大丈夫だ、生きてれば問題ない
良く分からない人達がいなくなった頃合いで、コソコソしながらソフィア殿が村人と一緒に出てきた。
村人達は何やら怯えた様子で、死んでしまった男を検分している。
ソフィア殿はそんな彼らを一瞥して、俺の元にやって来た。
「さっきのはここの領地の長男だか、次男だ。一度会ったことがある」
「お知り合いでしたか、殺す所でした」
「別に嫌いなやつだし死んでも気にしないけど、しかしやはり探してたか」
村人達の方で何やら収穫があったのか、ざわついていた。
村長らしき老人が羊皮紙を持ち、内容を読み上げている。
「これは王都より伝令じゃな。ふむ、人を探しておるようじゃ。ソフィア・ホープキンス……隣の領地の方じゃな、国の……何かを使ってしまったと書いてある」
「何かって?そうだ、お嬢さん商人だろ。これって読めるかい」
「あぁ、はい。予算ですね、費用とか経費って意味もあるんですけど……っていうか手配書」
「つまり、国の金を使ってしまったので罪を問われておるのだ」
村人達は村長の言葉を聞いて、しきりに困惑した様子を見せた。
彼らの主な関心は先程やってきた男の事だった。
嫡男様と呼ばれる彼はメイシュール地方の時期領主らしく、村に来ては悪さをしているようだった。
ソフィア殿は何だかソワソワした様子で俺の方を見てくる、手配書に視線を向けているので気にしているのだろう。
「写真付きじゃなくて良かったけど、勘がいい人がいたらバレる。早く逃げよう」
「分かりました、先を急ぎましょう」
ソフィア殿に急かされ、御者台に飛び乗り彼女を抱き寄せるようにして隣に乗せる。
そして先を急ごうと手綱を握った所で、それに気づいた村人の一人に呼び止められた。
「アンタ達、ホープキンス領に行こうとしてるのかい」
「はい……親戚がいますので」
「ならやめた方が良い、彼処は今じゃ荒れ果てた場所だ。他所者が来て、根こそぎ持っていった」
「根こそぎ……ですって、だって、何も無いじゃない」
「職人は王都に連れてかれた、商人達は捕まったし、農民は農奴にされて代官に使われてる。あんな場所に行ったら見たくないものを見るどころか、とばっちりを受けちまうぞ」
それは善意からの助言だった。
しかし、そうなると領地に戻っても無駄ということか?
俺が今後の行動を考えていると、何やら村人達が揉めだした。
「おい、ソイツらを捕まえろ!ソイツらのせいで、俺達が割を食う!」
「何を言い出すんだお前」
「ご家来様を殺しちまった、ソイツらを差し出せば助かるかもしれない!」
「やめろ!お前、そんなこと出来る訳がないだろ!ご家来様のように、死んじまうぞ」
村人達の視線は、怒りと怯えを含んだものだった。
そうか、俺のせいで彼らを巻き込んでしまったのか。
俺はどうにか知恵を絞って案を考える。
「そうだ、俺にいい案がある」
「おいやめろ、そういうフラグを建てるな」
「大丈夫です、ソフィア殿。私は死霊術に詳しいので」
「そ、そうか?まぁ、じゃあ、なんかやってみてくれ」
俺は騒ぐ村人達を宥めて、剥ぎ取られた死体を見てみる。
今は全裸だが、無傷であり状態はいい。
ふむ、魂が抜けてるだけなので他所から持ってくれば、また動けるだろう。
「ご老人、何か家畜はいないだろうか」
「一応、村には鶏ぐらいはいるが」
「持ってきて欲しい。当然、金も出す」
「それでどうにかなるんだな、わかった」
村人の一人が老人の指示に従い、雌鳥を持ってきてやってくる。
俺はその雌鳥の首を掴み、死体の上において雌鳥の首を圧し折った。
「コケェェェェ!?」
「い、生き返った!?」
「き、奇跡じゃ!」
俺の行為によって、村人達の目の前で死体であったライアンが飛び起きた。
飛び起きた彼は俺や村人を見て、すぐさま駆け出した。
彼は全裸で走り出したのだった。
「よし」
「よしじゃない!明らかに変なこと叫んでいたよ、走っていったよ!」
「彼は生きているので問題ありません」
「も、問題おおありだろ!」
しかし村人も喜んでいるし、これで憂いはなくなった。
ソフィア殿は何だか納得いってなさそうだったが先を急ぐので諦めてもらった。
村人達にお礼を言われ、俺達はホープキンス領に向けて馬車を走らせた。
ソフィア殿は頻りに彼らを見ていたが、何やら懸念することでもあるのだろうか。
「奴らはまた戻ってきて、きっと気に食わなければ彼らに対して何らかの危害を加えるはずだ」
「ですが、それは仕方ないことでは?最期まで面倒は見れません」
「いや、まぁ、そうなんだけど」
「まずは領地の事をどうにかして、それからではないでしょうか?」
「原因が私達だと思うと、一応生き返ったけど、うーん」
きっと保護されて気が狂った人間として処理されるはずだ。
それにいくら平民だからといって、自分達の資産である領民を悪戯に殺したりはしないだろう。
ソフィア殿は頭を切り替えたのか、この領地の事ではなく今後行くホープキンス領の事を話し始めた。
「今、恐らく領地は王族の領土として没収されている。領土の分配を話し合うまでの間は代官が管理してるんでしょうね。村人の話だと、私の領地の特産技術は職人の流出によって広まってる」
「どういった技術なんですか?」
「紙よ。羊皮紙より安価で大量に生産できる植物で出来た紙、研究に十年も必要だった」
「何か問題があるんですか?」
「情報伝達という面で大幅なコスト削減が出来る。あらゆる生活の中で技術が向上する、独占していたのが裏目に出たってところかしらね」
他にも色々な技術を研究して、それを資金源にしていたそうだ。
しかし、人に恨みを買うにしても程々にして派閥の動向も気にしていたらしい。
分からないとしたら、それは学園に通っていた3年間だそうだ。
「この3年で何かがあったのか」
「復讐相手は王族だけでないということですか」
「く、私がもっと頭が良ければティンと来て分かるのに。取り敢えず、代官はブッ殺す。でもって領民を開放するわ、わわっ!?」
「移動中に立っては危ないですよ」
何やら目標が定まったのか、ソフィア殿に笑顔が戻った。
ただ、御者台に立つと危ないのでやめて欲しい。
補給を終えており、馬も食事が必要というわけではないので一昼夜走りっぱなしでも問題なかった。
ソフィア殿は交代で起きる、いわゆる不寝番をしようとしたのだが慣れない旅路に疲れているだろうからそれは止めておいた。
とは言え、適宜睡眠を挟みながらの旅によりホープキンス領には難なく辿り着けた。
「起きて下さい、村です、ソフィア殿」
「んにゅ……ふぇ!?」
「着きましたよ」
「う、うん。そうね……そうね」
深夜、暗闇の中に月明かりに照らされた村が見えた。
一番領地の外れ、数十軒の家々が集まる程度の村だ。
ソフィア殿が一度、領地改良に乗り出して失敗した事がある場所らしい。
新しい農法、農薬、農耕具の実験を行ったのだが、その年の作物は上手く育たなかったそうだ。
そもそも、領地境で交易が主なので被害は軽微で済んだそうだが、迷惑を掛けたそうだ。
「戻ってきたと、そう思うわ」
「しかし、様子が変だ」
「えっ?」
「人の息遣いが少なく感じます」
そのまま村の中へと馬車を進めていくと、その答えは分かった。
村の中にある家、よく見れば何やら破損した形跡がある。
壁や扉は壊れ、踏み荒らされた農地、焦げた木材など荒事の形跡があった。
「誰か、いませんか?」
「…………」
「此方にいますね、着いてきて」
帰ってくる声はない、しかし俺には数少ない生者の気配を感じ取る。
そこは一軒のボロ小屋だった。
元々倉庫なのだろうそこは、家畜の餌である干し草を貯める場所のようだった。
「本当に人がいるのか?」
「干し草に隠れているようです。危害を加えるつもりはない、出てきてくれないか」
「…………」
「気のせいじゃないか?」
疑うような視線がソフィア殿から向けられる。
だが、確かにここから気配が漂ってくるのだ。
俺はその気配を発している一点に向かって前に出る。
瞬間、干し草の中から輝く鈍色の光を見た。
「やぁぁぁぁ!」
「くっ……まさか……コホォ!?」
「う、嘘だろ!ハ、ハデス!」
俺は自らの胸に刺さる短剣を見た。
刺した下手人は子供、干し草の中に隠れていたようだ。
どうやら心臓の中に血がたまり、気道を通り口から溢れ出したようだ。
「しっかりしろ!死ぬな!死ぬなハデス!」
「安心して下さい、ただの致命傷だ」
「いや、それ安心できないから!えっ、大丈夫なの?」
俺は自分の心臓に突き刺さったであろう短剣を抜き捨てて、心臓を再生させる。
すこし血が足りなくなったせいで、クラクラする。
とはいえ、死んでないので問題ない。
「ば、化け物だ!血塗れなのに立ってる!」
「失礼な、俺は人間だ。急に飛び出したら危ないだろ」
「胸を刺したのに生きてる奴が人間な訳無いだろ!」
「それは……でも……うん……そうかも」
「ソフィア殿!?」
まさかの裏切りに、俺は打ちひしがれた。