死闘、追手との戦い
かつて、ナイトメアという一族がいた。
死霊術を極め、死霊術師同士で婚姻を続けることにより死霊術師の才を磨いた一族だ。
戦乱の時代、人類で最も脅威を奮った一族だ。
「う、うおぉぉぉ!」
「ナイトメアがなんだ!」
戦士達が雄叫びを上げ、突撃を敢行する。
数の差は劣勢、このままでは敗北は必須。
「レギオン、憑依しろ!」
『オォォォォ!』
『ヒャハァァ!』
『久々の狩りじゃ、狩りじゃぁ!』
俺の背後にいたレギオンが分離して、それぞれのゴーストとして敵軍に飛んでいく。
そして、最初の犠牲者として兵士の一人が憑依された。
それからも続々と兵士が憑依されていく。
レギオンは数十、数百からなるナイトメア一族の亡霊が集合体。
全兵士を憑依しても問題ない数がある。
「ぐあぁぁ!?」
「や、やだ、死にたくない!」
「手が、手が勝手に、ギャァァァ!?」
憑依された兵士が自らの首を剣で切り裂き、そのまま死体となって周囲の兵士に斬りかかる。
憑依、死霊術の基本的な魔術、魔力の低い相手なら抵抗できずに操ることが出来る。
「な、何をしておるか!」
『久々の肉体だ、喰らうが良い!死体爆破!』
『動けなくて可哀想に、憑依!爆破!』
『見ろ、俺は三体も殺したぞ!爆破ぁぁぁ!』
憑依されていた兵士が魔力を暴発させて爆発し、周囲に肉片と骨片を撒き散らす。
手足を怪我して動けなくなり、そうなった者達がまた憑依される。
憑依された兵士が仲間を切り裂き、仲間に殺された瞬間に肉体を爆発させる。
瞬く間に兵士の半数が命を落とした。
「に、逃げろぉぉぉ!」
「生きてたんだ、生きていやがった!」
「爺ちゃん、ナイトメアだ!助けて、死んだ爺ちゃん!」
本来は狩りで仕留めた獲物から骨と肉を分離する魔術なのだが、悪用すると人間爆弾になってしまう魔術だ。
俺に力があれば、もっと綺麗に殺せるのだが今はこういう殺しが精一杯だ。
「えぇ……もうお前一人で良いかなって」
「馬鹿な、逃げるな!戦え!ひぃぃぃ!?」
「あのぉ、もう帰っていいから」
「お、覚えていろ!ソフィア・ホープキンス、絶対に許さんからな!」
そう言って、俺達に背を向ける偉そうなヒゲの人。
ふむ、取り敢えず恨みは怖いし殺しておくか。
「やれ、レギオン」
「ぎゃぁぁぁ!?助けて、うっ……」
レギオンが追撃して、ヒゲの人の中に数百の悪霊が取り憑いた。
あまりの負の感情にヒゲの人は発狂して心臓を止めた。
身体が死を望んだのだ、相手は死ぬ。
「えぇぇぇ!?死んだ、死んだの!どーして殺しちゃうの!?」
「生かしていたらいつか復讐されるかもしれませんよ」
「やっぱりナイトメア一族か!怖いわ!」
だが、復讐される前に殺すべきって習ったんだが間違っていたのか。
そうか、貴人は約束を守るというから一度助けると言った手前、嫌だったのか。
では、少し早まったことをしてしまった。
「生かした方が良かったとは、でも大丈夫です。聞きたいことがあれば降霊術で呼び出せます」
「何が、何が大丈夫なの!いや、もう、安らかに眠らせてあげて!可愛そうだから」
「そうですか、慈悲を賜るとはやはりソフィア殿はお優しい」
「サイコパスか貴様ぁ!」
さ、さいこぱす?二つ名という奴だろうか、何だろう異国の響きなのかカッコいい。
これからサイコパスのハデスと名乗ろうかとしたら、全力でやめろと命令された、解せぬ。
「死者よ、その力を分け与えてくれ。魂縛吸収!」
「なんか集まって身体に入ってる」
「あぁ、死者の魂を吸収してるんですよ。魔力が増えるので、魂の傷を癒やすのに使ってます」
「どう考えても禁術だよ、心配して損した」
魂を集めて束ね、身体の中に吸収する。
我が家に伝わる伝統的な魔力回復だ。
戦場でよく使ったと、長老から聞いた事がある。
「ハデス、アンタって思ったより強かったのね」
「俺は魔力を供給するだけで、現界や憑依はレギオンがしてるんです。今はまだ幼子程度の実力なんで大したことは出来ないですよ」
「数十人殺せる子供って、戦闘民族かよ」
ソフィア殿に褒められながら先へ進む準備をする。
死体から頂いた路銀と食料を、もう御者のいなくなった馬車に詰め込む。
死体の肉をポニーに巻きつけて、ゾンビ化させることで見た目の怖さを軽減するという工夫には、ソフィア殿も息を飲む驚きようだ。
『こっちじゃ、こっちに来い』
「このまま行くと死にそうな気分になる」
「気分でも悪いのですか、ソフィア殿」
「いや、ホラーの定番だと不幸になるから、何でも無い」
森は、霧が立ち込めており迷いの森とも呼ばれていた。
谷の近くだからか霧が良く発生するのだ。
村人は怖くて近寄ってこないのだが、たまに子供が肝試しでやって来る。
森は迷った挙げ句に死んだ人間がアンデッド化しやすいので危ない場所なのだが、子供はそれが分かっていない。
「一人雇えれば千人は殺せるという話は本当だったのね」
『馬鹿モン!その程度、造作も無いわ!』
『一日ありゃ出来るよな』
『酔ったせいでやったこともあったなぁ』
「ええい、やめろ!ソフィア殿と話すな、俺も話したい!」
やたら絡むレギオンを追い払い、御者に徹する。
俺だって数千人ぐらいすぐに殺せる、全く自慢ばかりしやがってズルい。
「なんていうか、ハデスが優しいのかヤバい奴なのか分からなくなってきたわ」
「ソフィア殿、どうしてそのような」
「いや、あっさり人を殺していたから」
「それは、敵ですので。人は助けねばなりませんが、敵は殺さないといけません」
「あぁ、そういう教育されたのね、倫理観ブッ壊れかよ」
まだソフィア殿と少ししか話していないが、自分の考え方が間違っている気がしてきた。
やはり、この歳まで死霊としか会話してこなかったから価値観とやらが可笑しいのかもしれない。
「いや、いいさ。私なんか人を殺したこともないし」
「貴婦人は虫も殺せぬと聞きます、ソフィア殿は名のある御令嬢ですしそのままの貴方が良いと思います」
「うぐっ、そ、そういうこと言うなよ」
「す、すみません。何か失礼を……」
やはり、貴人を相手にするのは難しい。
森を抜けると村が見えてきた。
ウチのように畑を耕しながら、木こりがたまに木を伐採する長閑な村だ。
深淵を覗く時は深淵から死霊が覗くとも言うように、村が見えるということは相手にも見えていること。
ソフィア殿は馬車の中だが、その類まれな貴人の気配が漂ってるのか、村人達が大慌てで入り口に集まってきた。
此方を警戒すると言うよりは、出迎えるというような感じだ。
流石はソフィア殿、すごいお方だ。
「さ、さぞや名のあるお方とお見受けします。我々の村に何用でしょうか」
「ハデス、止めてください」
馬車の中からソフィア殿に声を掛けられ、馬車を止める。
今の所、死の気配もないし危険もないだろう。
ソフィア殿が馬車を開けて降りてくると、村人から息を飲む声が聞こえる。
子供がお姫様だとはしゃぎ、男達もいい女だと小声で呟く。
分かっているではないか、その通りだ。
「村長ですね。私達は故あって旅をしている者、金銭はお支払いします。村に無理のない程度で良いので食料を分けていただきたい」
「そういうことでしたすぐにでも用意いたします。よろしければ、我が家を提供しますのでお泊りになりますか」
「まぁ、ありがとう。ハデス、村長の家に向かいましょうか」