見ろ、我が軍は圧倒的ではないか
俺には分からない政治力学を語ってくれた数日後に、まさか呼び出されるとは思わなかった。
ソフィアも予想外だったらしく、裏取りを何度もして俺を呼んだみたいだ。
それにしても、利に聡い商人達は特に気にした様子もなく気付いていないことを考えると出兵してから日が浅いのだろうか。
「それで、敵の数はどのくらいですか」
「一人よ」
「一人、ですか?」
それは、戦争と言うには何というか小規模過ぎないだろうか。
最早、暗殺者が送り込まれたと考えたほうが、侵略しに来たと言うより適切な気すらある。
「オグマ達の索敵に引っ掛かったわ。最初は罠かと思ったのだけど、間違いなくレーヴェンシュラハイムの人間だったわ」
「ほぉ、なるほど。ゴーストを使った教練中にでも見つけましたか」
「目立つように家門の旗を掲げながら歩いてきてるのよ。正直、何の冗談かと思ったわ」
「誘導、ということですかね?」
「そうね、そうだと思いたいわ。正直、何がしたいか分からない恐怖がある」
見つけられたのはその人物だけで、他に敵がいるのではないかと警戒をソフィアは強めているらしい。
というのも、私兵であるオグマや孤児達を使って街中を調べるくらいには防衛意識を高めている。
このホープキンス領で手に入る穀物の種子は高く売れる為に商人は多く集まり、また行き場を失った流民や犯罪者も日に日に集まってくる事から人の出入りは多い。
間者がいるに違いない等と、どこか被害妄想染みた確信をソフィアは持ってるそうだ。
「それで、如何すれば」
「普通は貴方を置いて軍を差し向けるのが正解なんでしょうけど、今回は逆よ。正直、相手が悪いの」
「相手が悪い、もしやそれほどに強い相手ということですか?」
「そうよ。一騎当千って実在するとしたら奴のこと、一人だけ送ってくるのも頷ける実力者」
ソフィアが顔を蒼白にしながら敵のことを伝えてくる。
「この国で、剣神と呼ばれる男よ」
「それは、頭が賢そうですね」
「あっ、剣の神って方よ」
「それは、頭が悪そうですね……」
何とも締まらない話であった。
その男の名は、レーヴェンシュラハイムという名前だそうだ。
このトロイアという国で最も剣士として強く、最も長生きしているらしい。
というのも、その男は魔法を使って常に肉体の全盛期を維持しているからだ。
その男は強力な回復魔法の使い手らしく、寿命がないとまで言われている。
数百年は生きているとも言われ、その名前が領地の名になるほどだ。
「レーヴェンシュラハイムの始祖、彼の子孫が領地を治めている。仙人みたいな長い寿命で剣の修行ばっかしてるヤバい奴よ」
「不死ですか、まぁ珍しくもない話ですね」
「世間的には珍しい話なんだけども、というかありえないんだけどね」
しかし、それほど長生きしているなら俺の一族の事も知っているのかもしれない。
そんな男が一人、物見遊山でもするかのような気安さで我々の領地に向かってきているのだ。
つい最近、内戦を起こしたような領地に来るのだ。
間違いなく、何かがある。
「あと数日で、隣の領地であるバーララに辿り着く。回復魔法しか使えないとはいえ、山を割ったとか千人斬りしたとか逸話に事欠かない人物よ。ハデス、一番強い貴方じゃないと相手にならないわ」
「ようやく話が見えました。つまり、バーララとやらで迎え撃てばよろしいということですね」
「うん。過剰戦力であれば良いんだけど、本当に山を割るような奴がいなくもなさそうだし……物理に喧嘩売ってる世界だから」
うぅ、とソフィアは頭を抱えながら項垂れた。
そんな彼女の前で跪き、俺は口を開く。
「謹んで拝命します」
「頼むわよ、あと首はいらないからね!」
「分かっています。あとはオグマ達に一切のことは任せて出立します」
急に名前が出たからか驚いた表情をオグマが浮かべ、俺と目が合ったら気まずかったのか目を急いで逸らされた。
何を驚いているのか、俺がいない間に何かあったら問題なのだから当たり前だろう。
もしソフィアが死んでしまったら、とても面倒な事になる。
「死んでも守れ、いいな」
「さ、最善は尽くしますよ師匠」
「現世に霊魂を維持してでも最善を尽くせ」
「死んでからも戦わせる気まんまんじゃないですか、いや了解ですけど」
オグマに指示を出し、やって来ると言われるバーララを目指す。
つまりはバーララという土地を挟んで南北に敵のレーヴェンシュラハイム領と此方のホープキンス領があるということだ。
土地の名前など聞いても場所など分からないのだが、把握しているソフィアはすごい。
さすが、ソフィアである。
「試してみますか」
肉体をまずは霊体変化で霊体の状態にする。
その状態で魔力を放出して霊体を移動させると、地面から空中に身体が浮かび上がる。
ふむ、ちゃんと飛べるようだな。
これは死霊飛翔と名付けるとしよう。
身体が空を飛ぶと、自分が通った軌跡に魔力が作った煙や霧のような物が残る。
傍から見たらゴーストやレイスのような見た目だろう。
そのまま北のレーヴェンシュラハイムへと飛翔した。
空を飛翔していると、バーララとかいう土地が見えた。
どうして、そこがバーララだと分かったかと言うと、人の群れが見えたのだ。
難民が大体数百人ほどいるのだ。
『素晴らしい、贄がたくさんおる!』
『行きがけの駄賃に良いんじゃない』
『レーヴェンシュラハイムか、あの爺まだ生きてやがったか』
私の姿に気付いて指差す難民が何人かいるなと思っていたら、私の周囲に真っ黒な闇が集まってくる。
人の顔が浮かび上がる闇、空が水面だとしたら垂らした墨汁のようなそれは、私の家族であり使い魔であるレギオンだ。
「ソフィアから離れたんですか?」
『孫よ、奴は独力ではキツイぞ』
「そうですか」
会話は少なく、それだけ言うとレギオンが難民達の方へと飛んでいく。
難民達が悲鳴を上げて逃げるが、速度が圧倒的に違うので何人かが取り憑かれた。
口や鼻から黒い煙のような闇が肉体に侵入し、肉体がドロドロになりながら変形する。
傍から見たら何を行っているか分からないだろうが、死霊術師として見るならば憑依して魂を喰って吸収し肉体を乗っ取っている事が分かるだろう。
死霊憑依と魂魄吸収の合せ技、憑依転生とでも名付けようか。
「ふぅ、久々の肉体か。腹が減ったな」
「食事なら周囲にあるじゃないの」
「おいおい、お前のような食人趣味な者ばかりではないぞ」
「然様、多様化の時代だからな。吾輩のように血液しか受け付けん者も居る」
「叔父さんは偏食直したほうが良いよ、骨まで食べなよ」
難民の半数が、別の人間に変わっていく。
レギオンだった親族連中が、憑依転生で蘇生されたからだ。
「みんな、蘇生出来たんだ」
「フォフォフォ、死霊術師として自身の復活など造作もない。単に楽だからレギオンになっていたのだ」
「口を使って会話しないと考えが伝わらないからな」
「何年ぶりの肉体だろ、取り敢えずみんなで加工しなきゃ」
霊体でしか見たことない母親と父親が親族と嬉々として難民を加工し始めた。
長老が面倒だからと教えてくれたが、最初から蘇生できたんならしてくれたら良かったのにと思わずにはいられない。
皆が好き勝手に死霊術を使い、難民が骨だけになったりゾンビになったり、はたまたゴーストや吸血鬼、スライムからゴーレムと色々と加工されていく。
生きた人間は加工の際に自前の魔力を少なく出来るから死体より加工しやすい。
それにしても、みんな趣味が出てるな。
フレッシュゴーレムなんて几帳面な人は綺麗だし、雑な人はゾンビと見間違えるくらいだ。




