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図書室2

「さてさて。やりますか。」

そう言うとトモヤはTシャツの袖を肩まで無理矢理捲り上げる。トモヤは憧れの野球選手の体を真似したいから少し小さめのTシャツを着ている。そのTシャツをむりくり捲り上げたものだから、袖がピチッと高くて嫌な音がなった。あっ、と声を出しそうになって慌てて口を押さえた。ハカセを覗くと、ハカセも同じように口をおさえている。へぇハカセもぼくと同じようなことでママに怒られるんだ。そう思いながらトモヤに目をやると、トモヤもしまったという顔で袖のほつれを気にしている。

「よし!作戦考えようぜ!」

大丈夫?と声をかけようとしたぼくをじゃまするように、トモヤはまたほっぺたをパチンと2回叩いて、大きな声を出した。もぉーまた怒られるってと、ハカセは小さくつぶやいて恐る恐る後ろを振り返った。ぼくもハカセの真似をして、ハカセの頭を飛び越えて奥の図書室のカウンターを覗きこんだ。ぼくたちが心配していた図書委員会のお姉さんは、ぼくたちをジロリと睨むだけで、その後は図書カードの整理をしていた。安心したようにふぅとため息を吐いたハカセは、ぼくにだけ聞こえるような声で、今度ごめんなさいしとくねとつぶやいた。ぼくもハカセにだけに聞こえるような声で、ごめんね、よろしくとつぶやいた。

「じゃあ、まずはオレのプリントからだな。ジャーン!」

ぼくとハカセのヒソヒソ話なんか気にもならないのだろう、トモヤはそう言うと自分が書いたハカセお手製プリントを自慢げに見せてきた。朝ぼくに見せてきたプリントと違い、綺麗な状態だ。多分今日の授業中、に書き直したのだろう。まぁ朝のプリントは、これ汚すぎるなぁー、オレ自分でも読めねぇもんと、トモヤが自分自身で破り捨てたんだけど。

「ねぇ、トモヤくん。これって・・・。」

トモヤのプリントを読んで、読み返して、あれ、うーん、そうだ、一度読見直そうと思ったちょうどその時、ハカセも同じように思ったのだろう、困ったようにそうつぶやいた。

「あれ、なんか間違いあった?」

トモヤはそう聞き返えしたが、顔は図書室の窓から見えるグラウンドを眺めている。なんか気になることでもあるのかなと窓の外を眺めてみたけど、特に気になるクラスメイトも、グラウンドに紛れ込んできたどこかのペットもいなかった。

「いや、間違いはないんだけどね。こことか。」

ハカセが指した場所を覗きこんで、ぼくはあぁと納得した。たしかにぼくもそこが気になっていた。ハカセが指差しした場所は『弱点』で、イツキの欄には『バッティング』と、ぼくの欄には『フライ』と書いてあった。

トモヤはハカセの指した場所を横目でチラリと覗くと、あぁと声を出した。

「そうなんだよ。イツキはさぁ、なんか力が入っちゃうんだよなぁ。力まずにバットをふれば飛ぶんだよ、パワーがあるんだから。タケルはフライの落下地点を全然予測できてないの、バカだから。何回も練習重ねて経験しないと。」

「いや、うーん、それはそうなんだろうけどね。」

トモヤは体を動かしながら説明している。そんなトモヤに困ったようにハカセが対応する。トモヤとハカセが2人で話すと、いつもこうなってしまう。

「いや、ぼくとイツキは決闘するんだからさ。」

困っているハカセに助け舟を出して見た。

「だから?」

トモヤが答える。なんか少しだけイライラしているみたい。あれ、まだ怒っているのかな。

「そう。この欄に書いてあるのは2つとも野球のことで、決闘のヒントにはならないと思うんだよね。それに、これってタケルくんとイツキの比較というか、比較の基準がトモヤくんになっちゃってるんだよね。」

「あぁ、なるほどなるほど。」

ハカセの指摘に、トモヤが大きく頷いている。うそだ。トモヤは絶対にチンプンカンプンなはずだ。だって、ぼくもハカセの言ってることの半分は意味が分からない。

「じゃあ、オレのプリント意味ねぇじゃん。しゅうりょーう!」

そう言うと、トモヤは自分で書いてきたプリントをクシャクシャに丸めてポーンと放り投げた。放り投げたプリントは、図書室のゴミ箱に音もなく吸い込まれた。さすがトモヤ。そうぼくは思ったのだけれど、トモヤはストラーイクと、つまらなそうにつぶやくだけだった。

「よし、次はハカセのプリント見ようぜ。」

「なにも捨てることないのに。トモヤくんも一生懸命書いたんでしょ。」

「いいのいいの。どうせ大したこと書いてないから。」

ハカセの問いかけに、トモヤは手を横にブンブン振っている。もしかしたら、さっきハカセに指摘されてしょげているのかもしれない。

「そうだよ。捨てることないじゃん。」

「いいの、いいの。」

「なんでだよ。」

「いいから。」

「ちゃんと作戦立てようぜ。」

「作戦っていってもなぁー。」

トモヤは少し笑ってそういうと、また窓の外を覗いている。

「なんだよ。言いたいことあるなら言ってよ。」

笑われたこととぼくたちのことを全然見てくれないことに、少しカチンときた。ちょっと指摘されたからって、そんなことでイジワルしないでほしい。

「いや、別にー。」

「なんだよ、言えよ。」

「うるさいなぁ。」

「言えって。」

「はいはい。じゃあ、言うけどさ。」

トモヤと図書室に入ってから初めて目が合った。ちょっと睨んできたが、すぐにトモヤの方から目を逸らした。

「多分、ていうか絶対。タケル、イツキに決闘で負けるじゃん。」

ドキン。急なトモヤの発言に、僕の心臓が大きく鳴った。

「だってさ。イツキって体デカいしパワーもあるじゃん。絶対に勝てっこないじゃん。」

トモヤが話す。

「オレ、タケルのことよく分かってるし。タケルの弱点、オレ一杯知ってるし。」

トモヤが早口で話す。

「タケル、オレよりは頭いいけど、テストで80点取るのなんてたまたまのまぐれだし。野球は下手でマラソンも遅いし。」

急にどうしたの。そう聞いて止めさせたいけど、トモヤはずっと床を睨みつけて早口でしゃべっている。

「なぁ、ハカセだって決闘したらタケルの負けだって思ってるだろ。」

「う、うん。まぁ。」

トモヤの声かけに、ハカセが遠慮がちに答えた。またまたハカセまでー。そう言って笑い飛ばしたかったけど、ハカセも下を見てふさぎ込んでしまった。

「ほら、ハカセもそう言ってるだろ。決闘なんて無理なんだよ。」

「そ、そんなのやってみなきゃ分からないだろ。」

やっとしゃべれた。でも、しゃべれた言葉はとても小さくて、風が吹いたら飛ばされそうなくらい細くて弱い声だった。

「やらなくても分かるんだよ、バカ。」

トモヤが口を尖らせて言う。

「オレ、他にもタケルの弱点一杯知ってるもんねー。恥ずかしいこともバカなことも。『オレ』とか使いたがってるくせに、オレみたいに使えないし、今でも『ママ』とか言ってるくせに、オレらの前では『お母さん』と無理して言ってることも。全部分かってんだよ。」

言い返したい。でも、トモヤが言ってることは全部本当だ。ぼくはトモヤを睨みつけることしかできない。トモヤはどんどん顔が赤くなって、どんどん早口になっていった。

「睨みつけても怖くないもんね、お前なんか。オレ、全部知ってるんだー。タケル、お前、まだお母さんにお尻ぺんぺんされてるだろ。分かってんだよ、隠したって分かってるんだぁー。オレが叩いた時、すごい嫌がってたし。普通あんなふうにならないもんね。それにオレ、聞いたことあるもんね。タケルの家の近くを通った時、タケルが『ごめんなさい』って泣いてて、ペチンペチンて何か叩かれてるとこ。」

それも全部正解。

「そんな奴がイツキに勝てるかバーカ。」

トモヤがぼくを睨みつけて言う。

ぼくもトモヤを睨みつける。でも、奥歯を噛み締めてないと、トモヤの姿が潤んで揺れてしまいそうになる。

「まだあるもんね。タケルの秘密。これはまだ誰も知ってないし、言わない約束だったけど、もう言っちゃうもんねー。ハカセさぁ、知ってる?タケルってさ、つい最近までおねし。」

「トモヤくん、もう止めよう。」

ハカセがトモヤを止めてくれた。でも、ぼくの秘密は多分ハカセには知られた。その秘密も全部正解。

トモヤはぼくの秘密をしゃべるのは止めてくれたけど、睨みつけるのは止めてくれなかった。

「な、な、な、なんでそんなこと言うの。」

口に出そうとして声が枯れて、何度か繰り返してやっと声がでた。力をなんとか入れたのに声が震えてしまった。

「オ、オレ。」

気付くとトモヤの声も震えている。

「オレ、タケルとイツキに決闘なんかしてほしくない。タケルはめっちゃ仲いい友達だし、応援してるし。だけど、イツキも友達だし、野球のチームメイトだし。だから、決闘なんかしてほしくない。漫画みて『いいじゃん。』って言ったのオレだし、色々持ち上げたりしたのもオレだから本当にごめんだけど、オレ、決闘なんかしてほしくない。」

震えて早口だからかなり聞き取り辛かったけど、ぼくの耳にはっきりと聞こえた。ドキンとまた心臓が鳴った。

「オレ、帰る。明後日の試合のためにイツキと練習するから。それと、オレ土曜日キリン公園には行かない。見たくないから。本当にごめんだけど。」

トモヤは相変わらずぼくを見つめているけど、少しだけ顔が優しくなった気がする。

「よし!帰る!」

そういうとトモヤはランドセルを背負って図書室を勢いよく出て行ってた。と思ったら、もう一度図書室に顔を出して、図書委員会のお姉さんにさっきはごめんなさい!と謝って、野球の試合終了の時みたいに頭を下げて、また図書室から走って出て行ってた。図書委員会のお姉さんは、びっくりしたように目を丸くしていた。

「ねぇ、タケルくん。」

トモヤが出ていったドアをじっと見つめていたぼくに、ハカセが話しかけてきた。

「これ、渡しとくね。」

ハカセが手渡してきたのは、ハカセが書いたプリントだった。ハカセらしい綺麗で小さくて丁寧な字がプリント一杯にビッシリと書かれている。

「ありがとう。」

「うん。だけど、ぼくも決闘は反対。」

「うん。」

不思議とトモヤの時よりすんなり耳に入った。それは2人目の意見だったからかもしれないけど、ハカセがそう言うのはなんとなく想像できたから。

「それと。」

「うん。」

「土曜日、ぼくも行けない。」

「やっぱり見たくない?」

「うん。それもあるんだけど・・・。」

そういうとハカセは図書室の窓に目をやった。ぼくも窓の外に目をやって、あぁと頷いた。今日は快晴。窓の景色には白いサイコロ型の博物館がよく映っていた。

「分かった。」

「本当にごめんね。」

ハカセが謝ってきたので、ぼくはゆっくりと首を振る。ハカセが謝ることは何もない。悪いのは全部ぼくだ。

「それじゃあ、そろばん教室が始まっちゃうから、ぼくはそろそろ。」

「あっ、羽賀くん、ここに居たんだぁ。」

ハカセとのバイバイの間に、聞き慣れた子の声が割り込んできた。ハカセとぼくは顔を上げてあっと声を出した。

図書室のドアを開けてこちらを覗いていたのは、今1番会いたくなかったクラスメイトのミホちゃんだった。

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