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ナクフ商店2

心臓のドキンドキンが収まるのをジッと待っているぼくのことをしばらく見つめていたけれど、ぼくが何も話さないことに飽きたのか、フクさんはお店の掃除を始めた。ただ、掃除といってもそのやり方はひどく乱暴で、棚や座布団の汚れを手で払い、落ちた埃を箒で店の外に掃き出すだけだった。そしてフクさんは、はい掃除終わりとつまらなそうにつぶやいて、お店の棚からチョコレートの袋を手に取り、ビリリと破いた。

「わたしの店のもんだ。食べたって構わないだろ。」

別にぼくが注意したわけでもないのに、フクさんはちょっとだけ怒って、中に入っている小さなチョコレートの粒を、ポンポンポンと立て続けに3粒口に放り込んだ。あぁ、まったく、こいつは溶けちゃっているねと、フクさんは顔をしかめながらそうつぶやいて、残っていたチョコレートをガラガラと口に放り込んで、空いた袋と棚に残っていた同じ商品をむんぐと掴み、小上がりの畳の上に放り投げた。

「ん。なんだい、要るのかい。欲しかったらやろうか。」

その様子をボーッと見ていたぼくの目に気づいたのか、フクさんがそう声をかけてきた。ぼくは頭をブンブンと横に振る。

「はー、そう。」

フクさんは、小上がりに放り投げたチョコレート袋をまとめて掴んでゴミ箱に投げ捨てた。あっ、もったいない。そう思わず口に出そうになったけど、ぼくの口はカラカラに渇いていて、上手く声が出なかった。お腹の奥もモヤモヤと、そしてちょっとフワフワもしている。なんとかしなくちゃ。そう思ってラムネを勢いよく飲んだけれど、ラムネのシュワシュワが喉の変なところに入って、ゴホゴホとむせ返ってしまった。ラムネが口いっぱいに広がる。さっきはとても美味しかったラムネが、今はベタベタする甘いだけのもののように感じる。

「あぁーあ、汚いねぇ。」

そういうとフクさんは腰に挿していた手拭いをぼくに向かって投げてきた。ぼくはむせながらも、ごめんなさいの気持ちを込めて頭をペコッと下げて、手拭いで口元を拭いた。手拭いからは、タバコと埃と泥が混じったような臭いがほんのりとした。それがなんとなくフクさんの臭いの気がして、なんとなく嫌で、なんとなく怖くて、でもなんとなく安心する。まぁ、でも、本当になんとなくだけど。

「さっきからあんた、『なんで知ってるの?』みたいな顔をしてるね。」

ぼくから受け取った手拭いをまた腰に挿し直しながら、フクさんが独り言のようにつぶやいた。そしてまたタバコに火をつける。フクさんはいわゆるヘビースモーカーという人なのだろう。お兄ちゃんが昔「知ってるか。タバコをいっぱい吸う人のことを『ヘビースモーカー』って言うんだぜ。」と、得意気に教えてくれた。その時ママは「何偉そうに変なこと教えてるの。」とお兄ちゃんを叱って、ぼくに「タバコは体に悪いんだから、吸う場所に近づいちゃダメだからね。」と言っていた。もし、ママがここに居たらどうするのだろう。フクさんにビシッと注意するのかな。多分それは無理だろうな。だってフクさんは、フクさんなんだもん。なんとなくだけど。でも、絶対にそう。

「ねぇ、聞いてるのかい。」

フクさんに急に聞かれて、ぼくは今度は頭を縦にブンブンと振った。

「あんたが決闘しようとしてるのは、ここらの人ならみんな知ってるよ。」

「なんで?」

やっと出たぼくの声は、ひどくガラガラで、そしてとても小さかった。

「なんでって。あんたねぇ。あんな場所で大声で『決闘だ!』って叫べば誰だって気付くだろうに。」

フクさんが顎で指す方を見る。あの公園のキリンと目が合った。飲み物が欲しくて駆けてきたから実感はなかったけど、あの公園とフクさんのお店はとても近い。そっか、聞かれてたんだ。自然とほっぺたが赤くなった。

「聞こえてないと思ってたのかい。」

フクさんの質問に、ぼくは真っ赤な顔をして、ゆっくりとうなずいた。

「ふぅ。あんたはまったく。」

フクさんはタバコの煙を吐き出しながら、口の端をニヤリと上げて、イジワルな笑顔と声でぼくをからかう。ぼくはますます顔が真っ赤になっていく。多分触ったら熱くなっているだろうけど、なんだか腕に力が入らなくて、顔を触って確認することは出来なかった。

「そもそも決闘なんかするもんじゃないんだよ。」

フクさんはまたタバコの煙を吐き出しながら、ぼくをジッとみる。ぼくは何も言い返すことができない。喉がとても渇いているけど、ラムネの瓶を口に運ことができない。

「あんたは知らないかもしれないけど、決闘ってのは犯罪なんだよ。」

知ってる。さっきミホちゃんが教えてくれた。そう伝えたいけれど、口が上手く動かないし。でもいっか。フクさんに「ミホちゃんが-」と伝えてもどうせ誰のことか分からないし。

「決闘したら捕まっちゃうんだよ。そしたら、あんた、もう学校行けなくなっちゃうんだよ。」

「えっ!?」

フクさんの言葉に、びっくりして声が出た。

「なんだい、びっくりして。」

フクさんも、少しびっくりしたようで、黒目が少しだけ大きくなった。

そうか。決闘すると学校に行けなくなっちゃうんだ。そしたら、ミホちゃんともハカセともトモヤとも、それにイツキとも会えなくなっちゃうんだ。犯罪ってそういうことだって分かっていたはずなのに、なんでそんなことも分かっていなかったのだろう。

「あんた、もしかしてそこまで想像出来なかったのかい?」

「うん。」

恥ずかしいけど、そう。

「あんたって子は、まったく。」

フクさんはタバコの煙を吐き出して、またニヤリと笑った。その笑い方がイジワルな魔女みたいでちょっと怖い。

「悪ガキなだけじゃなくてバカなんだねぇ。」

「そんなこと。」

「そんなことあるだろ。決闘しようとするし、決闘した後のことも考えられない。そんなガキが悪ガキとバカじゃなくてなんて言うんだい。」

「そうだけど。」

「そうだけどじゃないんだよ。なんでそんなことが分からないのかねぇ。あんたは本当にバカだねぇ。」

「だって。」

「だってじゃない。ここにきて言い訳かい。本当にあんたは悪ガキだね。」

「でも。」

「でもなんだい。言うことがあるのかい。」

フクさんは何を言ってもすぐ言い返してくる。

なんで。ぼくは心の中でつぶやいた。

なんで皆してぼくを責めるのだろう。ぼく、本当は決闘なんかしたくないのに。トモヤと見た漫画のシーンを見てちょっとだけ憧れただけなのに。トモヤと呼んだ漫画の続きでは、決闘した後に主人公とライバルは仲良くなって新しい最強コンビを組むことになってたから、ぼくとイツキもそういう風になるのかなと思っていただけなのに。そもそも決闘の原因だったミホちゃんも、ぼくもイツキのことも好きで、でも好きの好きじゃなくて、そんなことなんて、なんだかんだで最初から分かっていたはずなのに。

『なのに』で心の中を埋められそうになって、ぼくはふぅっとため息を吐いた。

「一丁前にため息なんかつくんじゃないよ。」

間髪入れずにフクさんのピシャリとした答えが返ってくる。

なんで。ぼくはまた心の中でつぶやいた。

たしかにぼくは決闘をしようとした。でも、本気じゃない。最初から本当に本気じゃない。でも、皆、ぼくに怒ってきた。決闘なんかしちゃダメだって。ハカセはやんわりと。トモヤは早口で。ミホちゃんはプリプリと怒りながら。そして、フクさんはピシャリと。皆が皆、ぼくを叱る。皆が皆、ぼくが一番よく分かっていることを、まるでぼくが知らないとでも言うような顔で、ぼくに教えようと、叱ってくる。それが悔しくて、嫌で、恥ずかしくて、分かってるよと怒りたくなって、でも怒っちゃいけないと分かっていて、怒ってくれることがありがたくて、ちょっと嬉しくて、でも、やっぱり、すごく、悔しい。

そんなどうしようもない気持ちが、鼻の奥で暴れてツンとした。あっ、やばい、ダメだって。そう思ったけど、そのツンがあっという間に目の奥にまで入ってきて、見つめていたフクさんの顔が、ふにゃりと曲げて揺らした。

「あれまぁ、泣いちゃった。」

フクさんが少し驚いたような声を上げた。

だって。そう言いたかったけれど、ツンが今度は喉をひくつかせて、上手く喋れなかった。その様子をみたフクさんは、ふぅとタバコの煙を吐いて、残ったタバコを灰皿に擦り付けた。灰皿に3本のタバコが捨てられている。今回のタバコは、その中でもうんと短かった。

「ぼ、ぼく。」

ようやく声が出た。自分でもびっくりするくらいダサい声だ。でもしょうがない。ツンが鼻でも喉でも口でも、全部一気に暴れているのだから。

「ぼ、ぼく。」

また同じ言葉を繰り返す。だけど、その続きがなかなか言えない。本当はと切り出して、自分の思いを伝えるだけなのに。

「ぼ、ぼく。」

まただめだ。ぼくはゆっくりと何度か深呼吸をした。またそんなことをして。そうフクさんに怒られるかなと思っていたけど、フクさんはぼくをジッと見つめるだけで、何も言ってこなかった。暴れていたツンが少しずつ大人しくなっていく。あっ、今なら言えるかも。ぼくはもう一度大きく深呼吸をした。

「ぼ、ぼく。」

「ちょっと待った。」

ぼくの言葉を、フクさんが急に止めた。びっくりして顔上げてフクさん顔を見る。さっきまでピシャリとした声だったから、きっと怖い顔をしているのかと思ったら、少し困ったような、でもやっぱり少し怒った顔をしていた。

「その続きはあの子に伝えな。」

フクさんはぼくじゃなくてぼくの後ろ見つめていた。ゆっくりと振り向くと公園には、この1週間まともに話せなかった、体の大きなあいつが立っている。あぁ、来たんだ。ぼくはフクさんにゆっくりとうなずいて、持っていたラムネを一気に飲み干して、瓶に返してお店を出た。

店の外はちょっとだけひんやりした風が吹く。でも、それがさっきまでちょっとだけ泣いたぼくには少し気持ちよかった。

「ちょっとあんた。」

フクさんが声をかけてきた。

「あんた、あの子と仲直りしたら、またここに来な。賞味期限が切れそうなミニラーメンがあるから、今日は特別20円にまけてやる。」

フクさんの顔を見るために振り向いたけど、無理だった。だって、夕日がフクさんを照らしてシワに影ができ、その顔が怒っているのか笑っているのか分からなかったから。

御覧頂き有難うございます。

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