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キリン公園3

「よぉ。」

公園に入ってきたぼくに気付いたイツキは、手を上げて挨拶してきた。

「やぁ。」

ぼくも手を上げて、挨拶を返す。いつもだったら、そこから『ねぇ、何して遊ぶ?』とか『昨日のあのテレビ見たかよ、あれさぁ〜。』とか話がいくらでも膨らむのに、今日は話すことが浮かばない。だって、イツキの声をに聞いたのが、本当に久しぶりだったから。

「ごめん。」

「えっ?」

イツキが急に謝ってきたからちょっとびっくりした。

「ちょっと集合時間に遅れちゃったね。」

イツキにそう言われたけど、ぼくは腕時計を持っていないし、公園の時計は止まってしまっている。さっき、フクさんのお店でみた時計は4時15分で、その後フクさんに怒られて、イジワルされて、ちょっとだけ泣いちゃって、でもほんのちょっとだけ励まさせた気がして…。そんな時間を足したとしても、そんなに遅れてきたわけではないと思う。遅れたとしても10分ちょっとだ。そんなことで謝るイツキが、本当にイツキらしい。

「いいよ、そんなこと。」

明るく言ったつもりだったけど、思っていたよりも怒った声になってしまった。多分それは、さっきの『ごめん。』の後の言葉に『やっぱり決闘やめようか?』と、イツキが言ってくれると期待していたからだと思う。

「ごめん。」

ぼくの声に反応してか、イツキがまた謝ってきた。

「だから、本当に大丈夫だって。」

またちょっと怒った声になってしまった。

「そう。ならいいけど。」

イツキはそう言うけど、絶対に気にしている。だって、イツキはずつと下を見ているから。そんなとこ砂以外に何もないのに、さっきからジッと見ている。大きな体が少しだけ小さくなった気もする。あぁ、なにやってんだよ。ぼくはそんなイツキの姿を見て、心の中でつぶやいた。でも、それはイツキに向かって言ったんじゃない。こんな時にでもイツキに対して怒ったような声を出してしまうぼくのことを、ぼくは本当に嫌いだ。

イツキが下を向いて黙ってしまったので、ぼくも黙って公園内を見渡した。相変わらず公園内には、ぼくとイツキと、それにヘンテコなキリンしかいない。『土曜日の夕方なのにね。あんたは本当に人気ないのな。』ちょっとだけフクさんの真似をして、イジワルな顔で、キリンのことを見てやった。キリンは相変わらずヘンテコな姿で、でも目とか口はちょっと怖くて、ぼくとは目を合わせずに一点だけをジッと見つめていた。

「ねぇ。」

声がした方を見る。イツキはまだ下を向いていた。一瞬、イツキの『ねぇ。』は、ぼく以外の人にいったのかもと思ったけど、そんなことはあるわけないとすぐに思い直した。

「ん?」

「タケル、さっきは大丈夫だった?」

イツキにそう聞かれて、もしかしたら、さっきまで泣いたのがばれたのかもと、ぼくは『あっ、目に石が』とわざとらしく独り言をつぶやいて目をゴシゴシとこすった。イツキは友達だけど、泣いてるのを見られるのはやっぱり恥ずかしい。

「何?」

ひとしきり目をこすった後、イツキの方に目をやる。イツキはまだ下を向いている。大丈夫ばれていない。

「だって、さっきまであそこでなんかやってたから。」

イツキが急に顔を上げてそういうものだから、ぼくは、『あれっ?まだ石が…』とつぶやいて目を押さえる。

『大丈夫?』と聞いてくるイツキに『大丈夫気にしないで。』と早口で伝えて、イツキが指を差した方を見た。

「あぁ。」

思わず声が出た。イツキが指を差した方角には、夕日に染まってオレンジ色に光るフクさんのお店があった。

「タケル、さっきまであそこでおばあちゃんと話してたでしょ。」

「うん。」

「なんかあった?」

イツキが心配そうに聞いてきた。さっき顔を上げたはずなのに、また公園の砂を見つめている。

「いや、何もないよ。」

うそ。本当は結構色んなことあった。

「本当に?」

イツキはまた心配そうに聞いてきた。イツキは優しい。ぼくが前にトモヤと喧嘩した時も『ねぇ、トモヤは本当はそんなこと思ってないんだからね。』とぼくにこっそりと教えてくれたっけ。

「本当。あそこって駄菓子屋なんだ。」

「うそ!?」

ぼくの言葉にイツキが驚いたように答えた。イツキはまだ下を向いているからよく見えないけど、多分目を丸くしているはずだ。

「どう見たってオバケ屋敷じゃん。タケル、本当に大丈夫だった?」

オバケ屋敷、言われてみると本当にそうだ。思わず笑っちゃいそうになって、慌てて口に力を入れてイツキをチラッと見ると、イツキは心配そうにぼくを見ていて、ぼくと目が合うとサッと地面に目線を落とした。

イツキは優しい。マラソンの時、ハカセとイツキはいつもビリ争いをしていた。ぼくはそんなイツキを『イツキ、デブだから遅いんじゃないの?』とからかったことがある。イツキは『そうかも。』って笑っていた。でも、その後トモヤに怒られた。『ハカセも頑張ってるんだぞ。』って。それに、『本当はイツキ、足が早いんだぜ。野球の時意外とセーフになるもん。』って言ってたっけ。その時のトモヤ、なんだか誇らしそうにしてたっけな。

「大丈夫だって。」

「だって、あのおばあちゃんすごく怖い顔してたよ。タケル大丈夫?怒られたりしてない?叩かれたりしてない?」

イツキはまた心配そうに聞いてくる。イツキは優しい。

「大丈夫だって。あぁ見えて多分優しいから。」

ちょっとのウソとちょっとの本当を混ぜた。怒られはした。でも叩かれてはいない。叩かれていたのはあの座布団だけだ。

「そうなの。ならいいんだけど。」

あっ。

イツキの返答を聞いて、ぼくは、たった今気がついた。ぼくとフクさんが話をしていたのを見ているのであれば、イツキはその前から公園にいたのだ。だから、遅刻したのはぼくの方。それなのに。ぼくはそっとイツキを見た。イツキは少し安心したようにふぅとため息を吐いている。イツキは本当に優しい。

「ねぇ。」

「ん?」

イツキが声をかけて顔を上げた。イツキは地面とぼくを見るように、忙しそうに目線を動かしていた。

「やっぱり、今からやるの?」

イツキは本当に優しい。それなのに。そんなイツキと、ぼくは今から決闘しようとしている。

「ぼ、ぼく。」

カシャーン。

突然、遠くから金属の擦れるような音が聞こえた。

「ひゃあ!?」

その方向に目をやったイツキが、びっくりしたような声を上げた。

「あっ。」

ぼくもその方角を見て声が出た。

ぼくたちが見つめた先には、フクさんが立っていた。

「やばいって。やっぱりあのおばあちゃん怒ってるんだって。タケル、やばいって。」

イツキが慌てたように声を荒げた。

「大丈夫だって。」

そう言ってイツキをなだめながら、ぼくはフクさんをジッと見つめる。フクさんはぼくと目が合うと、右手に持っていたものを頭の上に掲げた。

「あっ。」

カシャーン。

さっき聞こえた金属音が、ぼくのつぶやきと重なって、公園内に響いた。

言わなくちゃ。ぼくはフクさんに見えるように大きくうなずいて、イツキの方に向き直した。

「何?」

イツキが尋ねる。

「えっと。」

急に口の中が乾いてきた。

「ぼ、ぼく。」

言葉が詰まる。でも言わなくちゃ。

「何?」

イツキが尋ねる。こんな時でもイツキはぼくのことを心配してくれる。

「ぼ、ぼく。」

ちゃんと言えよバカ。ぼくはぼくを心の中で叱り飛ばした。

「タケル、大丈夫?」

イツキが心配そうにこちらを見てくる。それなのにぼくは。

「ぼ、ぼく。」

鼻の奥で、さっき収まったと思っていたツンがまた騒ぎ出した。

「ぼ、ぼく。」

「うん。」

イツキは優しい。

「ぼ、ぼく。」

イツキは本当に優しい。

「ぼ、ぼく。」

ぼくはイツキが。

「ぼ、ぼく。」

ぼくはそんなイツキが。

「ぼ。」

カシャーン。

フクさんのお店の前から、フクさんが持っている、ヤカンの蓋が動く音が響いた。

「ぼ、お、オレ。」

ぼくはそんなイツキが大好きなんだ。

「オレ、イツキと決闘なんかしたくない!イツキ!あの駄菓子屋で一緒にミニラーメン食べよう!」

ぼくの雄叫びがキリン公園に響いた。

と思ったら、夕方5時の時報とまんまと重なった。あっ、またやっちゃった。そう思ってイツキを見る。

イツキはポカンとした顔をしていたけど、しばらくすると顔をクシャッと崩して頭をブンッと縦に振った。あっ、さっきのイツキの顔、プヨタンに似ているかもしれない。鼻水でグジャグジャになった顔を擦りながら、ぼくはぼんやりとそう思った。

「行こうぜ!」

ぼくはもう一度大きな声をだして言った。だけど喉の奥のツンのせいで、ぼくの声は、弱々しく揺れた。

「うん!」

イツキの声が、まだ、鳴り響く5時の時報に負けないくらいに、ぼくの耳とキリン公園に大きく優しく響いた。

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