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キリン公園2

ガシャーン。

段差を乗り越えようとして、マウンテンバイクに衝撃を受ける。ちょっとひしゃげたような気がして少し心配だったけど、そんなこともうどうでもいいんだもんねと切り替えて、ぼくは乱暴にペダルを踏み込んだ。ぼく、正確にはお兄ちゃんのお下がりの、ちょっと埃っぽくて、ちょっと色あせていて、たまにギアの切り替えが上手くいかなくなってきているマウンテンバイクが、さらにギギッと軋んだ。

今日は少し風が強い。しかも追い風だ。マウンテンバイクがグイグイと早く進んで、いつも通っている町の景色を、いつもよりももっと早いスピードでどんどんと追い越した。でもぼくは、今はそんなに急いでいないのだけれど。

「あぁーあ。」

周りに誰もいないのを確かめて、思いっきりため息を吐いてみた。ぼくのため息は周りで吹いている風の音にかき消されて、どこか遠くへと消えていく。その感覚がなんか楽しくて、ぼくはもう一度息を吸ったけど、直前になってなんかやっぱりつまらないかもと、途中で止めた。はずなのに。

「あぁーあ。」

知らず知らずのうちにため息が出てしまった。今度もやっぱり、少し生暖かい風がぼくのため息をどこかに連れて行ってくれた。今日上手くいったことって、これが初めてかもしれない。なんかそれって、すごいダサい。そしてちょっぴり恥ずかしい。

今日は何もかもが上手くいっていない。昨日の夜からなかなか寝れなかった。そのせいか今日の朝は寝坊して、毎週土曜日の朝の楽しみにしているアニメを見逃した。それを悔しがってたらお兄ちゃんに「まだまだガキだな」ってバカにされて、「なんだよバカ」って言ったら頭を叩かれた。朝食の目玉焼きは黄身を変に破っちゃったから、トーストの上に乗らずにお皿がベチャベチャになっちゃった。お手伝いのお風呂洗いでは蛇口とシャワーの切り替えを間違えて背中がびっしょり、そしてまたお兄ちゃんにからかわれて、ちょっとしょんぼり。そこからやることがないからテレビを観てたら、テレビの内容が小学校のいじめについてで、ちょっとドキンとして慌ててテレビを消そうとしたら、コタツの足に小指をぶつけた。しばらく痛みをガマンしてたら、「お昼は何が良い?ってママが聞いてきた。やっぱりここはと思って、「トンカツ。」って答えたら「そんなの無理に決まってるでしょ。」って怒られた。でも今日はどうしてもトンカツを食べなきゃいけないから、「トンカツがいいの!」って怒ったら、お兄ちゃんに「ワガママタケル。」ってからかわれた。お兄ちゃんのことはママが叱ってくれたけど、「なんでトンカツがいいの?」って聞かれたから、「イツキと決闘するからトンカツじゃないとダメなの。」と正直に答えたら、「何言ってるの!?そんなバカなことしないの!」とさらに怒られて、結局お昼は冷凍のスパゲティーだった。なんだいスパゲティーなんかだしてと、スパゲティーを勢いよく食べてママに皿を返してやろうと思ったけど、お兄ちゃんがぼくのスパゲティーにもタバスコを入れちゃったから辛くて辛くていつもよりすごい時間がかかった。ようやく食べ終えて家にいるのがなんだか嫌だったからすぐに出かける支度をしようとしたら、こわい顔をしたママにぼくの部屋に連れてかれて長い長いお説教。ママには喧嘩じゃなくて決闘なんだと何度も説明したのに、分かってくれなくて何度も何度も怒られて、決闘はしないと約束なんかさせられて、しまいには「もし、決闘なんかしたら夕ご飯抜きだし、お尻ぺんぺんだからね!」と1番嫌な釘を刺されてしまった。そして、「出かけるなら宿題終わらせてからね!」と言われて宿題に取り掛かったんだけど、こんな気持ちでできるわけもなくて、算数のプリントは半分間違えたし、漢字の書き取りをしている時はお気に入りの鉛筆の芯が折れた。そして、この後、ぼくはイツキと・・・。

「あぁーあ!」

思い出しただけで本当に嫌になって、思いっきりため息を吐いた。今度も風がぼくのため息と嫌な気持ちを持っていってくれると思っていたけど、いつの間にか風は止んでいたみたいだ。近くで犬を散歩していたおばさんが、びっくりした顔でこちらをみている。恥ずかしくなって、ペダルを力いっぱい壊れるくらいに踏み込んだ。

見慣れた町の雰囲気とは少しだけ違う路地を曲がって緩い坂道を登るとら目の前にあの滑り台が見えた。あっ、着いた。着いちゃた。

入り口にマウンテンバイクを付けて、ぼくは公園の時計を眺めた。時間を知りたかったけど、公園の時計はいつからそうしているのか、14時10分とちょっとの位置を指して動かない。もぉうーと、声にならないため息を吐いて、キリン公園を見渡した。まだイツキは来ていない。まぁ当たり前か。ぼくが家を出たのが3時ちょっと過ぎくらいで、ここまで来るのにだいたい30分。まだ時間が1時間くらいある。

それにしても。本当にこの公園には名前の通り、と言ってぼくたちが勝手に呼んでいるだけだけど、キリン公園には本当にキリン型の滑り台しかない。それにこの滑り台はなんか変だ。ぼくは、改めてまじまじと滑り台を見つめた。キリンは、キリンらしいオレンジと黄色を混ぜたような色ではなく、図工で使ったペンキのようなチカチカした黄色で、それもぼくのマウンテンバイクよりもうんと色あせているから、なんていうか水っぽそう。模様の茶色も、なんか変。それに歯もペンキが剥がれちゃったのかなんかギザギザしている。

「お前、へんなのー。」

キリンに向かって話しかけてみた。キリンは答えるわけもなく、ぼくの声がちょっとだけ公園内に響く。自分の声が響いたことに少しだけびっくりして、思わず顔をあげたら、キリンと目が合った。相手は作り物で滑り台のはずなのに、そのがらんとしたトンネルの奥のような色をした黒目がぼくを見つめる。風が吹いて砂埃が勢い良くぼくの後ろでボウッと舞い上がった。

「なんだよー。」

ちょっと怖くなって、キリンから少し距離を置いた。なんだよ、人気のない公園の滑り台のくせに。お前、なんか嫌なやつ。

「あー、いたいた、そこにいた!」

突然聞き慣れた女の子の声がして、びっくりして振り返った。

「うわぁ!」

勢いよく走り込んできたのか、それをぼくが気付かないでいたのか、振り返った目の前にミホちゃんの顔があった。

「な、何?」

間近の顔を見つめる。ほっぺたを膨らませて、眉毛は斜め上を向いていて、目は少し潤んでいた。そして口は息をスゥーッと吸って・・・。

「バカ!」

女の子の甲高い声に、耳がキーンとする。

「バカ!やっぱり山下くん、後藤くんと喧嘩するんじゃん!」

ミホちゃんは完璧に怒っている。ミホちゃんって怒るとほっぺたが赤くなるんだな。怒られながら、そんなことを思ってしまって、そんなことを思う自分が、本当に嫌になる。

「いや、喧嘩じゃなくて決闘なんだけど。」

「バカ!一緒なの!どっちも一緒!山下くん、トモヤと同じこと言ってる!『女にはこの違いが分かんないんだよ。』ってバカにしてさ。女の子にも分かるっつーの!違いなんて、ないの!どっちも一緒なの!あー、なんでわたし決闘って言葉知らなかったんだろう。わたしってバカ。でも、山下くんの方がもっとバカ!山下くんのせいで、シホに『ミホのバカ!』って怒られたんだからね。バカ!山下くんのバカ!」

ミホちゃんは早口で怒る。怒るだけでは足りないのかその場でピョンピョンと跳ねて、頭を掻いている。ツインテールがブルンブルンと揺れて、ガシガシと動いている。ミホちゃんは、怒るとトモヤに少しだけ似ている。

「いや、決闘と喧嘩は違うんだって。」

「一緒じゃん!」

「いや、違うんだって。」

ミホちゃんにまでママと同じことで責められるなんて絶対にヤダ。

「一緒じゃん!」

「いや、だから違うんだって。」

「何、じゃあ何が違うの。」

「何って。」

それが言えたら苦労はしない。喧嘩と決闘の違い、ぼくも本当は上手く説明できない。でも、ぼくはイツキとは決闘をするわけで、本当はもうしたいのかどうかも分からないけど、でも決闘なわけで、ぼくは、イツキとは絶対に喧嘩をするつもりはない。トモヤのように『女には』とか言うつもりはないけど、このビミョーな違い、ミホちゃんには分かってほしい。

「ほら、言えないじゃん。」

「でも、違うんだもん。」

ぼくはどんどん声が小さくなる。

「本当に違うの。そこは信じて。」

ミホちゃんはフゥーと息を吐いた。

「じゃあもういいよ。山下くんは『決闘』をするのね。」

「うん。」

なんとか分かってくれたみたいだ。

「じゃあ、これ知ってる?」

「ん?」

ミホちゃんの声の感じが変わったので、ぼくは顔を上げた。さっきまで膨れていたほっぺたは少し萎んで、眉毛もちょっと下がった気がする。

「『決闘』って、ハンザイだからユウザイでケイサツにタイホされるんだって。」

「えっ?」

頭の中でミホゃんの口から出たカタカナがそれぞれ『犯罪』と『有罪』と『警察』と『逮捕』に変わって、その言葉が使われているドラマのシーンがはっきり想像できて、ぼくはびっくりしてミホちゃんを見つめる。

「わ、わたしもおばあちゃんから聞いた話だからよく分からないんだけど。」

見つめられたミホちゃんはバツが悪そうに少し口ごもる。

「と、とにかく!犯罪なんだからね、決闘したら!だからシホも怒ってるんだからね!」

ミホちゃんは口ごもったのが恥ずかしかったのか、また大きな声を上げた。また顔が赤くなっているけど、それは知らないことをしゃべっていることへのドキドキなのかもしれない。

「本当にバカ!山下くんのバカ!」

ミホちゃんはまた、心なしかさっきよりも怒っている。ぼく、ミホちゃんがここまで怒っているのを初めて見た。その怒っている原因がぼくのことであることが信じられない。ちょっと確かめたい。

「・・・ミホちゃんは?」

ぼくはぼくが喋った声にびっくりした。えっ、ぼく何聞いてるの?思っただけで口にしないはずだったのに。

「何が?」

ミホちゃんが怒っている顔を少し崩した。

「ミホちゃんも怒ってるの?」

おい、ぼくマジかよ。

「当たり前でしょ!」

「それは・・・、イツキのこと好きだから?」

おいバカやめろって。

「はぁ?」

ミホちゃんが口をポカンと開けている。あぁ、やっちゃった。

「いや、その、前にミホちゃんたちがクラスで『後藤くんいいよね、なんか好きかも。』って言ってたの聞いたから。で、でも盗み聞きしたわけじゃなくて、聞こえてきたんだ。ミホちゃんたち大きな声でしゃべってたから。あぁでも、別に声が大きいって言ってるわけじゃなくて-」

しゃべればしゃべるほどダメになっていって、早口になって、声は小さくなっていく。顔が赤くなるのを感じる。

チラリとミホちゃんを見ると、さっきと同じように口をポカンと開けていた。あぁ大失敗。ぼくは目をギュッとつぶる。

「やだ、山下くん面白い。こんな時に笑わせないでよ。」

思いがけない言葉に、ぼくはびっくりして顔を上げた。ミホちゃんはおかしそうにコロコロと笑っている。

「怒られている時、そんなこと聞く?」

「ご、ごめん。」

「急過ぎてびっくりしちゃった。」

「ごめん。」

「後藤くんのことだっけ?うん、好きだよ。」

さらっと言われた。ガーンとする隙もない。あぁ、ぼくの初恋終わっちゃった。

「だって。後藤くんって、プヨタンみたいなんだもん。」

「えっ。プヨタン?」

プヨタン。聞き慣れない言葉とミホちゃんの急な話に、もう頭がチンプンカンプンだ。

「あっ、プヨタン知らない?これだよ。」

ミホちゃんはそう言うと、ツインテールの片方をぼくに見せてきた。ツインテールのヘアゴムの先っぽに、ちょっと小太りのパステルカラーのクマみたいなキャラクターがくっ付いていた。

「このクマみたいなの?」

ぼくがそうつぶやくと、ミホちゃんはもうっと口を尖らせた。

「クマじゃないもん、パンダ!ハラペコ島のプヨタン!」

ミホちゃんがそう怒るから、もう一度眺めてみた。言われて見ると目や腕の色が他より少しだけ濃い。

「ね、可愛いでしよ。」

プヨタンはね。そう思ったけど、これ以上ミホちゃんを怒らせたくないから黙っておいた。

「なるほど、プヨタンに似てるからイツキのこと好きなんだ。」

「そう。」

ホッとした。イツキに対する『好き』はぼくが思っていた『好き』じゃなかった。

「でも、もう嫌い。」

「えっ。」

急に水を掛けられたように心臓がヒャッとする。

「決闘するなら後藤くんのこと嫌い。」

恐る恐るミホちゃんの顔を覗く。さっきみたいに顔を真っ赤にしてはいない。

「山下くんのことも好きだったけど、決闘するなら嫌い。」

だけど、僕のことを見つめる目は絶対に怒っている目だ。

「私の大切な人を悲しませる人、わたし本当に大嫌い!」

ミホちゃんの静かだけど強い声が公園に響いた。ぼくはびっくりして心臓がドキリとして、何も言い返せなかった。

「それじゃあ、わたし言いたいこと言えたし、次用事あるから、もう行くね。」

そう言うと、ミホちゃんは公園の外にかけていった。途中で振り向いて「約束だからね、決闘なんかしたらダメなんだからね!」と、約束もしていない約束に念を押された。

「あぁーあ。」

誰もいなくなった公園にぼくのため息が響く。なんかひどく疲れた。まだ心臓がドクドクしてるし、ヒリヒリするくらい喉が渇いている。

水が飲みたい。そう思って公園を見渡したが、この公園にダサいキリンの滑り台以外のものは何もない。自販機とかないかな。ぼくは公園の外まで見えるように首を伸ばした。

「あっ。」

あった。駄菓子屋だ。ちょうどいいや。イツキとの約束まではまだちょっと時間がある。初めての場所はちょっと緊張するけど、とりあえず行ってみよう。

また公園で砂埃がボウッと舞い上がる。今日は風が強い。トモヤとイツキ、野球の試合大丈夫だったかな。

御覧頂き有難うございます。

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