明かされるしょうもない真実
田舎の村での細やかな歓待は、ソフィア殿曰くよくあることらしい。
貴族に良い印象を与えることで、困ったときの助力や減税を引き出しやすくするための村人なりの処世術だそうだ。
夜、村長達は別の家に泊まるということで村長宅を丸ごと借り受けた。
俺は暖炉の火を絶やさないように、回復した力で連れてきたウィルオウィスプを打ち込んで薪を提供する。
いるだけで火はそのものみたいなウィルオウィスプは消えないのだが、薪がある方が勢いよく燃える。
「ハデス、まだ起きてたの」
「夜は冷えますので暖炉の調整を」
『ヨー、ネエチャン、バインバインネー』
「炎が喋っても驚かねぇぞ、髪の毛でも食べて強くなりそうだな」
ソフィア殿は何かの引用なのか、時たま知らない事を言ってくる。
そこには触れないほうが良いのは最近知った、俺の処世術の一つである。
ソフィア殿は暖炉を見ている俺の横に、そっと座ってきた。
どうしたのだろう、少し冷えてしまったのか。
「隣、いいか?」
「もう座ってると思うんですが、あっ痛い!すいません!」
「もう、まったく、年下なんだから減らず口を叩くな」
そう言って、バチバチと時折音を奏でながら燃える薪を二人で黙々と見ている。
ウィルオウィスプがヒューヒュー熱いねーと冷やかしてくる以外は、静寂な時間だ。
静寂な時間は以前までは落ち着いていられたのだが、なんだこの気持ち、なんか落ち着かんぞ!
「なぁ、ハデス……ハデスはずっと一人だったのか?」
「ずっと、生まれた時から生きているという意味であれば一人ですね。でも俺にも親はいますよ」
『どうも、母です。特技は吸血鬼作り、殲滅戦なら任せてね』
『どうも、父です。特技は怨霊作り、妻との出会いも殲滅戦でね、ハハハ』
「このレギオンの中で惚気けてるのが父と母です」
この世の全てを恨むような苦悶の表情を浮かべた顔が、ガス状の塊から浮かび上がっては消えていく。
俺も昔、カーテンを巻きつけてレギオンの顔マネしたっけ、人によっては怖いらしいが俺にはカーテンが顔に張り付いてる人に見えるから滑稽だ。
「ひぃ!?」
「そ、ソフィア殿!きゅ、急に抱きついてなにを!」
『あらあら、若いわねぇ』
『若いお二人さんでごゆっくり』
そう言ってレギオンにいる母さんと父さんが離れていく。
というか、この抱きつかれてる状況どうにかしてから行ってくれ!
「ご、ごめん。まだ、あの悪霊玉みたいなの慣れなくて」
「と、年頃の女性がみだりに男性に触れるのは如何なものかと」
「えっ、あぁ、私は気にしないけど、そうかハデスは思春期だもんな」
「し、ししゅんき?と、取り敢えず離れましょう」
やんわりとだが、自分の肩から順々にソフィア殿の腕を剥がしていく。
うわ、めっちゃスベスベ、スライムみたい。
しかも、死人みたいに白い、綺麗だな。
「なんか、何言おうとしてたのかシリアスブレイク過ぎて忘れたわ」
「何か言おうとしてたのですか?」
「蒸し返すのかよ、いや別に。村の人とか見てたら、家族の事を思い出してさ」
「ふむ……」
そんなに気になるなら様子でも見れば安心するだろうか。
確か台所に水瓶があったはずだ、盆と水があれば遠見も出来るだろう。
「あれ、ちょっとハデス。何で急に立ってんの」
「暫し、お待ちを……準備できました。では、冥府の門を経由して死霊監視!」
「えぇ、なんか、やろうとしてる?あれ、水面が」
水面に波紋が広がり、どこかの景色が浮かび上がる。
これは近くの雑霊を使役して冥府に送り込み、冥府を経由してみたい場所に雑霊を送り込む魔法だ。
雑霊が見ているものを水面に映すことで一時的に映像を見れる。
一時的なのは、冥府の住民に見つかると現世との繋がりを断ち切られるからだ。
結果的に成仏してるので雑霊的にもメリットはあるだろう。
『ぐあぁぁぁぁ!?』
『あなた!あなたぁぁぁ!』
『あぁ……うぁ……』
そこに写されたのはもう死にかけであろう老人が火炙りにされている光景だった。
その妻であろう女性は住民から石を投げられながらも、夫を呼び続けている。
子供であろう幼子が、両手足を切断された状態で死にかけていた。
あれ、おっかしいな、ソフィア殿の家族ってお願いしたんだけどな。
「お父さん、お母さん!」
「あぁ、やはり家族でしたか」
「なんで、どうして!畜生、クソが!ウィルはまだ5歳だぞ、アイツらクソが!」
これは、聞いたことがある。
公開処刑という奴だった。
貴族に対して刑罰を住民も参加することが出来るので、不満を減らす為によく使われる手だと言われている。
『最低だな、肉が減るじゃん』
『骨が痛むから火葬はちょっと』
『苦しめると理性が飛ぶから良くないよね』
レギオンも長老を中心に苦言を呈している。
しかし、助けに行こうにもこれは映像なのですぐにはいけない。
どうも映像は昼間なので、時間の流れもズレてるようだし既に死んでいる可能性すらある。
「あっ!」
「あぁ、なんで、どこに」
「雑霊が消されましたね。まだ死んで浅いし抵抗してたら呼び出せるかも、死霊召喚」
冥府に向けて魔力を注ぐ。
私、縁あって娘さんと旅をしているハデスと申しますという波長を死霊に向けて送るのだ。
すると、ちょっと怒り気味な波動を滾らせた霊が冥府から浮上してくる。
そして、盆から首がキノコのように生えた。
『おぉ、おぉ、私を呼ぶ汝は誰だ』
「初めましてお父さん、ソフィア殿の護衛をしていますハデスです」
「お父さん!?」
『娘よ、生きておったのか。しかし、パパはまだそういうの早いと思う、別れなさい』
「何の話!?えっ、てか幽霊!?」
「ソフィア殿が名残惜しそうでしたので、良かれと思って呼び出しました」
ソフィア殿は俺とお父さんを交互に見て、頭が痛いというように抑えながら何か言葉を飲み込んだ。
家族の凄惨な光景を見て、ショックだったのだろうか。
それとも、また俺が何かしてしまったのか。
「もう平気、ハデスは何でもありって認識した。あと、お父さんそんなんじゃないから」
『年頃の女性が男と二人きり、しかも夜!暖炉の前、やらしいだろ!』
「やらしくねーよ!エロ親父が黙ってろよ」
『やだ、ソフィアちゃん反抗期?今までそんな言葉使ったこと無いのに』
あぁ、ソフィア殿は家でも猫を被っておったのだな。
しかし、冥府の奴らに見つかると時間がないので早くして欲しい。
「ソフィア殿聞きたいことはお早く」
「そうだった。どうして、お父さん達があんな目に」
『見たのか。話せば長くなるのだが、あっ、誰かが足を引っ張ってる!』
「冥府の奴らです、お早く!手短に!」
『ううむ、全ては政治だ。政権を維持したい王家と住民の不満を減らしたい貴族、そして金が欲しかった民衆の思惑が一致したのだ。我が財は今頃没収されておるであろう』
俺は話半分に魔力で牽制する。
盆の下の見えない場所では水面下で冥府の奴らと俺の攻防戦が繰り広げられている。
魔力の鞭で叩くが、巧みなフットワークでお父さんの下半身を掴みに来る死神共の群れ、強い。
「そ、そんな事で」
『復讐などするでないぞ。例え拷問の末に父親が火炙りにされようが、母親が犯された末に殺されようが、猟奇趣味の変態に弟がバラバラにされようが、気にするな』
「気にするわ!思っきし恨んでるじゃないか!」
『クソ、精神体だからか心に素直になってしまうのだ。あの野郎、王族だからって我儘ばかり言いやがってハゲろ。いや、思っておらんぞ、そんな不敬なこと』
「あぁ、理性が飛びかけてますね。死者あるあるです、本音です」
『お前、さっきからうるせぇぞ!ウチの娘に恋しやがって、誰だよ、名乗れよ!』
「俺はハデス、ハデス・ナイトメアと申します」
『ヒエッ』
スポンとお父さんが冥府に連れてかれる。
最期、何だかスゴイ力が入ったが一気に引っ張られたのか、完敗だ。
「なぁ、お父さんお前の名前にビビって逃げなかった」
「ははは、まさか……えっ?」
「あぁ、悪かった、待て落ち込むな。私は好きだなー、ナイトメア好きだなー」
「そ、そうですか!」
「お前、チョロいって言われない?」