最近の世の中って婚約破棄が流行ってるんですねぇ
村を出て、かれこれ半日が経過した頃だった。
魂を吸収する魂縛吸収により、だいぶ魂の傷も癒えてきた。
感覚的には十歳程度か、もう少しで全回復だ。
御者台の上ではソフィア殿がうとうとしていた。
天気は良く、程良く風が吹き、心地よい環境に負けてしまったのだろう、可愛い。
しかし、眠らないように目を擦っており頑張っているようだ、可愛い。
「あっ、関所だ」
背の高い植物もなく、遠くまで見通せるために離れた位置からも関所はよく見えた、思わずはしゃいでいて可愛い。
どうやら領地の境目に到達できたようで、大きな交易路の合流点もすぐ近くだ。
ちらほら見える行商人の乗った馬車が疎らながら列を成しており、関所の前は時間が掛かりそうだ。
「まずいな、本来は税の取り立てぐらいだけど手配書とか回ってたりするかも」
「殺しますか?」
「こ、殺さない方法とか無いかな?」
『精神操作をするのじゃ、記憶を弄れば問題あるまい』
ご意見番のレギオンから建設的な意見が出る。
なるほど、殺さない方法もあるのか。
それで行こうという事で、俺達も列に並んだ。
列は商人同士で雑談しているのか、賑わっていた。
関所までまだ遠い集団は品物を交換したり、情報を交換しているようだった。
その関係か、行商人の一人が馬車から降りて俺達に近づいてくる。
「アンタ達、軍人さんかい?」
「何、どうしてそう思う?」
「いや、だって丈夫そうな作りの荷馬車に装甲までされてるじゃないか。それに、トロイアの紋章も着いてる」
「俺の目を見ろ、精神操作」
目敏い商人に視線を通して精神操作を試みる。
視線から魔力を流して魂と肉体を繋ぐ精神に干渉するのだ。
精神の変調から記憶を飛ばさせてもらうことにした。
「あぁ、あぁ……」
「お前は何も見ていない、戻れ」
「あっ、はい……」
行商人はフラフラとした足取りで自分の馬車に戻っていく。
しまったな、そんな物が馬車に着いていたとは気づかなかった。
剣で、紋章とやらは削っておこう。
「しょ、初歩的なミスをしてしまった。ところで、あの行商人は大丈夫かな?」
「数日記憶が飛ぶだけです、死んでないので問題ないかと」
「大丈夫じゃないね、ごめんよおじさん」
「うん?」
何が問題なのか、首を傾げてしまう。
とはいえ、終わった話なので偉い人にしか分からない何かだろうと思考を打ち切った。
俺達の番がやって来ると簡単な質問がされる。
関所では確か税金の取り立てをすると聞いたことがある、たぶんそういう仕事の人だ。
「止まれ、貴様は何者か?」
「行商人だ」
「偉そうな行商人だな、積み荷はなんだ」
「色々だ、見てもらっても構わない」
「怪しい奴め、引っ捕らえるぞ!」
何故だ、とソフィア殿に助けを乞うように顔を向けると頭を抱えていらっしゃった。
やはり、何か粗相をしてしまったようだ。
ええい、こうなれば致し方ない。
「精神操作!素通りさせろ、いいな」
「あっ、はい」
「よし!」
「よしじゃないが、いやもう良いけど」
一悶着はあったものの、サルバトスからメイシュール領へと入ることが出来た。
後少しでソフィア殿の故郷である。
「おい、どうした?」
「通っていい」
「なんか様子がおかしくないか?」
「気のせいじゃないか?」
他の関所にいた兵士らしき人達が不審がるが、未だバレていないようだったので安心した。
危うくバレたかと思ったが気付かれてないようだ。
「メイシュールは絶対危険だ。ウチと仲が悪いし、手配書だけじゃなくて自発的なパトロールとかしてるかもしれない。それどころか、これ幸いとウチの領地を荒らしてるかも」
「領地同士の小競り合いがあるとは聞いたことがあります、今は平和なので、なくなったのでは?」
「王の力は弱まっていて、今は飾りだ。領主同士での争いは絶えなくて、やりたい放題よ。他国に攻められないからと内輪で権力闘争に明け暮れてるのが今の貴族さ」
腐った豚どもめとソフィア殿は忌々しげに呟く。
あんまり、いい思い出がないようだ。
貴族社会というのは気苦労が多いのだろう。
ホープキンスまでは村を三つ、街を一つ経由した先にあるそうだ。
自分の領地ではないが小競り合いが多いので調べてあるらしい。
暇な道中では外の世界についてソフィア殿と勉強がてら雑談することになった。
どうも数日の様子から、俺が世間知らずだとバレたみたいだ。
価値観が古すぎるというのがソフィア殿の言葉だ。
「まず昔、ちょうどナイトメア一族が生きていた頃を戦国時代と言うんだ。この頃は他国とも戦争に明け暮れていたんだけど割愛して、戦争が終わった後の話。今は新トロイア歴という。旧トロイア歴は戦国時代の終わりまで、ナイトメア一族が死んで同盟を結ぶまでって感じね。今から十数年前」
『戦争は終わってしまったのか、結局どうして儂らは死んだのか』
『気付いたら死んでたもんな、なんか魔法掛けられてたっけ?』
『教会の奴らじゃなかったか、最期の記憶はアイツらだぞ』
何やらソフィア殿の話によってレギオン内で謎が発生したようだが、どうせ覚えてないのは分かっている。
以前に、どうやって死んだか聞いたことがあるからだ。
「で、大国同士で同盟を結んだの。私達が住むトロイアっていう大国は静かに周辺の小国とそこに住んでる魔法使い達を抱え込んだ。これは他の大国も同じ動きをしていて、小国が吸収されるのはあっという間だった。大国だらけで小国の方が少なくなった今を冷戦なんて言ってる人もいる。戦わずに技術競争する時代ね、魔法使いは貴族にパトロンになって貰いながら魔法を発展させてる。それでトロイア王二世の画期的な試みとして魔法使いを集めた学園が設立された」
「なるほど、集合知によって技術を高めるということですね」
「どうしても魔法は適正が必要になってくるから全員が使える訳じゃないけど、簡単な物なら覚えられるからね。魔法を秘匿しているのが今までだったけど戦争で失われた経験から広く浅く、一族に囚われずに習得させるって方針になったの。優劣的には昔からその魔法を使ってる人の方が優れてるけどね」
俺は死霊術しか使えないのだが、今どきの魔法使いは色々と出来るらしい。
一族の魔法が得意で、他の一族の魔法も少しだけ出来る、そういう時代だそうだ。
一番得意な一族が死んでも二番目にその魔法が得意な一族が教えれば良いというのが、国の考えだそうだ。
「で、トロイア王三世の予定になってる王子、それが元婚約者なんだけど学園で婚約破棄されたのが最近ね。私も努力したけど、魔法の才能はからっきしよ」
「大丈夫です、ソフィア殿はそのままでも可憐です」
「……前から思ってたけど、お前って私のこと好きなのか?」
「えっ?はい!」
「ひ、否定しろし!ドストレートか、何だお前!うぅ……こっち見んな!」
「何故!?」
何故か雑談は終わりだと話は中断されてしまった。
もしや、ソフィア殿は照れているのか?
何やら睨みつけているが、怒っているのか照れているのか。
顔が真っ赤だし、もしや照れているのではないか、そうに違いない。
「な、なんだよぉ……」
「照れておられるので?」
「は、はぁ!?別に照れてねぇし、なんだし!ちょ、調子乗るなよなぁ!意識してるみたいに言いやがって、ふざけんなし!そんなんじゃねぇし!」
「そ、そうですよね。すいません」
「あっ……おい、ちょっと目に見えて落ち込むなよ。うぅ……そういうの困る。なんかごめんな、怒ってないからな」