キリン公園
『また明日』
〜1〜
「決闘だ!」
ぼくの雄叫びがキリン公園に響いた。
と思っていたら、夕方5時の時報にまんまとかき消された。
隣にいたトモヤがあちゃーと天を仰ぐ。何やってんだよ、こういうときはちゃんと決めろよバカ、という親友のダメ出しは小声であったはずなのに、ちゃんとぼくの耳に届いた。
恥ずかしい。今ぼくの顔は真っ赤っかだ。多分耳はそれ以上。だから慣れないことはしたくないんだ。トモヤにそそのかされただけ。ちゃんと「そんなのオレのガラじゃない」と伝えたはずなのに。ぼくがぼくのことを「ぼく」じゃなくて「オレ」と言う時は本気の本気だと友達の中では有名にしておいたはずなのに。
急に誰かに見られていないか不安になった。急いで周りを見渡す。こんな所をクラスメイト、特にミホちゃんに見られでもしたら。そしたらぼくは明日学校を休む。
見渡して、何度も見渡して、おまけの1回見渡して、ホッとした。大丈夫、誰もいない。いや、誰もいるはずがない。通称キリン公園、いつから『キリン公園』呼ばれているかは誰も知らない、でもお兄ちゃんも小学1年生のリョウくんの弟も、みんなが『キリン公園』と呼んでいる、砂埃がしょっちゅう舞う狭い敷地の中に、キリンの形をした滑り台がポツンと1つあるだけの、ボール遊びもかくれんぼも鬼ごっこもかけっこもできない、子ども騙しのダサダサ公園だ。こんな公園に子ども、特に小学4年生のクラスメイトがいるはずがない。だからこそこの公園を選んでアイツを呼び出したのだ。一昨日トモヤと一緒に読んだ漫画の、あのカッコいいワンシーンを再現するために。
「ねぇ、オレ帰るね。」
「ふえぇっ?」
カッコいいワンシーンに似つかわしくないイツキからの言葉にビックリして、ぼくはそれ以上に合わない返答をしてしまった。恥ずかしい。ぼくはまた顔を赤くして口を押さえる。
「ちょっと待てよ!」
トモヤがぼくの代わりに呼び止めてくれた。ありがたい、マジ親友。
「だって、もう5時だし。」
「だから、ちょっとだけ待てって。」
「そんなこと言ったって・・・。」
「タケルが言いたいことあるんだって。」
「でも、早くしないとママに怒られるから。」
「大丈夫だよ、イツキのお母さん優しいから。」
「優しいのはトモヤとかタケルの前だけだもん。オレの前じゃ、ママは本当に怖いんだから。」
「だから待ってって。すぐ終わるから。」
ダメだ。カッコいいワンシーンからどんどん離れていく。
ぼくはどんどん情けなくて、イライラして、悲しくなった。漫画のようにうまくいかないこと。トモヤが雰囲気を壊していることも。イツキが「オレ」ってすんなり言えてることにも。そのくせ「オレ」なのに「ママ」って言ってることにも。「オレ」のくせに、ぼくとトモヤを足した体重よりも太ってることにも。そんな太ってて、「オレ」で「ママ」なイツキのことをミホちゃんが好きだって噂にも。そのことをぼくにニヤニヤ話してくるクラスメイトにも。そのことを心配して話してくるトモヤにも。そのことを気にしないで給食をバクバクおかわりするイツキにも。クヨクヨ、イライラ、ハラハラ、ムカムカ。
「うるさーい!決闘だぁ!!」
今度こそ僕の声がキリン公園に響いた、はずだ。
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