異世界1-5 あ、これ死んだわ
「申し上げます! 魔王様が感じ取った気配の持ち主と思えるような存在は居ませんでした!」
「見れば分かる。街1つを吹き飛ばしたくらいじゃ出てこないか。魔王様が仰有るに、感じ取られた気配はこの世界に存する全てよりも警戒せねばならないモノらしい。そんな存在が今の一撃で死ぬとは考え難いが、姿を現さないとなると既に街を去ったか」
街に入ると、見るからに偉そうな人が部下と思しき人物と話していた。
やっぱりもう気付かれていた。よりによって街の入り口付近で話すなんて邪魔だ。学校のクラスの出入口前でたむろするグループを彷彿とさせるぞ。
けどこの調子じゃしばらく動かないか。そもそも大抵の実力者って「何奴だ?」的な感じで気配から色々察しちゃうよな。
つまりここに居る俺に少しでも意識を向けられたら即死。何とかバレないように息を潜めないとならない……。
「……。何奴だ?」
「……!?」
まさかもうバレた!?
確かに人はほとんど死んじゃっているだろうから、魔王軍の誰かか使役している魔物か俺かしか居ないからそうなるのも仕方無い。
万事休すか……。
「──お前こそ何が目的だ。街を滅茶苦茶にし、消し去るとは……!」
「……?」
俺じゃない……な。
瓦礫の物陰からそちらを見やり、確認する。そこに居たのは神と大魔王に吹き飛ばされた転生者キリだ。
確かにアイツなら生き残っていたかもしれない。転生者って事は相当のスキルを有している。なんなら魔王軍幹部と言えどこの場で倒してしまうかも!
だったら俺は今のうちに生存者を探して死傷者の数を少しでも減らすべきか。
隙を見たら勇気を振り絞って瓦礫の物陰から出よう……!
2人の会話は続く。
「何が目的か。そうだな。言うなら探し人だ。ちょっとした者を探していてな。丁度良い。生き残りが居たなら聞こう。お前、やけにステータスや能力の高い奴を見なかったか?」
「ステータスや能力……?」
これは……多分ステータスまでは見ていないけど、能力は目の当たりにしていた。転生者に勝てるような存在という事を考えると完全に当てがある。
止めようとして吹き飛ばされたんだ。かなりの怒りを買っている筈。ヤバイな。弱体化している神と大魔王が捕まり、この世界の魔王に献上されたら世界はまた終わる。今度は復活しなくなる。
非常にマズイ。ここで飛び出して気を逸らすか?
俺が悶々と考えていると、キリは魔力を込めて言葉を続けた。
「……さあ、知らないな? そんな奴が居たら俺が出会している筈。気のせいじゃないのか?」
「ほう?」
キ、キキキ、キリ様ぁぁぁ!!
スゴい。マジでこの人主人公って感じだ! あんな目に遭わされて庇うなんて……!
取り巻きの女性達が夢中になるのも頷ける! 既に魔力を込めていたキリへ魔王軍は仕掛ける。
「そうか。なら用済みだ。元々知ってても殺していた。死ね」
「やってみろ」
『『『………!!!』』』
幹部と思しき者の指示で魔物達が一斉に飛び掛かる。
鋭い牙に鋭い爪。そして筋肉の塊である体から繰り出される突進力。
野生のイノシシや鹿ですら車を破壊するんだ。肉体その物がそれらより遥かに強靭な一撃を受けたら一堪りもない。
「“衝撃”」
『『『……!?』』』
それは杞憂に終わり、魔物の群れは衝撃波によって吹き飛ばされる。
吹き飛んだ魔物に巻き込まれて部下も何人かが倒れ、キリの正面には地面が抉れた軌跡が生まれていた。
「な……!」
「まさか強化された魔物らが……!」
「たった一撃で……!」
「──……また何かやってしまったか? 俺」
「「「……っ」」」
キリ様ぁぁぁ!!!
スゴい、スゴいぞキリ! この人なら本当に幹部も倒せるかもしれない!
一気に軍も瓦解した。もう少し経てば戦闘の余波か何かで粉塵とかが巻き上がる流れだからその隙に俺は俺にやれる事が出来る!
「雑魚を吹き飛ばしたくらいでいい気になりやがって……!」
「魔王軍の力を見せてやる……!」
杖や剣を持ち、兵士達が飛び掛かる。
それに対して幹部と思しき者が制した。
「下がっておれ、ザコ共。純粋な力ならお前達よりも強い魔物がやられたのだ。勝てる相手じゃない事くらいは見抜け。力量の差を判断出来ない奴は軍に要らん。この場で処刑する」
「「「……っ。……はい……」」」
なるほど。強キャラって感じのセリフだな。生かすだけの温情も持ち合わせている。
小物系のキャラなら役立たずは死ね! ってなって普通に始末していただろうし、それをしないのは好感が持てる。主人公が成長するタイプのストーリーなら良きライバルになっていたような存在だ。
「お前が出るのか。偉そうな奴よ」
「偉いかどうかはともかくとし、役職で言えば魔王軍の幹部だからな。我が駒を減らすのも後々を考えれば手間だ。生かし、利用出来るうちは利用する。賢い選択だろう」
「自分の仲間を駒扱いか」
「仲間ではない。部下だ。部下が始末されたとなれば、それは連れた上司が無能だからという事になる。その様な失態は冒さないだけの話だ」
ツンデレか!
なんだその実は部下をメチャクチャ大事にするタイプのキャラ!
どこぞの神と大魔王にも見習って貰いたいものだよ。いや、大魔王は元々性格上そんな感じか。誰も救おうとしない神に聞かせてやりたい言葉だ。
まあ確かに? 出てきて捕まったらそれはそれで問題なんだけど、俺みたいに隠れて生存者を探すくらいはしてくれてもいいと思う。うん。
「言ってる事は立派だが、見方を変えれば保身に走っているようにも見えるぞ。魔王軍の幹部」
「抜かせ。さっさと貴様を始末し、捜索を続ける」
互いに魔力を込め、まずは牽制と言った感じ。つまりこれは明確な隙となる。
よし、今のうちに生存者を……!
2人は魔力の塊を放出し、力の衝突と同時に粉塵が巻き上がる。次の瞬間、その粉塵は消え去った……え?
「……!」
「ほう。まだ生き残りが居たか」
「ガハッ……」
まさかの牽制でやられてしまった。
どういう事だ? ここはちょっと鬩ぎ合って数話に渡る激闘の末決着が付く流れじゃないのか!?
これ程までに魔王軍の幹部は高い実力を秘めているという事か!?
幹部はキリを放るように地面へと捨てた。
「……お前は……あの2人を連れていた志願者……」
「やっぱり覚えていたのか。せめて居場所を言えば戦いは避けられた……もしくは苦しまずに殺されたというのに……」
「いや、苦しまずに殺された云々は普通敵のセリフだろ。お前が言うなよ。……まあいい……さっさと逃げろ。ここは俺が引き受ける」
俺が対して強くない事は見抜いているのか、俺へ逃げるよう促す。
普通に良い人だな。ちょっと上から目線だけど実際に実力もあるからな……。
だが、俺の目的は生存者を少しでも生かす事。コイツを見捨てて逃げる訳にはいかない。
「じゃあアンタも一緒にだ。今の一撃で勝てないのは分かっただろ!」
「勝てなくても挑むのが勇者とか英雄とかヒーローの在り方だろ。アイツは武人っぽいし、上手くすれば“殺すのは惜しい奴だ。生かしてやる”……的な方面に発展する負けイベントかもしれない。ちゃんとやれるさ」
「いやいや、それはゲームとか漫画の中の話だから! ラノベは……まあ、主人公が最初の戦闘で苦労するのは少ないからそう言うイベントには発展しにくいけど……取り敢えず、ここはゲームみたいな世界だけどゲームじゃない! 異世界=自分に都合の良い世界じゃないのは今のぶつかり合いで分かっただろ! アンタも逃げるんだよ。俺は生存者をより延命させる為に来たんだ!」
「じゃあ頼んだ。俺の仲間達は瓦礫の下敷きだ。まだ生きてる。たまに必要以上に敵を貶したりするが、可愛いもんでな。俺よりも先に俺の仲間を助けてやってくれ」
「良い奴か!? なんかこう、もっと力に自身を持って無双しながら相手を見下す感じじゃないのかアンタは!?」
「今はそこそこだが、当初は外れスキルからの成り上がり系の魔法使いなんでな。下積み生活は色々している。異世界があまり都合の良い世界じゃないのも知ってる。さっさと行け!」
「……!」
そう告げ、キリの魔法で俺の体は浮き上がって飛ばされた。
外れスキル……多分衝撃波を操る系のスキルだったのだろう。
衝撃波って響きだけなら当たりっぽいが、本当に最初は石ころ1つ吹き飛ばせないとかそんな感じだったんだろうな。
それを鍛え上げて地形を変える程のスキルに……スキル持ちでも苦労はするな。
「感動的なエピソードだが、悪いな。現実は思った以上に地獄だ。世界に存在価値を見出だせない程にな」
「……!」
吹き飛ばされた衝撃そのまま踏み込んで走り出した矢先、幹部が既に俺の前に立っていた。
振り返れば倒れ伏せ、動かないキリの姿。
「お前もすぐに送ってやる」
「……!」
そう告げ、指先に込められた魔力からなる1つの光球。
それを完全に認識するよりも前に、俺の体は光に飲み込まれた。やけに遅くなる世界。脳裏を過った文字は──“死”。
《認証しました。新たなスキルを登録します》
……え?
*****
「……終わりだ。さて、改めて探しに……む?」
「……。……?」
「な、なん……だと……?」
謎の声が聞こえ、俺の前には勝利を確信し、再びルシ達を探そうとする幹部。
うん、なんだこれ? 完全に消滅したと思ったけど、生きていたのか? ラッキー……じゃないよな。目の前には変わらず幹部様がおられられる。
「外した……この距離で? そんな訳が無い!」
「……!」
飛び退き、放たれる2つの光球。再び光に飲み込まれる。死んだ。今度こそ死んだ。間違いなく死んだ。これで死んでなかったら……えーと、なんかする。
俺の短い人生……って、この世界に来てから数時間。寿命数時間ってマジで短過ぎだろ!?
「さよなら……俺……」
「なんだお前……?」
「はい?」
また生きてた。けど今度はなんか伏線っぽい謎の声も聞こえなかったぞ。そもそもさっきの声も空耳か何かか? 空耳にしては長過ぎるが。
確かに死んだ感覚はある。だけど俺は生きてる。と言うかそもそも、最初からHPと生命力が0の俺が死ぬのか?
「どうなっている……“ステータス強制解放”!」
「そんな事も出来るのかよ……」
幹部の力により、俺のギルドカードが浮き上がりステータスのみを解放させる。
不思議な力を使うんだなぁと感心しつつ、幹部は俺のステータスをじっくりと眺めていた。
『名前:テンセイ
職業:ソ〓ル?ジ0ャ*ー
Lv:0
体力:0
魔力:0
物理攻撃:0
魔法攻撃:0
生命力:0
知力:0
素早さ:0
運:0
武器:0
装備:0
スキル:2
所持金:0 』
「なんだこれは……全てが0だと……!?」
知っての通り、俺のステータスはオール0。永遠の……と、これはダメか。ゼロの……ゼロから……どれもやめておこう。と言うか、なんかスキル増えてる? しかも職業表記怖っ……。ファミ……ー……コン……とかゲー……ボー……みたいなレトロゲーのバグみたいな感じになってる。
そんなバグりきった俺のステータス。そこから導き出される結論は、
「なんだ。ただの死体か」
「生きてるわ!」
パッパラ~! テンセイは死体に転職した! ……じゃない! コイツは何を見て生死を判断してるんだ! いや、言葉からしてステータスだろうけど!
幹部は疑問に思うように言葉を続けた。
「何を言う。ステータスの表記的に死んでるだろ」
「いや、生きてますから! ほら、俺isここ!」
「分からん奴だな、ステータスが無いなら死んでるに決まっている」
「アンタのそのステータスに対する絶対的な信頼はなんだ!? じゃあアンタと話して動いている俺の存在はなんだよ!」
「何って……はっ、まさか……」
「そう、俺はちゃんと……」
「フッ、まさかここでネクロマンサー的な力に目覚めるとはな。我ながら才能が恐ろしい」
「違う!」
ダメだコイツ。ステータスへの信頼が高過ぎて一向に俺の存在を認知しない。
HPも生命力も0の俺は死人も同然だが、多分ちゃんと生きてると思う!
「もういい、面倒だ。見たところ特別身体能力が高い訳ではなく、気配も特に感じられない。そこから判断するにザコなのは変わらない。何度か殺し、それでも死ななければ魔王様に献上し、お前を使って色々と実験するとしよう。死なないモルモットは便利だ」
「色々な実験……それって拷問的な何かですか?」
「される側からしたらそうだろうな。安心しろ。満足な結果を得てそれでも死ななければ魔物の巣へ解放か、忠誠心を見せるなら魔王軍に引き入れてやろう。死なぬ肉壁は役に立つ」
「先生ー! それを聞いて安心する方法が思い付かないんですけどー。多分常にASMRを聞きながらお菓子片手にソファーに座っててもリラックス出来ませーん」
「誰が先生だ。あと言い忘れていたがお前に拒否権は無い。生か死だ」
「生き長らえさせられるって意味の生か死ですよね」
身体能力じゃ勝てないのは明白。なぜなら向き合うまで目で追えなかったから。
つまり俺が現時点で勝てる可能性は0……ワンチャンなんか覚えていた2つのスキルでなんとかと言ったところだろうか。確認もしていないし使えるかどうかも不安である。
何にせよキリが稼いでくれた時間は一瞬。今は死なないだけで、残機とかあったりするとゲームオーバーの可能性も十分ある。何とかして隙を見て逃げ出したいな。
俺は魔王軍の幹部と相対した。