは天候次第で利用できなくなるし、虫も多いからあまり好きじゃない。


 教室で食べろって?

 いやだよ。

 人がいるじゃないか。


 学食に来ると、既に木梨先輩が来ていた。

 俺だってかなり早く来たつもりだったのに、準備万端で待ち構えていたけど、どのタイミングで来たんだろうか。

 走ったのか?


「お待たせしました。」

「待ってないからいーぜ!それより何食うか決めたか?」

「メニュー自体よく知らないんで。」

「なら日替わりランチがいいぜ!Aが大抵肉でBが魚だ!」


 そう言われ、メニューのサンプルが置かれている方を見ると、今日のAランチはチキンカツ定食で、Bランチはアジフライ定食らしい。

 値段は、1食400円か。

 普段パンで済ませてる俺にはちょっと高い気もするけど、外食することを考えたら十分安いとは思う。


「じゃあ俺はAランチにします。木梨先輩はどうするんですか?」

「俺はいつも両方食ってる!ライブ中は、動くことも考えて胃の中にあんまりモノ入れとけなかったけどよ、今日は朝練もしたから腹減ってるしな!」

「モデルって食生活も気にしてるのかと思ってましたけど、結構揚げ物も平気なんですね。てっきりブロッコリーと鶏むね肉だけのマッスル定食的なアレかと思ってました。」

「俺は、バスケもやってるからな。寧ろこんだけ食べても足りねーぞ?だから今日は追加でラーメンも食べる!」


 凄い食欲だ。

 帰宅部の俺には真似できない。

 本当にこの人のことで真似できる部分を見つけるのが難しい。


 先輩と食券販売機の前に並ぶ。

 早めに移動したからか、まだ本格的に混んでいるわけではないようだ。

 先輩曰く、あと1~2分もあれば食券を買うだけで10分待ちの大行列になるそうだ。

 早めに移動して来てよかった。


 無事食券を買い、カウンターのおばちゃんに渡して、トレイに乗せられた料理を受け取る。

 イメージしていた通りの食堂という感じだ。

 となりでトレイを2つも持って、これから更にラーメンまで受け取ろうとしている人の存在を除けば。


 隅の方の人が少ない辺りの席に座って、やっと食事にありつける。

 木梨先輩の持ってきた量が多すぎて、隣の席も空いてないと置き切れなかったからだ。


「案外美味しいですね。普通の食堂って感じです。学生向けに、色々とチープな感じかと思ってたのに。」

「良くも悪くもふつーの食堂って感じだよな!でもたまにビュッフェとかやるから、その時はおもしれーぞ!」

「へー。そんな事やってるんですかここ。全然知らなかった。」


 情報源が無いからね。


「いつもは1人で食ってんだけど、やっぱ誰かと食ってると気持ちも上がるな!」

「そんなもんですか?」

「ああ!」


 楽しんでるなら良かった。

 これで、送られてくるメッセージが10分おきから1時間おき位になってくれればありがたいんだが。


「ねぇ聖夜、となり空いてる?」


 木梨先輩と他愛ない話しをしながら食事をしていると、いつの間にかやってきていた利枝に話しかけられた。

 何でここにいるんだ?いつものギャルグループみたいな奴らはどうしたんだろう。


「空いてるけど、今日は教室でいつものメンバーと食べるんじゃないのか?」

「あー……、うん。今日はなんかみんな忙しいんだって。」


 なんだか歯切れが悪いけど、言いにくい事でもあるんだろうか。

 喧嘩か?


「長谷川、この子は?」

「この前言った俺の幼馴染の如月利枝です。木梨先輩のファンの。」

「え!?アタシ別にファンじゃ……」

「おー!あの俺みたいになれって長谷川に言ってるやつか!如月、それはかなり厳しいと思うぞ?」

「あ、はい……。」


 利枝が珍しくたどたどしい感じがする。

 憧れの存在を前にすると人間こんなものなんだろう。

 秘密で紹介するってなると木梨先輩に迷惑かなって気もするけど、たまたま来た程度なら許してくれるだろう。

 許されないとしても、俺関係ないし……。


「聖夜は、今日パンじゃないんだ?いっつも購買でパン買って食べてるみたいだけど。」

「先輩に誘われたからな。いつもは屋上の出入口付近でパン食べてる。」

「そんなトコにいたんだ?だから見つからなかったんだ……。」

「お前は弁当なのか?おばさん料理得意だったもんな。」

「違うから!これ自分で作ってるから!」

「お……おう、そうなんだ。お前も料理とか出来たんだ?」

「まあ、練習してるし。ちょっと多めに作りすぎたんだけど、卵焼きとか食べる?」

「俺は、そこまで腹が減ってるわけでもないな。木梨先輩に食べてもらうチャンスなんじゃないか?」

「いや!だから……そうじゃなくて……。」

「俺は、同年代の女子が作ったものを食べたら蕁麻疹が出る体質になってるから食べられないぞ。」


 そういえばこの人女性恐怖症なんだっけ。

 モテすぎるせいで女が苦手とか、業が深いな。


「とにかく!卵焼き一切れ食べて!」

「わかった。……あ、ちゃんと美味しいわ。」

「は!?不味いと思ってたの!?」

「利枝が料理できるイメージが全くなかったから、ちょっとだけ覚悟が必要だった。」

「アンタってアタシを何だと思ってるワケ?」

「女版ジャ〇アン。」

「……へー?」


 利枝がなかなか見ない位怒っている気がする。

 でもお前、最近勝手に家に来て人のマンガとかゲーム機勝手に使ったり、木梨先輩みたいになれとか理不尽な事言うだけじゃないか。

 結構傍若無人だぞ。


「ふう!食った食った!じゃあ長谷川、俺先に戻るわ!ここにずっといると騒ぎになる事多いんだよ……。」


 そう言いながら、俺の3倍近い量を注文していたはずの先輩は、食器を重ねて纏めてから立ち上がった。

 まあ確かに、段々と先輩の周りの席が女子で埋まってきているのは俺も感じているけれど。


「俺ももう少しで食べ終わるんですぐ帰りますね。」

「いや、お前はもう少しゆっくりしてやれよ。如月まだ食べてるだろ?」


 確かにそうだけど、こいつは多分木梨先輩がいなくなったら俺がいても意味が無いんじゃないだろうか?


「またな長谷川!女の子は大切にしてやれ!」


 そう言い残して、颯爽と大量の食器を抱えながら先輩は去っていった。

 大切にしろって言われても……ねぇ?


「それで、木梨先輩帰ったけど、俺はここに居た方がいいのか?」

「……別に先輩は関係ないし。今日は珍しく聖夜がお昼にどこにいるかわかったから来ただけだし。」

「ああそう……。」


 さっさと教室に戻ってスマホで遊んでようかと思ったけれど、どうにも利枝は置いて行かれたく無いようだ。

 構ってほしいんだろうけど、俺に一体どうしろって言うんだ?


「俺に何してほしいんだ?木梨先輩の連絡先教えてくれって言うなら無理だぞ。」

「だから!!!先輩は関係無いって言ってるでしょ!!!」


 突然、利枝が叫んだ。

 俺もビックリしたけど、利枝自身も自分の声に驚いているみたいだ。

 周りも、何かあったのかとこちらを見ている。


「何がなんだかよくわからないけど、もう何も言わないから、とりあえず弁当食べちゃえよ。お前が怒る事を俺が言ったんだと思うけど、俺は今の所それがなんだったのかわかってない。少なくとも、怒らせたくて言ったわけじゃない。だから、とりあえず黙っておく。まあ、食べ終わるまでここにいるから、落ち着いたら教えてくれ。」

「……うん。」


 ばつが悪そうに返事だけする利枝。

 本当に、今日のこいつはなんなんだろうか。

 こっちは慣れない学食で、更に上級生のモデル兼バスケ選手兼歌手を相手にしていたせいで緊張しているお上りさんなんだぞ。

 余計な問題は持ち込まないでほしい。


 暫く黙っていると、ようやく利枝も落ち着いてきたみたいだ。

 よかったよかったなんて思っていると、俺の皿に自分の弁当のおかずを幾つか置いてくる。


「待たせてるの悪いから、食べて。」

「別に気にしなくていい。」

「食べて!」


 変に刺激を与えるのも怖いので、言われた通りに食べてみる。

 卵焼きも美味しかったけど、このアスパラをベーコンで巻いた奴とか、小さめのハンバーグとかも美味しい。

 ただ、自分で使った箸で分けてくるのはいいんだろうか。

 いや、利枝が気にしないなら俺はいいけど、食堂の男子たちからの目線が痛い。


「美味しかった?」

「……まあ、予想よりずっと美味しかったな。」

「そう。」


 そこでやっと機嫌が直ったみたいで、自分でもパクパクと食べだす。

 本来、こいつは俺よりも食べるのが早い。

 今日は、俺が怒らせたからこんな感じだったけど、普段だったらとっくに食べ終わって、友達とだべっているタイミングのはずだ。

 何で怒ったのかわからないけど、多分説明されてもやっぱりわからないって事になると思うので気にしない事にしよう。


 結局昼食が終わって教室に戻れたのは、昼休みが終わる数分前だった。

 戻ってすぐ利枝は友人グループに囲まれてるけど、やっぱり喧嘩じゃなかったんだろうか?

 女子高生のコミュニティは相変わらずわからない。


 芹香ならわかるんだろうか?

 いや、友達いないって言ってたな……。

 そういえば木梨先輩も野々花さんもボッチになったんだった。

 ボッチコミュニティなら順調に広がってるぞ。


 午後の授業は、特に何事もない平和な時間だった。

 自殺行為のような夢を持ってる俺だけど、普段は逆に平和な方が嬉しい。

 世紀末な世の中を望んでいるわけじゃない。

 午前中から昼にかけて色々あったけど、何事も無いのは素晴らしい。


 放課後は、特に予定もないためさっさと帰ろうと思い席を立とうとすると、ダッと音が立つ程の勢いで前に人が立った。


「アンタさ、今日はもう帰るんでしょ?アタシも今日は帰るから。」

「放課後いつも一緒にいる友達はいいのか?」

「別になんでもいいでしょ。」

「喧嘩でもしたか?」

「違うから。で、帰るの?帰らないの?」


 もちろん帰る。

 帰ってフリマアプリでウイングスーツが安く出品されてないか調べる。

 そもそも出品されてるの見たこと無いけど。

 ウイングスーツで検索したら出てくるのは下着だし、パラシュートで検索したら出てくるのは釣り具だった。

 まあ、パラシュートに関しては、パラグライダー用のならある程度の速さでぶつかれるかなとも思ったんだけど、それだと横方向になっちゃって理想と違うので、結局探さなくなった。


 そういえば利枝と一緒に帰るのも久しぶりだなと思いながら外まで歩く。

 教室を出てからも、靴を履き替えてる時も、何故か何も話さず着いてくる辺りがなんだか不気味だ。

 コイツは、一体何を考えているんだろうか。


「……あのさ、木梨先輩の事なんだけどさ。」


 なんて思ってたら、急に話し出す。

 本当に何考えているのかわからない。


「木梨先輩がどうした?」

「アンタにさ、あの……。」


 かと思ったらまた黙りだす。

 何か言おうとしてるようだけど、どうにも踏ん切りが着かないという感じだろうか。


 別に立ち止まっているというわけでもなく、歩きながらだったので、利枝が話を続ける事もなく校門まで来てしまった。

 まあ、家は近くだから帰り道も殆ど同じ筈だし、家に着くまでには話を始めるんだろうなんて考えながら校門から出ると、他校の制服を着た女子が立っていた。

 地味なメガネを掛けているけれど、多分すごい美人なんじゃなかろうか。

 あと、あの制服は近くのお嬢様学校の奴だった気がする。

 俺とは、全く関連が無くて記憶もあいまいだけど、あそこの女子学生と合コンしただのなんだのと騒いでるクラスメイトが前にいた。

 誰か人を待っているんだろうか?

 でも、その制服でこんな所に立ってると目立つぞ。

 実際、チャラそうな男子数人が声をかけようか迷っているようだし。


 なんて思っていると、その女子学生と目が合った。

 瞬間、パアァって擬音が出そうなほどの笑顔になってこっちに来る。

 なんだなんだなんだ!?

 女子にそんなふうに近寄られるおぼえが全くないんだが!?


「聖夜君、ごめんね?来ちゃった!」

「えーと……どちら様?」

「あれ?あ、そっか……メガネかけてたんだっけ。これでわかる?」


 そう言って、少しメガネをずらした女の子は、先日友人になった芹香だった。

 なんでこんな所にいるんだろうか。


「せり……あー、清水さんか。どうかした?」

「今日、お仕事でお昼で学校から帰ったんだけど早めに終わったの。それで、暇つぶしにフリマサイトみてたんだけど、こういうの見つけて……。」


 そう言って彼女が見せてきた画面には、


『急募!ウイングスーツ販売!急遽引っ越すことになったため、今日中に受け取りに来てくれる方限定!価格5万円!』


 と書かれたページが表示されていた。


「え!?これ詐欺とかじゃない!?マジだったら欲しい!」

「って言うかと思ってさ。本当は、使用目的考えると教えるのもどうかと思ったんだけど、それでも伝えるだけ伝えておこうかと思って。仕事場がたまたま近くだったのと、丁度下校時刻だったから会いに来ちゃった。」

「助かる。住所は割と近いな……。連絡入れて早速行ってみるよ。」

「うん。じゃあ私は帰るね。……もし、これ本当に使うなら、その前に連絡してね?」

「そうだな。その時は、ちゃんと清水さんには連絡するよ。」

「うん、わかった。またね!」


 思いがけず良い情報を貰ってしまった。

 早速サイトを通して連絡してみると、即連絡が帰ってくる。

 どうやら今は家で引っ越し作業中らしく、今日中ならいつ来てくれてもいいらしい。

 その時に現金を持ってきてくれれば、手渡しで売ってくれるそうだ。

 こんなうまい話があるだろうかとも思うけど、まあ5万円なら騙されてたとしてもそこまででもない。

 準備して向かおう!


「ねえ聖夜、今の娘だれ?」


 あ、そういえば利枝がいた。

 あまりの事に忘れてたけど、先に帰ってもらうか。

 むしろ、よくこの数分じっと待ってたなコイツ。


「この前のバイトの時に知り合った人。お互い友達いないから意気投合して連絡先交換した。あのバイトするまで、俺のスマホって連絡先が妹とお前しか入ってなかったし。」

「……か、彼女、ってこと?」

「彼女?付き合ってるかって事か?そんなわけないだろ。」

「でもあの娘、わざわざアンタのためにここまで来て待っててくれたんでしょ……?そんな事普通する?」

「さぁ……?普通ってのが俺にはわからないし。」


 こちとらお前と違ってボッチだぞ?


「それで、俺はこの後寄る所できたから、利枝は先に帰ってくれ。」

「は?寄る所って?」

「ここ。」


 そう言ってスマホの画面を見せる。

 場所はここから歩いて30分くらいだろうか。

 帰る途中の郵便局でバイト代を貯金しようと思って持ってきていたから、このまま行っても大丈夫そうだ。

 運が良かった。


「……アタシもついて行っていい?」

「は?何しに?」

「別に。ただヒマなだけ。」

「いや、来たいなら来てもいいけど、ただ買い物するだけだぞ?」

「うん。」


 どういう風の吹き回しだ?

 いつも自分の買い物に付き合わせることはあっても、俺の都合に合わせる事なんてまずない癖に。

 今日の利枝は本当に何考えているのかわからない。

 熱でもあるのか?

 ちょっと心配になっておでこに手を当ててみる。


「え?何!?」

「いや、今日の利枝なんか変だから、熱でもあるのかと。」

「……アタシ、そんなに変だった?」

「いつもなら俺の買い物に一緒に来るなんて絶対言わないだろ。」

「そんなこと無いじゃん……。」

「少なくとも、俺が覚えてる限りでは初めてだぞ。」

「……アンタが誘わないだけじゃん。」


 何が悲しくて幼馴染の女に買い物に付き合ってもらわんといけないんだ。

 そもそも、買い物自体殆どしないし。

 マンガとかゲームは、ネットかコンビニで買っちゃうしな。

 店に行くとしたら、精々たまに服を買うくらいか?

 それこそ、「木梨先輩みたいな服を選べ!」って煩そうだしなぁ。


「あのさ、さっきの女の子、本当に彼女とかじゃないの?」

「違うよ。あの場では周りの目あったから言わなかったけど、あの娘最近有名なアイドルらしいんだよ。SERICAって知らない?」

「……あ!え?あの娘が!?」

「そう。この前のバイトで楽屋にご飯持っていった時に知り合っただけ。アイドルが俺なんかと付き合いたがるわけないだろ。」

「そんなのわかんないじゃん!」

「わかるだろ……。」


 大体、あっちは俺がもうすぐ死ぬであろうことも知ってるんだし。


「考えたら、アンタがあんな可愛い娘と付き合えるわけないか。」

「だからそう言ってるだろ。」

「……そっか。ふふっ、そっか!」


 なんだこいつ?

 なんで人がモテない事を笑うんだ?

 舐めてんのか?


 まあそれでも、いつも通りの感じに戻ったし、機嫌も悪くなさそうだからほっとくか……。

 触らぬなんちゃらに祟りなしだ。

 それを俺は小さい時からコイツで学んでいる。


 そんなこんなで、大して話が弾むわけでもなく歩き続けていると、目的地のマンションへ到着した。

 入口のコンソールで部屋番号を入れて呼び出すと、すぐに自動ドアが開く。

 エレベーターで上がり、言われた部屋に到着してチャイムを鳴らす。

 ほどなくドアは開き、中からここ数日数回顔を合わせた人が出てきた。


「はいはいいらっしゃい!……あれ?キミって昨日まで弁当届けてくれた子じゃない?」

「え?あのバンドの人ですよね?カルタグラでしたっけ?」

「そうそう!俺ギターの斎藤ね!じゃあ、ウイングスーツ欲しいのってキミ?」

「そうです。まさかカルタグラの人が相手とは思いませんでしたけど。」

「いやぁ、俺たち3人で生活することになってさ……。それで引っ越し作業中ってわけよ。」

「あー……。」


 そういえば野々花さんからのメッセージにそんな愚痴もあったな。

 あいつら愛の巣つくるんだってさ!だったか。


「それで、ウイングスーツなんですけど、すぐ受け取れるんですか?」

「大丈夫だ。というか、さっさと持っていってほしいんだよな。他にも色々出品してるんだけど邪魔でさぁ。ノリで買った物とかは未使用のまま残ってるし。このウイングスーツだって、野々花がやりたがるかもってことで買ってた奴だけど、結局やりそうにないから未使用のままだしな。」

「これ女性用なんですか?」

「いや、男女どっちでもいけるやつだよ。……そうだ!キミには特別にパラシュートもつけよう!買いに来る人いなさそうだしな!」

「え?あ、ありがとうございます……。」


 ぶつかりに行くんだから、いらないといえばいらないんだけど。

 ……いや、もしかしたら途中で何かトラブルが起きるかもしれないんだから、必要ではあるか?

 ラッキーだ!


「実際に使う前にちゃんと練習するんだぞ?えーと……、ほい!このチラシの施設で訓練できるから、何回かは試してからやれよ?あんまりメジャーな趣味じゃないし、怪しく感じるかもだけどさ。俺たちも趣味で使ってる場所だから、安心してくれ。」

「わかりました!ありがとうございます!」

「そういえば、野々花の愚痴色々聞いてくれてるらしいな?」

「あー、色々溜まってたみたいなんで……。この前初めて会った時、液体窒素みたいな目してましたし。」

「でも、ライブ終えた辺りではかなりマシな表情になってたぜ?理由聞いたら高校生に愚痴聞いてもらって楽になったって言ってたしな。俺たちも迷惑かけてるの自覚してたし、気にはしてたんだよ。だから俺からも礼を言わせてくれ。ありがとうな!」

「いえそんな!」


 そこから2~3会話を交わして、引っ越し作業の邪魔にならないようにと早々にマンションを出てきた。

 そうか、あのカップル……カップル?たちは上手く行ったんだな。

 あまり興味はないけど……。


「野々花って誰?」


 そしてなんでこいつはまた不機嫌になってるんだ?

 情緒不安定にも程が無いか?


「カルタグラってバンドのボーカル。この前のバイト先で知り合った。愚痴が延々送られてくるから、それを既読にしてあげるだけで幸せになってくれる可哀想な女の人。」

「……その人大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないからメンタルケアに付き合ってるんだよ……。」

「そう……。」


 芹香の時よりはサクッと機嫌が直ったようだ。


 さっきのマンションは、学校を中心に家とは正反対の方向だったため、帰りは1時間ほど歩くことになった。

 案外、荷物を抱えながらそれだけ歩くのは大変だと実感した。

 パラシュートが背負うタイプで助かった。


「荷物持とうか?」

「これは、俺が俺の夢……趣味?ともかく、自分のために買ったものだから、お前に迷惑はかけない。」

「ふーん。」

「……まて、利枝から荷物を持つって提案されたのって初めてじゃないか?本当に熱ないんだよな?」

「無いって!あと顔にさわんないで!恥ずかしいから!」


 その日は、そのまま家まで帰った。

 忘れていたけど、学校の玄関から出た辺りで利枝が言おうとしてた事ってなんだったんだろうか。

 結局言わなかったって事は、大して重要じゃないか、急ぎじゃなかったんだろうけど。


 家に帰ってから、先ほどカルタグラの人から貰ったチラシの店をPCで調べてみると、要予約でスカイダイビング等の練習をさせてくれる屋内施設らしい。

 ウイングスーツの練習もさせてくれるそうだ。

 サイトの説明によると、巨大な送風機によって落下しているのと同じような環境を作り出せるらしい。

 早速予約を入れてしまう。

 1回につき1日1時間で、それ以上は体力の問題などで使わせてもらえないらしい。

 まあ、空から1時間かけて落ちてくる人もいないだろうし、そういうものなのかもな。

 料金は、1回2000円か。

 高いんだか安いんだかわからないけど、この前のバイト代でやりくりするなら5回までいけるな。

 明日から5日連続で放課後に予約を入れて、計画決行は次の日曜日という事にしよう。


 そういえば、日曜日は利枝の誕生日か。

 日程を考えたら、早朝から出発することになるだろうし、誕生日プレゼントは遺書と一緒に自分の部屋の机にでも置いておくか。

 妹がそのうちに気がついて持って行ってくれるだろ多分。

 両親は全く気がつかないだろうから、変に紛失する心配もないしな。


 そこからは早かった。

 毎日学校が終わると一度家に帰って、そこから例の練習施設へ行く。

 案外慣れれば操作は簡単だけど、万が一トラブルが起きた時に慌てないようにと色々な練習をさせてくれた。

 パラシュートも自分で畳めるようになった。

 基本的に、自分の責任で行うものなために、パラシュートは自分で畳むものらしい。

 使う確率は低いけど、知識としては知っておけて良かった。

 途中でカルタグラの3人とばったり会った事もあったけど、イチャイチャしていたので邪魔しないようにさっさとお暇した。

 2回ほど、芹香が学校まで迎えに来て、一緒に練習に行ったりもしたけど、見てるだけで退屈じゃなかったんだろうか?


 あ、野々花さんからは相変わらず愚痴が来ます。

 むしろ、5分に1回の頻度だったのが3分に1回くらいになりました。

 こない時間帯は、仕事中か寝てるんだなってわかるレベルで。


 昼食時にしか会ってない木梨先輩は、訓練開始2日目にして俺の筋肉が少し鍛えられてるとか言い出してた。

 あの人ちょっと怖い。

 流石3足の草鞋を履いてる男だ。

 絶対あの人みたいにはなれない。

 ただこっちはメッセージの頻度が2時間に1回くらいに緩和されてたから、メンタルは改善されているようだ。

 先輩の中で、いつの間にか俺は友達から親友にランクアップしているのが気になるけど。



 土曜日の練習後、カルタグラの人たちに比較的近場でおすすめの山を教えてもらった。

 専門的な登山グッズが無くても登ることができて、切り立った崖があり、おまけに人がそこまで多くないという好条件だ。

 何より、登山道付近までバスで行けるのが良い。

 乗り換えなしで、駅から1時間程で行けるらしい。

 始発は、朝の5時丁度か。

 駅まで家から20分くらいだし、4時に起きれば良いな。


 とうとう明日決行となると、流石に緊張もしてくる。

 恐怖もあるけど、ワクワクもある。

 夢の中でなら、なんども地面に叩きつけられてきたけれど、実際にやってみるのはどんな気分なんだろうなぁ……。

 今までの歴史で、いったいどのくらいの人間がそれを体験してきたのか。

 自分で望んで、という人は早々いないだろうけど、俺も体験者となるんだ。

 死なずに済むならそれに越した事は無いけど、死ぬんだろうなぁ。



 そういえば、遺書を書いておくか。

 えーと、両親には大して言葉はいらんな。

 先立つなんちゃらすみません的な感じで。

 妹には、お前は出来が良いから、俺の事なんて気にせず幸せになれ……的な感じでいいか。

 あとは誰に書こうか。


 木梨先輩……、まあ、応援してますって感じでいいか。

 未だにあの人の事よくわからないから、それ以上書けん。

 野々花さんには、既読にできなくなってすみません。

 でも、本当に美人だと思ってるので、カルタグラ以外の人たちと付き合うようになれば、すぐに友達や恋人もできると思いますっと。

 芹香には、直接連絡した方が良いな。


 スマホを取りだし、普段あまり使わない電話機能を使ってみる。


『……もしもし!?』

「こんばんわ。聖夜だけど今いい?」

『うん、大丈夫だよ。お仕事以外でこのスマートフォンに電話掛かってきたの初めてだからビックリしちゃった。』

「夜なのにごめん。明日決行することにしたから、その連絡しとこうと思ってさ。」

『そう……なんだ。結局やるんだね。』

「うん。芹香とは友達になって本当に短い間だったけど、普通の友達っぽくて嬉しかった。」

『私も、男の子とこんな風に話せると思ってなかったから、楽しかった。』

「今遺書を書いてたんだけど、芹香には連絡する約束だったからさ。メッセージとして残しちゃったら自殺ほう助?とかで巻き込んじゃっても不味いし。」

『そこまで考えてくれるなら、死なないでくれてもいいんだけどね?』

「別に死にたいわけでもないからなぁ。ゲームか何かみたいに、1回復活できるアイテムでもあればいいんだけどね。」

『……もし、もしなんだけど、明日聖夜が死ななかったらなんだけどさ、私と一緒に出かけてくれないかな?別に行き先はどこでもいいんだけど、友達らしく遊びに行きたい。流石に、スカイダイビングの練習施設はそういう感じではないしさ。』

「うーん、その時はまあいいけどさ、アイドルが男と出かけるのって不味いんじゃ?この前も思ったけど……。」

『うん。でも、私の夢ってある程度叶ったし、聖夜がいてもいなくてももうすぐ引退するつもりだったんだ。』

「そうなのか?もったいないな。」

『そんなこと無いよ。多分私がアイドルすることでお給料出る人たちにとってはそうなんだろうけど、私自身はやり切ったと思ってるし。普通の女の子に戻るだけ。』

「芹香がいいなら俺は構わないけどさ。」


 そこで少し会話が途切れる。

 芹香が何かを言いたそうにしている気配があったからだ。


『……怖くて聞けなかったんだけど、この前校門で私が待ってた時、聖夜の後ろにいた女の子って、聖夜の彼女さん、なのかな?』

「いや、そういうのじゃないよ。幼馴染で家が近所ってだけ。木梨っていう最近人気の男性モデルのファンらしくて、俺にもそんな感じになれとか言ってくる奴だし。」

『でも、あの日凄い睨まれたんだけど……。』

「アイツ機嫌が悪いと目つき怖いからな……。俺にも何がトリガーになって機嫌が悪くなるかわからない。」

『そっか。……でも、あの時突然機嫌が悪くなったなら、多分私が聖夜に話しかけたからだと思うけどね。』

「そういえば、その直前に何か話そうとして結局話せないでいたから、話遮られて怒ってたのかも?」

『……多分、そう言う事じゃないけど、これ以上はその人が伝える事だと思うから、私からは言わない。』

「よくわからないけど、そうか。」


 女の子の言う事は、利枝じゃなくてもやっぱり難しい。

 まだ野々花さんの愚痴の方がわかりやすいかもしれない。

 あの人の場合、悩んでる内容の方が複雑なだけだから。


『最後にさ、聖夜が死んでも構わないと思ってるのって、生きたい理由が足りてないからだと思うんだ。』

「あー、それはあるかもしれない。何が何でも生きたいって理由が無いんだよね。」

『もし、その生きたい何かを見つけられたら、絶対にパラシュート開いて欲しい。私は、聖夜に死んでほしくない。明日も、明後日も、友達でいてほしい。』

「……約束はできないけど、わかった。それにしても、友達との電話って案外楽しいな。電話機能なんて殆ど使ったこと無かったから、もう少し早く気がついておけばよかった。」

『でも、友達いなかったんでしょ?』

「……そうだった。相手がいなかったら時報とでも話すしかなかったな。」

『私、時報とは話したくないな。だから、明日も連絡待ってるから。』

「ああ。じゃあ、おやすみ。」

『うん。おやすみなさい。』


 よし、これで連絡の約束も完了だ。

 あとは、利枝宛ての遺書か。

 何書いても怒りそうだなぁ。

 アイツ、自分の物だと認識したら、例えそれが本来自分の物じゃないとしても執着すごいからなぁ。

 俺の命は、俺の物のはずだけど、アイツは俺の事を丁度いいおもちゃとでも思ってそうだしなぁ。

 利枝に伝える事……うーん……。

 俺が死んでもキレないでくださいとか?

 何か、すごく言いたい事がある気がするけど、思い返すとアイツとちゃんと話し合った事って無いかも。

 特に最近は、木梨先輩がどうのばっかり言われてて面倒だったからな。


 あ、丁度いいのあったわ。


「誕生日おめでとうっと。」


 これでいいだろ。

 下手に文言増やすと怒りを買うだけだ。

 誕生日プレゼントにメッセージカードとして添えて、これでOK。

 文句があるなら、あの世で聞くさ。



 これで明日の準備は完璧なはずだ。

 ウイングスーツとパラシュートも準備はできてる。

 登山靴もあるし、交通費もある。

 一応忘れ物したときのために往復分は用意した。

 無駄に財布に入れておいて、そのまま俺と共に行方不明じゃもったいないけど、流石に帰りのバス代すらないのは、生き残るかどうかは置いておいて不安だし。

 スポーツドリンクと栄養補給用の羊羹も持った。

 飛び降りる場所まで登山できないなんて事になったら間抜けにも程があるし、その辺りも準備は万端にしておこう。


 あとは、明日寝坊しないようにしないと。

 できるだけ登山客が少ない時に飛んで、周りの人たちに迷惑をかけないようにするのが俺なりの拘りだ。

 よし!朝4時起きしないといけないんだから今夜は早めに寝るぞ!お休み!








 寝れない。

 寝なくちゃいけないのに寝れないと、寝なきゃと思えば思うほど寝れない。

 精神も昂っている。

 これはまずい傾向だ。

 いっそのこと朝まで起きててやろうかとも思うけど、ちゃんと睡眠をとって、正常な思考力で地面にぶつからないといけないのに……。

 ウイングスーツを使った滑空は、一つのミスが死につながる危険な行為だ。

 いや、死にに行くような事しようとしてるんだけどもさ。

 それでも、ちゃんとそれを全うするにはやっぱり正常な判断ができるように睡眠はしっかりとらないといけない。

 よく、偉い人や政治家が何かのトラブルの時に睡眠もとってないようなアピールすることあるけど、あんなことしてるのはきっと日本くらいなんじゃないだろうか。

 ちゃんと休んで、しっかり仕事するのは、現代社会において最低限のルールだと思う。


 とか関係ない事考えてれば眠くなるかとも思ったけれど、逆に目が冴えてくる。

 まあ、今はまだ夜の9時。

 普段の俺ならまだまだ起きている時間なので、寝れないのもしょうがないのかもしれないけれど。

 でも、うちの家族の場合ある程度俺以外の家族がいなくなってからじゃないと、俺自身がキッチンを使う事を許されていないため、どうしても夜遅くに活動することになる。

 今日は、最後の晩餐ではないけれど、珍しく買い食いをしてみたから既に夕食が終わっている。

 だからいつでも寝れるっていうのは浅い考えだったかなぁ。


 なんとか寝れないかとうんうん唸っていると、スマホが反応する。

 また野々花さんかと思って確認してみると、妹の詠美(えみ)からだった。


『明日から両親は1週間旅行だそうです。私も合宿遠征で1週間家を留守にするので丁度いいと言っていました。兄さんもいるのに何を言っているんだろうこの人たち、なんて思いましたが、よく考えたら兄さんからするとこの人たちがでかけている方が気が楽かもしれないと思い、ゆっくりしてくるように言っておきました。私の部屋の机に、両親が私の合宿中のお小遣いだと置いて行った2万円のうち、半分の1万円が置いてあるので、それでご飯でも食べてください。それでは、おやすみなさい。』


 この子は、本当に俺の妹なんだろうか。

 合宿っていうのも、バレーボールで好成績を上げている県内の有望選手が召集される物だったはずだ。

 身長なんて中学3年生の時点で既に俺より高いのに、高身長の選手によくあるちぐはぐな体型ではなく、モデルのような奇麗な体型をしているし、顔と頭もいい。

 そりゃ、うちの両親じゃなくても俺より娘に夢中になるだろうさ。


 まあ、だからと言って俺とマトモに会話してない期間が既に5年くらいになっている事実はどうかとも思うけども。

 こっちとしても、別に話したいとも思ってないけど、これから両親を交えた三者面談だのが有ったらどうしようかとは悩んでいる。


 あ、どうせ明日死ぬなら、気にする必要もないか。

 心が1つ軽くなった。

 更に妹のおかげで温かい気持ちにもなれた。


『俺は明日4時半には家を出ようと思ってるから、見送りできない。気を付けて頑張ってきてくれ。』


 明日の俺の予定を事細かに伝えると、この妹は力ずくでも止めに来そうだから、出発時間だけしか伝えない。

 因みに、俺より妹の方が力が強い。

 俺が返事をしてすぐ、メッセージが既読になる。

 こいつ、反応もすごく早いんだよなぁ。

 待ち構えてるのかってくらいのタイミングで既読になるんだよ。


『デートですか?』

『一人旅。デートする相手なんているわけないだろ。』

『利枝さんとは行かないんですか?』

『利枝は木梨先輩って人がいいらしいぞ。』

『じゃあ今度私とデートしてください。』

『明日以降の予定については、ちょっと約束できない。』

『どうしてですか?彼女ですか?』

『だからそんなのいない。』

『明日彼女ができるんですか?』

『そうじゃない。』

『よくわかりませんが、また今度誘いますね。改めておやすみなさい。』

『おやすみ。』


 反応速度も早いけど、打ち込む速度も早くて追いつけないんだよなぁ……。

 それにしても、兄の恋愛ネタにまで興味を持つなんて妹もとうとう思春期か。

 提供してやれなくてすまないが……。

 考えて見ると、俺の今までの人生は、わりと無味無臭という感じだな。

 幼馴染は美人で人気もあるけど、だからと言って俺が特別なわけでもないし。

 妹もスポーツ万能で人気もあるし両親からの覚えもめでたいとはいえ、これまた俺にはあまり関係が無い。

 両親は、結構仕事ができる人たちらしいけど、俺への恩恵は特にない。

 強いて言うなら、1人用の部屋を貰えていることくらいだろうか。

 妹の部屋の3分の1くらいで、ベット+αといった感じ広さの部屋だけど、無いよりはマシだ。

 ここ1週間ほど、芸能人の友人が一気にできたけど、それまではスマホに妹と利枝しか連絡先が無かった。

 彼女の一人くらいいたらまた違ったのか?

 ……いや、そんな簡単に彼女を作れるような人間は、仮に名前も顔も一緒でも俺ではないぞそれ。


 うん、明日死んでも何も残るものないな。

 芹香には、生きたい理由が見つかったらパラシュート開けとかって言われたけど、どんな理由があれば、何が何でも生きたいって思えるんだろう。

 積極的に死にたいわけではない、ってくらいしかその手の感情は無いな。

 もし俺が明日、ウイングスーツで落ちる途中でパラシュートを開いたら、それは俺がこの世界でまだ生きていたいっていう意思表示なんだろうか。


 いや、まあ普通に痛いの嫌だし生きていたいんだけども。

 死ぬのが目的じゃなくて、死ぬかもしれない行為をしたいだけだから。

 辛いのが嬉しいわけないじゃないか。


 寝なければならない、という意識がなくなったからなのか、その後はすぐに眠れたようだ。







 翌日朝4時、スマホのアラームで目が覚める。

 寝坊はしなくて済んだようだ。

 目的地は、そこまで人で賑わう場所ではないらしいけれど、それでも人がいない時間帯にやるに越した事は無い。

 俺の行いは、周りの人間にとって迷惑以外の何物でもないのだから。


 荷物の準備は前日のうちに終わらせたし、あとは顔を洗って歯を磨いて着替えるくらいだ。

 そういえば朝ごはんはどうしようか。

 しまった。何も考えていなかった。

 ついでに言うと、昼食も何も考えていなかった。

 羊羹は登山中の栄養補給用だし……まあいいか。

 高確率で死ぬんだし、生きてたらその時考えよう。


 部屋から出て、洗面所へと向かう。

 歯を磨き、顔も洗った。

 よし、あとは着替えをしたら出かけられるぞ。


「おはようございます兄さん。」


 何故か妹がいた。

 まだ多少暗いような早朝なんだけど……。


「おはよう。こんな朝にどうした?」

「兄さんが朝早くから出かけるつもりのようだったので、勝手ながら朝食を用意しました。一緒に食べませんか?」

「……丁度どうしようかと思ってた所だった。お前はエスパーか?」

「兄さんの事に関してなら、エスパーにだってなって見せますが。」

「いや、普通でいいよ。ありがたく頂こうかな。」

「はい。私も、遠征前に兄さんと食事が出来てよかったです。」


 食卓に着くと、トーストに、目玉焼きと焼いたウインナーが乗った皿、あとは簡単なサラダが置かれていた。

 シンプルなのに彩りが鮮やかで、朝の活力が湧いてくる。

 俺が作ると、何故か量産品って感じの地味な見た目になるから不思議だ。


「いただきます。……うん、おいしいわ。朝早くからありがとうな。」

「いえ。私も兄さんに少し話があったので。」

「話?合宿の話か?」

「違います。ただ、合宿に行っている間、兄さんが考えを纏める時間が確保できるので、いい機会かもしれないとは思いましたが。」


 どうやら俺が何か深い考えを持たなければならない内容らしい。

 なんだろう、金を貸せとか?


「単刀直入に言います。兄さんは、私の実の兄ではありません。」

「……ん?はい?」

「兄さんが両親だと思っている2人は、兄さんからすると伯父と伯母にあたります。」

「……へー……?」


 本当に単刀直入だな。

 流石にびっくりだよ。


「兄さんのご両親は、事故で亡くなられたそうです。それで、うちで預かることになったそうですね。」

「そうなんだ。でもなんで今教えてくれたんだ?」

「最近、両親の態度が露骨になってきているので、兄さんが何か悩んではいないかと思いまして。私が小学生の時には、両親から私だけに伝えられてたんですけど、やはり兄さんは知らなかったんですね。」


 まあ確かに、実の息子に対する態度ではないかなとは思ってたけど、そういうことなんだ。

 大してショックにも思ってないけども。


「……ショックだったり、しないんですか?」

「ないな。そもそも、俺があの人たちと仲のいい家族だったことが今までに無いから。」

「それはそうですね。うちで兄さんといつもいるとしたら私くらいです。」

「だから、まあ、別にいいかな。寧ろ、詠美だけでも俺の事を考えてくれてるなら、それで俺は十分嬉しいよ。」

「当然です。世界が敵に回っても、私だけは兄さんの味方です。」

「スケール大きいな……。」


 色々納得できてしまった。

 それでも、特にこれと言って辛いということもない辺り、本当に俺にとってあの両親はどうでもいい存在なんだろう。

 あちらもきっとそうだ。

 いや、寧ろ邪魔者とでも思っているかも?


「それより、血の繋がってない……いや、一応俺は従兄になるのか?まあでも、結婚とかできる程度の血縁関係の男が家の中にいるのは嫌だったりしないか?」

「他の人ならともかく、兄さんなら大丈夫です。寧ろ、兄さんとしか私はマトモに男子と話したいと思えませんし。」

「そうか?高校入ったらもっと男子とも話して青春謳歌したほうがいいんじゃないか?ただでもバレーボールで忙しいんだろ?同性でも異性でもいいけど、友達いないと高校生活灰色だぞ?」

「家で兄さんと話すので構いません。」

「俺が引っ越したらどうするんだよ。」

「……引っ越すんですか?」

「いや、わからないけど、さっきの話を聞いてあんまり長居するのもなぁ。」

「それでしたら、兄さんのご両親の遺産があるはずなので、高校卒業したら1人暮らしなんてどうですか?私もお世話しに行きますし。」

「現時点で明らかに俺より忙しい奴が俺を世話しに来るのか?」

「できます。やってみせます。」

「いやいいよ。どうなるかわからないけど、その時はたまに遊びに来る程度にしておきなさい。」

「……はい。」


 久しぶりに、妹が小さいころみたいなふてくされた顔をしているのを見た。

 思わず頭を撫でてやりたくなるけど、流石に子ども扱いするなと怒るだろうか。

 今気がついたけど、身長は俺の方が低いのに、座高は俺の方が高い。

 非常に丁度いい高さに頭がある。悲しい。


 まさか、今日この日にこんな話を聞くことになるとは思っていなかったけど、まあ、死ぬ前にしておくべき話題だったということだろう。


 話をしながらも、食事を終えてしまう。

 図らずも有意義な時間だった。

 やっぱり、この妹は俺とは比べ物にならない位いい子だ。


「それじゃあ俺は出かけるから。詠美が合宿から帰って来て、まだ俺がいたら、その時は未来の話をしてみるか。」

「はい。私たちの未来の話を。」


 いや、俺が出ていくかどうかっていう未来の話だけど、進路相談でもしたいのか?

 いいけどさ。

 可愛い妹の頼みなら引き受けるよ。

 多分、俺にできるアドバイスなんて何もないだろうけど。


 妹に見送られ、長年過ごしてきた家を出る。

 もしかしたらもう二度と帰らないかもしれないそこを感慨も無く出てきてしまった。

 妹にもう二度と会えないかもしれないのは残念だけど、家には大して執着無いな。

 明日引っ越すってなっても、荷物は少ないしすぐ準備はできる。

 祖父母に買ってもらった少し古いゲーム機とソフト、あとはコツコツ買ったマンガか嵩張る程度だ。

 まあ、ゲーム機なんて使ってるの利枝位だから、無いなら無いでいいんだけど。

 あいつ曰く、「案外昔のゲームも面白いじゃない!」とのことだけど、俺には新しいのも古いのもよくわからない。

 やってるソフトも箱庭作るやつだけだし。

 あとのは、利枝がやりたいからって勝手に中古ショップで買ってきて置いて行った奴だ。

 ……じゃあ、返しておいた方がよかったか?

 まあでも今さらか。

 俺が死んだら、机の上の誕生日プレゼントごと持って行け。



 何かトラブルが起きた時のためにと早めに出たけれど、そういう時に限って何事も起きず、かなり余裕を持って駅のバス乗り場に到着した。

 ここが始発なのか、既に目的のバスは止まって入口が開いていたため、さっさと乗せてもらう。

 そのまま10分以上待っても次の客はこなかった。

 時間となりバスは出発する。



 スマホで、ウイングスーツの操作方法や、パラシュートの使い方を念のため復習していると、あっという間に時間は過ぎ、目的地のバス停に到着した。

 目の前には、雄大な大自然が広がる。

 そして、人っ子一人いない。

 あるのは、踏み固められた登山道のみ。

 実に俺の目的に合致した場所だ。


 険しい山道……と言うほどでもない道を登ること1時間半、お目当ての切り立った崖へと到達した。

 ここは、ハングライダーやパラグライダーをやる人がたまに来るような場所らしい。

 まあ、人気としては海の傍の方が上らしくて、ここに来るのは時間が無くて海まで行けない人らしいけど。

 適度に上昇気流があって、立地自体は悪くないんだけど、自動車でここまで登ってくることが出来ないため、荷物をここまで運んでくるのが大変なんだそうだ。


 実際、俺も疲れてるし……。


 とりあえず、スポーツドリンクと羊羹で栄養補給をする。

 多量の糖分と水分が体を満たしていく感覚に満足し、いよいよ飛び立つ準備を始める。

 といっても、ウイングスーツを着て、パラシュートを背負うだけなんだけど。

 財布も何もかも、その他の荷物は全身のポケット等に入れてしまっている。

 仮に死ぬならそこまででいいけど、何かトラブルで中止になった時にここまで再度戻ってくるのも嫌だ。



 崖のギリギリまで近づき、下を見てみる。

 こちら側は、バスで乗り付けた方向よりも少し低くなっているらしく、下まで相当な高さがあるのが分かる。

 それを確認すると、一度助走距離を稼ぐために崖から離れる。

 風は少し強い気もするけど、この程度なら中止にするほどではない……はず。

 いや、だって実際にやるの初めてだから、これがどのくらいの状況なのかとかわからんし。


 覚悟を決める時間は、今まで十分にあった。

 だから、ある程度の距離を稼ぐと、留まることなくそのまま走り出し、そして飛び立った。


 風景が流れていく。

 できるだけ崖から離れた所に落ちないと、俺の死体が見つかって大騒ぎになるかもしれない。

 上から見た限りだと、少し離れた所に岩がゴロゴロ転がっていて、パラグライダーの客はもちろん、登山者も行かないような場所が見える。

 あそこに落ちる事にした。

 水平方向への移動も、思ったよりするする動けるようで十分到達できる距離だ。


 普通に落ちるのと違って、今は横に滑空している状態だ。

 ある程度目標地点の辺りにきたら、ウイングスーツを操って垂直に落ちるようにしないと、俺が求める動きにはならない。

 となれば、高度を可能な限り維持したまま移動する必要がある。


 正直、こうやって小難しい事を考えながらの滑空は、とても楽しかった。

 この後、俺は死ぬかもしれないけど、生きてたらまたやってもいいかもって程度に。

 山の奇麗な空気を切り裂いて、とても背の高いはずの木々を眼下に収めながら飛ぶ気分は、正に取りになったみたいだ。


 だけど、そんないい気分は続かなかった。


 いきなり、空気の渦のようなものに巻き込まれた感覚があって、体勢が崩れてしまった。

 乱気流という奴だろうか?

 上昇気流みたいなのもあったのかもしれない。

 よくわからないけど、はっきりしているのは、このままだと森に突っ込むという事だけ。

 ウイングスーツだけで目的を達成することは不可能になった。

 だけど、このまま落ちるのもそれはそれでもしかしたらちゃんと地面が近づいてくる感覚を掴めるかもしれない。

 木の枝であんまり地面見えないけど……。


 芹香が言っていた、生きたい何かを見つける事はできていない。

 両親には、まあ生活する場所と生活費を出してもらっている恩はあるけれど、家族の絆みたいなのは無いし。

 妹には、俺は必要ないだろうし。

 木梨先輩は、もう俺がいなくても何とかできるだけの自信もついただろうし。

 野々花さんは、周りに女性が好きな男がいなかっただけなように思うから、すぐにでも愚痴る必要なくなるだろうし。

 芹香は、きっと自信が無かっただけで、アイツは普通に人と話せる奴だと思う。

 俺と多少話してそれも実感しただろうし、これで俺が何が何でも生きなきゃいけない理由は無い。


 そういや利枝はどうかな。

 あいつ、俺の事友達だと思ってたみたいだけど、どの程度の友達だろうか。

 死んだら泣くくらいか?

 アイツ泣きだしたら暫くめんどくさい状態になるからなぁ。

 あそこの家族には悪いかもだけどさ。





 いやまて!そうだ!アイツに言いたい事があったのを思い出した!

 ここ最近ずっと言いたかったのに、アイツがやけにガーガー言ってくるから言えてなかった事があったんだった!

 あーどうしよ……。

 これだけは言っておきたかった。

 このまま俺の頭の中だけにしかないまま終わらせたくねーな。

 絶対にアイツに面と向かって言ってやりたいんだ!



 気がつくと、俺はパラシュートを開いていた。

 地面との距離が近すぎて、多少の減速しか出来なかったけれど、それでも木の枝に突き刺さることもなく、切り傷でボロボロになる程度で済んだ。

 枝にパラシュートが引っかかったのと、そのまま枝がクッションになったのがよかったんだろう。

 一応練習しておいてよかった……。

 ただ、ビリビリに引き裂かれたパラシュートを見るに、折りたたむ練習の成果は出せそうにないけど。

 ウイングスーツもボロボロだ。

 下には頑丈な服を着てたから何とか血まみれにはなってないけど、それでも全身なかなか痛い。

 ただ、今の俺には、何が何でも戻って利枝に伝えなきゃならない事がある。

 その為だけに、このパラシュートは存在したんだとすら今は思う。

 だからこいつはもう十分役目を果たした。


 って事で廃棄したいけど、このままだと不法投棄になっちゃうから、ビリビリの幕を全部集めて必死にリュックサック型のパラシュートバッグに収める。

 本当は、このボロボロぼウイングスーツも脱いでしまいたいけど、そんな体力も気力も残ってなかった。

 ここからバス停までスマホのナビだと、徒歩で1時間と出ている。

 でも、森の中を徒歩となると、多分その3~4倍は覚悟した方が良いだろう。

 不幸中の幸いで、完全な自然林ではなく、松を植樹した人工林らしいので、人間が歩けない程ではないのは良かった。


 よし、帰ろう。帰って利枝に伝えよう。




 利枝の家に到着したのは、午後5時を回った辺りだった。

 降り立った森からバス停までの道のりは、当初の予想の数倍は大変で、俺の体力も尽き欠けている。

 今俺を動かしているのは、利枝に言いたい事があるという思いのみ。

 疲労も空腹も痛みも、その一念の前にねじ伏せられていた。


 インターフォンを鳴らすと、何故かすぐ利枝が出る。

 俺が来たことを伝えたら、そのまま玄関から出てきて、そして固まった。

 そりゃそうだろう。

 バスの運転手さんにすら「キミどうしたんだ!?救急車呼ぼうか!?それとも警察!?」って心配される位ボロボロなんだから。

 それでも、この傷は全部木の枝とかによるもので、初めて生で見た野生のイノシシも、初めて生で見た熊も、なんとかやり過ごす事ができているから俺は大丈夫です。

 多分。


「聖夜……えっと、どうしたのそれ?」

「山からの飛び降りに失敗して森に突っ込んだ。」

「は!?アンタ何してんの!?」

「そんな事はどうでもいい。お前に言いたい事があって来た。」

「……言いたい事?それって……ここで言うタイプの奴?」

「タイプ?わからん、俺はどこでもいい。とにかくお前に伝えたかった。もう我慢できなかった。」

「えっと……はい。どうぞ……?」







「何が木梨先輩みたいになれだボケなすが!!!!!!!!!」

「へ!?」

「俺が木梨先輩みたいになれるわけないだろうが!何回俺は俺だって言えばお前は言うの辞めるんだ!!!!!!?言っても言っても聞かねぇし!!!!!!変に反論したらもっと面倒な事になるかと思って我慢してたらいつまでたっても言ってくるしさぁ!!!!!!!!!!木梨先輩のファンだか何だかしらねぇけどさぁ!!!!!!!!!!それなら木梨先輩に言えや!!!!!!!!!!俺がしるかああああああああ!!!!!!!!!」

「いや!あのさ!?だから木梨先輩のファンとかじゃな」

「ゴチャゴチャ言い訳すんな!俺がモデルみたいな格好できるわけないだろうが!そう言うの苦手だってお前は知ってるはずだろうが!!!!!!!!!!」

「……うん。」

「そんな誰かみたいな事を真似してできる程俺が器用じゃないってお前が一番知ってるはずだろ!!!!?」

「……はい。」


 その後、数分叫んでいた気がするけど、何を言っていたのか自分でもよく覚えていない。

 気がついたら、利枝が半べそになってて、家の中から利枝のおじさんおばさんが覗いてて、近所の人たちも何人かが何事かと見ていた。


「……うん。なんか、言いたいだけ言ったらスッキリした。ただ、テンションに任せてすごい近所迷惑な事したきがする。」

「……まあ、そうかも……。でも、ごめんね。そこまで怒ってると思ってなかった……。」

「怒ってるっていうか、溜まりに溜まったっていうか……。」


 本当に、今日落ちるまで、自分の中でもここまで言いたい事が積み重なっているとは全く思ってなかった。

 利枝に伝えたかっただけで、別に泣かせたかった訳でも、大騒ぎしたかったわけでもないんだけど、気がついたら叫んでいた。

「……ごめん。アタシ、もう聖夜に会わないようにするからさ。それで許してくれない?今日本当は、聖夜が誕生日お祝いしてくれるんじゃないかって期待して待ってたんだ。でも、こんなに怒らせてるのにも気がつかないでそんな事してるなんてさ……。」


 なんて言ってくる利枝。

 コイツは何を言っているんだ?


「いや、俺は言いたい事言ったから別に二度と会わないとかそういう話じゃないんだけども……。あと、お祝いならちゃんとするぞ?誕生日プレゼントも……あ、すまん。部屋に置きっぱなしだ。」

「え?いいの?」

「むしろ、なんでダメだと思ってんだ……?」

「だって、アタシ、アンタをすごく怒らせて……。」

「今までに何回お前は俺を怒らせたと思ってるんだよ?ベットの上でポテチ食べて汚しまくった回数だけでも両手の指じゃ数えきれないぞ?」

「は!?いやそこまではやってないでしょ……?」


 やってるよ!そっちのほうが問題だよ!洗うの大変なんだからな!?


「話はまた今度でいいか……?流石に今日は体力の限界なんだ……。プレゼントは部屋から勝手に持って行っていいからさ……。今日家に誰も家族いないはずだから、適当に入って持って行ってくれ……。俺も帰って寝たい……。」

「アンタ大丈夫なの!?」

「大丈夫じゃないから寝たい……。」


 その後何か色々聞かれた気がするけど、記憶が曖昧で、家の玄関の鍵を開けて、中に倒れ込んだ所までしか覚えていない。







 目が覚めると、自分の部屋のベットの上だった。

 最後の力を振り絞ってここまで来たんだろうか?

 だとしたら、多分布団はすごい汚れているだろう。

 余計なガッツを見せやがって俺。


「……起きてんの?」

「うわびっくりした。え?なんでいるんだ?」


 何故か横に利枝がいた。

 同じ布団を被って。


「感謝してよ。アンタボロボロで、凄い汚れてたから、服脱がしてシャワーで洗ってあげて、布団まで連れてきてあげたんだから。」

「……俺、チンチン見られちゃったのか……?」

「いや見てないから。シャワー浴びてる間もパンツは脱いでなかったし、お風呂場から出てからもパンツだけは自分で着替えてたよ。アタシも別に服脱いでないし。袖まくったくらい。」


 なんだか、随分と迷惑かけたようだ。

 こいつがここまで献身的に色々してくれる事なんてまずない。

 それほどメッタメタにやられていたんだろう。


「ごめんな。そこまでやらせる気は無かった。」

「……いいよ別に。プレゼントももらったし。」


 そういう利枝の前髪には、俺がプレゼントとして用意していた青い髪飾りがつけられていた。

 つけてくれているって事は、まあまったく気に入らなかったわけでもないようだ。


「アンタさ、なんでいっつも青い物くれるの?アタシ皆からは赤い色の方が似合うって言われるんだけど。」

「俺が青いほうが好きだから。センスの話なら俺に期待するな。」

「……青いほうが好きなんだ?ならいいや。」


 それでいいのか。

 多分、ファッションセンスで言えば俺は下の下だぞ。

 まあ、つけてもらえないとしたら悲しいけれど。


「ところでさ、アンタの遺書見たんだけど。」

「あ、見たのか。そういえば置いておいたな。」

「なんでアタシ宛ての部分無いの?」

「誕生日おめでとうってカードつけといただろ?」

「あれ遺書なの!?」


 死ぬ前に残したら遺書なんじゃないか?


「……自殺したかったの?」

「いや?死にたいとは思ってなかった。死ぬかもとは思ってたけど。」

「は?どういうこと?」


 俺は、俺がやりたかったことを事細かに説明した。

 次第に表情が曇っていく利枝。

 そりゃそうだろう、俺でも同じこと言われたらコイツあほかってなる。


「アンタバカじゃないの?」

「そんな感じの反応するとは思ってた。」

「……ほんと……バカじゃないの……?」


 そんなふうに、話を聞いただけで本気で泣くとは思ってなかった。


 暫く泣いて、どれくらいの時間が経ったのかもわからなくなった頃、おずおずと利枝が話し出した。


「この前さ、学校終わってから、アタシがアンタに話そうとして途中で止まってた事あったじゃん。」

「あー、そう言えばアレ何が言いたかったんだ?」

「……言っても怒らない?」

「怒られるような事なのか?」


 コイツのこの質問は、大抵俺が怒る内容だと自覚している事をいう時の前段階だ。


「アタシさ、別に木梨先輩の事なんて興味ないんだ。」

「え!?そうなのか!?あれだけ事あるごとに俺に木梨先輩みたいになれとかなんとか言ってたのに……。」

「……だって、周りのやつらがさ、聖夜は地味だって言うし。じゃあ誰みたいなら満足するのさって聞いたら、雑誌に載ってた木梨先輩みせられて、こんな感じならいいんじゃね?っていうから悔しくて……。」


 じゃあ何か?

 俺はあのギャルどものせいでイライラさせられてたわけか?

 アイツら全員髪の毛黒く染めなおしてやろうか。

 佐久間は逆に金髪な。


「だから、本当にアタシは木梨先輩の事とかどうでもよくてさ……。本当は、こうやってアンタの部屋に来れたらそれでよかったっていうかさ……。」

「安上がりだな。もうちょっと喜ぶハードル高そうなイメージだったわ。遊園地行きたいとかそんなんかと。」

「アンタあんまりそういうの喜ばないじゃん。」

「いきなり行こうって言われるのは嫌だな。でも、仲いい奴と予定立てて行くなら俺だって多分楽しめると思うぞ。まあ、長い列に並んで数十分待ちとかだと流石に嫌だけど。」

「……じゃあ、アタシとも行ってくれるの?」

「あ、そうか。今全部お前と行く想定で話してた。この前のバイトから人間関係が結構広がってさ。この前あった芹香とか、あと昨日妹からもどこか出かけようって言われて」

「ダメ。」

「え?」

「……今日、こんだけ色々してあげたんだから、最初に私と出かけないとダメ。」


 確かに色々してもらったみたいだけど、ちょっと強引じゃない?

 まあいいけどさ。


「どこか出かけたい所あるのか?」

「うーん、クラゲの水族館とか。」

「なんだそれ?」

「クラゲばっかり展示されてる水族館だって。この前テレビで見た。」

「何か意外だな。利枝がそういうの興味あるなんて。」

「別に……。ただ、なんかさ……人気のデートスポットなんだって。」

「ってことは、あんまり激しく歩き回ったりするような感じでは無いのか。それはいいな。」

「デートスポットって聞いて、そんな喜び方するやついるんだ……。」


 変なんだろうか?

 だって、白黒の熊見るために1時間待ちとかしてる場所いくのバカらしいじゃないか。


「あ、そうだ。クラゲの水族館は次の休みにでも行くとして、ちょっと芹香に連絡しとかなきゃ。」

「なんで?別に彼女とかでもないんでしょ?」

「いや、芹香だけには今日やるって伝えてあったんだよね。で、生きてたら連絡するってさ。」

「……連絡してほしくないけど、それは多分早く連絡してあげないとダメだわ。」

「だろ?」


 そうして芹香に、失敗してパラシュート開いてしまったことをメッセージで伝えると、すぐ電話が掛かってきた。


『生きてるの!?幽霊じゃないよね!?』

「足はついてるぞ。」

『よがった……!うっ!ううぅ!!』


 なんか凄い泣いてる。

 どうしたらいいのかわからん。


「芹香が言ってた、生きたい何かって言うのがちょっとだけわかってさ。まあそれはもう解消されたんだけど。」

『じゃあ、またやるの?』

「いや、アレはもういいよ。俺、思ったより今生きてるの楽しいみたいだし。」

『ならよかった……。』


 この世界、案外俺が知らなくて、楽しい事ってのはまだまだあるらしいしな。


「そういえばさ、生きてたらどこか行こうって話なんだけど、次の日曜日以降にしてもらっていいか?土曜日は今回利枝にいろいろ迷惑かけちゃった代償でクラゲの水族館行こうって今話し合っててさ。」

『……もしかして、利枝さんがそこにいるの?』

「え?いるよ。」

『代わってもらえる?』


 なんだか、有無を言わさぬ迫力を感じたため、素直にスマホを利枝に渡す。

 利枝もなんだか緊張した雰囲気で部屋を出て行って、暫くしてから何か決意したような表情で戻ってきて、スマホを返してくれた。


「何話してたんだ?」

『ちょっと宣戦布告しただけだよ。』

「なんでそんな殺伐とした感じになってるんだ……?」

『……大切な物を手に入れるため、かな?』


 やっぱり女の子の言う事はわからない。


 その後、3人での話し合いの結果、クラゲの水族館には3人で行くことになった。

 芹香が身バレしたときに、2人きりよりはもう1人女子もいた方が言い訳しやすいだろうという理由を言っていたけど、実際にはどうなのかよくわからない。

 ただ、多分2人ともそこまでクラゲが好きなわけではないと思う。

 俺は、逆に結構クラゲに興味出てきたんだけどな……。


『じゃあ、私はこれで通話切るね。』

「夜遅くにごめんな。家帰って倒れ込んだ後目が覚めたのがこの時間だったんだ。」

『ううん。生きててくれたから、それでいいよ。』

「時報と会話しなくていいしな。」

『やっぱり友達と話したいもんね?』

「じゃあ、おやすみ。」

『おやすみなさい。』


 芹香との通話を切り、そういえば利枝を帰らせないともう遅い時間であることを思い出した。


「利枝、今日はもう遅いから家帰った方がいいんじゃないか?」

「大丈夫、今日は泊まるってパパとママに言ってある。」

「いや大丈夫じゃないだろ。俺と2人きりの家に泊まるとかダメだろ。」

「アンタは、アタシに酷い事しないでしょ?」

「しないけどさ……。」


 そういう問題じゃないと思うんだよ俺は。

 ご両親は何考えてるんだ。

 娘の貞操の危機かもしれないんだぞ。


「アタシも今日疲れちゃったし、このまま寝たいだけ。アンタだって、何かする体力残ってないだろうし、大人しく寝ちゃいなよ。」

「……そうするかな。正直、さっきまで寝てたにもかかわらず、またすぐ寝たくなってるし。」

「こうやって一緒に寝るのって、小さな時以来じゃない?」

「頻繁に寝てたら不味いだろ。」

「あんだけアンタの部屋に遊びに来てるんだから、今更な気がするけど。」

「まあ、そう言えなくもないけどさ。……まあ、今日の利枝はなんか暖かくて寝やすいわ。」

「人の温もりとか縁無さそうだもんね聖夜って。クリスマスイブに生まれて聖夜って名前なのにそれってさぁ……。」

「でもたまに妹なら布団に入ってくるぞ?」

「兄妹で何してんの!?」

「いやそれがさ、俺たち本当は兄妹じゃなくていとこだったらしいんだよな。」

「……まって。ちょっと意味が分からない。」

「それがさぁ……。」




 結局、暫く話をして、そのまま寝てしまった俺たち。

 きっとこれからもこんな感じで付き合っていく事になるんだろう。

 それが何年間なのか、何十年間になるのかわからないけれど、それを楽しみにしてしまう俺がいて、きっと楽しみにしてくれてるだろう友達がいて。

 まあ、もしかしたら明日また喧嘩して、すぐ絶交を言い渡しあうかもしれないけれど。

 世間一般での普通とはまた違うんだろうけど、それでも、これが俺だというしかないし、きっとそれをわかってくれる人しか、俺と友達にはなれないんだ。

 だからこそ、俺なんかと仲良くなってくれる人を俺はこれから大切にしようと思う。

 生きる事は素晴らしい。

 この世界は、奇麗なものにあふれてる。

 それがわかっただけでも、俺が山から飛び降りるなんでバカな事をしたことにも、きっと意味はあったと、そう思う事が出来た。

 隣で寝ている利枝があまりに奇麗で、こんなのを見せられたら、コイツを泣かせるような真似なんてもうできないと思ってしまった。

 これだって、きっと昨日までは考えもしなかった面白い出来事で、生きてさえいれば、これからもこういう素敵な出来事も増えていくんだろう。


 だから、俺は何が何でも生きていきたい。



 でも、良い子は絶対にまねしないで下さい。

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